爆弾ゲーム
1日目の目まぐるしさが嘘のように、2日目は退屈が波のようにやってくる。私はパンフレットを開き、どこに行くか深刻に悩んだ。パチンコ……将来、18歳になった時のことも考えて、早くからルールとか作法とか学んでおいたほうがいいのかな。あっ、体育館でレースゲーム大会あるんだ。エントリーしようかな。
「笹川さーんっ、見ましたー?」
「どうしました?そんなに慌てて」
「掲示板見てください」
文化祭実行委員の子が、駆け足気味で生徒会室にやってきた。だいたい筋書き通りなもので、そうなってくれなきゃ困るんだけど、やっぱり一驚はしてしまう。おー、掲示板は大盛り上がり、文化祭としても大成功だ。
「爆弾って何ですか!?そんなのありましたっけ。今、文実が混乱してるんです」
「この企画、私も完全に把握してるわけじゃないんです……。一応、こっちでも情報を集めてみますけど」
「わかりました。ありがとうございます」
もちろん、これ以上調べて出てくる情報なんてないので、私はまたパンフレットを片手に、レースゲーム大会の申し込みをしていると、今度は馬みたいなけたたましい足音が、着実に近付いてくる。これは蒔希たちかな……。
「Muntiacus reevesi!爆弾を探すわよ!」
「うぅおぉー!」
予想通り、いつになく獅子奮迅な時雨とミーハーな蒔希だった。二人は多分、この学校で最も怪盗チェレクラの謎を延頸挙踵している。
「颯理ー、もっとわくわくしてよー。爆弾だよ、爆弾。こんなに気持ちのいい4文字は存在しないって」
「ヘロイン……?」
「ヒロインだろっ」
「爆弾って言ってたじゃないですか」
「4文字でいいなら天誅だって繧繝だって4文字だけど」
「見て、この、【悲報】白高、100万個の爆弾で終了のラルゲッチョwwwっていうスレに、続々と目撃情報が集まってる」
「酷いスレタイね。誰が考えたのよ……」
「私だっ」
誰が下から見ても上から見ても爆弾だと認識できるように作ったあれを抱えて、嘉琳が現れた。剥き出しの配線に、0が3つ並んだディスプレイ、押してくださいと言わんばかりのボタン、 “Oh my god” と筆記体で手書きされたタグ、筋書き通り嘉琳の手に渡っている。やっぱり興味持ってしまうよね。単純明快な思考パターンで、こればかりは感謝しかない。
「これはどこで拾ってきたの?」
「電気炉の中。私は保護悪魔を何匹も飼ってるから、このまま加熱したらどうなるんだろうって、ちょっと手がうずいたよね」
「って、嘉琳ちゃん!これ、カウントダウン終わってるんじゃない!?」
蒔希が鋭い指摘を入れる。……まずいまずい、私も焦らないと怪しまれる。とりあえず手を握って開いてを繰り返せばいいか。そんなことはないか……?
「うおおおおい、どうすんのどうすんの、あげるあげる受け取れ愛の重みを知れ!」
嘉琳は爆弾を時雨にパスした。
「いらないって、いらんわぁーっ」
時雨は爆弾を爆弾だと認識していないのか、叩きつけるように蒔希に渡した。こういう時に本性が顕れる。私の番は上品にやるぞ……。
「雑っ、もっと丁寧に爆弾ゲームしてよ、時雨っち!あーもう、ささっちゃん!」
「はい、承りました。投げます、燃料気化爆弾」
いびつな形で、配線剥き出しで、持ち手も作られてない、こんなに投げることを想定されていないものを力任せに投げたら、蒔希の顔面に当たっておしまい。蒔希はその運動エネルギーを吸収しきれず、彼女の頭が時雨の顔面に激突、二人は絡み合いながら倒れていった。私は椅子から立ち上がり、焦り文句を口にしたが、それをかき消すように嘉琳が騒ぎ始めた。
「いっったぁーあーっ!下手にスライディングとか、するんじゃなかったわ!今日、プロテクター買って帰ろうかな」
「嘉琳さん……も二人も大丈夫ですか!その、なんか冷やすもの持ってきますっ」
「こっちは大丈夫だよ、颯理。ん……鼻血出てないよな」
「って、おいーっ、爆弾床に落ちたって、終わりだ、うつ伏せになって目を閉じ耳を塞げ、口は少し開け!」
嘉琳の膝を犠牲にした決死の攻防も虚しく、爆弾は床に落ちていた。
「了解!」
「いった、おい、私の髪踏むなー!それは愛しい後輩でも許さないぞーっ」
あっという間に、3人から個性が消えた。後からすっと入室してきた常葉も、同じ姿勢をとった。
「何も起こらないじゃぁーん」
「つまり、決まりだな」
「うん、犯人は颯理!」
「そうなのぉー?」
嘉琳たちは手を払いつつ、一斉に立ち上がった。まずい……まさかここまで作戦だったとは。私たちは嘉琳を甘く見ていたのかもしれない。そうだ、ここにいるみんなの口が二度と塞がらなくなるぐらい馬鹿な事をすれば、ごまかせるかもしれないそうに違いない、だって嘉琳たちの常套手段じゃん。……恥ずかしくて無理、できないよ、どうしよう、なら機転の利いた素晴らしい口撃……。
「白状しろぉーっ。今ならおらがカップ麺おごったるぅ~」
「うな重がいい」
「贅沢な犯人だな、時雨」
「待ってください!これだけで決めつけるのは早計です!じゃあ逆に聞きますけど、どうしてさっき嘉琳さんは、ゾンビディストピアで好きな缶詰が山ほど詰まった箱を見つけた時、みたいな顔してこの爆弾を運んできたんですか!?」
「なっ……、いっとぅあっ」
嘉琳の脳内に電流が走ったらしい。ついでに常葉が後ろからスタンガンでビリビリした。あれ落とし物なんだけど……。
「まあそもそも、爆発しない爆弾を仕掛ける真犯人なんて突き止めても、面白くないからねぇー」
「それを言ったら、ことごとく犯行予告が読まれて、あんまり物を盗めてない怪盗チェレクラの立場がなくなるよ」
「あっ確かに。まあいいや、ところで先輩、さっき自分が痛い思いしたくないから、先輩の腕を引っ張って、頑張って下敷きにしたけど、許してくれるよね」
「はぁ……、そんなことしなくても、私は後輩をかばうのに、そんなに信用ならない?」
蒔希が頭を抱えていると、生徒会室に光と闇が差し込んだ。台車が背負い投げされて、ガコンという音が響いた。
「ふあー……。あっ戻しにまいりましたっ!台車、お貸しししていただき、誠に幸甚の至れり尽くせりでござる……」
「あーでも、台車は大切に扱ってね」
「すっすいません、以後気を付けますっ!」
「あっ、生徒会室外から失礼します。エレベーター使おうとしたら、安城とかいう頭金剛石な教員に生徒はエレベーター使うなって叱られたので、仕方なくインディアンスタイルでここまで運んできたんですぅー。文句は安城と陽菜に言ってくださーい」
陽菜は相変わらず生徒会室の空気を吸うと、ちょっと……おかしくなってしまうらしい。それはそうと顔を上げてみると、生徒会室の外で二人待機していた。
「ん、なんか用?取り込み中の正反対にいるから、全然ウェルカムよ」
「それが、陽菜に『サンクチュアリーだから、生半可な覚悟で入っちゃダメ』と申し付けられておりまして……」
「現実の生徒会がこんなにクレイジーな場所だとは思わなかった。平然とスタンガンが使用されるのね。成、ここは聖域じゃなくて地雷原よ、撤退するしかない」
「待って、お願いだから待って!もしその偏見を胸にしまったまま、二人にここから離れられると、私はもう……人ではいられなくなる……」
陽菜は膝から崩れ落ちた。そろそろ理解を放棄したい。素直に文化祭を楽しみたい。こんなことに協力しなければ良かった。
「おい、そうはさせんぞ、生徒会!」
「そうだそうだ、エーレンフェストさんも許さんぞ!」
「まあこの会長と副会長の下なんて、こんなんですよね。それより、そこにあるのは爆弾ですか?」
「取り仕切り役の後輩って、往々にして隙なんてありゃしないから困るのよね」
「これ、カウントが0になっても、爆発しないんだけど。フェイクとか混じってるのかな」
「そもそも、時間のカウントだったら、3桁で収まらないでしょ」
忽然と始まる真面目な議論。悪ノリの波は収まったみたいだ。ほっと一息ついて、隙を突き退出しよう。私は爆弾の謎なんて興味ないんだから。




