*34* 疑問
顔合わせが終わるころ。『映月亭』へ陣がやってきた。それを桐弥はちらと一瞥する。
「御刀さまを部屋まで案内しろ」
「かしこまりました、若さま」
陣と桐弥のあいだで、簡潔な言葉が交わされる。
(なんだか、不思議な感じ……)
学校では軽口を叩きあうふたりを見ているせいか、その光景が鼓御前には物珍しく思えてしまった。
それから、陣の案内で母屋へ向かっていたときのこと。
道中、やたら見おぼえのある少年とばったり遭遇する。
「あんた、虎尾センセじゃないか?」
にこり。
「虎尾センセだよな?」
にこーっ!
「なんでなにも言わないのこのひと! 怖いんだけどっ!」
「えぇっと、これはその。かくかくしかじかでして」
陣を目にして混乱する少年、葵葉へ、慌てて説明をはじめる鼓御前であった。
* * *
聞くところによると、葵葉は千菊の付き添いで九条家をおとずれたらしい。
母屋に用意された十二畳の客間は、鼓御前が九条家にいるあいだ使うものだ。
ここならば余人の目もないとのことで、おたがいに腰を落ち着けて現状を説明することができた。
「──はぁ。事情はなんとなくわかった。九条センパイの世話をするために、こんな面倒なことやってるわけか」
座布団に座った葵葉が、ひと息つく。しかしその表情はどこか釈然としていない。
しばし腕組みをして考えたのち、葵葉は陣を見やった。
「見た目はともかく、近くにいたら霊力の気配でばれるんじゃないか? 俺にだってわかるくらいだぞ。あの九条センパイなら、とっくに気づいててもおかしくないと思うけど」
「そうですね。そうかもしれません」
部屋の入り口にひかえた陣が答える。なんともあっさりとした返事だ。
これには鼓御前も目を丸くする。
「父さまがお気づきかもしれないと、おわかりになった上で……?」
「ならなんで、いちいちこんなこと」
「必要なことだからです」
鼓御前や葵葉の疑問へ、陣は言葉をかさねる。
「わたしがあの方にお仕えするために、必要なことだからです」
陣の発言は核心にふれない。これ以上語るつもりはないのだろう。
「ふぅん。あんたは九条センパイが気づいてるのを知ってて、九条センパイもあんたになにも言わない、か。難儀だなぁ、あんたらも」
多くは語れない事情を葵葉も察したのか。これ以上陣の話を掘り下げることはしない。
(花ちゃんおねぇさまは、事情があって陣さまのふりをされているようだけれど……)
だれに対しても物怖じすることなく、社交的な虎尾。
口下手で、人付き合いが苦手な陣。
絵に描いたように正反対な兄弟だ。
顔のつくりは瓜ふたつ。けれど別人。
(だけど……でも)
今日『彼』を目にしてから、鼓御前は胸に『感じる』ものがあった。
(どうしてでしょう……どちらも、『彼らしい』と思えてしまう)
問答無用で桐弥を布団に放り込む虎尾も。
何歩も後ろに下がり、必要以上に桐弥へ干渉はしない陣も。
別人だと主張しながら、そのふるまいで、桐弥に対する『思いやり』を隠せていない。
彼は『ふたり』でもあり、『ひとり』でもあった。
(ふふ、よくわからなくなってきたわ)
不思議なものだ。
学校ではわからないことがあったらモヤモヤして、解決しないとスッキリしない。
それなのに、桐弥を巡る『虎尾と陣』の問題を前にして、鼓御前はまったくもって不快感をおぼえなかった。
まるで、晴れているのに雨がふり、その末に虹をかいま見たかのような心地で。
「なんだか、狐に化かされているみたい」
ほぼ無意識のうちに口にしていた。
が、鼓御前がそうつぶやいたとたん、はっと息をのむ気配がある。
やけに視線を感じる。陣が唐茶色の瞳を見ひらき、こちらを凝視していた。
「どうかなさいましたか?」
「…………いえ」
鼓御前がきょとんと首をかしげると、陣はかぶりをふって息をつく。
まるで、安堵したかのように。
「それでは、このあとのご予定ですが」
陣は居住まいをただすと、鼓御前へ向かって頭を垂れる。
「本日は顔合わせとのことで、御三家のみなさまをおまねきしてのご夕食となります。のちほどうかがいますので、お時間までごゆるりとお過ごしを──」
「あの! それでしたら、わたしからおねがいがありまして!」
このままいくと、陣は退室してしまうだろう。
そう悟った鼓御前は、すかさず陣を呼びとめる。
「わたしに、お屋敷を案内していただけませんか?」
広い敷地内だ。
必要に応じてじぶんが案内するため迷子になる心配はないと、陣に言われていたが。
「お部屋でぼうっとしているよりいいかと思いまして。九条家のみなさんに、ごあいさつもしたいですし!」
「鼓御前さま……」
力説をしたところ、陣は唐茶色の瞳でじっと鼓御前を見つめ──
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
ふわり。笑みをほころばせ、うなずいたのだった。
* * *
鼓御前は、九条家の敷地内にある鍛錬所をおとずれていた。
本家の屋敷をひととおり見てまわったあと、「ごらんになりますか」と、それとなく陣が案内してくれたのである。
鼓御前が鍛錬所のある方角をちらちらと気にしていたことを、よく見ていたのだろう。
トンテンカン、トンテンカン。鉄を打つ音が、鮮明に聞こえる。
「まぁ……!」
鍛錬所の入り口で熱風を感じながら、鼓御前は感嘆の息をもらす。
灼熱の炎に熱された赤い鉄が、いままさに、ふたりの刀匠によって鍛えられているところであった。
「熱した鉄と小槌を持った者を横座、大槌を持った者を先手といいます。このように、刀の鍛錬は複数の刀匠によっておこなわれます」
「ここで最も重要な役割をなさるのが、横座の方なんですよね?」
「そのとおりでございます」
横座が熱した鉄をテコ棒で固定し、小槌を打つ。これでどの場所をどの程度の強さで叩くのか、合図をするのだ。
横座の合図を受け、先手が大槌をふるって鉄を打つ。これを相槌という。
相手の反応に合わせて、相槌を打っているのである。
このことから、通常横座は師匠が、先手はその弟子がつとめる。
ただし、先手が打つ場所やタイミングを間違えるなど的はずれなことをすると、鉄を打つ音がちぐはぐになってしまう。トンチンカン、というふうに。
松の炭を焼べると、よりいっそうの熱気につつまれる。
燃えさかる炎の色。
爆ぜる火花。
鉄の沸く音。
それらすべてを五感で感じとり、刀匠は刀を鍛えあげてゆく。
「わたしも、あんなふうに打たれたのですね……」
鼓御前の口から、ひとりでに言葉がもれる。
「……あ、れ」
そのときだ。ふと、疑問に思ったのは。
鼓御前の生みの親は、平安時代の刀匠、九条紫榮だ。
けれども、刀は独りでは打てない。だとすれば。
(父さまに……紫榮さまに相槌を打ったのは、どなた……?)
紫榮は無名の刀鍛冶だ。そんな彼にも、兄弟子がいたというが──
「……うっ!」
──ズキン。疼くような頭痛が、鼓御前を襲う。
「鼓御前さま!」
大きくよろめいたからだを、陣が抱きとめた。
「わたし……わたしを、うった、のは……」
ズキズキと、頭がきしむ。
──いまはまだ、いい。
──無理に思い出さなくていい。
紫榮、いや桐弥は、そう言っていたけれど。
「おもい、ださなくちゃ……」
思い出さなければいけない。そう『本能』が叫んでいるのが、わかる。
「……天姫さま」
「え……?」
耐えしのぶ鼓御前の頭上で、声が聞こえた。
おそらく、陣のものだろう。だがなんと言っていたのか。くぐもって聞こえて、鼓御前にはよくわからなかったけれど。
「姫さま……ありがとうございます」
ぼんやりと見上げた先で、陣は唐茶色の瞳を揺らめかせていた。泣きそうな顔で。
「……悲しいことが、あったのですか?」
「いいえ」
いまにもこぼれ落ちそうな涙をぬぐおうと、鼓御前が手をのばしたときだ。
それよりも早く、陣にぎゅうと抱きしめられる。
すこし苦しいくらいだ。だが陣の腕につつまれると、鼓御前をさいなんでいた頭の痛みがすぅっと引いていく。
あとには、心地よいぬくもりが残るだけ。
(あぁ、やっぱり……なつかしい)
身をゆだね、まどろんでしまいそうになる。
鼓御前は確信した。
(この感覚を、わたしは知っている……)
それは、なにを意味するのか。
鈍い思考では、理解することは叶わず。
鼓御前はただ、陣の胸にもたれることしかできない。
しばしのあいだ鼓御前を抱き、頭を撫ぜていた陣が、おもむろにからだを離す。
「……本日も暑いですから、熱気にあてられてしまったのかもしれませんね。申し訳ありません」
そういって配慮が足りなかったことを詫びるさまは、『いつもの陣』であった。
「お部屋にもどりましょうか。鼓御前さま、お手を」
「あ……はい」
ごく自然に手をとられ、陣に腕を引かれるまま、鼓御前は歩きだす。
「…………」
鍛錬所をあとにしながら、鼓御前はそっと陣を見上げる。
(もしかして……わたしは、花ちゃんおねぇさまにお会いしたことがある……?)
それも、人の身を得るより以前に。
「あ、あのっ……!」
胸がざわめいてしょうがない。
思いきって、陣に問いかけようとする鼓御前だが──
「──いい加減にしないか! 桐弥!」
突如ひびきわたった怒声によって、それは叶わなかった。




