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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第一章
13/41

*12* 虎尾

「さぁさ、ひなちゃんも手伝ってちょうだい。パパッとすませちゃうわよ!」


「かしこまりました。鼓御前(つづみごぜん)さま、失礼いたします」


 それからは、あっという間だった。

 ひなにより手早く寝間着を脱がされた鼓御前は、気づけば下着すがたになっていたのだ。


「あのう、これからなにをなさるんですか? お風呂に入るわけではない、ですよね?」


 おずおずと挙手をしながら鼓御前が問う。「あらやだ」と口もとに手をあてた虎尾(とらお)が言うには、こうだ。


「言ってなかったかしら? アタシ、ふだんは縫製局でお仕事しててね。ひなちゃんから連絡をもらって駆けつけたの。制服の丈、合ってなかったでしょう?」


「制服……あっ、入学式のときに着せていただいた、せーらーふくのことですね!」


「そうそう。ウチの職員が手違いで納品しちゃったみたいでね。責任者としてほんとうに申し訳ないですわ。──まったくあんのバカどもは、御刀(おかたな)さまのことなんだと思ってやがんだ」


「えーと、(はな)ちゃんおねぇさま……?」


 すらすらと受け答えていた虎尾が突然低い声でなにやらつぶやいていたが、その形相たるや、般若のごとし。

 あまりにも別人のようだったので、もしかしたら見間違いかもしれないわ、と鼓御前は結論づける。


「お詫びといってはなんですけれど、つづちゃんの制服は、アタシがちょっぱやでつくろい直しますわ。というわけで、ちょっと採寸させてくださいましね〜」


 虎尾はふところから巻き尺を取りだすと、鼻歌をうたいながら鼓御前の肩まわりから採寸をはじめていく。 


「期待してて。とびっきり可愛いのを仕立ててあげるわ!」


 ぱちんっ。

 ウインクを寄こされた鼓御前は、あまりに(さま)になっている虎尾を前に、思わずうなずいてしまったのだった。



  *  *  *



 ゴーン……

 鐘の音がひとたび鳴るころ。

 水平線の向こうに夕陽がかくれ、夜の帳がおりる。


「制服は今晩中に仕上げるから、また明日の朝、おうかがいするわね」


 採寸結果を万年筆でさらさらと書きつけた手帳をぱたんと閉じ、虎尾はにっこりと笑みを浮かべた。


(あらためて見ると……すごくきれいな方ね)


 寝間着に着替えた鼓御前は、目前で座布団に腰を落ち着けた虎尾をそっと見つめる。


 年のころは、おそらく二十代なかば。

 (かんなぎ)といえば和装が基本のはずだが、彼は白い詰め襟のシャツに黒のジャケットを羽織り、紫の袴風パンツスタイルだ。

 髪も癖のある紫紺色にところどころ金色がまじり、化粧もほどこしているようだ。

 右目の下の泣きぼくろが印象的で、唐茶色(からちゃいろ)のまなざしがなんとも艶っぽい。

 目を引くよそおいは、彼の美意識の高さゆえだろう。


「さてと。ひと仕事すませたところで、おしゃべりでもしましょうか」


「おしゃべり、ですか?」


「そう。つづちゃんもまだ顕現(けんげん)したばかりで、わからないことだらけでしょう? だからここ兎鞠島(とまりじま)について、知ってもらおうと思ってね」


「ほんとうですか? わたし、この島やみなさんのこと、もっと知りたいです。教えてください!」


「うふふ、純粋で可愛らしい御刀さまだこと。ご期待には応えなくちゃね」


 虎尾はくすりと笑みをこぼすと、湯気を立てる湯呑みへ口づける。それから紅色にいろづいたくちびるをひらいた。


「兎鞠島は、古くから日本中の穢れが潮風に運ばれてくる場所。〝(ヤスミ)〟との闘いの歴史をたどれば、数百年にもおよぶわ。そして覡の家系で、御三家(ごさんけ)が中心になってあやかしたちと闘っているの」


 退魔の立花(たちばな)家。

 創造と保存の九条(くじょう)家。

 継承の神宮寺(じんぐうじ)家。

 これらは総じて、御三家と呼ばれる。


「立花家は〝(ヤスミ)〟を祓う優れた退魔師を多く輩出してきた家系。九条家は鍛刀(たんとう)や手入れといった刀剣の製造と保存をになう家系。そして御刀さまを含めたすべての刀剣は、神宮寺家が所蔵のもと、管理しているわ。後世へ継承していくためにね」


 湯呑みのふちについた紅を懐紙でふき取りながら、虎尾は続ける。


「で、ここまできいてたらわかると思うけど、立花センセがその立花家の出身。凄腕の手入れ師で有名なツンツン九条ちゃんが、九条家の出身ね」


「花ちゃんおねぇさまは、どちらの出身なのですか?」


「アタシ? アタシはとくに面白味もないそのへんの鞘師(さやし)の家系よ。現場にでるのはあんまり得意じゃないの」


 とはいえ、対〝(ヤスミ)〟用の武装神職者を養成する学び舎で、教鞭(きょうべん)をとる人物だ。虎尾自身もかなりの実力者なのだと、容易に想像はつく。


「それで、病院でパニックを起こしちゃった(あざみ)ちゃんのことなんだけど」


 そこまで言って、虎尾はとなりに控えたひなを見やった。

 鼓御前の世話役であるひなは、ふだんならば茶を用意して退室する。しかし今回は事情が事情であるため、同席している。

 虎尾のまなざしにうながされ、ひなが重い口をひらいた。


「私も莇も、御刀さまの奉納された兎鞠神社を管理する、神宮寺家の出身でございます。ですが莇は『痣持ち』のため、分家である鬼塚(おにづか)家へ養子にだされたのです」


「……そういえば莇さんの首に、痣が見えました。あれが『痣持ち』ということですか?」


「はい。わが神宮寺家では数十年に一度、首に痣を持った男児が生まれます。その男児はきわめて高い霊力を持つがゆえに暴走させてしまう危険性もあり……一度本家を離れ、鬼塚家で制御法をまなぶならわしとなっております」


「そうだったのですね……」


 十五の少年らしからぬ生真面目な莇の言動を、鼓御前は思い返す。

 高すぎる霊力。まだ年若い身に余るそれを制御するため、つねにおのれを厳しく律してきたのだろう。幼いころから。


 ──ずっと、ずっと、がんばって、きたんです……っ!


(病室で見せた涙……あれが、莇さんの心の叫びだったんだわ)


 鼓御前はそう理解するとともに、ズキリと胸が痛むのを感じる。


(わたしは……なにもしてさしあげられなかった)


 見舞ったのは、怪我をして心細いだろう莇を元気づけるためだ。それなのに、言葉の選択を間違ってしまった。


 じぶんとの会話の最中で、莇が取り乱したのだ。じぶんが原因であることはたしか。

 けれども、なにに対して莇が過剰に反応したのか、鼓御前はわからなかった。


「病院での騒動については、立花センセたちが解決してくれたわ。でもその代わり、面倒なことになってね」


「そのことについてなのですが……あるじさま、(とと)さま、それに葵葉(あおば)のすがたも見えません。みなさんご無事なのですか?」


 思わず問いかけて、鼓御前ははっとする。

 なぜか虎尾が、丸みをおびた瞳でこちらを凝視していたためだ。


「あの、わたし、なにか変なことでも言いましたか?」


「いえ、おどろいちゃって。まさかほんとうに立花センセたちが、かの有名な『鳴神将軍』だったり御刀さまの生まれ変わりだったとはねぇ」


「……はっ!」


 もしや、またぺらぺらと余計なことを口走ってしまったのだろうか。

 鼓御前がひやりとこめかみに汗を浮かべていると、ひなが言葉を継いだ。


「たしかに、蘭雪(らんせつ)公が現代に転生するなど、にわかには信じがたいお話です。ですがそれはまぎれもない事実でありますと、私のほうから『典薬寮(てんやくりょう)』に報告をいたしました」


 鼓御前の発言は失言でもなんでもない。ひなの言葉はそういった意味合いであった。しかし。


「さっきアタシも言ったでしょ? 『面倒なことになってる』って。具体的には『典薬寮』のおじいさまたちが、ひなちゃんの話を信じてないのよ。あの人たちにとって重要なのは、三人が『御刀さまの前で名乗った』ということだけ」


 それが意味することは、つまり。


「『御刀さまに真名(まな)を明かしてはならない』──その禁忌をおかした罪を問われ、三人は今夜、査問会議にかけられるわ」


 査問会議。それは間違ってもお茶を飲みながらおしゃべりをするような場ではないと、鼓御前は肌で感じ取った。


「誤解されたままだと……みなさんはどうなりますか?」


「永久的に覡の地位を剥奪されるわ。そして、この兎鞠島から追いだされる」


「なんということ……」


 鼓御前はくちびるを噛みしめる。無意識のうちに、ひざの上でこぶしをにぎりしめていた。


(葵葉が、あるじさまが、父さまがむかえにきてくださって、わたしはほんとうにうれしかった……)


 彼らの名をきき、その魂とふたたびつながることができて、鼓御前は心から歓喜したのだ。

 けれど、再会の喜びにひたっているままではいられない。


「わたしが、行きます」


「鼓御前さま……」


「わたしが証言すれば、疑わしく思っている方も信じてくださるはず。ですから、わたしが行きます。いえ、行かねばならないのです」


 なにが正しいのか。どうすべきなのか。

 それが、いまはわかる。


「わたしを、あるじさまたちのもとへ連れていってください」


 鼓御前は背をしゃんと伸ばし、虎尾を見据える。

 ゆるぎない紫水晶のまなざしを受け、じっと耳をかたむけていた虎尾は、ふいに目もとをほころばせる。


「いいオンナじゃない。惚れ惚れしちゃうわ、つづちゃん」


 まるで、鼓御前がそう告げることを待ちわびていたかのような様子だった。


「そうと決まれば、急がなくちゃね」


「虎尾さま、もう『暮れの鐘』が鳴っています。あまり鼓御前さまを遅くにつれだすのは……」


「夜道は危険だものね、わかってるわ」 


 ひなが心配そうに声をかけるが、虎尾の返答は落ち着いたものだ。


「それじゃあつづちゃん、これを着ててくれる?」


 虎尾は座布団から腰をあげるなり、自身のジャケットを脱ぎ、鼓御前へ羽織らせた。

 その行動の意図を汲み取れず、鼓御前が「あのう?」と首をかしげると……


「アタシね、防御結界の使い手なの。縫製局でつくられた制服だとか神職用の装束は、アタシの霊力を糸のように何重にも織りなして仕立てたものだから、そのへんのあやかしじゃ傷ひとつつけられないわよ」


 と自信満々に補足してみせた。


「そうなのですか!? 花ちゃんおねぇさま、すごいです……!」


「んふふっ、そうよ、アタシはすごいのよ。そのアタシがついてるんだから、つづちゃんも安心してついてきてちょうだい?」


 虎尾は至極満足げに、鼓御前へ手をさしのべる。

 鼓御前も、その手を取ることにためらいはなかった。


「よろしくお願いします!」


「いいお返事! それじゃあサクッと殴り込みにいきましょうか!」


「な、殴り込み? 手荒なのはちょっと……」


「いきなり御刀さまがきたら、頭の硬いおじいさまたちもびっくりするわよねぇ。楽しみだわぁ」


「きゃっ、あのあのっ、花ちゃんおねぇさま!?」


 やけに楽しそうな虎尾に手を引かれ、鼓御前は縁側の沓脱石(くつぬぎいし)にそろえてあった草履を慌ててつっかける。

 濃紺色に更けゆく空。鈴蘭型のガス灯にあかりが灯る町並みへ、鼓御前は夜風とともに駆けだしていった。

 

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