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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第四章
39/39

*33* 九条家

 満月型の兎鞠島(とまりじま)は東西南北に分けられ、古くから御三家と鬼塚(おにづか)家がそれぞれの地を守ってきた。

 このうち島の南部に屋敷をかまえているのが、刀の製造と保存をになう九条(くじょう)家である。


陰陽道(おんみょうどう)において、南は火をつかさどる朱雀(すざく)が守護をしているとされるの。灼熱の炎と向き合って刀を打ってきた九条家には、うってつけの場所だったってことね」


 左手で鼓御前(つづみごぜん)の鞄をもち、右手で白いレースの日傘をさした虎尾(とらお)が、道中に語る。

 日射しをさえぎる影のなかで、鼓御前はそわそわと問いかける。


「そうなのですね。それで、あの……どうして(はな)ちゃんおねぇさまは、(じん)さまとお名乗りに?」


 いつもは化粧をして女性のようにふるまっている彼が、突然別人のようになって現れたのだ。鼓御前が混乱するのも無理はない。


「あぁ、それはね」

 

 ふだんほどの化粧っけはないものの、見目麗しい顔立ちはそのままに、虎尾は口をひらく。


「陣はね、アタシの双子の弟のことよ」


「花ちゃんおねぇさまには、弟さんがいらしたのですか?」


「そうよー、アタシに似ず、コミュニケーション能力が壊滅的でねぇ」


 虎尾によると、弟の陣は小心者で、山小屋に引きこもって鞘ばかり作っている。そのため、公の場にめったにすがたを現そうとしないらしい。


「アタシが九条家に出入りするときは、陣のふりをさせてもらってるの」


「弟さんのふり……」


 それはまた、どうして。

 疑問を投げかけようとした鼓御前は、はたと気づく。

 虎尾の行動には、いつも一貫した『理由』がある。


「もしかして……(とと)さまのため、ですか?」


「ふふ、正解」


 さらりと返答あり。鼓御前の見解は、正しかったようだ。


「あの子は、虎尾(アタシ)にお世話されたくないみたいだからね」


「花ちゃんおねぇさま……」


「でもこうすればアタシは九条ちゃんのお世話ができて、陣は苦手な人付き合いをしなくていい。おたがい万々歳じゃない?」


 なんでもないように笑みを浮かべる虎尾だが、その横顔が鼓御前にはさびしそうに見え──


「はい、とうちゃーく」


 鼓御前が話しかけるより先に、日傘をたたんだ虎尾がふり返る。


「では、御刀(おかたな)さま。さきほど()()()がおねがいしたこと、かさねてよろしくおねがいしますね」


 にこり。見慣れた笑みであるはずなのに、鼓御前にはまるで別物のように感じられた。

 美しいけれど、そこに艶やかさはない。素朴な笑みだった。


「わかりました」


 鼓御前の目の前には、厳かな薬医門(やくいもん)がそびえる。そのむかし、医家の門として使われていたという。

 門扉の横に簡単な木戸があり、門を閉めても人の往来を妨げない造りになっている。そうして夜間も患者を受け入れていたのである。


 創造と保存の九条家。刀が生まれ、穢れが祓われるこの場所は、まさに刀剣の医療機関といっても過言ではないだろう。

 この門の先に一歩足を踏み入れたなら、立ち止まることは許されない。


「まいりましょう」


 ひとつ深呼吸をした鼓御前は、陣の背に続き、門をくぐった。



  *  *  *



 広大な敷地内に、九条本家は屋敷をかまえていた。

 トンテンカン、と、どこからか風に乗って音がとどく。

 あれは鉄を金槌で叩く音。刀を打つ音だ。鉄のにおいがする。なんだかなつかしくて、鼓御前は紫水晶の瞳を細める。

 刀の鍛錬所をかかえているなら、屋敷がこれほど立派なことも納得できる。


「広いですね……迷子にならないようにしないと」


「わたしがおそばにひかえておりますので、ご心配にはおよびません」


 ぽつりと鼓御前がこぼすと、すらすらと返答がある。陣のこれが演技だとわかっていても、まだ慣れない。

 鼓御前は様子をうかがいながら、ちょこちょこと陣の背を追いかける。

 すると、なぜか陣は母屋を素通りするではないか。どうしたというのだろう。


「みなさまがお待ちです。『映月亭(えいげつてい)』へご案内いたします」


 鼓御前の疑問を見透かしたように、陣がふり返ってほほ笑んだ。



 九条本家は、母屋の向こうに別棟がある。

 数寄屋(すきや)づくりの離れ。質素ながら洗練されたその建物全体が、客人をもてなす茶室となっている。

『映月亭』──おどろくべきことに、そこは湖にかこまれた場所だった。


御刀(おかたな)さまのおなりです」


 陣に連れられやってきた鼓御前は、思わず息をのんだ。

 ──湖が、目の前にある。

 そこは三方の障子が取り払われた、八畳の一室。

 なんという開放感だろう。床と湖がほぼ同じ高さだ。手を伸ばせば、湖面にふれられるはずだ。

 この場には、すでにみっつの人影があった。

 上座に用意された座布団へ、鼓御前はそうっと腰を落ち着ける。

 すると、向かって左手側に座った人物が深々とこうべを垂れた。


「お初にお目にかかります。九条家当主、竜胆(りんどう)と申します。御刀さまにおかれましては、此度のご足労、まことに痛み入ります」


「鼓御前でございます。おまねきいただき、ありがとうございます」


 鼓御前も礼を返したのち、竜胆と名乗った人物をあらためて見やる。

 白髪まじりの初老の男。精悍な顔つきをしている。

 今紫の差袴(さしこ)。藤の白紋がほどこされているため、一級の(かんなぎ)とひと目でわかる。

 ただ、その人物がただの覡ではないことは、鼓御前も理解できた。

 金糸で桐の紋が刻まれた、黒の羽織をまとっていたためだ。


「あらためて、ごあいさつさせていただきます。こちらが(せがれ)でございますれば」


 竜胆のとなりには、(とび)色の髪の少年がいた。


「九条桐弥だ」


 鼓御前へ一礼したのち、桐弥は簡潔に述べる。

 はい、存じあげております──そう鼓御前が笑みを返そうとしたところ。


「ふんっ!」


 ぶぉんっ!

 竜胆の平手が、突如として桐弥を襲う。

 しかし桐弥は涼しい顔で首をそらし、ひょいと避けた。


「えっ……?」


 なにが起きたのか、鼓御前はすぐにはわからなかった。


「軽々しく名乗るばかりか、御刀さまに対してなんたる態度っ!」


「僕が何者かなんて方々に知れたことだ。いまさらだろう」


「おまえは、次期当主としての自覚をもっているのか!?」


「充分もっている」


 叱咤する竜胆。うんざりと眉根を寄せる桐弥。


「ふふ。相変わらず親子仲がよろしいようですね、竜胆さま」


 そしてふたりの向かい。鼓御前の向かって右手側で、竜頭の面をつけた青年──千菊(ちあき)が、くすくすと笑みをもらす。


「あんたも目がおかしいな。いますぐ医者にかかったほうがいい」


「これ! 立花(たちばな)家ご当主殿になんという口の聞き方を!」


「……話が進まんな」


 桐弥がため息まじりに口をとじる。

 らちが明かないと判断したらしい。


「竜胆さまは、父さま……桐弥さまのお父さま、そして九条家ご当主さまでいらっしゃるのですね。それでえっと、立花家のご当主さまが」


「おつたえしそびれていましたね。私、立花千菊が立花家当主でございますよ、御刀さま」


 鼓御前がひとつひとつ確認をすると、面越しに千菊がにこりと笑う。たしかに竜胆同様、千菊は家紋の入った黒羽織をまとっていた。

 立花家は銀杏(いちょう)の花に似た杏葉(ぎょうよう)紋だ。

『奉納祭』は御三家の代表が執り行う。千菊が立花家当主であるなら、この場にいるのは当然といえる。


「あら? でもそうすると、おひとりいらっしゃいませんね」


 鼓御前を案内したあと、陣は退出している。

 この場には、鼓御前、竜胆、桐弥、千菊のほかに人影はない。


神宮寺(じんぐうじ)家の方は……」


「──失礼いたします」


 ふいに聞こえた声があり、鼓御前は口をつぐむ。凛とした、聞きおぼえのある声だ。

 ほどなく、鼓御前の思い描いた少年がすがたを現す。


「神宮寺家ならびに鬼塚(おにづか)家当主の名代としてまいりました、(あざみ)と申します。お待たせいたしまして、まことに申し訳ございません」


 莇は入室するなり、ひざを折ると、腰帯から短刀をはずして自身の右手側へ置く。そして畳に両手をつき、深々とこうべを垂れる。

 竜胆がすっと目を細め、謝罪を口にする莇を見やった。


「これは莇殿。貴殿が最後にいらっしゃるとはめずらしい。なにか不測の事態でも?」


「昨夜遅く、北の墓地に〝(ヤスミ)〟が出現いたしました。北部はわが鬼塚家の管轄でございます。そのため、対応にあたっておりました」


「なるほど。あやかしどもが、明け方まで好き放題をしていたと見える」


 多くをきかずとも、竜胆はいきさつを察したらしかった。


(そうですよね。莇さんなら、こうした場にはいち早くいらっしゃるはずですものね)


 莇がうっかり遅刻をするような性分ではないことを、鼓御前も知っている。

 となれば、昨晩現れた〝(ヤスミ)〟の対応に手こずっていたのだろう。


「近ごろは、〝(ヤスミ)〟の目撃情報が急増しています」


 ふいに、千菊が口をひらく。


「北東部を中心に、〝(ヤスミ)〟は島全体で増加傾向にあるようです」


「北東部となると、鬼門の方角ですな。そこからあやかしどもが流れ込んできていると。そして万が一彼奴(きゃつ)らを食い止められなければ、島の西部、御刀さまのおわす兎鞠神社への侵入をゆるすことになる」


「──させませぬ」


 竜胆の語尾をさえぎるように、莇が低くうなる。


「御刀さまがおびやかさられるなど、あってはなりません。たとえ手足をもがれようとも、この命を懸けて、〝(ヤスミ)〟はわたくしが斬り伏せます」


 莇の言葉には迷いがない。だからこそ、鼓御前は一抹の不安をおぼえる。


(莇さん……無理はなさっていないかしら?)


 責任感の強い莇の性格を思えば、寝ずに〝(ヤスミ)〟を斬ってまわるなど、平気でやってのけるだろう。


「莇さん。わたしもおてつだいしますから、遠慮なくおっしゃってくださいね?」


 頼ってほしい。鼓御前はそうつたえたつもりだった。

 だが、莇は静かにかぶりをふる。


「いえ。鼓御前さまはたいせつな神事をひかえておられます。お手をわずらわせることはいたしません」


「莇さん……」


 莇の意思は揺るがなかった。かたくなになっているともいえる。

 そんななか、おもむろに口をひらいた千菊の提案がながれを変える。


「北は鬼塚家、東は立花家の管轄地です。〝(ヤスミ)〟が顕著に増加している北東部は、その境目にあたります。であれば、両家が協力して警備をおこなうべきかと」


 よって、立花家も警戒にあたる覡を増員する。その旨が、千菊の口から告げられた。


「急いては事を仕損じます。こんなときだからこそ、焦らず冷静に対処していきましょう」


「……力およばず、申し訳ございません」


「言ったでしょう?  気負う必要はまったくありませんと。みなさんと協力していけばいいんですから。ね、莇さん」


「はい……立花先生」


 おだやかに呼びかけられ、莇も幾分か緊張がやわらいだようだ。


(さすがあるじさまです。それにくらべ、わたしは……)


 莇の負担を取りのぞくことも、軽くすることもできなかった。


(わたしだって、みなさんのお力になりたいのに)


 守られるだけの御刀さまでは、いたくない。

 それをつたえたくても、どうもうまくいかない。

 胸にふっ……と影がさすのを、鼓御前は感じた。

 その様子を、桐弥が紫水晶のまなざしで見つめていた。


「話はまとまったようだな。本題に入らせてもらう」


 桐弥はあまり多弁ではない。一方で、ひとたび口をひらけば不思議と引き寄せられるひびきがある。

 だれもが、桐弥に注目した。


「みなわかっていると思うが、『奉納祭』を間近にひかえている」


 桐弥の言葉に、鼓御前ははっと背すじを正した。

 そうだ。ここは『奉納祭』に先立ち、御刀さまと御三家の代表があつまる場。これはみなの顔合わせなのだ。


「本年はわが九条家が主宰でございます。そして、倅も十八の年をむかえました」


 千菊、莇を見やった竜胆が、最後に鼓御前へ向き直る。


「本日みなさまにおあつまりいただいたのは、ほかでもございません。『奉納祭』にておこなわれる神楽の成功──これをもちまして、九条桐弥が九条家当主と相成(あいな)りますことを、ここに宣言いたします」


 ──桐弥が、九条家の当主に。

 それほど此度の『奉納祭』は九条家にとって大きな転機であるのだと、鼓御前は思い知る。


「『奉納祭』の神楽は、神刀を使うのがならわしだときいています。わたしはどのようなことをすればよろしいのでしょう?」


 鼓御前は素朴な疑問を口にしたつもりだった。だが──


「特別なことはなにも。こちらがぬかりなくやる。僕に万事まかせておけ」


 返ってきた桐弥の言葉は、やはり簡潔で、淡々としたものであった。

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