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*39* 緊迫

 ──兎鞠神社に〝(ヤスミ)〟が出現した。

 衝撃的な一報により、九条家の屋敷内は騒然としていた。

 これを受け、急遽母屋の一画に救護室が設置される。


「失礼いたします! ご無事ですか、姉上!」


 莇が障子を開け放つと、真っ先に萌黄色の和服すがたの少女が目に入る。莇の姉である、ひなだ。莇に続き、鼓御前もひなへ駆け寄った。


「お怪我をされたとお聞きしました。ひなさん、大丈夫ですか?」

「はい、陣さまに治療をしていただきましたので……」


 畳に座り込んだひなのそばには、陣がいた。 

 ひなは右の手首あたりを負傷したのだろう。

 陣によって包帯が巻かれ、ちょうど処置を終えたところらしかった。


「軽傷ではありますが、しばらく無理はなさらないほうがよろしいでしょう」

「お手数をおかけしました……陣さま」


 申し訳なさそうに深々と頭を垂れるひなへ、陣は静かに「いいえ」と答える。


「たいへんなときに悪いけど、なにがあったんだ? 場合によっちゃ、俺らもここで悠長にしてらんないんだけど」


 葵葉の問いに、ひなが表情を強ばらせたときだ。


「それに関しましては、わたくしがご報告いたします」


 低い声がひびき、打刀を提げた男が部屋に入ってくる。

 見慣れぬ顔に鼓御前や葵葉が目を丸くする一方で、莇が反応を見せた。


「山吹殿」

「莇さん、こちらの方は?」

「鬼塚家に仕える覡で、義父上の代から活躍なさっている方です」

「二級神使、山吹と申します。御刀さまにおかれましては、なにとぞお見知りおきを」


 山吹は鼓御前へ一礼。そしてひと呼吸を置き、報告をはじめる。


「今朝方、兎鞠神社にて瘴気反応を確認。付近を巡回しておりましたわたくしも急行いたしました。しかし、当該の〝(ヤスミ)〟はすがたを確認できず」

「つまり、〝(ヤスミ)〟は逃げたってことか?」

「は。追跡が必要な状況下ではございましたが、複数名の負傷者があり、救護を優先すべきと判断いたしました。そのため、姫さま方をこちらへお連れしたしだいでございます」

「九条家には優秀な結界師がいらっしゃいます。〝(ヤスミ)〟も、そうやすやすと侵入はできないでしょう。ご英断に感謝いたします、山吹殿」

「もったいなきお言葉です、若さま」


 ひととおりの報告を終えるや否や、「では、わたくしはこれにて」と山吹は足早に部屋を出ていった。〝(ヤスミ)〟の捜索に向かったのだろう。


「ひなさん、大丈夫ですか?」


 終始うつむいていたひなへ、鼓御前が気遣わしげな視線を向ける。 


「目の前で、何人もの覡さまが倒れられました。神宮寺家の娘たるもの、毅然とせねばならなかったのに……申し訳ありません」


 ひなの言動には、やはり覇気がなかった。


「危険な目に遭ったんです。恐怖を感じるのは当然ですわ」

「鼓御前さま……」

「よくぞ無事でいてくれました。もう大丈夫ですからね、ひなさん」

「……はい……っ!」


 緊張の糸が切れたのだろう。ひなの瞳から、ぶわりと涙があふれだす。

 安堵の涙を流すひなを、鼓御前は抱きしめた。


「姉上……」


 莇もこみ上げるものをぐっとこらえ、すすり泣く姉の肩に、そっと手を添えるのだった。



  *  *  *



 揺るがぬ湖面が、鈍色の空を映している。

 風ひとつ吹かない正午前。『映月亭』に鼓御前のすがたはあった。

 湖にかこまれた大部屋には、ほかに莇、千菊、竜胆があつまっている。

 ただよう空気は、重苦しいものであった。真っ先に口火を切ったのは、竜胆だ。


「被害状況を申しあげます。〝(ヤスミ)〟と交戦の末、兎鞠神社に常駐していた神宮寺家の覡一名が意識不明の重体。そのほか三名が重傷を負い、治療中でございます」

「なんということ……」


 ひなの様子から薄々察してはいたが、事態は予想以上に深刻なようだ。


「逃走した〝(ヤスミ)〟の行方は、どうなっていますか?」


 鼓御前の問いに答えたのは、千菊だ。


「しらせを受けまして、私も至急現場へ向かいました。神社周辺の〝(ヤスミ)〟は掃討済みです。ただ……」

「ただ?」

()()()()()()()()。覡に大損害をあたえた〝(ヤスミ)〟は、いまだ逃走中かと」

「まるで、雑魚どもを目くらましに逃げおおせたような……なんと小賢しい。あやかし風情にそのような知能があるとも思えんが」

「なんにせよ、〝(ヤスミ)〟に関する情報がすくなすぎます。交戦した覡が、みなあのような状況ですからね」

「〝(ヤスミ)〟の目撃情報でしたら、あらたに判明したことがございます」

「それはまことでございますか、鼓御前さま」

「えぇ、ひなさんからおうかがいしたことがいくつか。莇さん、よろしくお願いします」

「はっ」


 鼓御前の目配せを受け、莇は一礼する。


「神社を襲ったと思われる〝(ヤスミ)〟ですが、実態のない黒いもやのような、それでいて人型のようなかたちを成していたとのことです」

「人型の〝(ヤスミ)〟……ですか。それは私も見たことがありませんね」


 千菊も目にしたことがないとすれば、相当なことだ。


「わが姉、神宮寺ひな含め、みな鋭利なものによる刺傷を負っております。そして姉の証言によれば、人型の〝(ヤスミ)〟は、刀のようなものをもっていたと」

「〝(ヤスミ)〟が刀を? 落ち武者の怨霊とでもいうのか」

「残念ながら、詳しいことは。ただもうひとつ、気になることが。くだんの〝(ヤスミ)〟は神社に侵入後、真っ先に姉へ襲いかかったのだそうです」

「なに……ひな殿に?」

「はい。そしてその直後、なにか言葉を残してすがたを消したのだとか。姉は『ちがう』とつぶやいていたように聞こえたと、そう申しております」


 刀をもち、人語を発する人型の〝(ヤスミ)〟。

 それがひなに対して告げた「ちがう」という言葉の意味は、なんなのか。


「特定の方に襲いかかり、人違いだと認識してすがたを消したのなら、その〝(ヤスミ)〟はどなたかをさがしているのではないかと考えられませんか?」

「わたくしも立花先生と同意見です。そして兎鞠神社におられ、姉とよく似た背格好の方となれば──」

「彼奴らのねらいは、鼓御前さまか!」


 考えたくはない。だが、そうだとすればつじつまが合うのだ。


「わたしの神気は、あやかしにとってごちそうなのでしょう。となれば、いずれわがもとに〝(ヤスミ)〟は現れるはず。……あるじさま?」


 話しながら、鼓御前は口もとに手をあてて黙り込む千菊に気づく。

 なにか思うところがあるようだ。


「いえ……人型かつ人語を発することといい、やけに人間くさい〝(ヤスミ)〟だと思いまして。『霊域』である神社に侵入されたことも、前代未聞の事例です」


 それは過去の記録に残された〝(ヤスミ)〟とは、まったく格がちがうということ。


「この状況下で私たちがすべきことは、みっつあります」


 千菊はそういうと、まず人さし指を立ててみせる。


「ひとつ、御刀さま周辺の警護を、強化すること。ふたつ、島民へ被害が出る前に、早急に〝(ヤスミ)〟を発見すること。そしてみっつ──『奉納祭』における神楽の実施の可否を、適切に判断することです」

「立花殿……先祖代々続く『奉納祭』を実施しないという選択肢はないはず。よもや、取りやめるべきとおっしゃいなさるか!」

「いいえ。神楽を途絶えさせたとなれば、それこそ悪しきあやかしたちが島にあふれ返ってしまうでしょうね」

「なれば何故……!」

「もちろん最善策は、いま挙げましたすべての事柄を完璧に成し遂げることです。ですので、そのために必要な『役割分担』をしましょうとご提案させていただきたいのです」


 はっと気づいたように、竜胆は口をつぐむ。

 落ち着き払った声音で、千菊は続ける。


「島の巡回および〝(ヤスミ)〟の捜索は、わが立花家がおこないましょう」

「鬼塚家も協力いたします。本日午後にでも、兎鞠神社へ現場検証班の派遣を。瘴気の痕跡をつかむことさえできれば、すがたを消した〝(ヤスミ)〟の手がかりとなるはず」

「決まりですね。では──」


 千菊、莇がたがいに顔を見合わせ、うなずき合う。


「御刀さまの警護は、九条家がおこなう」


 そのときだ。湖に面した縁側から、桐弥が颯爽とすがたを現す。

 桐弥は陣を引き連れていた。


「いましがた、うちの結界師が島全域に感知式の結界を張り終えたところだ。〝(ヤスミ)〟が不審な動きを見せれば、こちらもすぐにわかる」

「結界師……というと、陣さまが? それも、この広い島全域に結界を……?」


 にわかには信じがたい。けれども桐弥のうしろに控えている陣は涼しげな面持ちのまま、鼓御前らへ向かってうやうやしく一礼するのみ。

 おどろきを隠せない鼓御前へ、桐弥はつと向き直り。


「御刀さまはこちらへ。──話をしよう」


 簡潔な言葉。

 いつもの桐弥であれば淡々と告げたのち、さっさと背を向けてしまうところだ。

 だが、このときはちがった。鼓御前へ右手をさしのべ、その反応をじっと待っている。

 どうかこの手を取ってくれと、すがるようなまなざしで。


「わかりました、父さま」


 もう迷いはなかった。

 鼓御前は桐弥の手を取り、その場を後にした。

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