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逆算探偵 -濁鳴瞳子の逆算推理-  作者: どんぱち
1/4

file2:始まりの音色 出題編(上)

本作はジャンプルーキーに投稿した読み切り漫画作品「逆算探偵 -濁鳴瞳子の逆算推理-」の続編となります。

本作に伴い過去作を『file1:彼女の能力』とナンバリング。

挿絵(By みてみん)

「犯人は貴方です!」


 白く染まった雪山、その中腹に存在する旅館。ロビーに集まっている警官と容疑者らの視線は、声の主に集められる。


 突如現場に現れた女子高生は、先の宣言と共に一人の人物を指差した。


 そう。突如現場に現れた、だ。

 少女はたった今この場に乱入し、その瞬間に犯人を断定した。何も知らぬ者であれば子供の悪ふざけか、或いは安楽椅子探偵が全ての推理を終え現場に来たのだと思うかもしれない。


 いずれも否。それらの推測はリアリティが()()()()()()()


「ひとみちゃん、だから先走っちゃ駄目だって──」

「間違いありませんよ助手くん。視えましたから。仲賀(なかが)芳香(よしか)を殺害した犯人は貴方です、後野(あとの)茉莉(まつり)


 普段前髪で隠れているその左眼が輝く。助手の制止も聞かないその眼には、犯人が纏うオーラが視えているのだという。

『少女は超自然的な特殊能力によって事件の犯人が一目で分かる』……そんな元も子もないデタラメこそが真実だった。

 探偵 濁鳴(にごりなき)瞳子(ひとみこ)。あらゆる過程(トリック)を飛び越え回答(犯人)を特定する。小説一行目で犯人を暴く史上最速の探偵である。


「た、探偵、何言ってるの。彼女が犯人だなんてそんなこと──」

「そうだよ、だってアタシ──」


 彼女の眼は絶対の回答。その視界には、未知の真実が出力されている──今回を除いては。


「もう知ってるわ」「もう自首したよ」


 探偵の指差す先には、今まさに手錠をかけられた犯人の姿があったのだった。


              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 お役御免になった僕らは、暖房の効いたロビーから出たくなくてなんとなしにあたりを眺めた。周囲では今も警察の方々が忙しそうに働いていて、何もできなかったことが申し訳なくなる。窓からはスキー場のリフトが見えた、旅館とゲレンデはかなり近いみたいだ。

 スキー場が併設されているこの旅館は、冬場は沢山の観光客や修学旅行生で賑わうという。けれど今はシーズンには少し早い上に平日。宿泊客は被害者含め三人しかおらず、残り二人のうちの一人が自白して解決、というのが今回の事件の決着だった。


 濁鳴瞳子──ひとみちゃんは、僕のポケットに突っ込んでいた手を抜いて目配せした。もう帰ろう、そう言いたいらしい。


 彼女の助手であるところの僕は、彼女の隣を歩き出しながら声をかける。


「今回もひとみちゃんの出番は無かったね」

「私達が捜査を長引かせれば長引かせるだけ、遺族から気持ちを整理する時間を奪ってしまう。スピード解決に越したことはありません」


 実は今回のようなケースは少なくない。

 大抵の犯人は感情を抑えきれず突発的に犯行に及んでしまうので、その後から警察の捜査を掻い潜れるほどのトリックを用意する余裕などない。

 故に一見難解な事件だったので探偵を呼んだが捜査によってすぐに解決しました、というのはザラなのだった。


「しかしまさか犯人の自首で解決とは。夢野卯月(ゆめのうづき)警部補も容疑者への聞き込みくらいは済ませてから呼んで欲しいものです」

「それ僕が前に言ったら『私は私自身の捜査や勘よりも、探偵を信用しているのよ!』って答えられたよ」

「そんな人に市民の平和を託していいんでしょうか」


 そう言葉を交わしながら現場を去ろうとしていたところだった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ探偵さん!これは何かの間違いなんだよ!」


 声をかけられる。何事かと振り返れば、いるのは一人の男性だ。大学生くらいに見えるその青年の頭髪は、赤黒まだらに染められていた。なかなかアバンギャルドな風体だけれど、その姿に僕は見覚えがある。

 確か僕らが来たときに容疑者として集められていた二人組の片割れ……犯人の知人、前田(まえだ)嘉鳴(かなり)さんだ。


「前田さん、間違いというのは?」


「あいつは……マツリは犯人なんかじゃねえよ!」

挿絵(By みてみん)

「マツリ……後野茉莉、今回の犯人として自供された方のことですか」

「そうだ、だが違う!あいつは犯人じゃねえ、あいつに人殺しなんて出来る筈がねえんだ!」

「………」


 困った。親しい間柄だったのだろうから、その友人が殺人を犯したなんてそう簡単に受け入れられるものではないだろう。けれど、


「後野さんは自供しています、ここは彼女の告白を受け止めるべきだと──」

「だからそれが間違いだって言ってんだろ!警察(サツ)が圧迫尋問で無理矢理嘘の自白をさせたんだ!いやマツリはそんな脅しに屈するタマじゃねえナメんな!」

「僕何も言ってないよ……」


 どう諫めようかと考えあぐねている中、ひとみちゃんが前田さんに一歩歩み寄って言った。


「前田嘉鳴。貴方は後野茉莉を信じているんですか」


 ひとみちゃんが聞い「当然だ!!」


「……!」




「今俺があいつを信じてやらなくてどうする!!」




 彼の返事は瞬間で、一切のためらいがなく、


「──わかりました。私が彼女の潔白を証明します」


 それは探偵の心を動かすに足る言葉だったらしい。

 ……僕だってできれば彼の力になってあげたい、こんなに信頼されている人が殺人を犯したなんて間違いならいいと思う。けれど、僕は探偵助手だ。薄情と思いつつもひとみちゃんに耳打ちする。


「でもひとみちゃん、"眼"によれば後野さんが犯人なんだよね……?」

「はい。眼は彼女が犯人だと示していますし、なにより本人が自供までしていますね」

「なら……」

「けれど私は──」


 ひとみちゃんは数秒言い淀み、


「──眼の不具合も有り得ると思ったんです」


「…………そっか。そうだね」


 ……彼女の言い訳のような言葉に、きっと僕は上手な愛想を返せなかっただろう。


『うらぎったくせに』『もうなにも信じない』

 脳内であの時のひとみちゃんの言葉が反芻される。


 ひとみちゃんは小学生のある時から、助手()以外に「信じる」という言葉を使わなくなった。


 それを口にするには、彼女の眼は鋭すぎる。



           【『file2:始まりの音色』記録開始】



              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 俺──前田嘉鳴は"覚's(オボエズ)"の裏方だ。


 "覚's(オボエズ)"というのはマツリが壇上で名乗っている音楽活動時の名前だ。音楽活動なんて言うとちゃんとしてるように聞こえるが、まぁマツリが思い立った時にステージに上がったり自作CDを売り捌いたり、趣味の延長だった。

 だけどマツリは不器用な俺と違って、歌が上手いしPCで編曲もできる。伸び伸びやってても地元じゃそこそこの箱が埋まるくらいにファンがついていた。


 舞台袖から見るマツリは輝いていて。俺はもっとマツリが輝ける舞台を用意してやりたいと思った。


「アタシはあんたの為に歌ってるつもりだよ、嘉鳴」


 そんな風にはぐらかされるけど、人前で歌ってるあいつはいつも心から楽しそうだ。顔はいつもの無表情だけど態度で見て取れる。本当はもっと大きな舞台に立ちたいんだろ。俺はわかってるよ。


 そして機会は訪れた。新人発掘オーディションが俺たちのいる地方でも行われることになったんだ。予選を通過すればネット配信で多くの人の目に留まるし、優勝すれば企業とのタイアップが決定する。マツリを表舞台へ押し上げるまたとない機会、俺は鼻息を荒くしながらマツリに話を持ち掛けた。


「わかった、そこまで言うなら"覚's(オボエズ)"の音楽、世界に知らしめてやろうじゃないか。門出の日だ、行くよ嘉鳴」


 そんな折、マツリに連絡を取ってきたのがアイツだった。


『よっ"覚's(オボエズ)"!ウチは"NaKa"こと仲賀芳香!ウチもオーディションに参加するんだ。本番じゃライバルだがウチ達は同郷の仲間。顔を突き合わせて音楽について語り合わないか?』


 "NaKa"──本名は仲賀芳香だと名乗ったが──は人気で常に"覚's(オボエズ)"の後ろにつけてくる地元のナンバー2。こいつもオーディンションに参加するということで、集まって互いに意見を出し合おうと提案されたのだ。


『他の連中を出し抜くためだ、他言無用のお忍びで頼むぜ!くーっ秘密の作戦会議、燃えるなぁ!』


 横で通話を聞いていた俺が「マツリにそんなの必要ない」という態度を隠さないでいると、


「他人の意見は大事だよ。自分の色は大事にするべきだけれど、それは他の色を知ったうえでやらないとね。そうでなきゃ、どうしたって独りよがりになるものさ」


 マツリが承諾したことで、仲賀とはとある旅館で待ち合わせることになった。少し割高なその旅館をなぜ選んだのかマツリが聞くと、


『ここの旅館を選んだのはスキー場が併設されてるからだよ。ウチはお前より早くチェックインしてスキー満喫するんだ!お前も数日泊まっていけよ、一緒にやろうぜ!』


 マツリと二人、顔を見合って笑った。どうやらとんでもないのと関係を持ってしまったらしい。随分うるさくて馴れ馴れしい奴だ、俺が姿を見せてもきっと面倒臭く絡んでくることだろう。

 騒がしくなるなあ、と思わず頬を綻ばせた。


 結局俺と仲賀は、言葉を交わすことすらなかったが。


              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「被害者はアマチュアミュージシャン"NaKa"こと仲賀芳香さん。主な被疑者は二人、この事件の犯人であると自白したミュージシャン"覚's(オボエズ)"こと後野茉莉さん。そして僕達に彼女の潔白を訴えてきた彼、前田嘉鳴さん」

「他に旅館兼スキー場のスタッフにも犯行は一応可能よ。動機無いし、犯人もう自白してるけどね。他に宿泊客はいないわね、スキーの時期には少し早い上に平日だから」


「事件現場はここ、雪山の旅館。昨日夕方、後野さん前田さんの二人と被害者の仲賀さんは同じオーディションに出るよしみで集まり、後野さん仲賀さんの二人が仲賀さんの部屋で話をした。その後、晩のうちにチェックアウト予定だった仲賀さんが姿を見せないのでスタッフが夜通し探したところ、仲賀さんの遺体を旅館スタッフがゲレンデ脇で発見。死体は側頭部に打撲痕があり、凶器と思われるスノーボードもその場に残されていた……流れはこんな感じで合っていますか?」

「あぁ、間違いねえ」

「そうね。こちらでの聞き込みとも矛盾していないわ」

挿絵(By みてみん)

 ……………………。


「……夢野さん、捜査はいいんですか」

「いーの。私の部下、皆私より優秀だし。それに私もこの事件には気になる点があるしぃ」


 夢野さんがいつの間にか僕らの会話に混ざっていた。


 警部補 夢野卯月。脅威のスピード出世で20ウン歳にして警部補の座についた超新星。ひとみちゃんの事件解決の功績を掻っ攫っているというのが実態なのだけれど、僕らにとっては大事なお得意様だ。


 そんな彼女はそのまま缶コーヒーを開けるとスマホを弄りだした。ここでティータイムと洒落込む気かこの人。


「気になる点というのは?」

「死体発見場所のゲレンデ脇なんだけど、スキー場の傾斜中腹の外側、しかも木々が生えている目立たない位置なのよね。片道5~10分くらいかかるとこ。後野はそこに被害者を呼び込んで殴打したって証言してるんだけど、そんなとこにノコノコついていくことある?かといって殺害後に死体を担いでそこまで運ぶのも難しいだろうし……。なーんか隠してそうなのよね」


 言いながら夢野さんはスマホから音楽を流し出す。暴力的なだけどどこか孤独な感じがするメロディラインに、捻らない真っ直ぐな歌詞。偏見込みの主観だけど現代の若年層に刺さりそうな曲だ。ってそうじゃなくて。


「夢野さん、仕事中じゃないんですか……?」

「いやサボってる訳じゃないわよ!?ちょ、やめてその駄目な子を見る目!この歌は──」

「『カラフル』、"覚's(オボエズ)"のデビュー曲だ。ライブ動画か?」

「そ、"覚's(オボエズ)"のチャンネルで上がってるやつ。結構盛り上がってるじゃない、アマチュアと聞いていたけど人気者なのね」


 見れば後野さんが満員のライブハウスで歌っている様子が映っている。……演奏は聞こえるのに壇上には後野さんしかおらず、当の彼女も楽器を持っていなかった。


「前田さんは演奏される訳ではないんですね」

「俺は完全に裏方、人前に出るのはマツリだけだな。演奏はマツリがPCソフトで組んだ奴を流してんだ」


 ♪足りない・味気ない・色のない日々の

  端っこんとこに君はいたんだ

  極彩色の悪魔は嗤う

  一緒に来ない?と手を出して


「後野茉莉、歌お上手ですね。曲も歌詞もキャッチーで素敵だと思います」

「そうか?へへっ、悪い気はしねえけどよ」

「ザ・若者って感じの歌詞ね、退屈な世界で君だけは特別~っての。私もこの頃に戻りたーい!」

「……なんだよ刑事さん、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

「別に嫌味のつもりはなかったけど……やけに突っかかるじゃない。なに?少年、やっぱり後野とデキてるの?」

「なっ、そ、そんなんじゃねえし!」

「うわぁ青い春だわ、羨ましい!助手、私達も青春デートしましょ、費用は全額助手持ちで!」

「ぶはっ、夢野卯月警部補、貴方何をっ」


「…………」


 "覚's(オボエズ)"への批評に喧嘩腰な前田さん、それをからかう夢野さん、更にそれに目くじらを立てるひとみちゃん。ここが殺人現場であることを忘れたとしか思えない賑やかな光景が広がる。


「この様子を動画サイトに上げても話題になりそうだ」


「っ!!……み、皆!ここは事件現場よ、浮かれていい場所じゃないわ!」


 彼女のスピード出世の秘訣は、ひとみちゃんの事件解決以外にその変わり身の早さにもあるのかもしれないと思った。


              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 本格的に話し合いを始めるべく手を叩いて仕切り直す。


「後野さんが潔白であるとするのなら、まず詰めるべきは動機だね。ここで言う動機っていうのは、後野さんが仲賀さんを殺害する動機ではなく、彼女が犯してもいない罪を自供する動機」


「誰かを庇ってるのかもしれねえ、マツリは他人には当たりが強いが身内にはとことん甘ぇから」

「……庇う、ですか。事件に関わる者の内、後野茉莉が庇う程の関係を持つのは……じーっ」

「探偵さん目が怖ぇ、目が怖ぇ!俺は何もしちゃいねえ、庇ってるって線はナシだ!」


 当然ひとみちゃんも本気で前田さんを疑ってはいない。そもそも彼が声を上げなければこの事件は犯人の自供で終結している、真犯人ならばわざわざ事態を引っ掻き回す理由がないのだ。


 しかしそうなると、後野さんが何故偽の自白をしたのかがわからないが……。

 と、僕が黙り込んで思案する中で、


「──勘違い、という線はありませんか?」


 探偵はその口を開いた。一つの仮説と共に。


「勘違いですって?」

「えぇ、仲賀芳香が心不全もしくはなんらかの持病の悪化で病死し、そこに出くわした後野茉莉が自分が殺害したと勘違いしてしまった、というのは考えられませんか?」

「目の前で人が倒れても自分が殺したとは思わなくないかな?」

「小突きあったりしてじゃれていたら、殴打により殺害したと思い込んでもおかしくありません」

「マツリはそんなことしな……いやする気がしてきたな、うんする」

「それ本当?罪を逃れる為に記憶歪めてない?」

「刑事さん、人の記憶は都合が良いように改変されるものらしいぜ」

「だからそれが許されるって意味な訳ないでしょ!」


 前田さんと夢野さんがワチャワチャと漫才をしているけれど、しかし僕はこの思い付きのような推論は有り得ると思っていた。なぜなら、この推理ならひとみちゃんの眼が後野さんを犯人と示した理由にも説明がつくからだ。

 ずばり「後野さん死体遺棄の犯人説」。仲賀さんの遺体はスキー場の目立たないところへ放置されていた。それに後野さんが関わっているのなら、ひとみちゃんの眼は殺人ではなく死体遺棄の犯人として後野さんを示したとも解釈できる。勿論罪ではあるが、彼女が自分の意思で殺人をしたということは否定できる。


 つまるところ、


「無実とはいかないけれど、彼女の殺人の罪が濡れ衣である可能性はある……!」




「いいや、間違いなくアタシが殺した」




 ……僕らは一様にそちらを向く。

 その人物は手錠で両手を拘束され、脇に警官を連れている。ピアスのついた耳に青色のメッシュが入った髪、具合でも悪いのかと心配になるほど白い肌。

 先のライブ映像で壇上にいた女性であり、ひとみちゃんが指差した犯人──後野茉莉、その人だった。


「後頭部を思い切り殴打してやったんだ。あれが勘違い?ハッ、そんなわけないだろう」


              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「昨日の夕方、17:00頃かな、アタシは嘉鳴とこの旅館に到着した。ここへ来たのは同業者の仲賀に意見交換会に誘われたからだ。

 チェックイン後は意見交換会までの時間に休憩と夕食。その間はずっと嘉鳴と一緒にいたね。

 20時00分、既に滞在していた仲賀と合流、仲賀の部屋で意見交換会を行なった。嘉鳴は本人の希望で自室で待機、仲賀と居たのはアタシだけ。

 だがそこで決定的な意見の決裂があった。仲賀が邪魔になったアタシは、奴をゲレンデ脇の物陰に連れ出して後頭部を殴打、殺害した。凶器は仲賀がレンタルしていたスノーボード、奴自身に抱かせておいたよ。

 何食わぬ顔で自室に戻ったのが20時40分頃。その間嘉鳴はずっと部屋にいたから、アタシの犯行は見られていないね。その後は翌日の昼前に仲賀の死体が発見されるまでずっと嘉鳴と一緒に居た。

挿絵(By みてみん)

 旅館スタッフにはアリバイがあり、前田嘉鳴は私が仲賀と会っている間以外はずっと私と一緒にいた。どうだい、アタシ以外に犯人なんて考えられないだろう?これ以上粘ったって時間の無駄なんだがね」


              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 犯人自身の口から理路整然と語られる事件の全容。自身の犯行を白状するだけでなく対抗容疑者のアリバイすら立証するその内容は、反論の余地もなく彼女自身が犯人だと証明していた。


「前田少年、今の供述は間違いないの?」

「あ、あぁ……間違い、ない……」

「?」

「……で、でも!やっぱりおかしい。マツリ、お前が意見の対立なんかで人殺しをするワケねえだろ!『他人の意見は大事』なんだろうが!」

「いくら綺麗事を言ったところで実行できるかは別の話さ。私も所詮人間だったということだね」

「ぐっ。い、いつも不健康そうな白い顔してんのが今日は一層真っ白だ。そんな状態の奴が人なんか殺せるかよ!」

「顔色が悪いのは逮捕される恐怖からさ、アタシは小物でね。もしかしてこんなアタシに幻想でも抱いていたのかい、あんたは」

「ま、マツ、リ……」


「私も一ついい?仲賀をどうやって殺害現場へ誘導したのかしら。室内で話していたのでしょう、貴方達」

「意見の決裂があったと言ったろう、ディベートが白熱していたから互いに頭を冷やそうと提案したのさ」

「それであんなスキー場の中腹あたりまで歩いていくかしら」

「来たんだから仕方ない」


 次々に浴びせられる詰問に飄々と答える後野さん。……けれど何故だろう、僕には彼女が何かを急いでいるように感じた。──なんらかの事実を暴かれる前に事件を終わらせようとしているみたい、というのは邪推が過ぎるだろうか。


「…………」


 ひとみちゃんも何かを気にしているようで、暫く考え込んだ後に、


「後野茉莉。殺害動機を意見の対立と言いましたが。それはどのような?」

「…………それは今関係ないだろう?大事なのはアタシが殺したという結果さ。犯罪者の動機など常人に理解できるものじゃない、理由など無く気分次第で殺人に手を染める輩だっているだろう。そこを詰めるのは無意味だね」


 反論する後野さん。夢野さんは「確かに…?」なんて言いくるめられているけれど、ひとみちゃんの眼光は一層強くなる。


「随分と言葉を尽くして隠されるのですね?一言説明してくだされば済む話だったのですが」

「……オーディションで食い合うと思ったのさ。アタシ達は共に同じオーディションに出るよしみで集まった。けれどあいつの音楽を聞いて厄介だと思ったから殺した。それだけだよ」


 その動機は納得できる。アマチュアである後野さんにとってオーディションの舞台は絶対モノにしなくてはならない千載一遇のチャンスだっただろう。その為にライバルの殺害に至ってしまったというのであれば理解できる。だからここで納得できないのは……、


「何故その動機を初めから言わなかったのですか?邪魔だった、その動機は明快です。意見の対立なんて言ってぼかす必要は無いのでは」


「アタシが動機を偽っていると言いたいのかい?殺人犯であることを自供したアタシが今更そんなことをする意味がないだろう」


「貴方が自身を殺人犯だと思い込んでいるだけならばどうでしょうか」

「……なんだって?」


「後野茉莉。やはり貴方が犯人というのは……勘違い、です!!」


「はぁ」「よっしゃあ!」


 後野さんは呆れ、前田さんはガッツポーズをする。対極の反応をする二人を後目に探偵は語り始めた。


「事件の全貌はこうです。昨晩、貴方は仲賀芳香の部屋で彼女とオーディションに向けた意見交換会をしていた。そこで互いにヒートアップした貴方達はゲレンデで涼むことにした。しかし話が盛り上がるうちに歩きすぎ、二人はスキー場中腹の死体発見現場まで来てしまう」

「スキー場を歩いて下りながら会話することある?」

「……そこにたどり着いたとき、雪山故の不幸が二人を襲った。それがこの事件の真相です」

「雪山故の、不幸?」


「ここは雪山の旅館。ならば、温泉が併設されていてもおかしくはありませんよね」

「あ、あぁ。確かにあった」

「ご存じですか。温泉のガスには二酸化炭素に加え──亜硫酸ガスと硫化水素が含まれていることを……!」

「ありゅ……なんだって?」

「亜硫酸ガスと硫化水素。これらは共に人体に重大な健康被害を与える毒です。そして共通点はもうひとつ……」


 探偵は数拍勿体ぶった後に、目を開き告げる。


「亜硫酸ガスと硫化水素は、どちらも空気より重いのです。……後野茉莉と仲賀芳香が向かっていたのは、ゲレンデの下、でしたね」

「!!探偵、まさか……!」

「そのまさかです。空気より重い亜硫酸ガスと硫化水素はスキー場の下部に溜まっている。つまり!

 ──温泉の湧いている山でスキー場を下るということは、死地に赴くに等しい!!」

「等しい訳なくない?」

「スキー場と温泉……楽しいもの同士でも食い合わせ次第で毒になってしまうなんて……!」

「その食い合わせは既にありふれてます」


「さぁどうですか、後野茉莉。仲賀芳香は毒ガスにより死亡、貴方もまた意識が朦朧としていたから彼女を殺害したと思い込んでしまった。違いますか?」


 探偵に全てを暴かれた犯人は、観念して口を開く。


「うん、全然違うね」

「ですよね」

「仲賀は意見会前の昼はスキーをすると言っていた。ガスが充満していたならその時死んでいるだろう。そもそも仲賀の頭には打撲痕がある、アタシが奴に危害を加えたのは明らかだ」

「ぐうの音も出ない」


「ま、まま、まぁ今のは可能性の話ですし。真なる真相はこれからです」

「まだ頑張るんだ……」


 渾身の推理を秒で叩き壊されたひとみちゃんは、それでもなんとか平静を装い推理を続けていくようだ。見てられない。


「……本当は、仲賀芳香は持病が発作で倒れてしまい、その際に頭部を強く打ったのです!」

「仲賀に持病って、一体どんな?」

「ゾナハ病とかです」

「マツリが不愛想なばっかりに!」

「そうです、一向に笑顔を向けてくれない後野茉莉といたことで仲賀芳香は倒れてしまった。自分が殺してしまったのだと背負ってしまうのも無理のない話です……」

「既にゾナハ病の実在という無理がある話なんだけど」


「あ、今報告来たけど仲賀に持病とかは無いってー」

「……ゾナハ病も?」

「なんと罹患していないわ」


 そう。これこそが探偵 濁鳴瞳子の逆算推理。

 犯人が特定できる能力のせいで、結論ありきの滅茶苦茶な推理を繰り出してしまうという悪癖だ。普段はそれでも犯人を逮捕できるのだけれど……。


「しょしょしょ初歩的な推理ですよハドソンくん」

「それ大家さんの方じゃなかった?」


 今日のひとみちゃんは駄目だ、目が泳いでるもの。産卵期の鮭より泳ぎまくっているもの。

 眼の回答に逆らって違う真犯人を見つけなくてはいけない、なんて経験は当然これまで一度もない。彼女にかかっている重圧は普段の比ではないだろう。


「ひとみちゃん、一端落ち着こう」


 見かねて鮭眼(サーモンアイズ)ひとみちゃんの肩に手を置く。


「……助手くん」

「ひとみちゃん、焦ってる?」

「む、無理筋でしたね。助手くんの言う通り少し急いてしまったみたいです。……初めてなので。眼の答えに逆らうのは」


 ……僕はひとみちゃんの助手だ、彼女が感情的になっていたら諫めなくちゃならないし、彼女が間違っていたら正さなくちゃならない。

 この状況なら彼女に言って聞かせるのが助手の役目なのかもしれない。

 後野茉莉が犯人なのは揺るがないだろう、と。

 無駄な時間なんじゃないか、と。


 けれど。


「大丈夫、ひとみちゃんは自信を持っていいんだ。僕がサポートするから」


 僕は、僕が彼女にかけたい言葉を口にした。


 人を信じると言葉にできない彼女が、それでも人を信じようと思ってくれたことが嬉しくて。それに寄り添っていたいと思ってしまったのだ。



 と、カチャリと手錠が擦れる音がして向いてみれば、後野さんは背を向けていた。


「探偵さんも助手さんもさ、嘉鳴に何を吹き込まれたかは知らないが現実を見るべきだ。もうこの事件は終わったんだよ」

「あっ、おい待てよマツリ!」


 後野さんはよろよろとおぼつかない足取りで去っていく。それを前田さんが追いかけていった。……現状これ以上彼女に投げる手札を持っていない僕らは、二人の背中を見送ることしかできない。


 僕はその背を見ながら、彼女に対して感じた違和感について考えていた。それは彼女へのイメージのズレ。僕は彼女と会話をするまで後野茉莉を前田さんと同じくらい真っすぐな若者だと思っていたんだ。何故なら──、


「なんというか。後野、曲のイメージとだいぶ違わない?」

「僕もそれを感じていました。"覚's(オボエズ)"の曲は、若年層向けというか、捻らない真っ直ぐな歌詞をしています。後野さんはそのイメージからは想像できないくらい……その……」

「捻くれ者だったわね。意識して自分の色を殺して、ターゲット層の好む歌詞を書けるからこその人気ってことなのかしら」


 創作において自分の色を消すということは簡単じゃない。手癖や主張でどうしたってその人の内面は反映されると思う。それなのに。


 ♪足りない・味気ない・色のない日々の

  端っこんとこに君はいたんだ

  極彩色の悪魔は嗤う

  一緒に来ない?と手を出して


 "覚's(オボエズ)"のデビュー曲『カラフル』。彼女の始まりである筈のその歌詞が、あまりに今の彼女のイメージと乖離していて。


 自身が犯人だと自白はするのに何かを隠している様子の彼女の真意が想像もできなくて。


 僕は後野茉莉という女性の人物像を、まるで掴むことができなかった。



           【『file2:始まりの音色』記録中断】

創作に作者の色を出さないのは難しい。

色のない作品で評価されることはもっと難しい。

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