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*51* 暁を呼ぶ一矢

 カン、カン、カン。

 あるところに、男がいた。

 男は独りで、刀を打っていた。


『違う……』


 だがしばらくして、男は鉄の塊を放り投げる。


『違う、またやり直しだ。こんなものじゃない……』


 何度やっても、うまくいかない。

 男はうなだれた。

 だが、それでも刀を打つしかなかった。

 男は、刀鍛冶なのだから。


『次こそは……』


 男はかたわらにある太刀を見つめながら、鎚をにぎり直した。

 カン、カン、カン。

 がらくたの山が積みあがっていく。

 男が独りきりで刀を打つ音が、いつまでもいつまでも、ひびいていた。



  *  *  *



「わたしが、何者かなんて……決まっているでしょう?」


 鼓御前とよく似た容姿の少女が、くちびるをふるわせる。


「わたしが天鼓丸です。そうですよね!? お父さま!」

「うぐっ……ぅああ!」


 天鼓丸の叫びがひびきわたり、蘇芳が頭をかかえてうめきだす。

 異変はそれだけではない。

 ぐにゃりと、周囲の空間が大きく歪んだのだ。


「これはいったい……うっ!」


 津波のごとく押し寄せる瘴気に、鼓御前がめまいをもよおしたとき。


「──『(めつ)』」


 凛とした言霊とともに、まばゆい光があたりを埋め尽くす。

 ふっと、見違えたようにからだが軽くなる。

 恐る恐るまぶたを持ちあげる鼓御前。

 そこには、鼓御前を腕に抱いたまま正面を見据える桐弥のすがたがあった。

 桐弥がかざした右手は、白い光をおびている。

 押し寄せる瘴気を、その類まれなる浄化能力で相殺したのだ。


「瘴気は僕がはじき返す。さっさと決着をつけろ、小僧」

「言われなくても」

「父さま、葵葉……!」


 鼓御前がまばたきをするうちに、状況は一変していた。

 神社の自室にいたはずが、境内に移動していたのである。


「じぶんが天鼓丸だとかほざいているあの小娘、太刀にやどった付喪神だな。しかも、この瘴気……(やす)んでいる。祟り神か」

「そりゃあ封印したくもなるわな。太刀だと室内じゃあ闘いにくいからって、ご丁寧に舞台まで用意してくれて」


 すでに短刀の鯉口は切っている。

 敵から視線は外さないまま、葵葉は鼓御前へ語りかける。


「姉さま、ここは神社の奥にあった封印の内部。現実世界とは隔離された場所だ。まぁいまは祟り神の神域と化してるみたいだけどな」

「神域……」


 そう言われ、やっと腑に落ちた。

 暗い空。蠢く瘴気。見慣れた神社の景色としては、あり得ないものだからだ。


「あの、父さま」


 すこしずつ状況を飲み込めてきたところで、鼓御前は意を決して桐弥を呼ぶ。


「莇さんに取り憑いた『墓荒らしの鬼』の正体は……九条蘇芳さまです」

「…………なに?」


 あまり感情を顔に出さない桐弥が、そのときだけは反応を見せた。


「……そうか」


 納得したように。それでいて、どこか悲しそうに。


「九条蘇芳? だれだそいつは」

「僕の兄弟子(あにでし)だ。僕のことが気に食わなくて、天はじぶんが打った刀だとか、言いがかりをつけてきたんだろう」

「違う! 天鼓丸は私の刀だ! その刃文はまぎれもなく……っう! ぐぁあっ!」


 ふたたび、蘇芳が頭をかかえて苦しみだす。


「なにをなさっているのですか、お父さま。娘が脅かされようとしているのですよ? 早くあの者たちを消してください!」


 天鼓丸が金切り声をあげ、桁違いに濃密な瘴気が渦巻く。


「刀を……私の刀を、まもらねば……」

「くっ……こいつ!」


 ──ヴンッ!


 殺気を感じ、瞬時に飛びのく葵葉。

 首を刈り取るように、ふるわれる太刀。

 一瞬でも反応が遅れていたら、葵葉の首と胴は泣き別れていただろう。


「刀……私の、刀……」


 うわごとをくり返す蘇芳の様子は、まるで壊れた人形のようだ。


「意思が感じられない……神気によって身体能力が急上昇しているかわりに、精神を殺されてしまっているかのようです……」

「さすが、祟り神のやることはえげつないな」

「いくら鬼塚の小僧が豊富な霊力を持っているといっても、あの神気にいつまでも耐えられるわけじゃないぞ」

「俺が、目を覚まさせてやる」

「葵葉!」


 鼓御前が葵葉を呼ぶのと、短刀が抜き払われるのは、同時だった。


「おい莇! なにチンタラやってんだ、この馬鹿野郎!」


 キンッ! キンッ!


 どす黒い瘴気をまとった太刀をはじきながら、葵葉は距離を詰めてゆく。


「そんなやつにいつまでも好き放題されて、いいのかよ!」


 友を救う。

 そのために刀をふるう葵葉に、迷いはなかった。


「ぐ……」

「莇! おまえは……!」

「……る、さい……うるさいうるさいうるさいッ!」


 ──ガキィイインッ!


 重い衝突音。

 激しく火花が散り、葵葉が吹き飛ばされる。


「うぐっ!」

「葵葉!」


 とっさに受け身を取る葵葉。

 頭部への衝撃をやわらげることはできたが、からだを強く打ちすぎた。

 すぐに立ち上がることは叶わない。


 ゆらり……


 そこへ、蘇芳が馬乗りになる。

 ふりあげられる太刀。


「……莇」


 それでも、葵葉は逃げなかった。

 常磐色の瞳を逸らすことなく、訴えかけるのだ。


「おまえの刀は……守るための刀なんだろ、莇!」


 ぴたりと、動きを止める蘇芳。


「っ……あ……ぐぅ、あぁあっ!」


 やがて蘇芳は激しく手をふるわせ、太刀を落としてしまう。

 蘇芳は首をおさえ、うめいている。その苦しみ方が尋常ではない。


「もしかして……莇さん」

「待て、天!」


 駆けだそうとした鼓御前は、桐弥に腕を引かれる。

 娘を危険な場所に行かせたくないという桐弥の思いは、もっともだ。けれど。


「行かせてください、父さま。いまならきっと、届きます」

「……天」


 鼓御前のほほ笑みを受け、桐弥はそっと手を離す。

 大丈夫。手をのばせば、きっと。

 鼓御前は決意を胸に、歩を進める。


「莇さん」


 頭をかかえ、首を掻きむしる少年へ、語りかける。

 ──友を傷つけたくないと、葛藤している少年へ。


「莇さん、おぼえていますか。まだ出会って間もなかったころ。わたしがお見舞いに行った日のことです」


 思えば、あの日の出来事が転機だったのかもしれない。


「あの日わたしは、莇さんの瞳がきれいだと言いました。黒曜石のようにきれいで……月のない夜のように、さびしそうだと」


 あのときは、どうして彼がさびしそうな顔をしているのか、わからなくて。


「でも……あのときの莇さんの気持ちが、いまならわかります」


 ──いちばんになっても、欲しいものが手に入らなければ、意味がない。

 ──おれを選んで、鼓御前さま……!


 彼がどれほど血のにじむ努力をしてきたのか。

 痛いほどに、わかる。


「莇さん、わたしはひとつ、思い違いをしていました」


 彼の瞳は、いつだって澄んでいた。

 澄んだ黒に、光をやどしていた。

 光をやどした黒い瞳は、新月の夜ではなく、夜明けを待つ明け方の空の色。


「あなたの瞳は、とてもきれいです。夜の終わりを告げる、(あかつき)のよう」


 はたと呼吸を止めた少年が、鼓御前を見つめる。

 鼓御前は少年へ両腕をのばす。そして、まばゆいばかりの笑みを浮かべてみせた。


「もう大丈夫ですから」


 あの明け方のこと。


 ──鼓御前さまに、知っていてほしくて。


 手を取り、指でなぞって、彼がつたえようとしていたことは。


 ──これが、おれの名前です。


「ね──暁矢(きょうや)さん」


 鬼塚暁矢。彼の真名。

 彼のこころが、鼓御前とともにあるというあかし。


「もどってきて……暁矢さん」


 祈るような言葉が、言霊となる。

 おのれのなかに、あらたなえにしが強くむすばれゆくのを、鼓御前は感じた。


「……つづみごぜん、さま」


 ほろりと、少年の口から言葉がこぼれ。

 次の瞬間、少年の前に、葵葉がおどり出ていた。

 にぎりしめた短刀のきっさきで、ずぷりと、胸を貫いて。


「──莇のからだから出ていけ、くそ野郎」


 ぶちり──……


 複雑にからみあった呪縛が、断ち切られる。

 そのひと太刀は、一瞬にして穢れを、穢れだけを消し去った。


 シュウウ……


 少年のからだにまとわりついた黒い気配が、消えてゆく。


「莇っ……!」


 くずれ落ちる友のからだを、葵葉はとっさに抱きとめた。


「大丈夫ですか!?」


 すぐに鼓御前が駆け寄る。

「う……」とわずかなうめき声ののち。


「……はい、大丈夫です。なんとか」


 顔をあげた莇が、はにかんだ。

 とたん、鼓御前の胸に熱がこみ上げる。


「よかった……!」

「わっと……!」


 気づいたときには、両腕いっぱいに莇を抱きしめていた。


「おかえりなさい。……よくがんばりましたね、暁矢さん」

「鼓御前さま……」


 一度、二度と頭をなでられ。

 莇の瞳が、じわりとにじむ。


「っ……はい、鼓御前さま……ただいま、もどりました……!」


 さえぎるものは、なにもなかった。

 莇も歓喜の涙を流しながら、きつくきつく、鼓御前を抱きしめ返すのだった。

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