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87.まだ終わっていなかった

 王宮に戻る私たちと、偶然出くわした謎の一行。よく見るとそれはファビオと、魔術師の長だった。


 二人の後ろには、見覚えのある壮年の魔術師たちもいる。かつて私を捕らえようとした連中だ。


 さらにその後ろには、戸惑い顔の魔術師たちがずらりと並んでいた。その人数からすると、おそらくあの拠点に残っていた魔術師が全員出てきているらしい。


 もしかして彼らは、ついに王宮に戻る気になったのだろうか。そう思いながらファビオの顔を改めて見た時、あることに気がついた。


 目の下のクマがない。そこそこ男前な面差しを思いっきり損なっていた、目の下の青黒いクマが。


 きっと彼は魔術師の拠点にいる間、それはもうたっぷりと眠ることができたに違いない。いつも王宮で山のような仕事に追われて睡眠不足だった彼は、強制的に仕事から切り離されることでようやく休めたのだ。


 良かったわね、という気持ちと、だったら王宮に戻らない方がいいんじゃないの、という気持ちと、その顔をこちらに向けるなという気持ちの間で複雑に揺れ動く。


 何せ彼は、前世で私を捨てた最低男に瓜二つなのだ。今まではクマのおかげでそのことを意識せずにいられたけれど、こうもすっきりさっぱりされるとそうもいかない。


 あれから百年以上も経っているから、恨む気持ちはすっかりぼやけてしまっている。けれどそれでも、あの時の悲しみはまだ残っているのだ。


 そんな私の葛藤を見抜いたように、ミモザがそっと手を握ってくる。その温かさに、ほっと心が落ち着くのを感じた。


 小さく息を吐いて、もう一度彼らの方を見る。少しばかり物思いにふけってしまっていた間に、そこでは一風変わった話し合いが繰り広げられていた。


「ファビオ、心配したぞ。それに、魔術師たちも。さあ、みなで王宮に戻ろう」


 そう言って、ヴィットーリオが晴れやかに笑う。


「いえ、それが……そうできればいいのですが……」


 やけに歯切れの悪い返答をしながら、ファビオがこちらをちらりと見た。


「我らは王宮に戻ろうとしていたのではなく、お願いにあがるところだったのです」


 長がこっけいなくらいに複雑な表情で、正面から私たちを見据える。


「そちらの魔女と竜は、人の世には過ぎた力を持つ者。陛下の治世において、良からぬ影響をもたらす恐れがあるのです」


 ヴィットーリオの前だからなのか、長の口調はややおとなしい。いや、どちらかというとミモザを恐れているのだろうか。ミモザを見る長の目は、不安げにさまよっていた。


 だろうなあ。誘拐犯を捕まえた時の騒動、たぶん彼らも使い魔か何かを通して見ていたのだろうし。あれを見たら、大概の人間は震え上がる。


「魔術師の長よ、その言葉は取り消してもらおう。こちらの方々がいなければ、とうの昔に私は死んでいた。そして、この国は逆賊たちにより傾き、滅んでいた。いわばこのお二人は、我々全ての恩人なのだ」


 そして長の言葉は、ヴィットーリオを不快にさせるのには十分なものだったらしい。彼は声を荒らげることこそなかったものの、その幼い顔は厳しく引き締まっていた。


「……ヴィットーリオ様」


 彼にしては珍しくおずおずと、ファビオが口を挟む。みなの目が彼に集中した。


「私には、彼らの言わんとするところも分からなくはないのです」


 おや、これは意外な流れだ。ミモザとこっそり目を見かわして、また彼の話に耳を傾ける。


「そちらの二人は、決して私たちに害をなすものではありません。ですが……彼女たちは強い力を持っています。私たち普通の人間にとっては、まるで神かと思えるくらいに。しかしそれでいてこの二人は、やはり神ならぬものなのです」


 ミモザがうんうんと大きくうなずいている。いつの間にやらまつりあげられてしまった彼だが、やはり神様扱いはくすぐったくてたまらないのだろう。


「彼女たちが私たちの近くにいるということ……それは私たちの日々が、運命が、知らないうちに大きく変わってしまうことなのではないか、まるで神の手によって操られたように。私は……そう思わずにはいられないのです」


 そこまで一気に言い切って、ファビオは疲れたようなため息をついた。辺りに沈黙が満ちる。


『言うに事欠いて、そんなたわごとをぬかすのですか。あなたにしてはずいぶんと女々しいですね、ファビオ?』


 あざけるような低い声が、すぐ近くからいきなり聞こえてきた。この場にいないはずのその人の声に、みなが同時に目を丸くする。


「その声、ロベルトか!? お前、どこにいるんだ」


 驚いた顔であたりを見渡すファビオに、ロベルトの声はふてぶてしく答えていた。


『ジュリエッタ様たちからの知らせを受けて、ヴィットーリオ様と合流するためにそちらに向かっているところです』


 声のする方をじっとにらみ続けて、ようやく見つけた。さっきからその辺りを飛んでいたテントウムシが、声の出どころだった。


『同行している魔術師に頼んで、一足先にそのことを伝えてもらおうと使い魔を飛ばしてもらったんですよ。そうしたら、何やら不穏なことになっているじゃないですか。つい口を挟まずにはいられなかったんですよ』


 テントウムシはすいすい飛び続け、ヴィットーリオの手に止まった。ヴィットーリオは顔をほころばせて、手の上のテントウムシに話しかけている。


「わざわざ迎えにきてくれたのか、ロベルト。手間をかけさせてすまない」


『いいえ、できることなら私も最初から捜索隊に加わりたかったのです。あなたが無事に見つかった以上、何をおいてもお迎えに上がるのは当然でしょう』


 顔は見えないけれど、ロベルトは得意げに胸を張っているような気がした。ヴィットーリオも同じことを考えたようで、テントウムシを見つめたまま苦笑している。


 けれど彼はすぐに顔を引き締め、長とファビオたちに向き直った。


「長よ、ひとまず話し合いは王宮で行おう。お前たちも長きにわたる追放生活で、疲れているだろう」


 そこに、すかさず言葉を添える。


「そうよ。あの拠点も居心地は悪くなかったけれど、やっぱり王宮のちゃんとしたご飯とふかふかの寝床が恋しいでしょう?」


 私の言葉に、長以外の魔術師が一斉にうなずいていた。今のところ、どうやら少々長の分が悪いらしい。


「……分かりました。わしはともかく、みなには疲れが出ているようですからな」


 連れの魔術師たちから微妙に視線をそらしながら、長がそう返す。ちょうどその時、こちらにやってくる一団の人影が遠く東の方に見えてきた。きっとあれがロベルトたちだろう。


「では、決まりだな」


 そんなヴィットーリオの言葉を合図に、私たちはロベルトたちがいるほうに歩き始めた。長やファビオ、魔術師たちを隊列に加えて。


「ヴィットーリオ様!!」


 すると向こうから近づいてくる一団、その中から一人の人影が飛び出した。転ぶんじゃないかと心配になるほどの勢いで、こちらに駆けてくる。


 もちろん、それはロベルトだった。彼は年甲斐もなく叫びながら、今までに見たこともない勢いで全力疾走している。彼は私たちを素通りすると、ヴィットーリオの前でひざまずいた。


「ご無事で……ご無事で、本当にようございました」


 深々と頭を垂れて、ロベルトが肩を震わせる。走ってきたせいですっかり上がってしまっている息の合間に、すすり泣きのような声が混ざっていた。


「泣くな、ロベルト。みなが見ているぞ」


 そう答えるヴィットーリオも、ちょっぴりもらい泣きしそうになっている。


 私とミモザがそんな心温まる再会を見守っていると、別の方角からシーシェの驚いたような声が聞こえてきた。


「なんだお前たち、全員揃ってどうしたんだ。……今はロベルト様の監視下に置かれているから、一緒に来ただって?」


「……魔術師、全員ここに揃っちゃったわね」


 シーシェは目を丸くしているし、メリナは肩をすくめている。


 王宮に残った若手の魔術師たちが全員、ロベルトと一緒にここに来ていたのだ。あとはヴィットーリオをさらった大馬鹿者の誘拐犯と、長が岩山から連れてきた者たち。


 それにシーシェとメリナを合わせると、元々王宮に勤めていた魔術師がこの場に勢ぞろいしたことになる。


 わいわいと話し合っている魔術師たちを見て、ミモザが愉快そうに目を細める。


「これだけいると、中々壮観だね」


「そうね。ずらりと同じ制服が並んでて」


「兵士と違って年齢も性別も体格もみんなばらばらだから、統一感はあまりないけどね」


 私とミモザがこっそりとそんなことを話し合っている間に、ヴィットーリオたちは話し合い、改めて隊列を組み直していた。私たちも、指示された位置につく。


 先頭がファビオ、その後ろに誘拐犯たちを取り囲んだ兵士の一団。続いてほかの魔術師たちが並ぶ。


 それからロベルトとヴィットーリオで、私とミモザがしんがりだ。それなりに人数が増えてしまったということもあって、縦に長い隊列になっている。行進というか、行軍というか、そんな感じだ。


 王宮に近いこの辺りでは、特にもう危険はないだろう。だから私たちはとても気楽に、ぶらぶらと王宮を目指していた。隣のミモザやすぐ前のヴィットーリオたちと、和やかにお喋りをしながら。


 しかしそうやって油断しきっていた時、いきなりファビオの何とも言えない悲鳴が響き渡った。

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