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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第二章
19/41

*16* 御手入れ

 稽古場の一画に、緋毛氈(ひもうせん)が敷かれている。

 鮮やかな緋色の絨毯の上で、(あざみ)は正座をしていた。


「がんばってお手伝いさせていただきます。よろしくお願いしますね、莇さん」


「……よろしくお願い、いたします」


 向かいでは、ちょこんと座った鼓御前(つづみごぜん)が、にこにこと笑みを浮かべている。純真で癒やされる笑みだ。

 だが莇の心情はおだやかではなかった。なぜなら。


「よく聞け小僧、僕がいいと言うまで一言も発するな。手前(てめえ)の唾で御刀(おかたな)さまが汚れる危険性があるからな。失敗も許さない。ちょっとでも仕損じたそのときは、くびり殺してやる……」


 莇の背後には、桐弥(きりや)がいた。肩に手を置き、耳もとで流暢に毒を吐いている。もはや脅迫である。


「ねぇ立花(たちばな)センセ」


「なんでしょう?」


「『はじめての御手入れ』で、九条(くじょう)ちゃんが指導者っていうのは、ちょっとレベル高すぎない?」


「莇さんは基本がしっかりできています。大丈夫ですよ」


「容赦ないスパルタね……」


 さらっと言ってのける千菊(ちあき)に、虎尾(とらお)は苦笑した。

 にこやかに無理難題を突きつけるさまこそ、千菊が『鬼神』と恐れられるゆえんである。


「なぁ、俺聞いたんだけどさ。立花先生は『鳴神将軍』の生まれ変わりで、九条先輩も鼓御前さまを打った刀匠なんだってな」


「らしいな。つまり委員長は、鼓御前さまの元主と生みの親にかこまれてるってことになる」


「公開処刑じゃん……」


「それな」


 千菊らが査問会議で『典薬寮(てんやくりょう)』の重鎮を言葉でねじ伏せた件は、周知の事実だ。

 信じがたいが、歴史に名や名刀をのこした偉人の魂を継いでいるなら、それも納得であった。

 結論。少年らは考えることを放棄した。


「……どいつもこいつも、俺のことのけ者にしやがって」


 だれもが固唾をのんで状況を見守るなか、葵葉(あおば)が舌打ちをもらす。


「……感情を乱すな」


 莇はひとつ深呼吸をし、居住まいをただす。次いで鼓御前に向かって深々と一礼後、その口に和紙をくわえた。

 万が一刀に唾が飛ぶと、錆の原因になる。和紙をくわえるのは、手入れのさいに口をひらいたりくしゃみをしたりして御刀さまを汚さないようにするための、最低限の礼儀である。


「それでは、まいりますね」


 にこりと鼓御前がほほ笑んだ直後、ふっ……と少女のすがたが消える。

 莇の目前に、白鞘におさまったひと振りの脇差(わきざし)が現れた。


「あれが、鼓御前さまの御神体……」


(ヤスミ)〟を滅するためには、祝詞(のりと)を受けて、(かんなぎ)の霊力を刀身にまとう必要がある。

 だが今回のように刀のすがたにもどるだけであれば、特別な手順は必要ない。


「御手入れでまず使う道具は、目釘(めくぎ)抜きです。これで御刀さまの刀身と柄を固定している目釘を抜きます」


 手入れの説明は千菊が。桐弥は、白鞘を手にとった莇の横で目を光らせている。

 まず目釘を抜いたら、鯉口(こいぐち)を切り、刀を鞘からわずかに抜きゆるめた状態にする。

 莇は刀身が鞘の内部にぶつからないよう注意深く、かつ一気に引き抜いた。


 目釘を抜いているので、柄を持ったほうの手首をこぶしで軽く叩けば、その反動で刀身がはずれる。

 柄から刀身をはずしたら、最後に(はばき)をはずす。柄と刀身が接する部分にはめられた金具だ。

 鎺をはずし終えると、刀装具の一切ない、まっさらな鼓御前の刀身があらわとなる。


(なかご)(持ち手の部分)から上の刀身は、素手でさわるんじゃないぞ。いいか、ぜったいにだ」


 厳しい口調で桐弥が釘をさす。莇はこくりとうなずいた。


「──!」


 その直後のこと。

 それまで順調に手入れをこなしていた莇が、急に動きを止めた。



  *  *  *



 それは、突然の違和感だった。


(莇さん? どうしたのかしら……)


 問いかけたい鼓御前だが、刀のすがたではそれは叶わない。

 

 どうも莇は、鼓御前の刀身を凝視したまま硬直しているらしかった。

 いや、正確にはふるえている。

 茎をにぎる手も、和紙をくわえた口も、わなわなとふるえていたものが、しだいに動揺を激しいものにしてゆく。


「──そこまでにしろ」


 鼓御前が異変を感じるころ、すでに桐弥は行動に出ていた。莇の手から、鼓御前の刀身をさらったのだ。

 直後、「……ぷはっ!」と息を吐いて莇が緋毛氈にくずれ落ちる。息を止めていたのだろうか。呼吸が荒い。


「どうされましたか!? 莇さん!」


 見るからに様子がおかしい。夢中で人型に変化した鼓御前が駆け寄ろうとするも、桐弥に「待て」と引きとめられる。


(とと)さま、なぜお止めになるのです? 莇さんの様子が変です。まだ体調が万全ではないのでは……!」


「ちがう、そんなんじゃない。いいからおまえはおとなしくしてろ」


 莇の身に起こった異変の正体。それに、桐弥はいち早く気づいたような口ぶりだった。


「莇さん、大丈夫ですか?」


 千菊がひざを折り、うずくまる莇の肩に手を添える。


「……申し訳、ございません……です、が……」


 どうにか呼吸をととのえようとする莇だが、なかなかととのわない。

 息が荒い。浅く速い呼吸をくり返している。過呼吸の一歩手前だ。それは、莇が興奮していることのあかしで。


「ですが……どうにも、おさえきれないのです……この胸にわきあがる、感動をッ!」


「はい?」


 鼓御前はきょとんとした。

 ぐわっと目をかっ開いた莇が、腹の底から絶叫じみた一言をひびかせたからである。


「みなさまごらんになりましたか!? 細やかな沸出来(にえでき)の小乱れ刃、これはいにしえの(わざ)そのもの。さらに漆黒の地鉄(じがね)……新月の夜のようになめらかな黒い肌に、稲妻のごとき刃文(はもん)がきらめくのです! なんとお美しいのでしょう! あぁ鼓御前さま、その麗しいおすがたを間近で拝見できるなんて……この莇、感涙にございますッ!」


「え、えーと……」


 あの莇が、興奮しきった様子でまくし立てている。

 鼓御前はすっかり圧倒されてしまった。


「要するに委員長は」


「筋金入りの、刀剣オタクだった……ってコト……?」


 なんとも言えない状況を、クラスメイトたちが困惑しながらも、的確に言語化した。



  *  *  *



「お見苦しいところをお見せしました。御手入れを中断してしまい……お恥ずかしい限りです……」


 しばらくして、莇は落ち着きを取りもどした。


「いえいえ! わたしもびっくりしただけですので……!」


 陳謝する莇を慌てて押しとどめるも、今度は鼓御前のほうがどこか落ち着きがない。


「あんなにほめていただけるなんて……ちょっと、恥ずかしいです……」


 公衆の面前で「お美しい!」だのなんだの熱弁をふるわれたのだ。

 たしかにうれしかった。それ以上に恥ずかしく、鼓御前は顔を真っ赤にして桐弥の背中にかくれてしまう。


「青二才が、一丁前に僕の娘を口説くとは」


「そのようなつもりは! しかし御父(おとう)さま、鼓御前さまを敬いお慕いするわたくしの気持ちに、嘘偽りはございません!」


「手前に『御父さま』と呼ばれる筋合いはない」


「俺たちは、なんのコントを見せられてんのかな?」


 一連のなりゆきを見守っていたクラスメイトたちも、しまいには悟りをひらいた。


「けどまぁ……委員長って意外と、面白いんだな」


「俺たちとは、住む世界がちがう人間だと思ってたよ」


 おそらく、ぽつりと本音がもれてしまったのだろう。「あっ、やべ!」と口をつぐむクラスメイトをふり返り、じっと見つめた莇は──


「なにをおっしゃいます。わたしたちはともに悪しきあやかしを滅する志をもつ者」


 凛とした声音で、「おなじ道を歩むことに、生まれや血すじは関係ありません」と断じた。


「莇さん……すてきなお考えです」


 名家の生まれながら、苦しい葛藤をかかえて生きてきた莇。

 その彼がつむいだまっすぐな言葉は、鼓御前の胸を打った。


「……くそっ!」


 和やかな空気が莇たちをつつむかたわら、人知れず葵葉が黒髪をかき乱す。

 そして耐えかねたように、きびすを返す。


「────」


 葵葉が独り稽古場を飛びだしてゆくさまを、千菊は静かに見つめていた。

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