貴方のポーカーフェイスを崩す呪文
「あー、すっきりした!」
澄ました顔の彼女が、扉をくぐった瞬間に息をついて破顔する。
「見た? あいつの顔。きょとーんってしてたよね」
扉の向こうは今、まさに舞踏会の会場。先程まで、僕はそこへ彼女をエスコートしていた。
「ざまーみろってね」
華やかな格好に似つかわしくない台詞を吐くと、口の端を上げて笑って見せる。それは格好よくて、少し寂しそうに見えた。
「ん? やっぱり似合ってない?」
彼女は微妙な僕の表情を、別の意味に捉えたらしい。自分のドレスの裾を持ち上げて見せる。
騎士である彼女は、普段は鎧などフリルとは縁遠いすらりとしたシルエットが多い。
「いえ、とても綺麗です」
「はいはい、ありがと」
お世辞と決めつけたように彼女は苦笑する。
「どうせ、あいつを見返すためだけに着たものだから」
あいつとは、先日彼女を振ったという同僚騎士のことだ。「可愛げがない、女らしさを感じない」とこっぴどく振られたと聞いている。
「ごめんね、後輩だからって付き合わせて」
「光栄です」
どんなに心から口にしたって、彼女は作り物の笑顔で柔らかく笑むだけ。
彼女の笑みはポーカーフェイスだ。どんな罵りを受けても、強敵に立ち向かっても、不敵に微笑んでいる。
きっと、女性騎士として生き抜くためのひとつの武器なのだろう。
「でも、あんな風に言われる前に、こんな格好ひとつでもしてればあいつは満足だったってことだよね」
ふと溢れたのは、後悔だったのか、未練だったのか。
自虐的な笑みで、ため息がひとつ漏れる。
「こんなだから、可愛げがないんだろうな」
「いいえ。可愛いです」
するりと口から出た言葉は、やはり本音だ。けれど、彼女はやはり微笑むだけなのだろう。
ぴたり、と歩みを止めてしまった彼女を振り返る。
驚いたように目を見開いた彼女の頬が、みるみる朱に染まっていく。
言葉を紡ごうとする唇は、音にならずわなわなと震えるだけ。
さすがに怒らせてしまったかな、と僕は咄嗟にフォローする。根拠のない世辞は失礼に当たるだろう。
「しっかりやり返そうとする負けず嫌いなところもそうですし、先ほどか弱い振りをして頬を赤くされていたり、あと最初ドレスを披露していただいたときの反応、さらに」
「ちょっ、えっ、どこまで見て!? とりあえず止めてっ!!」
耳どころか首まで真っ赤にした彼女は、人目も憚らず僕の口を手で塞ぎにかかる。
それを避けながら、僕は思わず笑みがこぼれていた。