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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第二章
18/39

*15* 授業

 神薙(かんなぎ)高等専門学校。

 門をくぐり、玉砂利の細道を抜けたなら、重厚な瓦屋根が目を引く木造二階建ての建物が見えてくる。

 この場所こそが、神職者を養成する学び舎である。


「そういえば、たのまれごとをされてたのを思いだしたわ」

             

 校舎へ到着するなり、虎尾(とらお)がわざとらしく切りだす。

 これに桐弥(きりや)は嘆息した。

 そもそも神社を出るさいに、鼓御前(つづみごぜん)の付き添いはじぶんだけで事足りると主張した。にもかかわらず、「行き先はおなじなんだからいいじゃな〜い?」と笑顔で押しきられてしまった。

 その時点で嫌な予感はしていたのだ。


「そういうわけで、つづちゃんはアタシと行きましょうねっ!」


 じとりと睨みを寄こす桐弥などおかまいなしに、虎尾は鼓御前の手を引っぱってゆく。

(はな)ちゃんおねぇさま!?」とわけもわからないままに、鼓御前が後をついていくと。


「おはようございます、御刀(おかたな)さま」


 虎尾に案内されたのは、一階にある教員室だった。

 そこで、物々しい竜頭の面をつけた青年に出迎えられる。

 虎尾はというと、「ちゃんと送り届けたからね〜」とだけ言い残して、教室のある二階へさっさと向かってしまった。


「おはようございます、あるじさ……ではなくて、先生」


 千菊(ちあき)がかしこまったあいさつをするので、鼓御前もそれにならった。

 しかしぎこちなく会釈をしたところで、くすりと頭上で笑みがこぼれる。


「急に呼んでごめんなさい。虎尾先生が出勤前に神社へ寄るとのことでしたので、きみをつれてきてほしいとお願いをしたんです」


「あのう、わたしになにか……?」


「つづも今日から本格的に学校生活がはじまるでしょう? その前に、あらためて紹介しておこうかと思いまして」


「紹介……ですか?」


「はい。きみのサポート、手助けをしてくれる学級委員長さんです」


 千菊はそういって、おもむろにふり返る。

 そこでようやく、鼓御前は気づくことがあった。

 千菊のうしろに、少年がひとり。


「あなたは──!」


 その少年を目にした鼓御前は、驚きをかくせない。


「……先日は、お手紙をありがとうございます。鼓御前さま」


 ──(あざみ)だ。

 間違いない。学ランを身にまとった莇がすこし照れくさそうに、鼓御前の目の前ではにかんでいた。



  *  *  *



 本日も晴天なり。

 しかし、陽だまりの射し込む教室で黒板を背にした鼓御前は、そわそわと落ち着きがなかった。

 というのも、向かって左側に立っている莇のことが、気になって気になって仕方なかったため。


「莇と申します。新入生代表として、学級委員長の役職をたまわりました。せいいっぱいつとめさせていただきます。よろしくお願い申し上げます」


 よどみなく言葉をつむぎ、完璧な角度で礼をする莇。洗練された言動は、一目で育ちの良さをうかがわせる。


「御刀さまとおなじく、莇さんも今日から復帰します。みなさん仲良くしましょうね」


 教卓の前で、千菊がおだやかに生徒たちへ語りかけるが──


(あね)さまと肩をならべるとか何様だ。ふざけてんのか。離れろ離れろ離れろ……」 


 なにやら教室の奥のほうから、怨念のような言葉がきこえてくる。

 言わずもがな。最後尾にある窓際の席で腕組みをした葵葉(あおば)が、心底不機嫌そうに莇を睨みつけている。


(えーっと……仲良く、できるかしら?)


 相変わらず攻撃的な弟の様子に、鼓御前は早くも不安をおぼえるのだった。

 ──そのとき、鋭く細めた瞳で葵葉を睨み返した莇のことを、鼓御前は知らない。



(ヤスミ)〟との闘いで、莇は全治二週間の重傷を負ったはずだ。

「お怪我は大丈夫なのですか?」と恐る恐る問う鼓御前へ、莇はうなずいてみせた。


「ご心配にはおよびません。わたくしは鬼塚(おにづか)の家系でも、特別回復が早い体質なのです」


 そのため通常なら回復まで二週間かかる頭部外傷も、三日で完治したのだと。


「治るのが早くても、痛い思いはしてほしくありません。これからは、無理はなさらないでくださいね……?」


 心配のあまり泣きそうになっている鼓御前を目にして、莇ははたと呼吸を止める。それから、ぽ……とかすかにほほを朱に染めた。


「……そんなふうに心配してくれたひとが、ほかにいただろうか」


「莇さん? お顔が赤いです。もしや体調が……?」


「あっいえ、お気になさらず!」


 と、このような鼓御前と莇のやりとりが、朝のホームルーム後にくり広げられたのだが。


「あれは、決まりだな」


「あぁ。ぜったい好きだろ、委員長」


 なにせ、鼓御前に対する莇のいろんな感情が、だだ漏れなので。

 一連のやりとりをながめていたクラスメイトたちは、ほぼ全員察していた。気づいていないのは、おそらく鼓御前本人だけだろう。


「いくら名門鬼塚家出身の委員長でも、鼓御前さまのお付きの(かんなぎ)になるのは難しいよなぁ……」


 なぜなら、すでに圧倒的な存在感を放つ三名が、覡候補の座に君臨しているから。

 まぁ、そのうちの一名は、かなりの厄介者のようだが。


「あ〜ねさまっ」


「きゃっ……!」


 莇と立ち話をしていた鼓御前は、突然うしろへ引き寄せられるのを感じた。

 腰にがしりと腕が絡みついており、身動きがとれない。鼓御前が困ったように見上げると、案の定笑顔の葵葉にのぞき込まれていた。


「もう、葵葉ったら……いきなりびっくりするでしょう」


「一限目は移動だろ? 俺と行こうよ、姉さま」


 鼓御前がたしなめても、葵葉は聞いているようで聞いていない。


「失礼ですが。ぶしつけに御刀さまへふれるのは、いかがなものかと」


 どうしたものかと鼓御前が考えていると、莇が苦言を呈した。葵葉も負けじと反論する。


「俺の姉さまにふれてなにが悪い。ひがみはよせよ」


「弟であることが事実だとしても、いまのあなたは人の身です。御刀さまの意に添わぬ言動は見過ごせません。立場をおわきまえください」


「はぁ? 俺が姉さまに無理強いしてるとでも言いたいのか?」


「ちょっ、ちょっと待ってください、ふたりとも落ち着いて!」


 みる間に、教室に剣呑な空気がただよいはじめる。

 慌てて仲裁する鼓御前だが、莇と葵葉は睨みあったまま。


「一年生のみなさん。これから三年生の先輩方と、合同授業ですよ。遅れないようにしましょうね」


 そこへ、どこからともなく千菊が現れる。


「なんてタイミングのいい……」


 ぼそりとつぶやく葵葉。

 千菊はなにを思ったか。竜頭面からのぞく口角をゆるりと持ち上げて、こうのたまう。


「『みんな仲良く』──ですよ」



  *  *  *



 授業の開始を告げるチャイムが鳴りひびく。

 教室から場所を移り、鼓御前は校舎の裏手にある稽古場をおとずれていた。


「はーい、新入生のみなさんははじめまして。三年生担任の虎尾でーす。覡名は花虎尾(はなとらのお)からきてるわ。花ちゃん先生って呼んでね!」


 ぱちんっ。虎尾がお得意のウインクを炸裂させる。


「強烈なひとだな……毎日顔合わせるとか、先輩たち大丈夫ですか?」


「いや、慣れたら無害だ。俺たちからしたら、『鬼神』が担任のおまえたちのほうが気の毒だよ……」


「ひぃぃ……お慈悲を!」


「なんか失礼なこと言われてる気がするわね」


「元気がいっぱいなのはいいことです」


立花(たちばな)センセって、オトナの対応ねぇ」


 鼓御前はふむふむとうなずきながら、「立花先生はおとなの対応」とメモ帳に記した。

 読み書きの練習もかねて、見聞きしたことをこうしてメモしているのである。


 ちなみに鼓御前は千菊と虎尾に挟まれるかたちで、生徒たちと向きあっている。いい機会なので、ふと疑問に思ったことを質問してみた。


「あのう、みなさんお召しかえをしたようですが、袴の色がちがうのは意味があるのですか?」


 そう。ふだんは学ランすがたの少年たちが、和装に着替えていたのだ。

 全員白衣(びゃくえ)をまとっていることは共通しているが、差袴(さしこ)の色がちがう。


「三年生のみなさんは、袴が紫色。一年生のみなさんは若葉色。あら? でも莇さんだけ浅葱(あさぎ)色ね。どうしてかしら……?」


 法則性がまるでわからない。鼓御前が首をひねっていると、「いい質問ね!」と虎尾が声高に口をひらく。


「それなら縫製局の責任者でもあるアタシが、覡の階級制度について、説明してさしあげましょう!」


 虎尾は「見てのとおり、覡の階級は袴の色で示されるわ」と説明しながら、ホワイトボードをふり返る。そして左手に持ったマーカーで、以下のように書きだした。


●見習い:若葉色

入学時レベル。

●三級:浅葱色

在校生レベル。

●二級:今紫色

在校生レベル。

●一級:今紫色(藤の白紋つき)

教諭レベル。

●特級:白色(藤の白紋つき)

特例レベル。


「ウチに入学したばかりの新入生は、みんな袴が若葉色の見習いさんからはじまるわ」


 三級と二級はどちらも神薙高等専門学校在校生レベルだが、取りあつかうことのできる刀剣の種類が異なる。

 三級は短刀のみ。二級になると脇差(わきざし)打刀(うちがたな)太刀(たち)というふうにあつかえる刀剣も増えてゆく。

 一般的には一年をかけて覡の基礎をまなんだあと、二年生進級時に三級への昇格試験を受けるらしい。


「莇ちゃんがすでに三級の階級持ちなのは、特例のひとつね」


 莇は神宮寺(じんぐうじ)家の系譜である鬼塚家の出身だ。〝(ヤスミ)〟に対抗すべく、幼いころから英才教育がほどこされている。


「だから御三家(ごさんけ)出身の覡は、飛び級することがめずらしくないのよ。あぁ御三家といえば。九条(くじょう)ちゃん、こっちにいらっしゃい」


「…………」


「はい、あからさまに嫌そうな顔しないで、さっさと来る!」


 三年生のなかでそしらぬ顔をしていた桐弥を、虎尾が問答無用で呼びつける。そして渋々やってきた桐弥の腕に、がしりと自身の腕を絡みつけた。

 その瞬間、逃げ道を絶たれた桐弥の形相といったら。同級生たちすら、ぶるりと戦慄(せんりつ)した。


「はーいちゅうもーく。凄腕の手入れ師で有名な九条ちゃんの袴も、三年生のみんなとおなじ紫色ね。でもよーく見ると、お花のもようが浮かびあがってくるでしょ?」


「ほんとうですね……藤のお花が見えます!」


「古くから藤は魔除けの象徴とされてるわ。そんなわけで、覡でも達人の領域になる一級以上の階級には、袴に藤の白紋をほどこすのが決まりなの」


 そういう虎尾も和装をアレンジした袴風のパンツスタイルだが、よくよく見れば桐弥と同様に藤の白紋が浮かびあがってくる。


「一級ともなると、アタシみたいにこの学校の先生になれまーす」


「……僕が出てくる必要はなかっただろ」


「優秀な教え子を自慢したいセンセーゴコロよ。照・れ・な・い・の」


「これが照れているように見えるなら、いますぐ医者にかかったほうがいい」


 桐弥はしかめっ面で虎尾を振りはらうと、ため息まじりに白衣の袖のしわを伸ばす。


「あれが視線で人を殺せるとうわさの、『沈黙の九条』か……」


「九条先輩、こっわ……」


 一年生は桐弥とその毒舌を、はじめて目にしたのだろう。虎尾相手にも容赦ないそのすがたに、震えあがっていた。


「ちなみに立花センセは、歴代でも数人しかいない特級の覡。このレベルになると〝(ヤスミ)〟より怖いわね。人間辞めてるみたいなもんだから」


「はは、照れますねぇ」


 もちろん虎尾はほめていないし、千菊もそれを理解している。


「特級の覡さま……」


 じっと千菊を見つめる鼓御前。先ほどの虎尾の説明どおり、純白の差袴には藤の白紋が刻まれていた。

『鳴神将軍』と恐れられていた蘭雪(らんせつ)だが、その戦闘能力は転生してもなお健在らしい。


「さて。ひととおり説明が終わったところで、実技授業に移りましょうか」


 頃合いを見て、千菊が虎尾から話を引き継ぐ。


「今日は三年生のみなさんに教えてもらって、刀のあつかい方をまなぶのだという内容でしたね」


 ひとびとは、どんな気持ちで刀をにぎっているのか。

 鼓御前が興味津々に生徒たちを見つめていると、まさかの言葉が頭上からふり注ぐ。


「つづ、お手伝いをしてもらえますか? それから──莇さん、こちらへ」


「あっ、はい! わかりました!」


「おれが……?」


 反射的に返事をする鼓御前。

 莇は予想外の展開だったのか、思わず素になって目を白黒させていた。

 当然のごとく葵葉や桐弥から鋭い視線が飛んでくる。しかし千菊は一切動じることなく、にこやかに告げる。


「ふたりが『お手本』を見せてあげてください」

 

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