30:聖獣様の居ぬ間に‐2
聖研に眼鏡の助手くんがいたから、内密にクリストファーに伝言を頼んだ。
「逃げるのをやめたから、もうシュバート一家には帰らない。今まで本当にありがとう」
完結すぎるし、気持ちがしっかりと伝わる文章ではないけど、他になんと言えばいいか分からなかった。
助手くんはなんとも言えない表情をしていた。
「だから捜索隊、出さなくていいから。その内あいさつにも行くよ」
「いいえ。あなたがこちらにいる以上、もう仲間とは呼べませんから、来るべきではないでしょう」
その助手くんの言葉に少し傷付いたというのは内緒だ。
もう仲間ではないのだ。
シュバート一家を出て、聖研に踏み込んだ瞬間から。
逃げをやめたと言っても、中には会いたくない人物だっている。
聖研のおじいちゃんにはなんとなく会いたくない。
あの人はソラのことを研究材料としか見てないし。
そしてスルダニアルさんはじめ国家の人々にも会いたくない。
ついさっきまでシュバート一家にお世話になっていたのだから、会うのは憚られた。
俺としてはどちらも大切な存在なので、どちらの敵にもなりたくない、つまりどちらの味方にもなれないのだ。
ならばいっそのこと会わない方が楽だ。
スルダニアルさんもなんだかんだでいい人だから、会ったら罪悪感でいっぱいになってしまう。
だからってクリストファーを裏切るなんてことをしたくないのも事実だ。
「ケリア、ウィーグルスさんがいらっしゃってる」
カスティーダの部屋で身を隠すように潜んでいた俺は、こそこそと言ったカスティーダの言葉に目を丸くした。
カスティーダから「心配なさってた」という話で伝わるだろうと思っていたが、会いに来るとは予想外だ。
この1年の間に、マック兄さんとギャレンシア皇女が婚儀を挙げたという噂は、シュバート一家にもすぐに届いた。
王家関連なだけあって、かなり大々的に行われたそうだ。
見たくなかったと言えば嘘になる。
ギャレンシア皇女はそれは綺麗な人だし、何よりあの優しいマック兄さんの幸せな姿をこの目で見てみたかった。
見れなかったのは自分が招いたことだから仕方ないんだけど…。
マック兄さんとギャレンシア皇女が結婚したということは、ウィーグルス兄さんたちも王家の仲間入りをしたことになる。
だから会いにくいのだ、俺の気持ち的に。
ウィーグルス兄さんやマック兄さんに責められても、俺が黙っていることができるならなんの問題もない。
しかし断言できないところが痛い。
短い間の兄弟生活だったけれど、俺は本当の兄のように2人を慕っていたし、2人も俺を本当の弟のように大切にしてくれた。
だからこそ、もしもこの1年の間のことを突っ込まれたら、誤魔化し切る自信がないのだ。
クリストファーやシュバート一家のみんなを裏切りたくない。
俺にとってこの1年はすごく大きい。
ソラと2人、何も言わずに受け入れてくれたことは、本当に本当に大きいのだ。
「わざわざ来てくださったんだ。会わないとは言わないよな?」
「会うよ。会うけど…」
何も話せないよ?
それでもウィーグルス兄さんは俺を許してくれる?
そんな目線をカスティーダに送ると、カスティーダは「俺が知るかよ」と言って肩を竦めた。
「自分で聞け。人の兄弟のことまでは面倒見切れん」
俺がいつお前に面倒見てもらったんだよ。
言う前にピーナに連れられたウィーグルス兄さんが部屋に入ってきた。
優しい笑顔。
優しい言葉。
俺の中では優しさの塊のようなウィーグルス兄さんは、今はとても凛々しい顔で俺を見据えている。
正直焦った。
やばい。
この1年のこと突っ込まれる。
「生きていたのだね、ケリア」
俺の向かいのソファーに座ったウィーグルス兄さんは、実に淡々とした言い方をした。
お忍びということもあって、いつもの貴族らしい服装ではなく黒っぽいローブを纏っている。
カスティーダとピーナは気を使っているようで、扉の前で待機していた。
部屋を出るべき場面だが、他の人にばれるのは空気を読まないことよりも重大なことだ。
だから仕方なく部屋に留まっているが、気まずそうに視線はこちらではなくどこかを彷徨っていた。
「お元気そうで何よりです」
俺がそう言っても、ウィーグルス兄さんの顔はぴくりとも変化しなかった。
1年前なら確実に微笑んでいたと思う。
うーともあーとも言い難い何かが俺とウィーグルス兄さんの間にあるみたいだ。
「マックもミムアも、心配していたよ」
「…ごめんなさい」
「謝るのかい?」
「え?」
「謝罪する必要があると、そう判断したから謝ったのだろう?なぜ謝るのかな?私たちに後ろめたいことでもあるのかい?」
「………」
ウィーグルス兄さんにこうやって言葉で責められるのは初めてだった。
だから驚いたし、そして恐ろしかった。
こんなウィーグルス兄さんは知らない。
仕事をしているウィーグルス兄さんは一度も見たことはなかったが、きっとこんな感じなんだろうな。
「この1年、いったい何をしていたんだい?」
きた…!
ど、どうしよう…。
でも、たぶん誤魔化すのは無理だと思う。
今のこのウィーグルス兄さんを見ていたら誰だって無理だと思うはずだ。
だからってクリストファーのことは話せないよ。
「…ごめんなさい。言えません…、いや、言いたくないんです」
「言いたくない…」
ウィーグルス兄さんはじっくりと俺の言葉を反芻した。
次の言葉をゆっくりと思案しているようだった。
もう国家の人になっちゃったのかな…?
だから俺のことはもう切り捨てちゃったのかな…。
もう弟とは思ってもらえないのかな…。
「なぜ言いたくないんだい?」
「えっと…。俺のことを何も聞かずに助けてくれた人たちのことを、裏切るようなことはしたくないんです」
「それが悪事を働くようなシュバート一家であったとしてもかい?」
「はい。…はい!?」
えぇ!?
なんでシュバート一家の名前がここで出てきちゃうの!?
ノリで思わず肯定しちゃったし!
誘導尋問受けてる気分だ…。
「やはりケリアをかくまっていたのはシュバート一家なんだね」
「いや……、その……」
こういう時、嘘がつけないのってどうなんだろう。
良いことともバカっぽいとことも言えるよね。
なんだかなぁ…。
もう少し感情を抑えることさえできれば、駆け引きだってうまくできるのに…。
1年前もクリストファーに惨敗してるし。
この辺は成長なし。
「聖獣レーダーにソラが引っ掛かっていたよ。シュバート一家の本家にいる、とね」
あ、だからか!
って、やっぱり誘導尋問に引っ掛かってるじゃん俺!
情けないよもぅ…。
「シュバート一家のことを教えてくれないかな。そうすれば国王は快くソラに会うまでの道のりを手伝ってくれるはずだ」
「……!」
全てを踏まえた上でのウィーグルス兄さんの提案。
俺があからさまな驚きを見せても、ウィーグルス兄さんはなんの反応も示さなかった。
ソラのところに行くためには、たぶん1人では無理なことは俺でも分かっていた。
ハツカネズミがどこにソラを連れて行ったのか、聖獣の知識のない俺にはさっぱりな訳だし…。
だから仕方ないながらもここに戻ってきたんだ。
ハツカネズミの殻と聖域のことはカスティーダに調べてもらってる。
それが発覚したらすぐにでもここを発つつもりでいた。
今度はみんなの力を借りようと思っていたし、物資も財源もある国家に味方になってもらえたら、本当に力強いことだと思う。
それにウィーグルス兄さんが理由はなんであれ、俺を頼ろうとしてくれるのは素直に嬉しかった。
今までそんなことなかったから。
けど…。
「ウィーグルス兄さん」
「なんだい?」
ごめんなさい、ウィーグルス兄さん。
迷惑とか期待とか、全部ひっくるめてごめんなさい。
俺の今の目的は確かにソラに会うことだけど、そのために誰を犠牲にしていいとは思わないんです。
俺は自分が信じた人を信じていたい。
それが世間一般に悪人と呼ばれるような人たちであっても。
「俺は絶対に言えません。友達を窮地に追いやることはしたくないです。力になれなくてすいません」
これで貸し借りなしだね、クリストファー。
ケリアくんがいい子に成長してくれて嬉しいです^^
早くソラと対面させたいところですが…。
最後まで読んでいただきありがとうございました。