32:聖獣様を奪還せよ
もくもくと黒い煙。
それは上空まで立ち込めていて、青い空はその一角だけ黒々としていた。
そこだけ世界が違って見えた。
何かの間違いであって欲しい。
しかし肌で感じる暑さも、焦げた匂いも、建物が崩れ落ちる音も、全てが目で見たことを裏付けた。
夢であればいいのに。
また逃げようとしている自分に腹が立った。
シュバート一家の本家の近くの町で俺たち3人は一泊し、次の日にシュバート一家へと向かうという計画をたてた。
行く前にウィーグルス兄さんの家に顔ぐらい出していけ、とカスティーダに言われたが、立ち寄ることなく今に至っている。
マック兄さんはいいとして、あの家にはミムアがいる。
俺やソラがいなくなったことに相当ショックを受けたことは目に見えて分かっているし、何よりもこの2人のように着いていくなんて言われたら適わない。
それこそウィーグルス兄さんに堂々と顔向けできなくなるというものだ。
全てが終わったらみんなに会いに行けばいい。
しかし物事が計画通りに進まないのが世の中の常であり、俺の不幸の根源である。
その町に着くや否や、噂はすぐに俺たちの耳に入ってきた。
もう真夜中という時間帯であるのに、町のあちこちで明かりが灯され、人々は忙しなく動き回っていた。
「神の使いが俺たちを襲ったんだ!」
「神様は私たちをお見捨てになったんだわ!」
人々の嘆きの言葉。
カスティーダやピーナの言う通り、聖獣たちは暴走を始めたようだった。
シュバート一家の本家に近いこの町は聖獣の通り道になってしまっていて、上空には何匹もの聖獣たちが通りすぎ、たまに翼を持たない聖獣が町を走り抜けて行ったりした。
ただ通りすぎるならいいものの、聖獣たちは建物を壊すは燃やすはしていくのだから質が悪い。
そのためこんな時間にも関わらず、おちおち休むこともできないのだ。
「聖研の奴らは何してるんだ!この時のための研究だろう!」
いつしか矛先は聖研になる。
ちらりとカスティーダを盗み見れば、不機嫌そうな顔をしていた。
けれど言い訳をしないカスティーダはやっぱり偉い。
きっと言いたいことはたくさんあるんだろうな。
そんな町で宿も取れないだろうということになり、俺たち3人は休むことなく本家を目指すことにした。
本当は明るくなったら行動したかったのだが、贅沢は言っていられない。
そこからは汽車も馬車もないため、徒歩での移動となる。
「どのくらい掛かるの?歩いて本家まで」
「そう遠くはないだろ。ほら、あれ」
カスティーダが指差す先は、赤く光っている。
木々が生い茂っているため視界はよくないが、確かに明るく見える。
なぜ明るいのか、聞くまでもない。
燃えてるのだ、本家が。
「早く…行かなきゃな…」
俺がずんずんと歩き出そうとすると、ふいに腕を捕まれた。
「待てって。ノープランで行くつもりかよ」
「ノープランって?作戦でも立てるのか?」
「…何も考えないで突っ込むよりはましだ」
カスティーダの言葉にとりあえず歩みは止めた。
本当はすぐにでも本家へ乗り込みたい。
みんなの安否、ソラの所在、俺の知りたいことが詰まっている場所。
しかしカスティーダが言っていることは最もだ。
しっかりしろ自分!
聖獣様の親だろうが!
「行きながら立てるわよ。時間がない」
ピーナがそう言ったことで、結局また俺たちは歩き出した。
俺とカスティーダの似ているところ。
それは1つのことに集中しすぎてしまうところだと思う。
類は友を呼ぶ。
「恐らく、俺たちは本家に近付くこともできないと思う。暴走した聖獣たちがいるからな。下手したら大ケガだけじゃ済まなくなる」
ごくりと喉が鳴った。
考えてみれば、俺は聖獣というものは全てソラ基準で考えている。
ハツカネズミはいいとして、ソラのような聖獣に襲われたらひとたまりもない。
来たところで何するつもりだったんだ、俺…。
ソラまでたどり着く自信なくなってきた…。
「で、これ」
「え?」
「護身用」
カスティーダが上着の内ポケットに隠すようにしまっていた物を俺に、次いでピーナに渡した。
小型のおもちゃのような拳銃だった。
「弾は即効性の強力な睡眠薬。殺傷力はないが、体に当たれば効果はある。何かあったらためらわずに撃て。ただし人には向けるなよ、それ聖獣用だから」
つまり聖獣に向かって撃つような場面になる、てことだよね…。
殺傷力はない殺傷力はない…。
殺傷力はないけど、俺大丈夫かな…?
「俺、撃てるかな…」
「バカじゃないの。撃てる撃てないじゃない。撃つのよ」
そう言ってピーナはそれを腰のベルトに納めた。
さすがピーナだ。
でもピーナだったら人にもためらわずに撃ちそうだよな…。
気を付けよう。
「それで、今回の目的は?ケリア」
お、俺!?ですよね…。
行くって言ったのは俺だもんね…。
「そ、ソラ奪還!」
何から奪還するのか、自分でも理解不能である。
ハツカネズミから?
暴走した聖獣たちから?
しかしカスティーダは気にした様子もなく頷いた。
「俺の予想だと、ソラにも暴走らしきものがあって本家にいるんだと思う。そしてそれを元に戻せるのは親しかいない」
「元に戻すって!どうやって!?」
そもそもソラも暴走とか、相当この状況やばくない!?
俺たち3人でどうこうとかいう次元越してない!?
って、今さらだよな…。
「知らん。けどケリアがソラと別れたと同時にこの暴走、偶然にしちゃタイミング良すぎだろ?」
「まぁ…うん…」
「だから、ソラを見つけたらケリアはソラに向かって全力疾走しろ」
「はぁ!?」
おい!
待て!
こら!
「作戦ってそれのみかよ!」
カスティーダは当然だとでも言うように肩をすくめた。
久しぶりにカスティーダにいらっとしたよ。
殴ってもいいか、一発ぐらい。
「俺たちはそのケリアを援護する。道を阻む聖獣をこれで撃つ」
ピーナはこくりと頷いた。
って納得するな!
こんなの作戦でもなんでもないぞ!
ほぼノープランだぞ!
このコンビだめだ…。
闘えないくせに荒療治すぎる…。
ソラ奪還どころか俺の命が奪還されるよ。
…今うまいこと言ったかも俺。
やっと次にソラが出そうですね!
わくわくどきどき!
今さら思ったのですが、このトリオってめちゃくちゃ異色ですよね…。
これにクリストファー混ぜたら本気で話進まなくなりそうです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。