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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第二章
23/39

*20* ひとりごと

(ヤスミ)〟を無事滅し、ひと段落したころ。


「おい小僧、刀を水に濡らすとかふざけてるのか? それでよく(かんなぎ)をやってられるな」


「……面目ございません」


 兎鞠(とまり)神社にある住居の一室にて。なぜか(あざみ)は、桐弥(きりや)に凄まれていた。

(ヤスミ)〟が出現した裏山からは寮のほうが近かったのだが、いろいろと『事情』があり。


「うっ、うっ……葵葉(あおば)、莇さん、無事でほんとうによかったです……心配したんですからぁっ!」


 ……と、このように鼓御前(つづみごぜん)が泣きだしてしまったのだ。緊張の糸が切れたのかもしれない。

 この状態の鼓御前と引き離すのは不憫だろうということで、少年たちは兎鞠神社をおとずれることになった。

 ちなみに着いて早々、ずぶ濡れの葵葉と莇は「お風呂に入ってきなさい」と千菊(ちあき)に浴室へ放り込まれた。

 そしていざからだを温めて出てきてみれば、仏頂面の桐弥まで合流しているという。


(てん)に怪我がなかったことだけはほめてやる。僕が仕事をしないですむなら、それに越したことはないからな」


「はい……」


「だがな、刀をぞんざいにあつかうのは許せん。未熟な小僧にありがたい言葉をくれてやろう。『刀と女は丁重にあつかえ』──千年前には決まってたことだ。肝に銘じておけ」


「はい……申し訳ございません」


 次から次へと容赦なくふりそそぐ桐弥の言葉に、莇は正座したまま、頭をあげられずにいた。

 腕組みをして莇を睨みつけていた桐弥は、ひとつため息をつく。そして鞘におさまったひと振りの短刀を、莇の前にさしだした。


「風呂に入ってるあいだに、手入れをしてやったぞ」


「ありがとうございます、御父(おとう)さま!」


「だから手前(てめえ)に『御父さま』と呼ばれる筋合いはない」


「今日は莇さんのお手柄でしたねぇ……!」


 ぎりっと桐弥が莇を睨みつける一方で、鼓御前は感激したようにほろりと涙を流している。この父娘(おやこ)、温度差がすごい。


「いえ! わたくしなど、まだまだ未熟者で……!」


「〝(ヤスミ)〟を倒したのはおまえだろ。素直に喜んだら?」


 座布団にあぐらをかいた葵葉が、むすっとしたように言う。すねているようだが、そこに刺々しさや敵意はない。


「葵葉……」


「まぁまぁ! すこし見ないうちに、ふたりは仲良くなったんですね!」


「つ、鼓御前さま! これはですね、その!」


「うふふ、莇さんが葵葉に『しっかりしろー!』と言っていたところ、ばっちり見ました」


「うっ……!」


「わたしに対しても、かしこまらなくていいのですよ。もっと砕けた感じで、お気軽に接してくださるとうれしいですわ」


「鼓御前さまがおっしゃるならば……善処いたします」


「硬いって」


 やれやれと肩をすくめる葵葉。これには莇も反論があった。

 鼓御前を目にすると、胸の高鳴りがおさえきれなくなる。気を張っていなければまたなにか口走りそうだし、顔がゆるんでしまうのだ。

 ただ、それを馬鹿正直に話したところで「オタクだよな……」と哀れみの目を向けられる気がしてならなかったので、ぐっとこらえておいた。


「葵葉」


 落ち着いた声に呼ばれ、葵葉はぴくりと身じろいだ。

 風呂に入っているあいだにすがたを消していた千菊が、いつの間にかもどってきたのだ。


「……ごめん」


 気づけば、葵葉の口から謝罪がこぼれていた。


「いろんなひとに、迷惑かけて……ごめん」


 あれから、千菊とはろくに会話をしていない。やはり幻滅されただろうか。

 うつむき、くちびるを噛む葵葉。その頭に、そっと手がふれる。


「わかってくれたなら、私から言うことはありません。……きみ自身の意思で、一歩をふみだしたのですね、葵葉」


 葵葉は思わず顔をあげる。竜頭面にかくされているけれど、千菊はきっとほほ笑んでいるのだろう。


「きみは独りではありません。それを忘れないで」


「……あるじっ……」


 葵葉の常磐(ときわ)色の瞳が、じわりと潤む。

 いまとむかし。関係はすっかり変わってしまった。けれどもこのときだけは、かつての想い出をなぞることを、許してほしい。

 葵葉は涙をこらえながら、純白の袖をつかむ。

 千菊もとなりに腰をおろして、葵葉の背をさする。


「今夜は疲れているでしょう。私が『典薬寮(てんやくりょう)』に報告をしておきましたから、もう休みなさい」


「あんたにしては、やさしいじゃん……」


「反省文の提出は明日以降でかまいません。原稿用紙十枚にまとめてきてくださいね」


「やっぱり鬼畜だ……」


 ちょっとした短編小説が書ける文量である。それはともかく。


「葵葉と莇さんはお泊まりですか? わかりました! わたしにお任せください!」


「あ、ちょっと、(あね)さま」


 なにやら鼓御前が、はりきって家の奥へ引っ込んでしまった。


「鼓御前さまは、いったいなにをなさるつもりなのか……」


「さぁ。けど姉さまがなにしても、ほほ笑ましい気がする」


「それは同感だ」


 などと少年たちが言葉をかわしていると。


「莇」


 鼓御前と入れかわりに、ひなが部屋にやってきた。


「姉上……!」


「事情は立花(たちばな)さまからお聞きしました」


 姉と会っていないのは何年ぶりだろうか。ひどくひさしぶりのような気がする。

 莇が慌てて居住まいをただすと──


「……立派に、なりましたね」


 ふとまなじりを下げたひなが、そう口にする。


「まだまだ学ぶべきことも多いでしょう。けれど、恥ずべきことはありません。じぶんに誇りを持ちなさい」


 たまらず、莇はうつむく。

 けれど、それは悲しいからではない。


「はい……姉上……っ」


 じぶんの存在が、認められた。認めてくれた。ほかのだれでもない、家族が。

 それだけで、莇の胸はじんと熱を持つ。


 そうして、各々があたたかなぬくもりを胸に迎えた夜。

 足取りも軽くもどってきた鼓御前によって、爆弾が投下された。


「せっかくのお泊まり会なので、客間にお布団を敷きました。みんなで仲良く寝ましょう!」


「はっ……?」


「えっ……?」


「…………あ?」


 鼓御前の言葉に続き、葵葉、莇、桐弥の順での反応である。

 聞き間違いならばよかった。しかし客間に敷かれた三組の布団は、幻覚でもなんでもない。

 なんなら「きれいに敷けたでしょう! ほめてください!」とばかりに、鼓御前は得意げだ。

 純粋な好意を無下にするわけにもいかず──


「これ、なんの罰ゲーム?」


「鼓御前さまがこんなに近くにいるなんて……近すぎる……もはや拷問だ……いいや感情を乱すな未熟者……!」


 そんなわけで、少年たちが鼓御前をはさんで眠るという、摩訶不思議な川の字が完成した。


「すぴぃ……」


 のちに少年たちは語る。

 ぐっすりと眠ることができたのは御刀(おかたな)さまだけ、とかなんとか。



  *  *  *



「──あんたは、なにを考えてる?」


 神社からの帰り道。

 唐突な桐弥からの問いに、千菊は首をかしげる。


「なにを、とは?」


「白々しい」


 もとより腹の中が読めない男だ。はぐらかされるとは思ったが。

 桐弥は厳しく細めた紫水晶のまなざしで、千菊を射抜く。


「あんたの行動には無駄がある」


「と言いますと」


蘭雪(らんせつ)公。史実をなぞれば、『鼓御前の主』にふさわしいのはあんただ。このままいけばじじいどもに有無を言わさずあいつの覡になれただろう。だが、あんたはそうしなかったな。()()()()()()()()()()()()()


 つと、千菊が歩みを止める。

 暗がりに目をこらしても、千菊がどんな反応を見せるのか、うかがうことは難しい。


鬼塚(おにづか)の小僧に関してもそうだ。あの小僧が天に憧れていると知って、わざと刺激するような真似をしたな。なぜだ?」


 じっと見据えた桐弥の視界で、純白の衣が夜風になびく。


「あやかしたちが力を増しています。ここ十五年ほどのあいだに、急激に」


 やがて千菊が口にしたのは、脈絡もないこと。

 だが聞き流すべきではないことだと、桐弥は直感する。


「今回も、結界が張りめぐらされている寮の裏山に〝(ヤスミ)〟が出現しました。先日現れたものより大型で、凶暴な個体です」


「それで?」


「なにかよくないことが起こる、前ぶれやもしれません」


「なるほどな」


 千菊の話は核心にはふれない。しかし、言わんとすることはなんとなく理解できた。


「あんたがなにを知っていて、なにをしようとしているのか、どうせ話すつもりはないんだろうが──」


 これだけは、はっきりさせておくべきだろう。


「──天を泣かすことだけは、してくれるなよ」


 すぐに答えはない。

 桐弥も返事を待つつもりは毛頭なく、颯爽と千菊を追い抜く。

 ふくろうがきまぐれに鳴く夜道で、千菊はたたずむ。

 そして冷えた夜風に吹かれながら、ぽつりと独りごちる。


「私は──知りたいのです。『真実』を」

 

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