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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第三章
27/39

*23* 紫陽桜

 ──桜が咲いている。

 細かな雨粒に打たれながらも、満開に。

 その花びらは、青と紫が淡くにじんだ不思議な色をしていた。


『……らな……れば……』


 桜の木のかたわらに、青年がたたずむ。

 青年は桜とおなじ色の瞳をしていて、おなじ色の着物をまとっていた。


『……まもらな、ければ…………守らなければ』


 うわごとのようにつぶやいた青年は、立ち込める霧のなかにすがたを消す。

 あとには、一本の桜の木と、止まない雨音がのこされるだけ。


 ──さめざめと、桜が涙しているかのように。



  *  *  *



 甘味処『はなや』の奥は、ふゆが寝起きをする住居へ続いていた。

 鼓御前(つづみごぜん)の前に、湯気の立つ湯呑みと、桜色のおはぎがひとつ。

 千菊(ちあき)葵葉(あおば)とともに客間へ通された鼓御前は、緊張していた。

 この場にいる全員の注目を受け、ふゆが口をひらく。


「事件のお話でしたら、私も聞いています。身内のことですからね」


「ふゆおばあちゃま、それはどういうことでしょう……?」


「行方不明になっていたのは、島の外に住む私の親戚なんです。私は嫁にいきませんでしたので、兄や妹の孫たちになります」


 それからとつとつと、ふゆは語りはじめる。


 ふゆも高齢だ。そろそろ店を畳んで、じぶんたちの目の届くところで暮らすほうがよいのではないか。

 数年前から親戚たちに代わる代わる説得されていて、先日も妹の孫娘が店へ直接きたらしい。


「親戚を心配して、ね。言い分としては真っ当なもんだと思うけど?」


「心配だなんて、そんなものじゃないわ」


 葵葉の言葉に、ふゆはかぶりをふる。


「私、知っているんです。ほんとうはあの子たちが、私を厄介者あつかいしていること。さそいをうのみにして島の外に出ても、施設を紹介されるだけだわ。そんなことになるなら、私はこの島に骨をうずめます」


 物悲しげな表情をまといながらも、ふゆの決心は確固たるものだった。

 だからこそ、鼓御前は腑に落ちない。


(どうして親戚の方は、ふゆおばあちゃまに無理をおっしゃるのかしら?)


 面倒を見るつもりもないのに、ふゆをこの島から連れだそうと躍起になっている。意味がわからない。


 ──つんつん。


 頭を悩ませているときだった。ふいに背中をつつかれて、鼓御前はふり返る。「まぁ……!」と、おどろいたようなふゆの声が聞こえた気がした。

 鼓御前のうしろには、小豆色の着物を着た(わらわ)がいた。見た目は三歳くらいだろうか。男児とも女児ともつかぬ、不思議な風貌をしている。


「あなたは……?」


 鼓御前の問いかけに、童は答えない。

 そのかわり、鼓御前の腕を引いた。


『カタナノ、カミサマ?』


「はい。鼓御前といいます」


『カミサマ、タスケテ』


「え……?」


『オバアサン、シヨウサマ、タスケテ』


 つたない言葉で、童はなにかを訴えている。


(あね)さま、そいつはなんて言ってんの?」


「葵葉はわからないの?」


「私にも、なんと言っているのかはわかりませんね」


 おどろくべきことに、葵葉と千菊は童の言葉が聞き取れないようだった。


「『助けて』と言っています。『おばあさん』はふゆさんのことですよね。でも、『しようさま』とは、どなたのことでしょう……?」


 はっとしたように、ふゆが手のひらで口を覆う。同時に、なにかを悟ったようだった。


「その子は小豆洗いです。……私たちのことを、心配してくれたのね」


「『私たち』……?」


 鼓御前が首をかしげるころ、ふゆはゆっくりと腰をあげる。


「こちらへどうぞ。『しようさま』のもとへ、ご案内します」



  *  *  *



 しとしとと、雨がふり続く。

 生け垣でかこまれた庭の中心に、桜の木が一本だけたたずんでいる。

 鼓御前をおどろかせたのは、梅雨の時期にもかかわらず、その桜が満開だったことだ。


「きれい……でも、不思議な色をした桜ですね。淡い青と紫がまじって、まるで……」


「まるで紫陽花(あじさい)のよう、でしょう?」


 鼓御前の言葉を継いだふゆは、傘越しに桜の木を見あげた。


「私は紫陽桜(しようざくら)と呼んでいます。この島にふたつとない桜の木です。私が生まれた年に、両親が幸福をねがって植えたものだそうです。でも……」


 ぐっと口をつぐむふゆ。それでも言葉を詰まらせながら、懸命に語る。


「私がこどものころです。神隠しにあったんです。七歳のときと十四歳のときの、二度」


「神隠しですって……!」


「えぇ……それから私は、周囲から腫れ物あつかいをされるようになりました」


 ふゆは自嘲気味に笑った。

 みなまで言わずとも、その言葉の意味が鼓御前にはわかってしまった。


 若い娘が神隠しにあうということは、あやかしの嫁にされることをさす。

 ふゆは薄気味悪い娘だと影でささやかれた。嫁のもらい手もなくなってしまった。

 それでもふゆは、懸命に生きてきた。


「私は甘いものが好きでしたので、あるときおはぎを作ったんです。そうしたら、においにつられて小豆洗いがやってきて」


 ちいさなこどものすがたをしたあやかしが棲みつき、ふゆはふと思い立って甘味処をはじめる。

 そのことがきっかけで、すこしずつひととの交流を取りもどしていったのだ。


「それから数十年、私はこの島でずっと暮らしてきました。これからも、ここを離れるつもりはありません。……だって私がいなくなったら、この桜は……」


 何事か言いかけて、ふゆは口をつぐむ。


「ふゆさんはお店だけでなく、この桜にも深い思いいれがあるようですね」


 ひととおり話を聞き、千菊は口をひらく。なにか思うところがあるようだ。

 ふゆの反応から、鼓御前も気になることが。


「あの。前にこちらにお邪魔したとき、この桜の木がある方角で、若い男性のすがたを見ました。花びらとおなじ色の着物をお召しになった方です。その方は、ひとでもあやかしでもない『気』をまとっていらっしゃいました」


「ほう……それは興味深いですね」


 鼓御前の言葉にまず反応したのは、千菊だ。


「ひとでもあやかしでもない。となれば、答えはひとつ。その男性は、こちらの桜の木に根づいた桜の精でしょう」


「紫陽さまをごらんになったのですか!?」


 無意識の発言だったのだろう。「あ……」と声をもらすふゆだが、千菊はそれを見逃さなかった。

 ふゆの発言は、()()()()()()()()()()()()()のそれだ。


「見たところふゆさんは、小豆洗いさんがなつくほど非常に高い霊力をお持ちです。そして精霊がやどった桜の木に、二度にわたる神隠し」


 鼓御前は息をのむ。千菊が言わんとすることを、悟ったためだ。


「無礼を承知でおたずねします。ふゆさん、神隠しにあったとき、なにが起こったのですか?」


「それは……」


 ふゆが言いよどむ。わずかだが、たしかに動揺していることが鼓御前にもわかった。


「──ふゆさん、いるんでしょう!?」


 雨音だけが聞こえる静寂を、かん高い声が打ち壊した。



  *  *  *



 鼓御前は付喪神だ。ひとびとに愛されたからこそ、付喪神となった。

 だから鼓御前も、人の子は無条件で愛すべき存在だと考えていた。

 このときまでは。


「こんな雨降りの日に、優雅にお花見? けっこうなことね!」


「ゆみさん……病院で安静にとのお話があったでしょう」


「冗談じゃないわ、こんな不気味な島で入院なんて。ただでさえ長居したくないのに!」


 突然押しかけた見知らぬ女が、金切り声をあげながらふゆへ詰め寄る。

 彼女をひと目見て、鼓御前は思わず後ずさった。


「あのひとは……嫌です……」


「……つづ」


 すぐに異変を察した千菊が、鼓御前を背にかばう。


「だれだよあいつ。キーキーうるさいな」


「つい先日行方不明になった、ふゆさんの親戚の方──妹さんの孫娘さんですね。事件後間もないですから、『典薬寮(てんやくりょう)』所轄の医療機関で経過観察をおねがいしていたはずですが」


 すらすらと説明をする千菊だが、いつもより淡々とした声音だ。

 その理由は、鼓御前がいやいやと、彼女──ゆみに拒絶を示しているから。


 三十代前後だろうか。ゆみはまなじりがつり上がったきつい顔立ちにたがわず、短気なようだった。

 ゴテゴテとした宝石のネックレスやらブレスレットやらをこれでもかと身につけ、動くたびにチェーンがジャラジャラと音を立てる。


「趣味が悪いっていう以前の問題なんだよな。大丈夫か? 姉さま」


 葵葉も、鼓御前の異変のわけを理解していた。顔色の悪い姉を気遣う。


「物が泣いている……あのひとは、物をだいじにしないひとです」


 アクセサリーだけではない。ハイヒールもバッグもブランド品。よい品物であるはずなのに、ゆみが身につけたすべての物から負の気がただよう。

 ぞんざいなあつかわれ方をした物に、こうした邪気がやどりやすい。

 鼓御前は、それを敏感に感じとったのだ。


「今日という今日は結着をつけるわよ。さぁ、うなずいて。この島を出るって!」


「ゆみさん、いまはお客さまがいらしてるの。その話はまた──」


「そうやってはぐらかすのは、やめてちょうだい!」


 ふゆがなだめようが、ゆみはまったく耳を貸さない。一方的な主張は、しだいに白熱してゆく。


「だいたい、こんなボロいお店を続けたってなんの得もないでしょ。それになに? この気色悪い桜の木は。桜のくせに紫陽花みたくダラダラとこの時期まで咲いてるなんて」


「……ゆみさん」


「知らないだろうから教えてあげるわ。風水で紫陽花はね、恋愛運を吸っちゃうの。未婚女性がいる家の庭に植えると、ご縁がなくなっちゃうのよ。だれかさんがお嫁にいけなかったのもそのせいよねぇ!」


「それは、あんまりではありませんか?」


 ぷるぷると、ふゆが震えている。

 それが見ていられなくて、気づいたら、鼓御前は千菊のうしろから一歩前に出ていた。

 すぐさま、ゆみの鋭い視線に突き刺される。ひるみそうになるところをぐっとふんばり、鼓御前は言葉を続ける。


「『はなや』さんも、こちらの桜の木も、ふゆおばあちゃまの想い出がつまったたいせつな存在です」


 桜餡のおはぎをひとくち食べて、その美味しさに感動した。

 紫陽花のような不思議な桜も、この雨のなか、凛と咲きほこっている美しさに見惚れた。

 それはふゆが真心をこめて手作りをしたり、何十年も手入れをしたからだ。


「生まれに貴賤(きせん)はありません。しかしあなたの言葉は、聞くに耐えない(いや)しいものです。あなたは物をだいじにできない、心のまずしいひと。ふゆおばあちゃまを傷つけたこと、謝罪なさってください」


「御刀さま……」


 毅然とした態度で告げる鼓御前に、ふゆが声を震わせる。


「御刀さま? あー、この島でお祀りしてる刀の神さまってやつ? あっはは! 『そういう役』ね! お嬢ちゃん、演技が上手ね。将来大女優になれるわよ!」


 しかしながら、ゆみに鼓御前の言葉はなにひとつひびいていなかった。それどころか、ばかばかしいと笑い飛ばす始末。


「ゆみさん! 御刀さまに対してなんというご無礼を!」


「やだ、ふゆさんまで本気になっちゃって。そういうのサムいわー」


 わざとらしく二の腕をさするゆみ。そして、苛立ちをかくしもせずに舌打ちをする。


「はいはい。わざわざ話し合いに来た私が馬鹿だったわ。どいつもこいつもめんどくさい……最初からこうすればよかったのよ!」


 突然バッグに手を突っ込んだゆみが、ふゆめがけてなにかをふりかぶる。


「っ!? ふゆおばあちゃま!」


「いけません、きみはここに。葵葉!」


「仕方ねぇな!」


 駆けだそうとする鼓御前を、千菊が制する。

 と同時に、葵葉がふゆのもとへ駆け寄る。


 ばしゃっ!


 ふゆを背にかばった葵葉の顔面に、冷たい液体がぶちまけられた。

 ぱたぱた……としずくのしたたる前髪を掻きあげ、葵葉は顔をしかめる。


「おいあんた、これ以上俺を水もしたたるいい男にしてどうする。……うぇっ、なんかこれヌメヌメするし、しょっぱ……海水か?」


 磯の香りが顔面にまとわりついている。ぐしぐしと袖で水気をぬぐう葵葉に、ゆみはフンと鼻を鳴らした。


「えぇそうよ。わざわざ汲んできてあげたの。植物に水やりはだいじですからね!」


 言うや否や、ゆみは手にしたペットボトルの海水を、桜の木に向かってぶちまける。

 その衝撃的な光景に、鼓御前はあぜんとした。


「なにをしているのですか!」


「私に指図しないで! こんな不吉なモノがあるから、私まで不幸になるのよ! なんで私が婚約破棄されなきゃいけないの!?」


 ゆみは発狂していた。「こんなモノッ、こんなモノッ!」と、なにかに取り憑かれたように海水をぶちまけている。

 大量の海水を吸い込んだら、根腐れを起こして、桜の木が枯れてしまう。


「もうやめて! この桜を傷つけないで!」


 ふゆの悲鳴がひびきわたる。


「うるさいッ! こんなモノ、枯れてしまえ……消えてしまえ!」


 怒り狂ったゆみが、空になったペットボトルをにぎりしめる。

 そして桜の木をかばうように両手をひろげるふゆめがけ、ペットボトルをふり下ろそうとした、次の瞬間。


 ──ヒュオウ!


「きゃあっ!?」


 高い悲鳴をあげて、ゆみが尻もちをつく。突風にあおられたのだ。


「……あれは」


 鼓御前は紫水晶の瞳を見ひらく。

 つい先ほどまで、そこになかった存在──淡色(あわいろ)の着物をまとった青年のすがたを認めたために。

 青年はふゆの肩を抱いている。そして青と紫がにじむ瞳で、ゆみを睨みつけた。


『……愚かな人間だ』


 ぽつりとこぼれた青年の声音は、降りそそぐ雨のように冷えきっていて。

 シュウウ……と黒い煙のようなものが青年にまとわりついた直後。


『──彼女を傷つけたこと、地獄で詫びろ』


 いけない、と手をのばそうとした鼓御前の視界が、ぐにゃりとゆがんだ。

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