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*55* 御刀さまと花婿たち

 季節はうつろう。

 色とりどりの花が咲きほこる春。

 神梛(かんなぎ)高等専門学校では、新学期がはじまろうとしていた。


「まずはじめに。みなさん、進級おめでとうございます」

「おめでとうございまーす!」


 ぱちぱちぱち。

 稽古場に拍手が鳴りひびく。


「今日からみなさんも二年生。そして三級の(かんなぎ)ですね。実技授業も増えていきます。がんばりましょう」


 ホワイトボードの前で、千菊(ちあき)がほほ笑む。

 となりには、満面の笑みを浮かべた鼓御前(つづみごぜん)

 そしてなにやら青い竜のようなものが、『おめでとう』と書かれた弾幕をくわえて、ひらひらと飛んでいる。

 一連の流れを受け、浅葱(あさぎ)差袴(さしこ)をはいた少年たちが、ひそひそと言葉をかわす。


「なぁ、どこからツッコめばいいと思う?」

立花(たちばな)先生のお面の下が、超絶美形だったことか」

「顔だけで食ってけるレベルだよな」

「なんか竜みたいなやつが、そのへんをふつうに飛んでることか」

「あれは話題にしたら負けだと思う」

「それとも、鼓御前さまが今日もめちゃくちゃ可愛いことか」

「わかりきったこと聞くなよもう」

「おぉ……われらがオアシスよ」


 要点をおさえつつも、少年たちは困惑するさまを見せなかった。

『鬼神』と恐れられる千菊の無理難題に、この一年(いや)(おう)でも鍛えられたのだ。

 ちょっとやそっとのことでは、動じなくなっていた。

 そんな彼らのなかに、異彩を放つ者がふたり。純白の差袴をはいた少年たちだ。


「こーらシロ、そこで毛づくろいすんな。おろしたての袴に毛玉がつくだろうが」

「うみゃあ」


 床には寝転がった白丸(しろまる)。身をよじり、葵葉(あおば)の袴の裾にぐりぐり頭をこすりつけている。もはや虎ではなく猫だ。


玄丸(くろまる)、危ないからよじ登るのはやめなさい。だから……はぁ」


 葵葉のとなりでは、黒い亀に背中をよじ登られている(あざみ)のすがたが。

 落ちたら危ないとたしなめても、玄丸は器用に登って肩に乗る。莇は早い段階でいろいろとあきらめた。

 この場において、葵葉、莇、そして千菊の三名は、白衣(びゃくえ)に白袴と、上下ともに純白のよそおいだ。

 藤の白紋はないかわりに、胸もとに金糸で刺繍がなされている。それぞれの名を表す花の刺繍だ。


「さて、早速授業をはじめましょうか。この春に改定された、(かんなぎ)の階級制度について──」

「んみぃいいいっ!」

「うわっ、びっくりした!」


 千菊に注目していた少年たちは、突然ひびいた白丸の鳴き声に飛びのいてしまう。

「なんだなんだ!?」とざわつくクラスメイトを尻目(しりめ)に、葵葉の対応は慣れたものだった。


「シロが反応したってことは、西のほうだな。行くぞ(あね)さま!」

「わかりました。授業中失礼します、あるじさま!」

「はい、行ってらっしゃい」

「立花先生、なんかふつうに送りだしたし」

「よっし莇、どっちが早く〝(ヤスミ)〟をぶっ飛ばせるか勝負な!」

「遊びじゃないんだぞ! まったく……」

「委員長まで行っちゃった……」


 なにがなにやらわからないクラスメイトたち。

 彼らも遅れてひびきわたる『逢魔の鐘』に、あぁ……と納得した。


「ちなみに。年末や新年度のはじめは断捨離がさかんになる関係で、付喪神の〝(ヤスミ)〟が急増します。試験に出ますので、おぼえていてくださいね」

「そして何事もなかったかのように続行する授業」

「立花先生はさすがの余裕だなぁ……」


 少年たちは遠い目をしつつ、ふたたびはじまる長い長い一年に思いをはせる。


「余裕だなんて、とんでもない」


 どこか宙を見つめる教え子たちをよそに、千菊はつぶやく。だれにも聞こえないささやき声で。


「いつ追い越されるかと、どきどきしていますよ」



  *  *  *



 足の生えた達磨(だるま)が、町を爆走している。


「オッホッホッホッ!」


 場所は住宅地のど真ん中。

 達磨は高らかな笑いをひびかせながら、ドタドタと公園の周囲を走りまわっている。


「うぅ……おねえちゃん……」

「泣かないで。大丈夫よ」


 公園内では、買い物袋を肩にさげたひなが木の影に隠れていた。

 かたわらにはすすり泣く男児が。近くにある幼稚園の園児だ。

 買い出しに向かう途中で、ひなはこの場面に居合わせた。

 幼稚園に男児を送り届けようにも、達磨の足が速すぎて、いま出ていったら追いつかれてしまう。


「こわいよぉ……」

「大丈夫」


 危機的状況にありながら、ひなは男児をはげますのをやめなかった。


「きっと大丈夫。もうすぐ、御刀(おかたな)さまたちが来てくださるから」

「おかたなさま……?」


 そのときだ。


「オホッ!」


 達磨と、目が合ってしまった。

 ひとつしかない公園の入り口から、達磨がドスドスと侵入してくる。


「ッホォ〜ン!」


 おたけびをひびかせる達磨。

 赤い巨体が、土ぼこりをまき上げながら突進してくる。


「ひゃっ……!」


 男児が悲鳴を上げ、ひなはとっさに抱き寄せる。

 その直後のことだった。


 ヒュッ!


 どこからともなく放たれた矢が、ひなの目前の地面に突き刺さる。

 矢には、札のようなものがむすびつけられており。


「──『(けつ)』」


 カッと閃光が走る。

 またたく間に結界が張りめぐらされ、達磨は勢いよく激突してしまう。


「ンッン〜!?」


 はじき飛ばされる達磨。


「お怪我はありませんか、姉上」

「莇……!」


 民家の屋根上でたんっと踏みきり、莇が危うげなく地面に降り立つ。

 颯爽と駆けつけた莇は、黒漆(くろうるし)の弓を手にしていた。

 すると、なんということだろう。

 一瞬後には弓が黒い亀へすがたを変え、莇の肩に乗っていたのである。


「そのこどもは? 逃げ遅れか?」


 莇に続き、葵葉がとっと着地する。


「えぇ。おともだちとかくれんぼをしていたらしいのですが、かくれる場所をさがしてここまで来たら、ひとりになってしまったようで」

「ってなると、幼稚園の先生たちはいまごろ大騒ぎしてるだろうな」


 すばやく状況を把握した葵葉は、すぅ……と消えゆく結界の先を見やる。


「けどま、俺たちが来たからには全然問題ナシ。覚悟しろよ? ちょびヒゲだるま」

「んみみぃ〜っ!」


 刀をにぎった葵葉がにやりと笑い、その足もとで白丸がしっぽを逆立てる。


「それじゃあ行くぞ。──だぁるまさんが、こーろんだっ!」


 駆けだした葵葉は、蹴りをくりだし達磨の足を払う。


「オホッ!?」


 バランスをくずした達磨は、そのままごろんとひっくり返り。

 ──ぶすり。

 墨でバツ印を書かれた右目が、貫かれる。

 漆黒の刃をした脇差の、柄の部分まで。


「ホッ……ホォオオオン!」


 じたばたと両足を動かした達磨は、そのまま煙のように消えていった。


「任務完了っと」


 音もなく、葵葉が脇差をおさめる。

 朱色につやめく鞘がほのかな光を発し、やがてセーラー服すがたの少女が現れた。


「島民の保護と、迅速な〝(ヤスミ)〟の討伐。葵葉、莇さん、見事な連携でした。お疲れさまです」

「えっ……?」


 刀が消えたかと思えば、ひとになったのだ。男児はおどろき、目を丸くする。


「こわかったですね。でも、悪いのはもうやっつけました。大丈夫ですからね」


 鼓御前は呆ける男児のもとにやってきて、にこにこと頭をなでる。


「さてと! 授業も途中でしたし、学校にもどって……」

「姉さまストップ」

「御手入れがまだです」

「これくらい、なんのなんの」

「だめに決まってんだろ!」

「そうですよ。さぁこちらに、つづさま!」

「あのっ、ふたりとも……」


 じりじりと詰め寄る葵葉と莇に、鼓御前が一歩後ずさると、ぽすん。なにかが背中に当たる。


「来てみて正解だったな。またおまえは、手入れをおろそかにしているのか」

「あら……(とと)さま?」


 鼓御前がふり返ると、桐弥(きりや)がいた。

 例によって、純白の袴すがた。

 桐弥は組んでいた腕をほどくなり、鼓御前の手を引く。


「来い。手入れしてやる」

「ちょっと九条(くじょう)センパイ! 俺の仕事取らないでくれる!?」

「うるさいな。朱丸(あかまる)、そこの小僧の相手をしておけ」

「コッコッコッ、クェーッ! クェエーッ!」

「おまえのほうがうるさいわ!」

「はわわ……ふたりとも、喧嘩しないで……」

「大丈夫ですか? つづさま」

「あざみさぁん……!」


 バサバサと羽根をまき散らす赤い孔雀と、格闘をする葵葉。

 問答無用で、桐弥に連行される鼓御前。

 そんな鼓御前に、駆け寄る莇。


「えっと、ひなさん! その子のこと、よろしくお願いしますね!」


 こんなときでも、鼓御前は気遣いの言葉を忘れない。

 ひなはくすりと笑って、「かしこまりました」と頭を下げた。


「さぁ、おともだちのところに帰りましょう」

「あっ、うん!」


 ひなに手を引かれ、男児が歩きだす。

 幼稚園のほうへ向かっていると、そわそわした様子で、男児が見上げてくる。


「ねぇ、おねえちゃん」

「なぁに?」

「さっきのおねえちゃんと、おにいちゃんたち、だぁれ? つよくて、かっこよかった!」


 きらきらとした、純粋な瞳だった。

 ひなはおもむろに、視線をめぐらせる。


(てん)の手入れは僕がするって言ってるだろ」

「独り占め禁止ですからー!」

「つづさま、たんぽぽが咲いています。かわいらしいですね」

「そうですねぇ……」


 少女のまわりには、真白い衣をまとった少年たち。

 無垢なその色が、この季節にはよく()える。

 ひなはほほ笑み、そっと視線をもどす。


「御刀さまと、花婿たちです」


 ふわり。

 春の風が、陽だまりとともに香った。



【了】

『御刀さまと花婿たち』をご愛読いただき、ありがとうございます。

ヒロインは刀の神さま。自身とゆかりのある男性が転生したヒーローたちと、あやかし退治に奮闘する現代和風ファンタジー。いかがでしたでしょうか。


私自身、日本刀鑑賞や神社めぐりが好きで、「刀といえば男性のイメージだけど、女性に擬人化したら面白いのでは?」というアイデアからうまれた作品です。


ヒロインの鼓御前は平安生まれの御刀さまなので、台詞はかな文字を主流にしつつ、人間としてはまだ幼い言い回しもところどころに演出しました。


本作は鼓御前がどのようにして生まれ、千年もの長い年月をどうやって伝えられてきたのか。それを徐々に解き明かしていく過程で、恋をまなぶという物語です。


花婿たちがそれぞれの信念を貫きながら、鼓御前を守るために闘い抜くさまを、色とりどりの花が満開に咲きほこる様子にたとえました。彼らの名前を表す『花言葉』には、彼ら自身の生き様が刻まれています。


物をたいせつにするということ。ひとびとのつながり。日本古来の奥ゆかしさや優しさ、ぬくもりなどを感じとっていただけたら幸いです。


お話はここでいったん終わりとなりますが、後日談などを描いていけたらなと考えています。


改めまして、ここまでごらんいただきありがとうございました。またお目にかかりますときは、よろしくお願いいたします。


はーこ

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