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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第四章
37/39

*31* 看病

 寮の部屋で、桐弥(きりや)は荷づくりをしていた。

 とはいえ、用意するのは着替えくらい。しかも明日からしばらくは制服も必要ない。

 外すことのできないものといえば、仕事道具の入った鞄だけだ。


 ……かたり。

 物音が聞こえた気がして、桐弥は黙々と動かしていた手もとから視線をあげる。

 こんなところをたずねてくる物好きは、そう多くない。


「……風汰(ふうた)?」


 無意識のうちに口からこぼれた声は、かすれていた。

 桐弥はぼんやりと室内を見まわし、信じられないものを目にする。


「お邪魔するわね──ってなにしてんのよ、九条(くじょう)ちゃん!」


 虎尾(とらお)だ。そう認識すると同時に、桐弥は眉間にしわを寄せる。

 そうだった。彼はこの部屋の合鍵を持っているのだった。


「……またあんたか。見てわかると思うが、僕はいま忙しい。帰ってくれ」


「聞こえませーん。お布団敷くから、はい、横になる! あなた病人なのよ!?」


 不機嫌な桐弥に冷たくあしらわれても、虎尾は動じない。それどころかさっさと部屋に上がりこみ、押し入れから布団を引っ張りだす。手慣れたものだ。 

 そこまではまぁよかった。問題はここからだ。


(とと)さま、近ごろ調子をくずされているとお聞きしました。お加減はいかがでしょうか……?」


「…………は?」


 聞いてはいけない声を聞いた。ここにいるはずのない少女のものだ。

 だが腰に手を当てて指図してくる虎尾の背から、ひょっこり顔を見せた少女は、見間違いようもなく。


(てん)……なんでここに」


 そう、鼓御前(つづみごぜん)だった。

 うろたえたのも一瞬のこと。すぐに動揺をため息に変えた桐弥は、じとりと虎尾をにらみつける。


「余計なことをしてくれたな」


「知らないうちにオトーサマが無茶してぽっくり逝っちゃったら、それこそつづちゃんが可哀想でしょうが」


「僕はそんなに貧弱じゃない」


「だったらそのしつこい風邪、さっさと治したらどう? まったく……」


 ひとしきり桐弥と舌戦をくり広げた虎尾は、らちが明かないと踏んだのだろう。


「ウダウダ言ってる子は、アタシ直々に寝かしつけてあげようじゃないの──」


 そうして、虎尾が不敵な笑みを浮かべた直後だった。


「──ふっ!」


 どす、と鈍い音がひびく。虎尾のこぶしが、桐弥の鳩尾に容赦なく叩き込まれたのだ。

 かくりと、桐弥がひざからくずれ落ちる。


「造作もないわね」


「えっ……あら?」


 いま、とんでもないことが起きた気がする。

 なにが起こったのか、遅れて理解した鼓御前は……


「は、(はな)ちゃんおねぇさまーっ!?」


 当然ながら、あたり一帯に悲鳴をひびきわたらせたのであった。



  *  *  *



 桐弥が体調をくずしたらしい。

 そうと聞いた鼓御前は、虎尾とともに桐弥のもとへ駆けつけた。


「このあいだ、九条ちゃんがあおちゃんと(あざみ)ちゃんをボコボコにした日があったでしょ。あのときから調子が悪かったのよ」


 桐弥を物理的に布団へ寝かしつけた虎尾が、脇で正座をした鼓御前をふり返る。

「九条ちゃんの機嫌がすこぶる悪いときは、体調をくずしてるときだからね」と付け足しながら。


「そうすると、もう一週間はたちますね……父さまのお加減、そんなにかんばしくないのでしょうか?」


「風邪自体はたいしたことないわよ。いつものことだし」


「いつものこと……?」


「九条ちゃんね、生まれつきからだが弱いのよ。この子ったら全然顔に出さないから、わかりづらいでしょう。いまはマシになったほうね。むかしはしょっちゅう寝込んでたもの」


 そういえば。鼓御前も気になっていたことがある。

 桐弥は一匹狼気質で、あまり他人を寄せつけようとしない。クラスメイトも話しかけるのをためらうほどだ。

 だが、虎尾だけはちがった。桐弥相手にも遠慮なく接している。そしてなにより、ほかのだれも気づかない細かなことまで、桐弥を気遣っていることが見て取れた。


「花ちゃんおねぇさまは、父さまと長いお付き合いなのですか?」


 単に教師と生徒というだけの関係ではない。鼓御前の認識は、間違っていなかったようで。

 桐弥に布団をかけた虎尾が、ふと唐茶色の視線を伏せた。


「そうねぇ。前に、アタシのお家事情は話したでしょう」


「えぇ。鞘師の家系のご出身だとか」


「刀を打つ刀匠はもちろん、鞘師、研師(とぎし)彫師(ほりし)白銀師(しろがねし)塗師(ぬし)柄巻師(つかまきし)金工師(きんこうし)鍔工師(つばこうし)……日本刀の作刀にかかわる職人は大勢いるの。そのすべてをまとめているのが、九条家よ」


 創造と保存の九条家。

 御三家のうち、九条家がそう呼ばれていることは、虎尾にも教えてもらった。


「なかでもウチは九条家と親交が深くてね。まだ幼い次期当主サマ──この子のお世話係に、アタシが任命されたってわけ」


「お世話をなさっていたから、花ちゃんおねぇさまは父さまについてお詳しいのですね」


「そういうこと。つづちゃんにとっての、ひなちゃんみたいなものよ」


 それは、ここ二、三年のお話ではないだろう。

 教師である以前に、虎尾は桐弥の付き人だった。

 桐弥が幼いころから、その成長を見守ってきたのだ。


「まぁ最初は、肝心のこの子が煙たがってお世話させてくれなかったけどね。敬われるなんて柄じゃないんですって。ほんと、こどもらしからぬ物言いをする子だったわ」


「そうだったのですね……」


 桐弥と虎尾の過去。

 それが語られるごとに、ふたりの独特な関係性が鼓御前も腑に落ちた。

 布団に横たわる桐弥の頭を虎尾がなでているのも、そうあるべき光景だったのだ。


「つづちゃん、さっき立花(たちばな)センセたちと話してたわね。それなら『奉納祭』のことは聞いたかしら」


「はい。ひとびとのため、(かんなぎ)さまが神楽を舞う特別な日なのでしたよね」


「今年の神楽の舞い手は、九条ちゃんよ」


「まぁ……九条家の方だとはうかがっておりましたが、父さまだったとは」


「九条本家にもどったら、祭りの成功に向けて、この子はじぶんのからだを酷使するでしょうね」


 そこまで言われれば、鼓御前も虎尾の言わんとすることを悟る。


「がんばりすぎないでほしい。それをつたえたいだけなの。でも、うまくいかないものね。アタシは、この子の家族でもなんでもないし。……きっと、つづちゃんがそばにいてあげるのが一番なんだと思うわ」


 唐茶色の瞳を細め、薄く笑う虎尾。彼にしてはめずらしい、自嘲の笑みだった。


「なぁんて。辛気くさい話になっちゃったわね、気にしないで」


「花ちゃんおねぇさま……」


「あら、アタシとしたことが。飲み物を買ってくるのを忘れてたわ」


 打って変わり、虎尾はいつものにこやかな笑みを浮かべると、腰をあげる。そうして向かったさきには、部屋に備えつけの冷蔵庫が。


「どれどれ……あらま、想像以上に空っぽだったわ」


 これまた慣れたように、冷蔵庫を確認する虎尾。中には水の入ったペットボトルが一本あるのみ。


「作りおきしておいたごはんは、ちゃんと食べてるわね。えらいじゃない」


 桐弥をふり返った虎尾が、満足げに口もとをほころばせる。


「さてと。アタシはちょっと買い出しに行ってくるわ。そのあいだ、九条ちゃんのことを見ててもらえるかしら?」


「もちろんです。おまかせください」


「ありがとう、おねがいね」


 そういって玄関のほうへ向かおうとする虎尾だが、ふと足を止める。


「ねぇ、つづちゃん。ウチの寮はふたり部屋なんだけど、九条ちゃんはひとり部屋でね」


「そういえば、葵葉(あおば)(あざみ)さんは同室ですけれど、どうしてでしょう?」


 思いだしたように、虎尾が問いかけてきた言葉。これにはなんの意味があるのだろう。

 鼓御前が意図をはかりかねていると、虎尾がくすりと笑みをもらす。


「なぜかというと。九条ちゃん、ここでこっそりお世話してる子がいるみたいでね」


「こっそりお世話……えっと、どなたを、でしょう?」


「狐ちゃんよ」


「狐ちゃん……ですか」


「そう。わんちゃんでも猫ちゃんでもなく、狐ちゃん」


 虎尾はふふ、と笑みをこぼし、


「アタシは一度も見たことがないの。もし見かけたら、ラッキーかもね」


 そう言い残して、部屋をあとにした。



  *  *  *



 虎尾が部屋を出ていってしばらく。

 鼓御前は、つきっきりで桐弥の看病をしていた。

 先ほど検温をしていた虎尾によると、桐弥の体温は三十八度七分。人の身においては高熱であり、絶対安静が必要な状態らしい。


「熱いわ……」


 鼓御前にできることといえば、ひながしてくれたように、濡れたタオルを桐弥のひたいにのせること。


「おつらいですよね……父さまが、はやくおげんきになりますように」


 そして、ただひたすらに祈ることだけだ。

 神が神頼みだなんて、笑ってしまうけれど。


「……天」


「えっ」


 かすれた声で、名を呼ばれる。

 はっとした鼓御前が顔を向けると、桐弥がこちらを見上げていた。


「父さま、お目覚めになられたのですか? あ、いけません、まだ寝ていなくては!」


「これくらい……どうってことはない」


 鼓御前が押しとどめるも、桐弥は布団から上体を起こしてしまう。

 宙をさまよった紫水晶のまなざしが、ぼんやりと鼓御前を映す。


「ひどく、ひさしぶりな気がするな」


「そうですね。近ごろはお会いする機会がなく……二週間ぶりかと」


 鼓御前が返すと、桐弥は黙りこんでしまう。

 なにを考えているのだろうか。鼓御前がそっと様子をうかがうと、桐弥が静かに口をひらいた。


「……きつね」


「はい?」


「狐と聞いて、なにか思うことはないか」


 唐突な問いだった。

 狐。たしかに覚えはある。それこそ先ほど虎尾が話題にしていた。


(父さまがおっしゃっているのは、お世話をなさっている狐さんのこと、ですよね……)


 それはわかる。けれどその狐がどうしたというのだろう。

 桐弥の問いは、まるで。


(まるで、その狐さんとわたしに、なにか関係があるような……)


 そう思い至ったとき。ツキンとこめかみが痛み、鼓御前は顔をしかめた。


「うっ……」


「……僕が悪かった。無理に思い出さなくていい」


「おもい、だす……」


「もういい、天」


 頭を抱えれば、なだめるように背をさすられる。

 ズキズキと、頭痛がする。突然意味がわからない。けれど桐弥の腕のなかで、鼓御前はひとつだけ理解できることがあった。


(わたしは、なにかたいせつなことを、忘れている……?)


 それはおそらく、おのれが『鼓御前』と呼ばれるより以前の──


「いまはまだ、いい。いずれ、すべてが明らかになるだろう」


 抱きしめる桐弥の腕に、ぐっと力がこもる。


「おまえは……おまえだけは、命を懸けて、僕が守る──天鼓丸(てんこまる)


 頭上にこぼれた静かな声音は、まるで子守唄。

 一方で、この身をつつむ体温は熱い。焼けるようだ。

 灼熱の炎に熱され、鉄槌で打たれる感覚──それなのに、脳裏によぎった『あの日』の光景は、もやがかかったように曖昧で。


「父さま……わたし、は……」


 遠のく意識を、鼓御前はつなぎとめることができない。

 うわごとのようにつぶやいたのち、少女は父の腕のなかで、意識を落としたのだった。

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