29:聖獣様の居ぬ間に
泣きたかったのに、うまく泣けなかった。
悲しみのすぐ次に怒りが湧いてしまったから。
ふざけるな。
そりゃ俺がソラの卵を拾っちゃったのは悪いと思う。
それが原因でたくさんの人に悩ませ、苦しませたのはよく分かってる。
だけどここまで引っ張っておいて「はい、さようなら」はちょっとおかしいんじゃない?
やり口が汚いよ。
このままで終わらせてたまるかっ!
親を無視するなんていい度胸だな、ソラ!
一発殴らないと気が済まない。
俺は(元俺の家の)山小屋まで走った。
ソラが掘った大きな穴からハツカネズミの卵の殻を持ち出し、潰さないようにそっと握る。
山小屋の窓が開いているから、中に誰かいるのだろう。
中にいる人物は分かり切っている。
俺は構わずに山小屋の玄関を荒々しく開けた。
開けた瞬間、本当に同時と思う瞬間、往復ビンタを張られた。
「痛いよ…」
俺がそう声を出すと、ビンタを張った人物は幽霊でも見るかのような顔で俺を凝視した。
あ、なんか綺麗になったかも。
大人の女性ってかんじ。
1年って長いんだなぁ。
「相変わらず容赦ないね、ピーナ」
また往復ビンタを食らった。
「よくも1年ほったらかしにしてくれたわね」
怒り所そこ!?
少なからず「心配してた」とかそういう労りの言葉を期待してたんだけど…。
さすがピーナ。
こっちは期待を裏切らないんだね。
でも……、うん。
安心したかも。
俺がいなくてもピーナの世界が回っていたことに、安心した。
安心したけど寂しくもあった。
自分勝手すぎるけど…。
俺いなくてもみんなちゃんと生活していくんだよなぁ。
ソラも、そうなのか…?
俺がいなくてもお前は普通に生きて、生活して、世界を救うのか?
俺との生活なんかなかったみたいに?
「勝手に傷付いた顔するの、やめてくれる?」
「えっ?あ…、ごめん…」
傷付いた顔してたのかな…?
いやぁ…、これは無意識だった。
無意識って本心だから怖いね。
「この1年に何があったかは知らないし、聞くつもりもない。そこに興味はないわ」
ピーナの突き放したような言葉が胸に刺さる。
でも言いたいことはそこではないと気付いたので、俺は黙って次の言葉を待った。
「けど、これからのケリアの行動には目一杯干渉させてもらうわよ。文句は言わせない」
いやいやいや!
文句っていうか、反論は大いにさせてくださいよ!
「俺を心配してくれて…ぶっ」
拳でアッパーを食らう。
一切の手加減がなかったので、俺は綺麗な弧を描いて尻餅をついた。
い、痛い…。
顎とか尻とか顎とか顎とか…。
「ケリアの心配なんかする訳ないでしょ」
ケリアなんか…。
本心だよね。
ピーナの場合本心なんだよね!
今度は心が痛む。
「私はアンタが帰ってくると思っていたもの。どっかのデカブツはぴーぴー泣いてたみたいだったけど」
で、デカブツ…?
………、カスティーダかな…。
泣いたのか、あいつ…。
心がきしきし音をたてて痛んでる。
いたい…。
「だからそんな傷付いた顔しないでって言ってるでしょ?自分で選んで招いたことなんだから。こうなること、分かってたはずよね」
分かってた…、んだろうな。
みんなに心配かけるとは思ってたし。
それでも逃げると決めたのは、1年前の弱い自分。
言い訳なんかできない。
だから。
だからこそ。
これからは逃げないでいようと思う。
思う存分逃げたしさ。
面と向かって胸張って謝れるほど強気な人間じゃないけど、精一杯頑張ろう。
ソラが頑張るんだもん。
子供を手本にしてどうすんだって話だけどさ…。
不本意ながら終わった逃げの行為。
この1年逃げただけかと思っていたけど、向き合えるほどには強くなったらしい。
「ねぇ、ピーナ。一緒に聖研行かない?」
ピーナはふんっと鼻を鳴らして、若干俺に微笑んでみせた。
平手打ちで2往復+手加減なしのアッパー+成人男性の右ストレート=瀕死
こんな公式が成り立ってしまうって本当に…。
言葉にできない不幸を感じる。
いや、うん…。
自分で招いた結果っていうのは嫌というほど理解してるけど、謝る前に殴る奴らってなんなんだよ!
俺の周りにはそんなんしかいないのか!
これでも申し訳なく思ってるんだけどね!
まだ聖研の敷地に踏み込んで1分ほど。
まだ建物の中に入る前の庭である。
なぜかそこにいたカスティーダが俺の姿を見つけるなり猛突進してくるものだから、俺は反射的に逃げた。
あんな鬼のような形相のいかつい男が全力疾走でこっちに走ってきたら、俺じゃなくても逃げるだろうよ!
怖すぎっ!
マジで殺される!
聖研じゃなくて軍隊にでも志願しろよ!
と、俺の必死の逃走も虚しく、あっさり首根っこを捕えられ、次の瞬間には右ストレートを食らう。
本日二度目の綺麗な弧を描いての尻餅だった。
俺はいつかきっと友人に殺されるんだろうな…。
「おまっ…、バカ野郎っ!!」
言われなくても分かってます…。
だからって殴るのはおかしいよ…。
これこそバカの素だと思うんだ…。
「くそ!もう一発殴らせろ!」
「本気で殺す気か!」
と突っ込みつつも、相変わらずのカスティーダに心の中で笑っておいた。
やっぱりいい奴だね、カスティーダ。
「ただいま」
俺の言葉にカスティーダは渋い顔をした。
この顔、1年前にも見たんだ。
泣く前の顔。
カスティーダって意外と泣き虫なんだね。
「……バカ野郎」
カスティーダは尻餅ついた俺に、その黒っぽい手を差し出した。
その手が自分よりも大きくて男らしいのが癪だけど、それがカスティーダらしい。
あ。
俺帰ってきたんだな。
ちゃんと、ここに帰ってきたんだ。
ソラー!!
早く出てきてっ!!
ソラ好きの皆様すいません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。