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御刀さまと花婿たち  作者: はーこ
第一章
12/41

*11* 痣

 ぐい、と力強い腕にさらわれた直後。押し寄せる『力』の奔流から、だれかの影が鼓御前(つづみごぜん)をかばった。


(あね)さま、俺の声がきこえる?」


 聞き慣れた声。いまもむかしも、じぶんを姉と呼ぶのはたったひとりだけ。


「……葵葉(あおば)……?」


「よかった……もう大丈夫だからな」


 ぼんやりとした視界で鼓御前が見わたすと、どうやら葵葉に抱かれているらしかった。なんとか呼びかけに応じれば、葵葉も安堵した様子で姉をきつく抱きしめる。


「ちょっとこれ着てて」


 それから葵葉は、自身が身にまとっていた制服の上着──学ランを鼓御前へ羽織らせた。

 すると、なんということだろう。


(あら……? 息苦しく、ない……?)


 あれだけ打ちつけていた『力』の奔流が、すっと消え入ったのだ。

 またたく間に荒々しい波が引き、あとには葵葉の香りが鼓御前をつつみ込むだけ。

 ひとつ深呼吸をするうちに、意識もはっきりとしてきた。そこであらためて、鼓御前が室内に目を向けると──


「で、この状況どうすんだよ、立花(たちばな)センセ。こいつに姉さまを会わせたあんたが原因だろ?」


「そうですね、否定はしません」


「……あるじさまっ!?」


 いつの間にだろうか、千菊(ちあき)のすがたがあった。


「感情を乱して霊力を暴走させるとは、未熟者が」


 いや、葵葉や千菊だけではない。桐弥(きりや)がどこからともなく現れ、鼓御前のからだを支える。


(とと)さま……これは、いったい……?」


「知らん。あの竜面小僧がおまえをつれてどこぞの小僧を見舞うというから、保護者として付き添いに来ただけだ。そら見てみろ。小僧どもにまかせていたら、ろくなことがないだろう」


 現状を述べる桐弥の物言いは、辛辣なものであった。愛娘が脅かされ、相当腹を立てているようだ。


「そうだわっ……(あざみ)さん! 莇さんは大丈夫なのですか!」


「おまえは他人のことばかり……はぁ」


 桐弥はため息をもらすと、おもむろに右手で正面を指し示す。


「鼓御前、さま……つづみごぜん、さま……うぐっ!」


 ピーッ、ピーッ、ピーッ!


 けたたましい電子音がひびきわたる中、うわごとのように鼓御前を呼んでいた莇がうめき声をあげる。


「ぐっ……うぁあ!」


「莇さん!」


 莇は苦悶の表情で、自身ののどもとを押さえていた。

 目を凝らし、鼓御前は異変に気づく。


(莇さんの首……なにか、ある? 痣のような……)


 いま一度まばたきをして、鼓御前は確信する。

 間違いない。莇の首に刻まれた痣のような箇所から、すさまじい霊力の暴走を感じる。


「『痣持ち』──なるほど。そいつは鬼塚(おにづか)の小僧か」


「父さま……?」


 固唾を飲んで見守る鼓御前のそばで、桐弥が何事か気づいたようで。


「彼が御刀(おかたな)さまにたいして強い憧れをいだいていたことは、話にはきいていましたが……」


 そして千菊もまた、ひとりごとのようにつぶやいたのち、鼓御前をふり返る。


「つづ、莇さんは『霊力過剰症』といって、うまく霊力を制御できず、暴走させてしまっている状態です」


「そんな! どうすれば助けられますか!?」


「暴走の原因を遠ざけるのが、一番です」


「暴走の、原因……?」


 くり返す鼓御前へ、返答はない。

 千菊は無言でふみだす。一歩、二歩と歩み寄り、莇の目前までやってくると、静かに手を伸ばす。


「う、ぅ……」


「『お眠りなさい』」


 千菊の手のひらが、莇の視界を覆いかくした瞬間。


「あ……」


 苦しみ悶えていた莇が、動きを止める。

 千菊はかくりとくずれ落ちる莇を抱きとめると、そっとベッドへ横たえた。


言霊(ことだま)で眠らせただけです。心配はいりません」


「莇さん……もう大丈夫、なんですよね?」


「えぇ」


「よかった……!」


 千菊の言うとおり、莇は完全に意識を飛ばしているようだ。顔色はすこし白いままだが、苦悶の表情が消えていることに、鼓御前はひどく安堵した。


「──霊力値の急上昇が見られました! こちらです、先生!」


「どうかなさいましたか、(かんなぎ)さま!」


 つかの間の静けさを、だれかの声と慌ただしい足音が引き裂く。


「えぇと、これは……?」


「ここは霊力者専門の病院なんです。莇さんの霊力値モニターの異常が見られたので、医療スタッフの方が駆けつけたようですね」


 落ち着いた声音で鼓御前へ説明した千菊は、そのとなりの桐弥へ視線をうつす。

 しばしぶつかり合う両者の視線。やがて、桐弥がため息まじりに鼓御前を支えていた手を離した。


「まったく……面倒なことを」


「ご協力、ありがとうございます」


 千菊と桐弥のあいだで、どんな意思疎通が交わされたのか。

 鼓御前が不思議に思っていると、千菊が今度は葵葉をふり返る。


「ちょっとややこしいことになったので、私と九条神使(くじょうしんし)がさわぎをおさめます。きみはひと足さきに、つづを神社へつれ帰ってください」


 それまで傍観していた葵葉は、千菊の言葉に首をかしげた。


「いいのか? 俺みたいな『下っ端』にそんなお役目まかせて」


「きみは彼女のためにならないことはしない。その点に関しては私も信頼しています」


「よく回る口だ」


「たのみましたよ、葵葉(あおば)


 ダメ押しのような千菊の言葉に、葵葉は「……ふん」と鼻を鳴らす。


「そういうわけだ。行くぞ、姉さま」


「えっと……あのっ!?」


 言うが早いか、鼓御前の腕をさらった葵葉が病室の窓に手をかける。

 莇、それから千菊たちのことが気がかりな鼓御前ではあったが、現実はそう甘くない。


「そんじゃ、あとはよろしく」


 にやりといたずらっぽい笑みを浮かべた葵葉は鼓御前を抱きあげると、開け放った窓の外へためらいなく飛び込んだ。



  *  *  *



 夕陽がかたむき、海辺の町並みに影を伸ばす。


「……ん」


 まぶたの裏にまぶしさを感じた鼓御前は、そっと瞳をひらく。

 いまとなっては見慣れた木目の天井が、茜色をおびて視界に映り込んだ。


「わたし、また気を失ったのね……」


 例によって、上等な羽毛布団に横たえられていたのだ。服装もセーラー服から寝間着へ着替えさせられている。これが苦笑せずにいられるだろうか。

 もぞもぞと布団から起き上がったところで、ツキンとこめかみのあたりが痛む。からだを折った拍子に、鼓御前のひたいにのせられていた濡れた手ぬぐいがすべり落ちる。


「人の身とは、こんなにか弱いものなのですね……」


 頭が痛い、手足がだるい。そのような感覚は、ただの鋼の塊でしかなかった鼓御前にとって、縁のないものであった。


「目を覚まされたのですね……御刀さま!」


 鼓御前が布団から抜けだせずにいると、少女の声が耳に届く。世話役のひなの声だ。

 見れば水を張った桶をかかえている。鼓御前の手ぬぐいを替えにきたのだろう。


「まぁ、ひなさん。ご心配をおかけしました。わたしは大丈夫で──ひなさんっ!?」


 いつものようにほほ笑み返そうとした鼓御前は、ぎょっとする。

 なぜなら駆け寄ってきたひなが、桶を放りだす勢いで土下座をくりだしてきたためだ。


「申し訳ございません、申し訳ございません!」


「あのっ、どういうことですか? よくわかりませんがそのっ、とりあえずお顔をあげてください、ひなさん!」


 鼓御前は飛びあがった。畳にひたいをこすりつけるひなを、慌てて抱き起こしにかかる。


(こういうとき、どうすればいいのかしら……そうだわ!)


 鼓御前は昨晩のことを思いだす。

 不安で眠れないでいると、桐弥が頭をなでたり、背を軽く叩いてくれたりした。そのおかげでひどく安心したことを覚えている。


「大丈夫ですから、落ち着いてお話をしていただけますか? ね?」


「はいぃ……」


 見よう見まねで鼓御前が頭をなでたり背をぽんぽんと叩くと、ひなも落ち着いたのか。ずず、と鼻をすすりながらからだを畳から起こした。それからふと、物哀しそうに視線を伏せる。


「当家の者が多大なるご迷惑をおかけしましたこと、深くおわび申し上げます」


「と、言いますと……?」


「鼓御前さまがお見舞いに行ってくださった彼……莇は、私の弟なのです」


「弟……ひなさんは、莇さんのお姉さまだったのですか……!?」


 思ってもみない告白に、鼓御前は驚愕する。


「私と莇は、みっつ歳が離れておりまして……とはいえ、早いうちにあの子は分家へ養子にだされたため、姉らしいことはなにひとつしてあげられておりません」


「ぶんけ……ようし?」


 聞き慣れない言葉だ。人のいとなみに疎い鼓御前であれば、それも仕方のないことであった。


「養子っていうのは、生まれたおうちとはべつのおうちのこどもになること。それで分家は、彼の親戚の家系にあたるから、つまりは親戚のおうちのこどもとして引き取られたって話ね」


「そうなのですね、なるほど…………うんっ?」


 うっかりうなずきかけた鼓御前だったが、はて、と首をかしげる。

 鼓御前の疑問に答えたのは、ひなではない。ごく自然に会話に参加した声は、鼓御前やひなよりも低いもの──そう、男のもので。


「──虎尾(とらお)さま!」


 はっとしたようなひなの声で、鼓御前も我に返る。

 まばたきをすれば、障子のそばに人影があるのがわかった。すらりとした長身で、千菊と同じいわゆる成人男性のように見受けられたが──


「もー、ひなちゃんったら。ソレは可愛くないから、呼ぶなら(はな)ちゃんって呼んでっておねがいしたでしょ?」


 鼓御前は、おずおずと目前の人物を見上げる。

 ひなに虎尾と呼ばれたその人物は、大げさに肩をすくめると一変、鼓御前の正面でひざをついた。


「お初にお目にかかりますわ、御刀さま! アタシのことは花ちゃんとお呼びくださいな。早速だけど、アタシもつづちゃんって呼んでいいかしら?」


「わっ……えっと、は、はい、大丈夫です!」


 気づいたらじぶんよりもひと回りは体格の大きい人物が目の前にいて、両手をぎゅうっとにぎってきたのだ。鼓御前も反射的にうなずいてしまう。


「覡さま! 鼓御前さまがおどろいていらっしゃいます!」


「あらやだ、アタシったら。カワイコちゃんがいるからついテンションブチ上がっちゃったわ。ごめんなさいねぇ」


 鼓御前の手を離した人物が、紅色にいろづいた口もとに手をあて、「うふふ」と上品に笑ってみせる。


(ふるまいは女性のようだけれど……男性の方、よね?)


 落ち着いて状況を整理しようとこころみる鼓御前だったが、無理だった。


「え……えっ?」


 情報量が多すぎた。人の身を得てまだ二日目の鼓御前が、彼(彼女?)のような人種を理解できるはずもなく。ぷしゅーと頭から湯気をだして固まる。


「あらあら、パンクしちゃった」


 壊れたロボットのように動かなくなった鼓御前の背を支えながら、そもそもの原因である人物がにっこりと笑みを浮かべる。


「アタシみたいな人間はね、『オネェさま』っていうのよ」


「お、おねぇさま……?」


「そそ。きけばなーんか『典薬寮(てんやくりょう)』がゴタゴタしてるらしいじゃない? そういうわけで、アタシがここにきたってわけ」


 そういえば先ほど、ひなが言っていた。


「花ちゃんおねぇさまも、覡さま……なのですか?」


「えぇ、もちろん。一級神使、覡名は虎尾。学校の先生なんかもやってるわ。怪しい者じゃないから安心して」


 覡であり学校の先生。となると、千菊と同じ神薙(かんなぎ)高等専門学校の教諭ということだ。

 鼓御前が思い返す限り、入学式に参列した教員のなかに虎尾のすがたはなかったはずだが──


「さてと。アタシが今日ここにきた用件なんですけれど」


 ぱんっと両手を打ち鳴らした虎尾が、まばゆい笑みを咲きほこらせる。


「とりあえず、そのお着物脱ぎましょうか、つづちゃん?」


「はい?」

 

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