40最終話:聖獣様の結末
どんがらがっしゃーん!
僕は持っていたキャベツの段ボールを、中身ごと床にぶちまけた。
ついでにつまずいたテーブルも巻き添えを食らっている。
「なにやってんだ…」
「うー……」
僕はただ手伝いたかっただけなんだ。
ただそれだけなのになんて仕打ち…。
父さんに似たせいで不器用だよ。
父さんはやれやれと言いながらテーブルを直し、僕がぶちまけたキャベツを拾い始めた。
「ティトは野菜一つも運べないのかぁ?」
「運べるよ!ちょっと失敗しただけで…」
すると父さんは声を上げて笑った。
ここは街の八百屋さん。
父さんの古くからの友人がこの八百屋を代々継いでいて、用事があるとかでちょくちょく父さんに店番を頼みにくる。
断ればいいのに、父さんはこの八百屋の女主人には頭が上がらないみたいで、断ることもできない。
我が父ながら情けないのなんのって…。
と言っても、僕はこの八百屋の仕事がなんだかんだで好きだったりする。
こうやっていろんな人と関わるのって、人間観察してるみたいで好きだから。
「あ」
父さんが小さく声を上げたので、僕は父さんを振り返った。
その手には古くさい鍵が握られている。
「なに?その鍵」
「あぁ。昔ちょっとな。懐かしいなぁ」
父さんはその鍵を眺めながら嬉しそうに言った。
僕にはその鍵がなんなのか分からないけど、父さんにとって思い入れの深い鍵なんだと思った。
それにしても、なんでそんな鍵がこんなところに落ちてるんだろう?
父さんはよいしょっと立ち上がり(爺臭いなぁもぅ…)、僕にその鍵を差し出してきた。
僕はそれを受け取った。
鍵は見た目と違ってずっしりと重い。
家の鍵には少し大きいみたいだけど、いったいなんの鍵なのかな?
「その鍵に世界の未来が掛かってたんだぞ?」
「世界の未来?」
………。
と言われても…。
「…ふーん」
ぴんとこないよ…。
世界の未来ってなんのこと?
この鍵は魔法使いの鍵とかだったのかなぁ?
それにしては雑に扱われてたみたいだけど…。
「よーっす。やってるなぁ」
「あ、クリストファーのおじさん」
「お兄さんね」
店先に現れたのはクリストファーのおじさんだった。
八百屋の手伝いをしている時には必ずと言っていいほどクリストファーのおじさんは現れる。
暇なんだろうな。
クリストファーのおじさんはちょび髭で、腰に剣をぶら下げていて、僕のちょっとした憧れだ。
それを父さんに言ったら、「あいつだけはやめておけ」と言われた。
クリストファーのおじさんって何者なのか未だに分からない。
「店の主人なら今いないぜ?」
「あれー?今日なんかあったかぁ?」
「墓参りの日」
「あぁ、墓参りね」
そうそう。
この八百屋の主人は墓参りが好きなんじゃないかってぐらいに墓参りをする。
それに付き合わされてるシェーラが気の毒だよなぁ。
シェーラって言うのはその主人の息子で、僕の親友みたいなもの。
僕より一つ年上だけど、身長とか体格が大して変わらないし、いつも一緒に遊ぶ仲。
「あ、その鍵ってあの鍵じゃん」
クリストファーのおじさんが僕と視線を合わせるように屈み込んで、この古びた鍵を指差した。
あの鍵ってことはクリストファーのおじさんもなんか知ってるんだ。
「その鍵ってお前のだったっけ。ティト、クリストファーに…」
「もう俺様のじゃない。これはあげたんだ、あいつにな」
と、クリストファーのおじさんはにかっと笑った。
クリストファーのおじさんはしばらく父さんと話すと、「また来るわ」と言って店を去っていった。
そのクリストファーのおじさんが去ると同時に、父さんは僕の頭を無造作に撫でた。
「な、なに?」
「ティトにお願いがある」
「なに?」
「その鍵シェーラたちにひとっ走り渡しに行ってくれないか?」
つまりはあの山に登れってこと…?
面倒だなぁとは思ったけど、ついでにシェーラと山で遊んでこようと考えて、僕は二つ返事で引き受けた。
山を登り、山小屋を通り過ぎ、少し開けたところに5つの墓が並ぶ。
その墓の前にシェーラと八百屋の女主人がぽつりと立っていた。
「シェーラ!ピーナさん!」
前にピーナさんのことをおばさんと呼んだところ、そりゃもうタコ殴り状態にされたので、今では名前で呼ぶことにしている。
あの時は花畑を見たのだから忘れるはずもない。
「ティト!どうしたの?」
シェーラは驚き半面、笑顔で僕を見た。
ピーナさんはその横で不思議そうにしている。
僕はそのピーナさんに握り締めていた鍵を差し出した。
「これ、父さんから」
「この鍵って…」
ピーナさんは僕から鍵を受け取ると、「よく見つけたわね」と感心したように言った。
もし父さんが見つけなかったらどうなってたんだろう、この鍵…。
「母さん、その鍵なに?」
「聞きたい?」
なんで焦らす?
と僕が思うと同時にシェーラは「うん」と即答した。
シェーラって僕よりも年上だけど、素直だからなおさら年上っぽくない。
「知りたいなら父さんに聞きなさい。父さんの方が詳しいわ」
…説明丸投げしたよ。
詳しいとかじゃなくて面倒だったんだよ、絶対。
でも素直なシェーラは「わかった」と言うだけだった。
カサカサ
墓の向こう側の草むらが揺れた。
そこから現れる人物は一人しかいない。
その人物が草むらからひょっこり顔を出し、僕を見るときょとんとした。
「君はカスティーダんとこの…」
「ティトです、ケリアさん」
シェーラの父、そして僕の父さんの友人。
ケリアさんはのそのそとこちらまでやってきた。
「どうしたの?こんなとこまで」
「鍵を持って来たんです。父さんが渡してこいって」
「鍵?」
するとピーナさんが僕から受け取った鍵をケリアさんに渡した。
ケリアさんは最初は不思議そうにその鍵を見つめていたが、すぐにぱっと顔を明るくさせた。
「この鍵見つかったのか!いやぁ、ずっと探してたんだよ。さすがカスティーダだ」
「父さん、その鍵なに?」
シェーラが興味津々といった様子でケリアさんに詰め寄った。
ケリアさんはそんなシェーラに笑いかけてから「うーん」て唸った。
「世界の災厄を止めるために必要だった鍵ってとこかな」
世界の災厄?
いったいなんのことだろう?
シェーラも僕と同じような表情をしていた。
「まぁ、今は分からなくてもいいんだよ。てことで、これはシェーラに託した」
「僕に?」
「あぁ。シェーラが大きくなったらシェーラの子供に託してくれ。そんでその子供がまたその子供に託して、それを千年後まで託し続けるんだ」
果てしなく遠い話だと思った。
でもケリアさんは大真面目な顔で言っているから、僕はそれを大真面目に受け取って、シェーラがんばれっと心の中で唱えた。
「あ、クリストファーのおじさんが店に来てましたよ」
僕がケリアさんに言うと、ケリアさんは「えっ」と僕を見返した。
「タイミング悪いなぁ。俺もクリストファーには用事あったんだけど…」
「言っておくけど、この後はダメよ」
「わ、分かってるよ…」
ピーナさんの鋭い言葉にケリアさんは縮こまった。
ピーナさんに頭が上がらないのは僕の父さんだけでなく、ケリアさんにも言えたことだった。
気持ちはよくわかる。
「今からウィーグルス兄さんに会いに行くだろ?それから一緒にマック兄さんとギャレンシア皇女に挨拶に行って、それから聖研に行って…」
「聖研ってミムアさんに会いに行くの?」
シェーラの問いにケリアさんは「うーん」と首をひねった。
「会いに行くって言うか、心配だから様子を見に行くだけだけど」
ミムアさんは去年、聖研へと就職を決めた。
僕もシェーラの繋がりでちょっとした知り合いだけど、あんな上流階級の貴族の女の人が聖研に入るなんて、子供の僕でも最初はびっくりだった。
就職なんかしなくても全然いいのに、ただでさえ大変な聖研に就職するなんて、本当にすごい人だ。
美人なのになぁ…。
「その後に行けるかな、クリストファーのとこ…」
「行きたいならさっさと墓参り済ますわよ」
ご最もです、ピーナさん。
この墓は右から、シェーラのひいおじいさん、ひいおばあさん、おじいさん、おばあさん。
最後の一つは寿命なんだってさ。
僕は未だにその意味が理解できないんだけど、何かと引き換えに自分の寿命を上げたってケリアさんは言っていた。
だからケリアさんはいつまで生きるか分からない。
シェーラは「父さんに死んで欲しくない!」と言って、将来は医者になるって聞いている。
たぶん今も変わってないんじゃないかな。
「あれ?ケリアさん、ソラは?」
ケリアさんは「さぁ?」と答えて、柔らかく微笑んだ。
「どっか飛び回ってるんじゃないかな、あいつも寿命が短いから」
不思議なんだけど、その言葉があったかい気がした。
真っ青な大空に、黒い点がぽつりと浮かんでいる。
それが俺の平和の象徴。
そして俺が聖獣様の親だったことの証。
今もよくソラの鳴き声が聞こえてくる。
俺と同じように満たされた感じで、「ぐぅー」って。
長い間、ご支援・ご愛読ありがとうございました!
作中も私自身も山あり谷ありでしたが、なんとか完結することができました。
それもこれも読んでくださるお一人お一人のおかげだと思っています。
完結できて本当によかった!
最終話少し長いですけどね!
最後まで読んでいただき、本当に本当にありがとうございました!
話はここで完結します。
ただ近い内にアンケートの最終結果を投稿してから、完結決定とさせていただきますのでご了承ください。
答えてくださる方は引き続きお願いします。