表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/63

*45* 墓荒らしの鬼

『奉納祭』にて、御刀さまを襲った犯人について。

 先日兎鞠神社に出現した〝(ヤスミ)〟と交戦した神宮寺家の覡四名のうち、意識不明の重体に陥っていた者だった。

 医療機関で集中治療を受けていたが、『奉納祭』開始直後に失踪。

 御刀さまを襲撃後、行方を追っていた九条家の覡により捕縛された。

 調査の末、瘴気反応の痕跡が検知された。〝(ヤスミ)〟に取り憑かれていたと見られる。


(ヤスミ)〟が人間に憑依する事例は、前代未聞である。

 これを受け、『典薬寮』は対策本部を設置。

 総力をあげて、〝(ヤスミ)〟の捜索に乗りだした。そして特級神使、立花千菊により、当事案について有力な情報をもっているとされる『重要参考人』へ聴取がおこなわれる。


「──『ソレ』の存在をアタシが知った経緯を説明するには、千年前までさかのぼる必要があるわ」


 一級神使、虎尾。しかしてその実態は、平安の世より生きるあやかし、九尾の狐である。


「はじまりは、紫榮さまが亡くなられた後のこと。病が悪化したと風のうわさで聞きつけてアタシが駆けつけたころには、手遅れだった……それだけじゃない。『天鼓丸』のすがたが、どこにもなかったの」

「……やはり」


 桐弥は紫水晶の瞳を険しく細める。

 紫榮は『天鼓丸』を神社に奉納することを望んでいたものの、取りはからってもらうための猶予がのこされていなかった。

 ならばせめて、わが子とはなればなれにならぬように。

 紫榮は病床で『天鼓丸』を抱いたまま、最期をむかえた。

 だが、ともに土に還ることは叶わなかった。紫榮がこの世を去った直後、彼のもとから『天鼓丸』を持ち去った者がいるということだ。


「もちろん血まなこになってさがしたわよ。でも、すぐには見つけられなかった。アタシがやっとこの子を見つけたときには、五百年の時が流れていて……雷に撃たれた後だった」

「母さま……」


 虎尾はかたわらに寄り添う鼓御前へ視線を落とすと、頭をひとなでした。


 時は戦国の世。

 虎尾は蘭雪にかわって『天鼓丸』が落雷を受け、損傷した場面に居合わせた。


「数百年の時がたっていることを抜きにしても、蘭雪さまがこの子の失踪に関わっていないことは、ひと目でわかったわ」


 蘭雪が紫榮のもとから『天鼓丸』を持ち去った本人でないことはもちろん、その関係者でないことも明白だった。

 盗みをはたらく卑しい人間が、焼けてしまった刀をひたむきに案じるはずがないのだ。

 そうした蘭雪の姿勢に、虎尾も惹かれるものがあった。

 たいせつに後世へつたえていくことを条件に、虎尾は焼けた『天鼓丸』の刀身を磨上げたのち、蘭雪へ託したのだという。


「ふたたび銘を切らなかったのは、嫌な予感がしたからよ」

「嫌な予感、ですか」


 虎尾をじっと見つめたまま、千菊が問う。

 葵葉、莇も、固唾をのんで虎尾の言葉の続きを待った。


「そう、嫌な予感。『天鼓丸』を求めて、また盗人がやってくるんじゃないかってね。紫榮さまが亡くなってから五百年以上もたってるのに、可笑しな話よね」


「でも」とここで口をつぐんだ虎尾が、しばしの沈黙ののち、絞りだすようにつぶやく。


「予感は的中したわ。その後蘭雪さまのお墓が暴かれて、この子は、何者かに連れ去られてしまった……」


 ()を隠したところで、無意味だった。

 そこでようやく、虎尾は気づいたのだ。


「この子を連れ去ったのは、人ならざるモノ。怨霊なのよ。この子を欲して、何百年もさまよい続けていた鬼──アレのことを、アタシは『墓荒らしの鬼』と呼んでいるわ」 


 すこしずつ、すこしずつ、秘められた真実が明らかになってゆく。


「『墓荒らしの鬼』……」


 無意識のうちにつぶやく莇。

 それを一瞥した虎尾は、次いで千菊へ視線を移した。


「ウチの子に手を出されて、黙っていられるわけがないじゃない。アタシもね、瘴気反応をたよりに、あのストーカー野郎の行方を追っていたのよ。でも、あるときからぜんぜん気配が感じられなくなったの」

「気配が消えた……ということは」

「アタシも知らないうちに、アレが忽然とすがたを消さざるを得ないような『なにか』が、起きたってこと」

「その『なにか』は、『墓荒らしの鬼』にとって予想外の出来事だったのでしょうね。そうでなければ、『鼓御前』という刀が、今日(こんにち)までつたえられることはなかったはずですから」


 だれもが、はっとしたように千菊に注目する。

 そのなかで虎尾だけが、静かにうなずき返した。


「そう。そしてその出来事に関わっているであろう人物の名前だけは、アタシも知っているわ。矢一(やいち)というひとに心当たりがありますでしょう、蘭雪さま? いいえ、立花センセ」

「──!」


 その瞬間、千菊の肩がびくりと跳ねる。


「もちろん知っていますとも。矢一は……私の忠実な臣下だった、青年の名です」

「矢一……お待ちください」


 この千菊の発言に、動揺を見せる者がいた。莇だ。


「立花先生……もしやその方は、弓がお得意ではありませんでしたか?」

「えぇ、矢一は弓の名手でした。私も彼以上の腕をもつ人物を知りません。……莇さんは、なぜそれを?」

「そんな……やはり」


 混乱を隠しきれない面持ちで、莇は千菊を見つめる。


「わが鬼塚家の始祖とされるお方の名が……鬼塚矢一です」

「…………なんですって」


 これには、千菊も言葉を失う。


「ね、言ったでしょ。すべての鍵をにぎっているのは、莇ちゃんだって」


 虎尾の言葉の意味を、ようやく鼓御前たちは思い知るのだった。



  *  *  *



 目の冴えるような青空に、太陽が南中する。

 このころには、相次ぐ訪問客でせわしなかった九条家の屋敷内も落ち着きを取りもどす。


「あらあら、寝ちゃった」


 すぐれた自己再生能力により、腹の傷はとっくに完治した虎尾ではあるが、布団から抜けだせずにいた。


「わるものを、やっつけるには……むにゃむにゃ……」


 さきほどまで難しい顔で考え込んでいた鼓御前が、うとうとし始めたのだ。

 虎尾のひざへなだれ込むようにして寝入るのも、あっという間だった。


「どこぞの狐のせいで、昨晩から一睡もしていないからな。緊張の糸が切れたんだろう」

「手厳しいわね……反省してるわよ」


 虎尾の部屋には、ほかに桐弥が残った。

 ひとしきり桐弥と会話して、虎尾はふとなつかしむ。

 こうして気兼ねなく話すのは、ひさしぶりな気がする。


「おまえも親なら、子守りくらいやれ」


 桐弥は鼓御前を一度抱き起こして、布団にそっと横たえる。むろん虎尾のとなりに、だ。

 口ではそっけないことを言うのに、行動は真逆だ。

 虎尾は唐茶色の瞳で、鼓御前に布団をかける桐弥をじっと見つめる。


「ねぇ、『あなた』って呼んでもいい?」

「……それは語弊があるぞ」

「好きにしていいんでしょ?」

「…………」

「じゃあ、きーちゃん」

「……どうにでもしてくれ」


 早々に白旗をあげる桐弥。虎尾は思わず笑ってしまった。

 冗談でも、物はためしに言ってみるものだと。


「夕飯までには呼びにくる。……今晩はいなり寿司らしい」

「えぇっ、ほんと!?」

「なんか出てるぞ」

「あらやだ、アタシったら。しまってしまって……と」


 ぴょこん! と頭から生えた狐の耳を、虎尾は押さえ込んで隠す。


「わかったら、さっさと寝ろ」

「はーい、きーちゃんもゆっくり休んでね」


 虎尾は手をふりながら、部屋を出る桐弥を見送った。

 すたんと障子が閉じられると、心地よい静けさにつつまれる。


「それじゃあアタシも、かわいいお姫さまとお昼寝しましょうかしらねぇ。んふふ」


 虎尾も横たわり、鼓御前を抱き寄せる。

 すぅすぅと、健やかな寝息が聞こえる。

 笑みがこぼれて仕方ないのを感じつつ、虎尾はまぶたを閉じた。


 解決すべき問題は山積みだけれど。

 いまだけは、このおだやかなひとときにひたることを許してほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ