表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第三章
25/40

*21* 恋心

 季節はゆるやかに移ろい、水無月。

 水たまりに陽光がきらめく昼下がり。鼓御前(つづみごぜん)は、ひなとともに歩道を歩いていた。


「お手数をおかけしました、鼓御前さま」


「いえ! わたしもひさしぶりにおでかけできましたし、お手伝いができてうれしいです」


 鼓御前とひなの手には、買い物袋がひとつずつ。

 この日、長くふり続いていた雨があがり、数日ぶりに晴れ間がのぞいた。

 休日で授業もないということもあって、鼓御前はひなの買い出しに同行したのである。


「それにしても、ふぅ……小一時間歩いただけなのに、ちょっと疲れてしまいましたね。運動不足かしら」


「夏が近づいて、気温も高くなってまいりましたものね。梅雨が終わると一気に暑くなります。その前に衣替えをいたしましょう」


 うっすらと汗を浮かべ、ぱたぱたと手のひらで顔をあおぐ鼓御前に、ひなはくすりと笑みをもらす。

「ひゃっ……!」と短い悲鳴が耳に届いたのは、そんなときだ。

 反射的に鼓御前が視線を向けると、前方にうずくまった人影が。


「いたた……あぁ、どうしましょう……」


 鼓御前よりも小柄な人影。老婆だ。アスファルトの凹凸につまずいたのだろうか、地面に座り込み、そのまま立ちあがれずにいる。

 老婆のまわりには、買い物袋から転がりでたにんじんやじゃがいも、玉ねぎが散乱していた。


「まぁ、たいへん!」


「あれは……大丈夫ですか、ふゆおばあちゃま!」


 鼓御前とひなが駆け寄ったのは、ほぼ同時のことだった。



  *  *  *



 兎鞠島(とまりじま)商店街からすこしはなれた、閑静な住宅地。

 その片隅に、『はなや』と暖簾をかかげたむかしながらの甘味処があった。


「いつもごめんねぇ……ひなちゃん」


「これくらい当然ですよ」


御刀(おかたな)さまにまでお手伝いいただいて、ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして!」


 老婆はふゆといい、ひなと顔なじみだったらしい。

 あれからふゆを抱き起こし、鼓御前とひなで手分けをして、ふゆの自宅でもある甘味処へ荷物を運んだところだ。

 ふゆは転んでいたが、骨折などはしていなかったことがさいわいだ。

 あらためてふゆに礼を言われたところで、鼓御前はふと疑問をおぼえる。


「……あら? そういえばわたし、ごあいさつしましたかしら?」


「ふふ、わかりますよ。なんたって御刀さまですから」


「え……?」


「ふゆおばあちゃまは、高い霊力をお持ちなんです」


「そんなにすごいことでもないですよ。ただちょっと、むかしから『視る』ことと、『感じる』ことができるだけで」


 ふゆは糸目のような瞳をさらに細め、しわくちゃの顔で笑う。


「目は悪くなってしまったけれど、神さまの清らかな『気』が、そこに在るのが視えます。……おや」


 ショキショキ……

 どこからか不思議な音がひびき、ふゆが言葉を止めた。


「そうだわ。ひなちゃん、御刀さま、ちょっとお待ちいただけますか? 今日のお礼をさせてくださいな」


 なにかいいことでも思いついたのか。にこやかに言い残したふゆが、店の奥へ引っ込む。

 静かになると、ショキショキ……とあの不思議な音が際だって聞こえるようになる。


「なんの音でしょう?」


「小豆洗いですね」


「小豆洗い……ですか?」


「ここに棲みついている、ふゆおばあちゃまのおともだちです。無害なあやかしですよ。恥ずかしがりやらしいので、私はすがたを見たことはありませんが」


「ふゆおばあちゃまは、『愛される方』なんですよ」とひなは言う。

 その言葉の意味を鼓御前がしばし思案していると、ふゆがお盆をかかえてもどってきた。


「お待たせしました。店のなかが手狭ですいませんねぇ。お天気もいいですし、お外でいかがですか?」


 ふゆが運んできたのは、お茶とおはぎだった。

 そういえば、店の外に日よけの番傘と長椅子があった。鼓御前は礼を言い、そこですこし休憩させてもらうことにした。


「まぁ……このおはぎ、もちもちで、ほんのり甘くて、おいしいですねぇ。それにかわいらしい!」


 おはぎをひとくち食べて、鼓御前は虜になった。

 もち米はすりつぶしすぎず、ほどよい粒加減。

 餡もほんのりと香りが残る程度の、控えめな甘さ。

 そしてなにより鼓御前の目を引いたのは、その餡が桜色をしていたことだ。


「桜餡のおはぎは、『はなや』さんの看板メニューなんですよ。見た目もとてもかわいらしくて、若い娘のあいだで大人気なんです。『気になる殿方といっしょに食べると、恋が叶う』って」


「恋……」


「やだひなちゃん、言いすぎですよ。ちょっと季節はずれですけれど、よろこんでいただけたならよかった」


 ふゆは気恥ずかしげに笑い、それからふと眉をさげた。


「でも、そろそろ店の暖簾をおろそうかと思っているんです」


「ふゆおばあちゃま、それはほんとうに!?」


「こんなしわくちゃのおばばだしねぇ。近ごろ足も悪くなってきて。潮時かしらねぇ」


「そうですか……さびしいです」


 ふゆの言葉は、ひなにかなりの衝撃をもたらしたらしい。鼓御前から見ても、ひながしゅんと落ち込んでいるのがわかる。


「ふゆおばあちゃま、よろしければ、またひなさんとこちらにうかがっても?」


 こんなとき、どんな言葉をかけるべきなのか。

 明確な正解という自信はないけれど、鼓御前はそう言葉にすることをえらんだ。


「えぇもちろん。いつでも遊びにいらしてくださいな」


 返ってきたのは、屈託のないふゆの笑顔。

 ひながすこし涙ぐんでいたのは、見間違いではないだろう。



「鼓御前さま……ありがとうございます」


 ふゆとのおしゃべりを心ゆくまで楽しんだ後。『はなや』の店先で、ひなが深々と頭を下げてきた。


「とんでもないです。お店を畳んでも、おなじ島で暮らしているんですもの。また会えますからね」


「えぇ……そうですね」


 うなずくひなは、雨上がりのようにすっきりとした表情をしていた。


(わたしもすこしは、だれかの心に寄り添えるようになっているかしら)


 鼓御前は澄んだ青空を見上げながら、そうであればいいな、とねがう。


(…………あら?)


 ふいに、鼓御前は『気配』を感じた。

 ひとではない存在(もの)の『気配』だ。


 白色のような、青色のような、紫色のような。

 どの色にもとれる淡色(あわいろ)の着物に身をつつんだ、青年のうしろすがたを見た。


(ふゆおばあちゃまのおともだちの、小豆洗いさん? それにしては……)


『気配』が、あやかしのものとは異なるような。

 青年は足音もなく『はなや』の軒下の影を通っていく。やがて住居部分の庭先で、ふっ……とすがたを消した。


(悪意は感じられなかったわ。どなたかはわからないけれど……大丈夫ね)


 鼓御前はじっと目をこらしたのち、そう判断する。

 胸さわぎはない。けれど。

 謎の青年の物憂げなうしろすがたが、なぜか鼓御前の脳裏に焼きついて離れなかった。



  *  *  *



「やっと帰ってきたか、(あね)さま〜!」


「……葵葉(あおば)!?」


 兎鞠神社へ帰り着くと、住居の玄関前で葵葉が待ちかまえていた。

 ひなはまたかとため息をつく。しっかりと茶は出しておいて最低限のもてなしはしつつ、さっさと夕食の支度に取りかかる。

 居間にあがり込んだ葵葉は、鼓御前に抱きついて離れない。


「はぁ〜、ひさしぶりの姉さまだ」


「学校で会っているでしょうに」


「昨日は会ってない!」


 鼓御前もいまや学生だ。葵葉はクラスメイト。登校すれば当然顔を合わせる。

 だが土日を挟むとそうはいかない。しかも最近になって『特別授業』が入った葵葉であるから、なおさらだ。


「なーにが楽しくて、立花(たちばな)センセと土日返上で特訓しなきゃいけないんだよ。なんか(あざみ)のやつも便乗してるし!」


「昇級試験のための、特訓でしょう?」


 ──いまから二週間ほど前。

 葵葉は千菊(ちあき)に呼びだされ、こう告げられたらしい。


「ちょっと二級の昇級試験を受けなさい」


 葵葉は(かんなぎ)としては見習いだ。そこから三級ではなく二級、つまり飛び級しろという無言のお達し。清々しいほどの無茶ぶりである。


「きみも御刀さまのお付きの覡候補なのですから、がんばれますよね?」


 本来脇差(わきざし)である鼓御前の覡としてふさわしい、二級の資格を取得しろ──千菊の言い分としては、そういうことらしい。

 そしてさらに葵葉を悩ませたのは、莇の存在だ。ほかのクラスメイトたちが千菊の無茶ぶりに怯えるなか、「じぶんもよろしいでしょうか!」と『特別授業』への参加を表明した。


 二級昇級への条件のひとつに、『〝(ヤスミ)〟の討伐実績を有する』という項目がある。その点は葵葉も莇も、一年生で唯一クリアしている。

『鬼神』による『特別授業』──莇に関しては、純粋な向上心による参加表明だ。しかしクラスメイトたちは「委員長って……ドMなんだな」と震えあがった、らしい。


「ていうか、寝ても覚めても莇が俺の視界にいるんだけど。もうあの顔見飽きたわ!」


「おれもだよ!」と反論する莇のすがたが目に浮かび、鼓御前は笑ってしまった。


「『喧嘩するほど仲がいい』……ですね。ひなさんが言っていました。葵葉におともだちができて、わたしはうれしいです」


「……むぅ」


 葵葉は不服そうではあるが、否定はしない。

 それほど、莇には気を許しているということだろう。


「おまえはむかしから、さびしがりでしたからね」


 一日会わないだけで、さびしいと抱きついてくる弟。

 仕方ない子ね、と苦笑しつつ、鼓御前は葵葉の頭をなでてやる。


「……そう、俺はさびしいの。だから姉さまが癒やしてよ」


「はい……?」 


 いつの間にか、葵葉が顔をあげていた。

 常磐(ときわ)色の瞳が、間近にある。

 吐息がふれるほど、葵葉が近くにいる。


「動かないで……」


 熱っぽい声音でささやいた葵葉が、ととのった顔を近づける。

 そのくちびるが、鼓御前のくちびるにかさなる──


「……んむ!」


 ──かさなることは、なかった。

 鼓御前が、スッと手のひらで制したのだ。


「……なんで止めるの、姉さま」


「葵葉、この姉を見くびらないでください」


 やけに神妙な顔をした鼓御前が、ひとつ息を吐いて告げる。


「口づけは、むやみやたらと、人目もはばからずすることではない」


「は?」


「しかし! 好き合うものどうしがすることだと! わたしはもう知っているのです!」


 どやぁ。鼓御前は得意げに胸を張る。

 目を白黒させた葵葉は、「はぁ……」と脱力した。


「なんですか、ため息なんかついて!」


「もしかしなくても、あの頭かったいオトーサマに吹き込まれたんだろうなぁ……」


「それは聞き捨てなりませんね。そもそも葵葉、おまえには『だいすきなかぞくとする』などと嘘をついたお説教をしなければなりません。そこにお座りなさい!」


「はいはい」


 頭をがしがしとかき回した葵葉が、座布団にあぐらをかく。お世辞にも反省しているとは思えない。

 葵葉は腕を組むと、試すような口調で鼓御前に言い放った。


「ちなみに聞くけど。『好き合うものどうし』ってだれのこと言ってるのか、姉さまはわかってんの?」


「……えっと」


「ほーら、わかってないんじゃん」


「ぐぬぬ……!」


 葵葉の言うとおりだ。正直のところ、鼓御前はまだよく理解できていなかった。


「姉さまは鈍感だからな。んー……」


 葵葉があごに手を当て、なにやら考え込む。『理解している』口ぶりだ。


「『好き』って気持ちにも、いろいろ種類があるんだ」


「種類……? どういった『好き』なのですか?」


「俺がこう言うのもなんだけど……はぁ」


 葵葉はぐしゃ、と再度黒髪をかき回すと、言葉を続ける。


「あるじが前世(まえ)に言ってたろ。姉さまがいるなら、妻は要らないって。そういう気持ち」


「それは……幸福なことなんでしょうか?」


「え?」


 思ってもみない鼓御前の反応だ。葵葉はすっとんきょうな声をあげる。


「わたしだって蘭雪(らんせつ)さまがすきでした。もし蘭雪さまが奥方をお迎えになり、御子が誕生していたら、こんなに喜ばしいことはないと祝福していたでしょう。だいすきなあるじさまには、しあわせになっていただきたかったですもの」


「…………はぁあ」


 鼓御前は飾らない気持ちを口にしたつもりだ。しかし葵葉に、盛大なため息をつかれてしまう。


「姉さま……それぜったいあるじ、じゃなかった立花センセには言うなよ?」


「どうして?」


「どうしても。……同情するぜ、こればっかりは」


 鼓御前は、基本的に他者へ好意をいだく。

 だがそれは親愛にとどまっていて、『その先』を知らないのだ。


九条(くじょう)センパイに聞くのもナシな。あの人がまともに青春してきたとか思えないから」


「そんなぁ……葵葉はいじわるです」


「俺が姉さま不足で困ってるあいだ、姉さまにも困ってもらわないと」


 とかなんとか言いながら、葵葉はおもむろに座布団から腰をあげる。

 そして最後に、鼓御前へこう言った。


「『恋』とはなにか、考えておいて。俺からの課題ね」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ