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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第一章
14/39

*13* 査問会議

典薬寮(てんやくりょう)』とは、〝(ヤスミ)〟に対抗するため、武装神職者によって組織された特殊機関のことである。

 その本部は、満月型の兎鞠島(とまりじま)中心部、島全体を見渡すことのできる高台の上に置かれている。


 宵の口。二十四畳の大広間にて、査問会議が急遽執りおこなわれる運びとなった。審理対象として呼びたてられたのは、立花千菊(たちばなちあき)九条桐弥(くじょうきりや)、そして縁代葵葉(よりしろあおば)の三名だ。


「では、弁明があるならばきかせてもらおうか。立花特級神使(しんし)、九条一級神使」


 大広間の上座側に、橙灯明が置かれている。ゆらめく橙のあかりが、三人の人影を映しだした。

 しかし御簾(みす)が下がっているため、彼らの素顔をうかがうことはできない。この場を取り仕切っているからには、それなりの地位にいる(かんなぎ)なのだろうが。


「こっちに非があること前提かよ。しかも、俺のことシカトだし」


 問答無用で呼びつけておいて、座布団も用意していないとはどういうことか。葵葉は盛大にため息をついた。


(『典薬寮(こいつら)』にとって、霊力者としての教育を受けていない俺は『取るに足りない存在』なんだろ)


 ふてくされた葵葉は、あぐらをかいたひざに頬杖をつくと、ふと脇目をふる。

 不満をあらわにした葵葉とは対照的に、千菊と桐弥は静かなものだった。背すじをのばし、毅然とした態度で批判を正面から受けとめている。

 張りつめた静寂のなか、千菊が沈黙をやぶった。


「ご報告があがっているとおりです。御刀(おかたな)さまをめぐった一連の騒動につきまして、事実に相違はございません」


「よくも悪びれもせず……お付きの覡でもない者が許可なく御刀さまを持ちだすことは、重大な違反行為であるぞ!」


 御簾の向こうで、影のひとつが声を荒らげる。


(うるさいじじいだな……)


 葵葉は顔をしかめつつ、千菊を見やる。やはり、動じた様子はない。

 じっとなりゆきを見守るうちに、葵葉はふと疑問をおぼえた。


(それより、妙だな。立花センセなら、こうなることはわかりきってただろうに)


 かつて葵葉のあるじであった蘭雪(らんせつ)は、数々のいくさを勝ち抜いた歴戦の猛将だ。

 一騎当千の実力はもちろんのこと、蘭雪は兵法にも精通し、その策略で敵を圧倒することもすくなくはなかった。

 蘭雪の生まれ変わりである千菊が今回のような下手を打つなど、葵葉は不思議でならない。

 鼓御前(つづみごぜん)を連れだすにしても、ばれないよう、千菊ならもっと上手くやったはずだ。


(てことは、あの人が(あね)さまを見舞いに誘ったのは、わざとか? なんのために?)


 しばし思案して、葵葉はすぐにかぶりをふる。


(いいや、やめだ。あの人がなに考えてるのかわからないのは、むかしからだ)


 なにを思って、鼓御前を(あざみ)と会わせたのか。それを追及したところで、千菊が口を割るはずもない。


(ただひとつ、わかることがあるとすれば──ここはもう、あの人の舞台ってことだ)


 この状況下で、千菊はみじんも取り乱してはいない。むしろ竜頭面からのぞく口もとを、可笑しげにゆるませているのだ。それがなによりの証拠だろう。


(さて、あんたはなにをするつもりなのか。俺は高みの見物をさせてもらおうか)


 にやり。葵葉の口もとから、自然と笑みがこぼれた。


「この者らは、御刀さまへ真名(まな)を明かしてはならない掟をやぶった。即刻除籍し、島外へ追放すべきだ」


「異論はない」


「では、()(ほう)ら三名の神使資格を、剥奪処分とする」


「これ、話し合いの意味あるか?」


 厳しく追及した挙句、こちらの言い分もきかず一方的に処遇を言い渡す。これを名ばかりの査問会議と言わずして、なんとするのか。


「それではこれより、『(みそぎ)』を執りおこなう」


 そして、肝心の罰則が間髪をいれずに科せられるようだ。


()けまくも(かしこ)き、伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)──」


 三名の男たちが、代わる代わる祝詞(のりと)をあげはじめる。祓詞(はらえことば)だ。

 ちなみに葵葉らは人間であって、〝(ヤスミ)〟ではない。 

 

「立花センセ。一応きくけど、これどういう状況?」


「『禊』ですね。人、とりわけ覡に対する祓詞は、記憶を消し去る際に用いられるものです。仮にも刀剣をあつかう知識と技術をもった者を、島外へ追放するわけにはいきませんから」


「それもそうか」


『禊』とは、要するに覡をただの人に変えるための儀式なのだろう。


諸諸(もろもろ)禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)()らむをば──」


 そうこうしているうちに、祝詞も終盤にさしかかる。

 しゃらん、しゃらん。

 御簾の向こうから、紙の束をふるような音がきこえる。おそらく大麻(おおぬさ)だろう。

 やがて葵葉たちの座る畳に、光りかがやく五芒星の陣が浮かびあがった。


「せっかちにもほどがあるだろ。なぁ、いよいよヤバイんじゃないか? どうすんだよ」


「なにも」


「は? 大人しくやられろってか?」


 思わず片ひざを立てた葵葉に対し、千菊は告げる。


「いいえ。そこで黙ってごらんなさい」


 ──手を出すな。

 千菊の意図を察した葵葉は、釈然としないながらも口をつぐむ。


(はら)(たま)真名(まな)をば──立花千菊、九条桐弥、縁代葵葉」


「……これは」


 葵葉が違和感をおぼえた、次の瞬間。


 ──カッ!


 まばゆい光が、視界を真白に埋めつくす。

 やがて五芒星は消え去り、宵闇を橙灯明が照らす大広間の景色がもどる。


「これでよい」


「いくら『鬼神(きしん)』といえど、記憶がなければ只人(ただびと)よ」


「さて、船の手配を。明朝には島外に──む?」


 祝詞の奏上は無事終わった。

 だというのに、何故だ。()()()()()

 男たちが寒気を感じたとき、畳にのびた影が不規則にゆらめいた。

 ゆらり……

 おもむろに顔をあげた千菊が、御簾に向かって笑む。


「これで、満足ですか?」


「なっ……まさか!」


「祓詞がきいていない、だと!?」


 予想外の出来事に、男たちは震撼。思わず立ちあがった拍子に、御簾が大きくゆれた。


「どういうことだ!」


「落ち着け、もう一度だ。記憶を消し去らねば、この者たちはふたたび御刀さまを持ちだすに違いない。それだけは……!」


「──ごちゃごちゃと五月蝿(うるさ)いな」


 ここで、沈黙をつらぬいていた桐弥が発語する。怒りをあらわに、低くうなるように。


「御刀さまを持ちだすだの、持ちださないだの。おまえらにとって、あいつは持って出歩ける『装飾品(モノ)』でしかないんだな。──馬鹿も休み休み言えよ、小僧ども」


「んなっ……!」


 容赦なく、辛辣な言葉をまくし立てる桐弥。紫水晶のまなざしにやどった闘志が衰えていないのは、依然として記憶を引き継いでいるあかしだ。

 これに、男たちはうろたえた。


「何故だ……何故……」


「さーて、なんでだろな?」


「貴様っ……」


 しまいにはくく、と葵葉が嘲笑したため、男たちの混乱も最高潮に達する。


「みなさまがとなえたのは、たしかに私たちの真名です。逆を言えば、その程度でしかありません」


「なにを言っている……!?」


「はて。神宮寺(じんぐうじ)家のご息女が、みなさまへご報告なされたはずですよね。()()()()()()()()()()()を」


「──っ!?」


 そうだ。たしかに神宮寺家の娘、ひなから報告があった。だが『それ』は、あまりに信じがたいこと。現実に起こりうるはずがないと、男たちが笑い飛ばしたことで。


「あらためて、ごあいさつ申しあげます。私は前世の名を、鼓御前の主、立花蘭雪(たちばならんせつ)と申します」


「九条派が()九条紫榮(くじょうしえい)。忘れずに記録に付け加えておけ。おまえたちのいう御刀さまは、僕が打った刀だと」


「号は青葉時雨(あおばしぐれ)。蘭雪公しか使えなかった俺のあつかいづらさは、折り紙つきだぜ?」


 ──あり得ない。けれど、疑いようがない。

 真名で縛ったはずの者たちが、何食わぬ顔で口上をのべているのだから。


「あなた方が縛ったのは、今世の私たちの名のみにすぎません。しかしこの身には、かつて御刀さまと生きた魂がやどっている」


「かの菅原道真(すがわらのみちざね)公が学問の神とあがめられているように、永く信仰されれば、人も神格を得る。御刀さまほどではないがな」


「つまりあなた方が人の子である限り、私たちをどうすることもできないということです。ご理解いただけましたか?」


「そんな、まさか……」


 千菊、桐弥に相次いでたたみかけられ、男たちはひるむ。

 しばしその様をながめていた千菊は、ぱんっと両手を打ち鳴らした。


「さて。誤解も無事とけたところで、みなさまにご相談があります」


「そ、相談……?」


 おうむ返しのごとく千菊へ問い返す声音は、打って変わって弱々しい。

 あまりの衝撃に理解が追いつかず、どう接すればよいのかはかりかねているようだ。

 そんな男たちをよそに、千菊は意気揚々と続ける。


「えぇ──あなた方が小僧風情とあなどっていた私たちと、私たちの愛しい御刀さまの今後について、です」


 ……ぞわり。背すじが凍るような感覚に、男たちはすくみあがる。


『蘭雪()るところ、竜の怒り在り』


 単なる言い伝えではない。目の前にいる竜頭面の男は、あまたの人々を恐れおののかせた伝説そのもので。


「──ちょっとごめんくださーいっ!」


 すぱぁん! と勢いよくふすまがひらいたのは、まさにふいの出来事だった。



  *  *  *



 静まり返る大広間に、すたすたと少女が乗り込んでくる。

 葵葉は目を白黒させた。寝間着に男物のジャケットとちぐはぐな格好をしているが、その少女はまさに。


「姉さま!? なんでここに!」


「はい、鼓御前でございます! いきさつは(はな)ちゃんおねぇさまにうかがいました。居ても立ってもいられず、こうしてお邪魔したしだいですわ!」


「はなちゃん……だれだそれ」


「ハーイ、アタシが花ちゃんよ。皆々さま、こんばんわぁ」


「え、なんか変なのきた……」


 鼓御前に次いで、長身の男がすがたをあらわす。たしかに男であるはずなのに、女のような言動が葵葉の思考を鈍らせる。

 虎尾(とらお)の登場により、反応を見せた者がもうひとりいた。桐弥だ。ふだんはあまり表情を変えない桐弥だが、このときばかりは眉をひそめている。


「……あんたか」


「ちょっと九条ちゃん、そんなあからさまに嫌そうな顔しないでよ。担任の、センセーでしょ!」


(てん)、そんな特級呪物捨ててこっちにこい。毒されるぞ」


「わわっ、(とと)さま……!?」


「アタシのお気にのジャケット特級呪物あつかいするの、やめてくれるぅ!?」


 虎尾が抗議するも、桐弥は完全無視。鼓御前が羽織った虎尾のジャケットを手ではたき落とすと、娘の腕を引いて自身のもとへ抱き寄せた。

 突然のことで足がもつれてしまった鼓御前だが、なんとか体勢を立て直し、桐弥のとなりにちょこんと座った。


「んもう、失礼しちゃうわ」


 ぶつくさ言いながらジャケットを拾いあげる虎尾へ、千菊が声をかける。


「虎尾先生がいらっしゃるとは思いませんでした」


「あらそーう? アタシは女の子の味方だからね。われらが御刀さまのかわいいおねだりに応えてあげただけよ」


「はい、わたしが花ちゃんおねぇさまにおねがいしました。『典薬寮』のみなさまに、どうしてもお伝えしたいことがありましたので!」


 鼓御前はふんす! と胸を張ると、御簾の向こうの人影へ向き直る。

 そして道中に予行練習した文言を、満を持して告げるのだった。


「こちらの千菊さまはかつてのあるじ、蘭雪さま。桐弥さまはわたしの父、紫榮さま。そして葵葉はともにいくさを勝ち抜いた弟、青葉時雨にちがいはございません。この鼓御前が、保証いたします!」


 決定的なひと言だった。こうして鼓御前により、千菊らの発言が真であることが証明されたのだ。


「神はうそをつかないわ。これでおじいさま方もおわかりでしょ? 御刀さまと彼らを引きはなすことが、どんなに無意味なことか」


「しかし……近年増加傾向にある〝(ヤスミ)〟に対抗できるのは、御刀さまのみ。そして御刀さまに霊力を供給する専属の覡を、早急にえらばねば……」


「あら、なにをかん違いしてんのよくそじじいども。えらぶのはアンタたちじゃないでしょうが」


「なっ……」


 情け容赦ない言葉を放った虎尾は、一変。ゆるりと口端を持ちあげてみせる。桐弥、千菊、そして葵葉へ、順に視線をやりながら。


「えらぶのは御刀さまよ。そこははき違えないでちょうだい」


 正論だった。もはや反論の余地はない。


「虎尾先生、ありがとうございます。説明の手間がはぶけました」


「説明っていうより、アタシは認識のズレをただしただけよ。あとはよきにはからってくださいな、立花センセ?」


「では、お言葉に甘えまして」


 虎尾の後押しを受け、千菊が居ずまいをただす。

 おかしい。竜頭面に覆われ表情が見えないはずなのに、冷ややかな笑みを向けられている気がする。三人の男たちは身震いをした。


「あのう、ひとつよろしいですか?」


 このタイミングで、おずおずと鼓御前が挙手をする。この場にいるだれもが、鼓御前へ集中した。


「はい、どうかしましたか? つづ」


「きけば専属の覡さまを、わたしがえらぶのだとか」


「えぇ。〝(ヤスミ)〟を滅するため、御刀さまに霊力を供給し、正しくふるう者が必要です。とくに私たち三名はきみとゆかりも深いので、お付きの覡候補として最適ではないかと、みなさまにご提案をさしあげようと思っていたところなのですよ」


 提案という名の圧力だけどな、と思わなくもない葵葉だったが、素朴な鼓御前がそれを知るよしもなく。


「そうだったのですね!」


 納得したように鼓御前がうなずく。それから、こてりと首をかしげた。


「それでしたら、わたしからもおねがいがあるのですが」


「おねがい、ですか?」


「はい。莇さんの一件があって、ずっと考えていたのです。わたしはまだまだ、未熟者であると」


 そのとき、何気なく放った言葉が千菊をぴくりと身じろがせたことを、鼓御前は知らない。


「莇さんが取り乱してしまったのも、きっとわたしの配慮がいたらなかったせいなのでしょう。人の心を、わたしはまだ理解できていない……」


 鼓御前は、そっとおのれの胸に手をあてる。息苦しい思いをしたけれど、自問した答えが、いまならわかる。


「この身は刀の付喪神(つくもがみ)なれど、人の身を得たからには、わたしも人の心を知りたいのです。だって、わたしの意思でふれることも、言葉を交わすこともできるんですもの。ただの鋼の塊には、できなかったことですわ」


 ぎゅっと胸の前でこぶしをにぎりしめ、鼓御前は前を向く。紫水晶のまなざしで、まっすぐに未来を見据えて。


「ですので、わたしもみなさまの一員として、学び舎で学ばせていただきたいのです。未熟者ゆえに、千菊さまや桐弥さま、葵葉……いろんな方の力をお借りすることがあると思いますが、みなさまに愛想をつかされないよう、わたしもがんばります! 一生懸命、人の心を学びます!」


「ふはっ、なんだそれ!」


 こらえきれず、葵葉がふきだす。

 桐弥は、おどろいたように目を丸くしている。そして。


「ふふ……はははっ!」


 千菊が笑い声をひびかせた。いつもおだやかな笑みにとどまっていた彼が、高らかに。


「まいりましたね。私が望んでいることを、つづがあっさり叶えてしまいました」


「あれっ、もしかしてわたし、余計なことをしましたか!?」


「いいえ? むしろ望むところといいましょうか」


「えぇと……ご期待に添えられたなら、よかったです?」


 しなやかな腕で、鼓御前を抱き寄せる千菊。

 鼓御前としてはその行動の意味をいまいち理解できなかったが、「あるじさまがごきげんならきっと正解だったんだわ」と前向きにとらえることにした。


「つづはいいこですね」


「ちょっとあんた、姉さまにベタベタしすぎ」


「調子に乗るなよ、小僧ども」


 千菊が鼓御前の頭をなでていると、すかさず葵葉が割り込み、桐弥が睨みをきかせる。


「人と刀は片時もはなれず、寄り添うもの。まるで夫婦のように。──さながら御刀さまと、その花婿たちってところかしら?」


 かたわらで、虎尾がくすりと笑みをこぼした。

 これはそう──人に愛された刀が、人を愛する心を知る物語。

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