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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第四章
36/39

*30* 炎天下のざわめき

 もともと(あざみ)は、虎尾(とらお)に呼ばれていたらしい。神社へやってきたのはそのためだと。

 では、なぜ虎尾が莇を呼んだのかというと──


「申し訳ございません、虎尾先生のお言葉には了承しかねます」


「はいはい。いいからさっさと脱いじゃってね」


「僭越ながら! お見苦しいものをお見せしますので!」


「往生際が悪い! つべこべ言わずにとっとと脱ぐ!」


 あれからしばらく。居間では(かんなぎ)の装束を脱がしにかかる虎尾と、断固拒否を示す莇とで、攻防戦がくり広げられた。

 まぁほどなくして、虎尾の勝利に終わったのだが。


「ねぇ莇ちゃん、このやり取り何回目よ? アタシがあなたの痣の様子を定期的に診るようになってるのは、わかってるわよね?」


「それは、そうなのですが……」


 白衣(びゃくえ)をはだけさせられた莇は、見るからにしゅんと気落ちしている。

 その理由に、鼓御前(つづみごぜん)は思いあたることがあった。


(首の痣のこと、まだ負い目のように思ってらっしゃるのかしら)


 莇は、自身の首にある痣を他者に見せたがらない。和装時は首もとを隠すインナーを着込んでいる。

 夏服に衣替えしたいまの季節も、首に何重もさらしを巻いて登校しているほどだ。


「莇さん。痣があるからといって、莇さんが不自由な思いをする必要はないと思いますよ」


「……ありがとうございます、鼓御前さま。これを恥ずべきものだとは、もう思っていません」


 鼓御前の言葉に、莇はほほ笑みを返す。

 以前ほど劣等感はおぼえなくなったようだが、やはり彼にとって、痣の存在はそう簡単に払拭できるものではなかった。


「この痣を見て、不快な思いをする方はいらっしゃいます。ですからおれにできることは、そうした方々に配慮することなのです。むやみにだれかを傷つけたくはないですから」


「莇……」


 なにかを言いかけたひなが、悔しげに言葉を飲み込む。

 莇のいう「だれか」の多くが、生家である神宮寺(じんぐうじ)家の者であることを知っているために。


「莇ちゃん、ちょっといいかしら」


「はい……?」


「えいっ」


「あたぁっ!」


 ばちんっ!

 なかなか痛そうな音がひびいた。

 ふり返った莇に、虎尾がいわゆるデコピンを炸裂させたのである。


「いいこね……よいこすぎるわよ。莇ちゃんはもうちょっとグレるべきだわ」


「ぐ、グレる……」


「忘れてるかもしれないけど、あなたはまだ十六歳の男の子なのよ? あおちゃんくらいの非行に走っても、若気の至りですまされるくらいよ」


「俺はべつに非行に走ったりしてない」


「とにかく! 頭のかったいおじいさまたちの言いなりになる必要なんかないの。もっと自由に生きなさい!」


「と言われましても……ぐぇっ」


 じんじんと痛みを訴えるひたいを押さえていた莇だが、今度は唐突な息苦しさに見まわれる。

 思わず首もとに手をやる。するとなんだろう。首に、布のようなものが巻きつけられていた。

 さきほど強引にほどかれたさらしではない。手ざわりのいい、薄青色のストールだ。


「はい、痣のほうは問題ないわね」


「これは……?」


「授業も特訓もがんばってるし、アタシからのごほうびよ」


 莇は信じられない気持ちで、ストールに手をやる。ひんやりとした素材で、きもちいい。

 そして多くを言われずとも、虎尾が霊力をこめてつくった代物であることが理解できた。

 莇の霊力が暴走しないよう、痣を保護する効力があるのだろう。


「虎尾先生は、このためにおれを呼んでくださったのですね」


「どうせ首もとを覆うなら、オシャレしたほうが気分がいいじゃない?」


 ぱちん。虎尾はお得意のウインクとともに、笑みを浮かべる。


「そんなこと、考えたこともありませんでした……」


 じぶんさえ辛抱すればいい。

 そう考えていた莇に、虎尾の行動は思ってもないものだった。


「あなたのそれは、『欠点』じゃなくて『個性』なんだからね」


「……ありがたく、頂戴いたします」


「んもう、律儀な子ねぇ」


 莇が深々と頭を垂れるので、虎尾は苦笑する。


(はな)ちゃんおねぇさまは、つねにまわりのひとたちのことを気遣っていらして……ほんとうに、すごい方だわ)


 ふたりをかたわらで見守りながら、鼓御前も、じんわりとあたたかな気持ちになった。


「みなさま、本日は夕食をご用意しますので、お召し上がりになっていってください」


「姉上、よろしいのですか?」


「当然よ。あなたたちも、おなかが空いているでしょう」


「みんなでお食事、いいですね! わたしもお手伝いします!」


 ひなに続き、鼓御前も足取り軽く台所へ向かう。


「うふふ。ひなさん、うれしそうですね」


 鼓御前が笑いかけてくる。蛇口をひねり、流水に手をひたしていたひなは、


「そうでしょうか? ……そうかも、しれませんね」


 と、どこか気恥ずかしそうに返したのだった。



 まだ青い空。太陽も、水平線の向こうに隠れることをためらっているかのようだ。


「夏は短夜(みじかよ)。……今年も、この季節がやってきたのね」


 縁側へ出た虎尾は、人知れず言葉をもらす。

 ふいに強く吹いた風にさらわれ、ちりんと、風鈴がその音をひびかせた。



  *  *  *



 文月も終わりにさしかかるころ。

 神薙(かんなぎ)高等専門学校は、一学期の終業式をむかえた。


「はぁ、終わったぁ……つかれたぁ」


 この日すべての日程を終えるや否や、葵葉(あおば)が机に突っ伏す。

 鼓御前は窓際の席に歩み寄ると、盛大にため息をつく弟をなだめる。


「もう。明日から長期のお休みなんでしょう? もっとうれしそうにしたらどうですか?」


(あね)さまはわかってないな。夏休みってことは、授業がないってことだ。つまり」


「つまり?」


「朝から晩まで、地獄のスパルタ三昧ってことなんだよ……だれのとは言わないけど!」


「おや、呼びましたか?」


「うげっ……!」


 がばり。机から身を起こした葵葉の顔が引きつる。

 それも仕方ない。物々しい竜頭の面をつけた青年が、突然目の前に現れたのだから。

 無意識のうちに、鼓御前もぴくりと身がこわばる。


「だからあんたはっ、急に来んなって! 気配なかったぞ!」


「そうはいっても、先生が学校にいるのは当たり前のことですしねぇ」


 千菊(ちあき)の声はおっとりとしたものだ。だからこそ、葵葉は寒気がしてしょうがない。


「はりきっているようで感心です。明日からも、先生と特訓をがんばりましょうね」


「もうやだ……このひとホントにやだ……」


「陰口なんか言ってるから、こんなことになるんだぞ」


 いつの間にか莇もやってきて、呆れたように肩をすくめる。


「他人事みたいに言いやがって! おまえも道連れにしてやる!」


「残念だが、それは無理だな」


「はぁ? ひとりだけ抜け駆けする気か!?」


「ちがう。とにかく落ち着け」


 食ってかかる葵葉だが、莇の対応は落ち着いたものだった。


「特訓を続けたいのは山々なんだが、この夏休み期間中、おれは本家にもどらなくちゃいけない」


「は? 本家? どういうことだ」


「『奉納祭』をひかえているからですよ。その件で、私もさっきまで莇さんとお話をしていたんです。つづ、きみにも関係のあることですよ」


「わ、わたしにも、ですか?」


 まさか話をふられるとは思わず、鼓御前の声が上ずる。

 その様子をじっと見つめた千菊は、おだやかな口調で続ける。


兎鞠島(とまりじま)では、年に一度、夏の時期に『奉納祭』が執り行われます。ひとびとの無病息災をねがい、八百万(やおよろず)の神々に神楽を奉納するんです」


「へぇ。それが、姉さまとなんの関係が?」


「奉納する神楽は、(かんなぎ)による剣舞です。舞い手は御三家の者。そして祭事中にかぎり、舞い手は御刀(おかたな)さまにふれることを特別に許可されてきました」


「それって……」


「えぇ。つづも毎年やってきたことですよ。きみには、記憶がないでしょうけれどね」


 鼓御前が人の身を得たのは、ほんの三ヶ月ほど前の話。それまでは鞘のなかで、深い眠りについていた。

 けれど千菊の話から、『それ』が毎年たしかに受け継がれてきたことをうかがい知る。


「毎年この時期は、御三家の代表があつまり、『奉納祭』の準備をします」


「それじゃあ、おまえが本家にどうのこうのってのも?」


「あぁ。おれはいま鬼塚(おにづか)家に身を寄せているが、神宮寺家の当主である父が病床に伏せっている。そのため父の名代として参加することになる」


「今年の神楽の舞い手は、九条(くじょう)家の担当です。私たちはその補佐をするような感じですね」


「昨年は立花(たちばな)家。来年は神宮寺家が担当することになるだろう。……おれも気を引きしめて臨まなければ」


 首に巻いた薄青色のストールをきゅ、とにぎりしめ、莇がつぶやく。


「気負いすぎる必要はないですよ。みんなで協力すればいいんですから。ね、つづ?」


「そ、そうですね! りらっくす、です!」


「お気遣いありがとうございます。ところで、鼓御前さま。お顔が赤いようですが……?」


「今日も暑いからですねぇ!」


「はっ、まさか暑気あたりですか!?」


「どう見てもちがうだろ。はぁ……黙ってながめてるあんたもいい性格してるよな、立花センセ」


 あたふたと慌てる鼓御前から千菊へ視線をうつし、葵葉はため息。


「なんのことでしょう?」


 案の定、千菊からはとぼけた返答がある。

 葵葉はさらにため息をつきながら、席を立つ。そして。


「からかうのも大概にしとかないと、俺も黙ってねぇぞ」


「わわ……!」


 ぐっと、鼓御前の肩を抱き寄せた。

 ふいのことで鼓御前は大きくよろけ、葵葉の胸に倒れ込むかたちとなってしまう。


「おやおや。私が悪者みたいですね」


「いじめてるやつが言う台詞か?」


 葵葉の言葉はそっけない。

 千菊もにこやかな口調のままだが、どことなく周囲の気温が下がったような。


「……葵葉と立花先生は、なんで不穏なやり取りをしているんだ?」


 そしてこの場において、莇だけが状況を理解していなかった。

 なにせ、筋金入りの刀剣オタクである。要はそれ以外のことに関しては、ポンコツなのであった。


「みなさん、こんにちわぁ。あら? これってまさか修羅場ってやつ?」


 そんなときだった。どこからともなく、聞きおぼえのある声が教室にひびいたのは。


(このお声は……!)


 助かったわ、と鼓御前は安堵した。

 想像どおりの人物──虎尾が、教室の入り口で笑みを浮かべていたから。


「みなさんおそろいねぇ。ところで、困ってるつづちゃんのことは見えてないのかしら?」


 虎尾は笑っている。笑っているのだが──


「論外ね。──すっ込みなさい、野郎ども」


 ……ぞわり。

 虎尾の口から地を這うような低音が吐きだされ、鼓御前は肌が粟立つのを感じた。


「まったく……ちょっと用事があってきてみたらコレよ。呆れちゃうわね。つづちゃん、大丈夫?」


「……あ、お、おかまいなく!」


 ぽかんとしているあいだに、虎尾によって葵葉と千菊から引き離されていた。そのことに遅れて気づき、鼓御前は慌てて頭を下げる。


「虎尾先生」


「はいはい。言ったでしょ、用事があったって。そんなわけでつづちゃんはお借りするわね。文句は聞かないわよ」


 何事か言いかけた千菊の言葉もさえぎり、虎尾は鼓御前の右手を取る。


「それではみなさま、ごきげんよう」


 そうして虎尾は、鼓御前を教室から連れだしたのだった。



「……あの、花ちゃんおねぇさま!」


 教室を飛びだしてしばらく。階段をおり、昇降口へと向かう虎尾の背に、鼓御前は呼びかける。


「こうでもしないと、男子って気づいてくれないバカばっかりなのよね」


「ば、ばか……」


 歯に衣着せぬ物言いに、鼓御前がおどろきを隠せずにいるころ。ふと虎尾が歩を止めた。


「無理やりつれてきちゃったみたいで、ごめんね。でも、どうしてもあなたにたのみたいことがあって」


「わたしに、たのみたいこと……なんでしょう?」


「九条ちゃんのことで、ちょっとね」


「──!」


 千菊相手にもはっきりと物を言う虎尾が、言葉を濁している。なにかしらの一大事が起こったのだろうと、簡単に予想はつく。


「事情は行きながら説明するわ。アタシに、ついてきてもらえるかしら」


「はい、わかりました!」


 ふたつ返事でうなずいた鼓御前は、虎尾に続いて校舎を出る。

 じりじりと肌を焼くような炎天下。

 鳴りやまぬ蝉時雨のごとく、鼓御前の胸はざわめいていた。

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