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88.全員集合、大乱闘

「何、今の悲鳴は!?」


 すかさずヴィットーリオに近づき、彼を守るようにその肩を抱く。ミモザとロベルトも私たちをかばうように手を広げてくれている。


 ミモザはともかく、荒事には全く向いていないロベルトでは何の足しにもならないのだけれど、その気持ちはありがたく受け取っておくことにする。


 どうやら、先頭のファビオに何かあったらしい。けれどすぐ前に並んでいる魔術師たちが邪魔でよく見えない。何やらざわついているということ以外は、さっぱりだ。


「ミモザ、前がどうなってるか分かる?」


「ごめん、僕にも分からない。みんながざわざわしているから、誰の声を聞き取ればいいのか……混乱してることだけは確かだね。もうちょっと耳を澄ませてみる」


 私は私でヴィットーリオの肩に手をかけたまま爪先立ちになり、魔術師たちの隙間から前をのぞこうと頑張ってみた。


 そうやってぐねぐねと動いているうちに、倒れている兵士の姿がちらりと見えた。え、兵士が?


「ファビオ様の命が惜しければ、その魔女と竜を追放しろ!」


 そんな声が、私たちのところまではっきりと聞こえてきた。今度はファビオが人質になったっぽいけれど、一体何がどうなっているのやら。


 首をかしげる私のところに、すっかりおなじみになった小さな蜜蜂が飛んできた。


『ヴィットーリオ様を連れて、そのまま後ろに下がってください。前方は危険です』


「何があったの、メリナ」


『……内輪もめです』


 それっきりメリナは黙ってしまった。私とミモザ、ヴィットーリオとロベルトは言われた通りに後ろに下がりながら、蜜蜂から聞こえてくるあちら側の会話に耳を澄ませる。


『お前たち、こんなことをしてただで済むとでも思っているのか!? ヴィットーリオ様をさらったというだけでも、重罪だというのに』


 切羽詰まった様子で、長が叫んでいる。


『そちらこそ、俺たちに命令するのをやめてもらおうか。長だなんだと偉そうにしておきながら、あんな小娘一人にいいように振り回されて。捕らえた魔女に逃げられるなど、間抜けもいいところだ』


 長以上に偉そうに答えているのは、知らない男性の声だった。ミモザが小声で、ヴィットーリオをさらった魔術師の一人だね、と教えてくれた。


『そうとも、私たちはこの国のために動いているのだ。腰抜けは黙っていろ』


 どうやらヴィットーリオを誘拐した馬鹿者たちが、また何かやらかしているらしい。しかしあの馬鹿たちは魔法封じの縄で縛られて、兵士たちに取り囲まれていたのではなかったか。


『……まあ、魔法封じの縄も縄には違いないし、刃物があれば切れるよな。魔法ばかり警戒して、身柄をきっちりと改めなかった兵士たちの落ち度ってやつか』


 争う声の合間に、シーシェのそんな独り言が聞こえてきた。たぶんこれは、後ろで盗み聞きしている私たちにこっそりと解説してくれているのだろう。


『ちなみに俺なら、刃物がなくても切れるぞ。こう、腕力でな』


 やっぱり解説していた。ヴィットーリオが目を丸くしている。


 そのままじりじりと下がり続け、もめている魔術師たちから十分に距離を取る。その頃には、彼らの言い争いはどんどん激しくなっていた。


「……なんだか、話がずれていってない?」


 眉をひそめる私に、ロベルトがぽかんとした顔で答える。


「ずれてますね。最初は、ジュリエッタ様とミモザ様のことで言い争っていたはずですが」


「備品を元の場所に戻さないことにずっといらいらしていたんだとか、物の言い方が偉そうで腹が立っていたとかって……まるきり、日常のちょっとしたうっぷんよね」


「あっ、また話が変わったね。今度は『当番さぼりの常習犯たち、いい加減にしろよ』だって」


「シーシェもさぼり組だったのね……予想通りではあるけれど」


「しかし、どんどん言い争いに加わる者が増えているな……」


 ヴィットーリオはすっかり困惑している。蜜蜂から聞こえてくる人の声を聞きながら、私たちは呆然と顔を見合わせていた。


「もうただの口げんかになっちゃってるわね。日常のちょっとした不満のぶつけ合いと、たまったうっぷんの吐き出し合い」


「よっぽど不満をため込んでたんだね、魔術師の人たち。聞いた感じだと、もうほぼ全員参加になってない?」


「これはもう、とことんまで言い争わせるのもいいかもしれませんね。いずれ騒ぎ疲れておとなしくなるでしょうし」


「そうもいかないだろう、ロベルト。どうやらファビオが人質になっているようだ」


「おおっと、彼のことをすっかり忘れておりました」


 ひょうひょうと言ってのけるロベルトに、眉間にしわを寄せたヴィットーリオ。


 ミモザは話に飽きたのかあくびをしている。倒れている兵士やファビオには悪いけれど、今は助けにいくのは無理そうだ。


 内輪もめといっても、口論ならそう危険もないか。ただ待っているのも退屈だし、どこかヴィットーリオを守りながら休める場所を探そうかな。そう思い始めたその時だった。


 蜜蜂がふっとかき消えたと思ったら、いきなり辺りに爆音が鳴り響いたのだ。私とミモザとでヴィットーリオを挟むようにして守りながら、音のした方に目をこらす。


 兵士たちが倒れているところから少し離れた草原の一部が、丸く焼け焦げていた。少し遅れて、宙に何人もの魔術師が舞い上がる。


「爆発の魔法……? 吹っ飛んだ人たち、大丈夫かしら。あと、倒れている兵士たちも」


「飛行の魔法で器用に受け身を取ってるね。すごいなあ」


 それを皮切りに、辺りが急に騒がしくなる。手のひらほどの火の玉や、小さな稲妻、風の塊などが乱れ飛び、爆音とともにはじけて消える。


 どうやら魔術師たちは、ついに魔法を使って戦い始めてしまったようだった。邪魔になった兵士は……どうなったのだろう。まさかね。


「……ここが王宮や街中じゃなくて、本当によかったわ」


 ため息をついたとたん、いきなり目の前にシーシェが姿を現した。彼はしっかりとファビオと肩を組んでいる。


「ファビオ、無事だったか!」


「ご心配をおかけしました、ヴィットーリオ様。彼がどさくさにまぎれて、連れ出してくれました」


 憮然としながら答えるファビオと、喜んでいるヴィットーリオ。ロベルトが小さく舌打ちをしているのが聞こえた。相変わらず仲の悪いことだ。


「ところでシーシェ、いったい何が起こったの? ついさっきまでただの口喧嘩だったのに」


 そんな彼らを見守りながら、小声でシーシェに尋ねる。


「話し合いがこじれにこじれて、とうとう実力行使になったんだ。止めに入った兵士を催眠の魔法で眠らせて。あれはかなり難易度の高い魔法なんだがなあ」


 シーシェのそんな言葉に、応用魔法の無駄遣い、という感想がもれそうになった。


「まあお互い手加減しているから、死人は出ないだろう。怪我人は出そうだが。あとは年寄り連中の腰が心配だな」


 要するにこれは、ただの盛大な大喧嘩なのだろう。シーシェの口調には、かけらほども緊張感はないし。


「もしそうなったら、私が治療してあげるわよ。……ところであなたは、あの乱闘に参加しないの? あなたも長に色々と思うところがあるようだったし、うっぷん晴らしをするには最適の舞台だと思うんだけど」


「俺は転移の魔法以外にとりえはないからな。あそこに混ざっても大して暴れられない、残念ながら」


「できることなら暴れたかったって顔してるわね」


「ああ、ばれてしまったか」


「……長を抱えて空中に転移して、それからまっすぐに落ちてやればよかったんじゃない? ほら、風の魔法で調節しながら落ちるあれよ」


 ついついそんな助言をしてしまう。シーシェは緑の目を丸くして、きょとんとした顔をした。


「そんなことでいいのか? 別段、長には効かないと思うが……」


「……あれで平然としていられるのは、あなたくらいだと思うわ……」


 そんなことを話していたら、徒歩で近づいてきたメリナが割り込んできた。たいそう険しい顔だ。


「のんびりしている場合じゃないでしょう、シーシェ。いざという時に備えて、ちゃんとヴィットーリオ様に張り付いておきなさいよ」


 肩をすくめるシーシェをひとにらみしてから、彼女は礼儀正しく私たちに向き直る。


「みんな、頭に血が上っちゃってるみたいです。しばらくすれば、落ち着くと思いますけど……私は、ヴィットーリオ様を守るための障壁を張りにきました」


「あら、そんな魔法もあるの。すごいわね、後学のためにもぜひとも見たいわ」


「ええ、存分に見てください。便利ですよ」


 私の褒め言葉に気を良くしたのか、メリナがにっこりと笑う。それから魔法を使い、防御の障壁を作り出していた。


 ガラスや水晶よりも透き通った、大きな壁だ。何もないように見えるのに、触れてみると硬い何かがある。面白い。


 どれくらい魔法に耐えるのかな、ミモザが尻尾ではたいたらどうなるかなという考えが浮かんだけれど、今はしまっておく。


 私がそんな物騒なことを考えているのに気づいているのかいないのか、メリナがほんのりと得意げに言った。


「これでだいたいの魔法は防げます。でも万が一ということもありますから、油断はしないでくださいね」


 そこからは、なんとも言えない不思議な時間を過ごすことになった。


 障壁の魔法の向こうで乱れ飛ぶ様々な魔法をのんびりと眺めながら、緊張感のないお喋りをする。


 新しく魔法が炸裂するたびに、シーシェやメリナが解説をしてくれた。なんというか、お祭りの出し物を見物しているような気分だ。


「あれ、今何もないところから炎が出たよ?」


 ヴィットーリオが目を輝かせているのは当然としても、ミモザまでもがこの状況を大いに楽しんでしまっている。さっき突然火球が出たところを指さして、身を乗り出していた。


「ああ、あれは透明化と飛行の魔法を使ってるな。空中から不意打ちを仕掛けたんだろう。もっとも、響く音の魔法で位置は察知されていたみたいだが」


「ふうん、器用だね。……透明化の魔法、か。それって、僕も使えるようになるかな?」


「素質と練習次第だな。興味があるのか? だったらこの騒動が落ち着いたら、教わってみればいい。俺の友人に、あれが得意な者がいるから」


「でも、僕が魔術師から魔法を習ってもいいのかなあ。もう正体がばれてるし、嫌がられてるみたいだし」


「いいと思うぞ。長はともかく、俺たち若手は気にしないさ」


「魔法の勉強ね……私も久しぶりに、新しい魔法を覚えてみたいわね。追放されてからずっと独学だったから、たまには誰かに教わってみたいかも」


 そんなことを話している間も、にぎやかな音を立てて魔法がぽんぽんと発動し続けている。安全が確保されているせいか、そろそろあれが花火に見えてきた。


「ところで、この乱闘っていつまで続くのかしら」


「そうだな、魔力と体力から言って、せいぜい小一時間くらいといったところだろう。今がちょうど折り返しだな」


「だったら、のんびり見物していましょうか」


 と、その時ロベルトが声を上げた。しっかりとヴィットーリオの左腕をつかんだまま。


「おや、また雨ですね」


 その言葉とほぼ同時に、冷たいしずくがぱたぱたと頬に当たる。魔法で雨を弾きながら、ヴィットーリオが乱闘とは反対のほう、西を向いた。


「今年は雨が多いな。西の川は大丈夫だろうか」


 その言葉に、すかさずファビオが答える。それはもう、きびきびと。


「雨の量が増加しているのと裏腹に、川の下流の水量が減少しているとの報告を受けています」


 それって、あんまりよくない状況のような。過去に一度だけ、辺境の川がそんな感じになったけれど……確かあの時は、突然たくさんの水が一気に流れてきた。


 とっさにミモザが体を張って水をよそのほうに流してくれなかったら、小屋も水をかぶっていたかも。


「念のため、川の近くの住民には警戒するように伝えましたが……私はしばらく職務を離れていましたので、その後どうなったかは……」


 険しい顔で、言いよどむファビオ。そこにロベルトが続けた。


「今のところ、まだ氾濫はしていません。この誘拐騒ぎさえなければ、とっくに調査の兵を出しているはずだったんですよ。まったく、あの魔術師たちが余計なことさえしなければ」


 ロベルトまでもが難しい顔でつぶやいている。心底忌々しそうな顔だ。


「……こんなところで、訳の分からない足止めを食っている場合じゃない気がしてきたわ……あんなところで力の無駄遣いをさせている余裕、ないんじゃない?」


「どうする、ジュリエッタ? 僕が竜の姿で乱入すれば、あれを止められると思うんだけど」


 ミモザにも私の焦りが伝わったらしく、そんなとんでもないことを真顔で提案してくる。


 ええ、そうしてちょうだい、と言いかけたまさにその瞬間、辺りにひときわ大きな轟音が鳴り響いた。


 そしてその轟音は、西のほうから聞こえてきた。

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