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85.ようやく一件落着

 ミモザが誘拐犯たちを思いっきりこらしめた後、私たちはみんなで帰り支度を始めていた。


 すっかり抵抗する気をなくした誘拐犯たちを兵士たちが捕縛して、逃げないように厳重に取り囲む。


 メリナが王都に向かって使い魔を飛ばし、ヴィットーリオを保護できたことと誘拐犯を捕まえたことを報告する。


 人の姿になって服を着たミモザと、やっと地面に降りた私のもとに、ヴィットーリオが息を切らして駆け寄ってきた。


「まさか、貴女がたが来てくださるとは思いませんでした。それも、こんなに早く」


「僕の置物を、君が持っていてくれた。だから、すぐに追いかけることができたんだよ」


 ミモザの返事に、ヴィットーリオは目を丸くした。そしてすぐに、服の隠しからあの置物を取り出す。レオナルドのものとおそろいの、金の目をした、木でできた竜の置物だ。


 ついさっきまで魔術師たちを震え上がらせていたとは思えないほど優しく、ミモザが微笑む。


「僕は竜で、その置物は僕の特別製。だからね、僕はその置物の匂いを追うことができるんだよ」


 その言葉に、ヴィットーリオが感嘆の吐息を漏らす。ミモザはそんな彼に、苦笑で答えた。


「……それよりも、遅くなってごめんね。僕がジュリエッタを迎えに飛び出していかなければ、もっと早く探し出せたのに。もしかしたら、誘拐自体を阻止できたかもしれない」


「いえ、いいのです。ミモザ様にとって、ジュリエッタ様が一番大切なお方だということは、私もよく存じていますから」


 ヴィットーリオは健気にも、そう言って微笑む。私が一歩進み出ると、彼は笑顔を崩さずにこちらを向いた。


「それでも、私たちにとってはあなたも大切なのよ。あなたが無事で本当に良かったわ、ヴィットーリオ。あと、レオナルドをよく守ったわね。偉いわ」


 そう声をかけると、今までおっとりと微笑んでいたヴィットーリオの表情がくしゃりとゆがんだ。泣き出したいのをこらえているような顔だ。


 兵士たちは離れたところで誘拐犯たちを取り囲んだままだし、シーシェたちも状況を察したのか明後日の方向を向いている。


 彼らの気遣いに感謝しながら、ヴィットーリオをぎゅっと抱きしめた。


「いきなりさらわれて、怖い思いをしたでしょう。今なら誰も見てないし、肩の力を抜いても大丈夫よ」


 優しく声をかけると、ヴィットーリオは私の腕の中で声を殺して静かに泣き始めた。


 それもそうだろう、十歳やそこらの少年がいきなり誘拐されて、こうも気丈にしていられる方がおかしな話というものだ。


 けれど彼は、そう長く泣いてはいなかった。じきに泣き止むと、はにかみながらも輝くような笑顔を見せてきた。


「……本当に、ありがとうございます」


「いいのよ。それよりもあなた、少し背が伸びた?」


 今抱きしめてみて気がついたのだけれど、明らかにヴィットーリオは前より大きくなっている。小さい頃のミモザのような無茶苦茶な速度ではないけれど、彼も確実に成長している。


 私の指摘に、ヴィットーリオは照れ臭そうに笑った。


「はい。ほんの少しですが。……早く大きくなって一人前の大人になり、貴女がたに受けた恩を返せるようになりたい。そう思っています」


「焦らなくていいの。ゆっくり大きくなりなさい。私とミモザにはたっぷり時間があるし、いくらでも待てるのだから」


 ミモザと共に人ならぬ時を生きると決めた、そのことに後悔はない。けれど、それでも親しい者を見送るのはやっぱりとても寂しかった。


 だから、私は何かに祈らずにはいられなかったのだ。どうかみんな少しでも長生きして、少しでも私たちと同じ時を過ごして欲しいと。


 言葉にしなかったそんな思いに気づいたのか、ヴィットーリオがそっとささやいてきた。


「ジュリエッタ様、私は絶対に長生きしてみせます。貴女への恩を返すには、百年あったって足りませんから」


「楽しみにしてるわ」


 そうやって語り合う私たちを、ミモザが優しい目で見守っていた。




 それから少し後、私たちはのんびりと来た道を戻っていた。


 しっかりと縛られた誘拐犯を七人も連れているせいでゆっくりとしか進めなかったのもあるし、行きの強行軍のせいでメリナがすっかり疲れ果ててしまっていたからでもある。


 街道を並んで歩きながら、ヴィットーリオから事のいきさつを聞く。


 辛い目にあったばかりなのだし、王宮に戻ってからでもいいと思ったのだけど、ほかならぬ彼が話したがっていたのだ。


「……誰かに聞いてもらった方が、きっと早く気が楽になると思うのです。それに、王宮に戻れば、私はレオナルドの兄ですから」


 そんなことを言いながら、ヴィットーリオはどこかきまりが悪そうにもじもじしている。


 とても恐ろしい目にあった彼は、今のうちに少しだけ、私とミモザに甘えたがっているようだった。


 レオナルドやロベルトのいるところでは、彼はつい気を張ってしまいがちだ。幼い弟に、彼のことをなによりも大切に思っている臣下。彼らの前では、ヴィットーリオは弱みを見せづらいのだろう。


 その点私とミモザは、彼よりもずっと大人で、ずっと強い。それに、主従だなんだとややこしい関係もない。


 しかも私たちは二人とも、彼の保護者気取りでいた。そして彼も、それを感じ取っていた。


 ヴィットーリオの肩に手をおいて、優しく答える。


「そうね。だったら、聞かせてもらえるかしら」


 彼はまだ幼さの残る顔をぱっと輝かせて、事の始まりから順に語り始める。


 レオナルドの部屋で兄弟水入らずの時間を過ごしていたところ、いきなり室内に魔術師が姿を現したということ。


 弟に手を伸ばす魔術師の前に立ちふさがり、「レオナルドに手を出すな」と言い放ったこと。


 部屋の隅に控えていた兵士が近づいてくる寸前、魔術師がそのままヴィットーリオの腕をつかんだということ。


「いきなり意識が遠のいて、次に気がついた時には王都の外でした」


 そこから彼は、誘拐犯と共に西へ旅をしていた。誘拐犯たちは彼を乱暴に扱うこともなかったし、彼は野宿には慣れていたから、そこまで辛い旅ではなかったらしい。


「彼らは最初、私を人質にして王宮と交渉するつもりだったようです。ジュリエッタ様とミモザ様を、永久に王都から、いえこの国から、追放するようにと」


 そう話すヴィットーリオの顔には、珍しくはっきりとした怒りが浮かび上がっていた。


「しかし彼らは、私を探しに来た者たちの中にジュリエッタ様とミモザ様がおられることをいち早く魔法で知ったようなのです」


 そこまで語ったところで、ヴィットーリオの顔が暗くなる。


「そして彼らは、『忌まわしい魔女と竜をまとめて葬り去る、千載一遇の好機だ』と言って、あの魔法の、罠を……」


 あふれる怒りをぶつけるかのように、ヴィットーリオはこぶしを固く握りしめていた。黙り込む彼を前に、ミモザにのんびりと話しかける。


「私たちも嫌われたものねえ。そこまでして追い払おうだなんて」


「仕方ないよ。はたから見てたら、僕たちって結構うさんくさいんだろうし」


「でも、だからって王族を誘拐するなんて、また大それたことをするものね」


「そこに関しては、あの人たちの頭が残念なだけだと思うよ。こうしてみると、あなたが会ったっていう長は比較的ましなほうだったんだね」


 和やかに話し込む私たちを見ている内に、ヴィットーリオの怒りや苦しみも多少治まってきたようだった。それを見て、ミモザとこっそり微笑み合う。


「とにかく、これで一件落着かしら」


 晴れ晴れとした気持ちでそう言ったとたん、遠慮がちにヴィットーリオがつぶやいた。


「あの、ファビオは今どうしているのでしょうか……」


 いけない、また忘れていた。どうにも他にやることが多すぎて、彼のことは後回しになってしまっている。なんとなく彼の身は安全だろうと思ってしまっているせいで、余計に。


 さて、どう答えたものだろうか。うなりながら考え込んでいると、メリナとシーシェがこちらに近づいてきた。どうも、私たちの話をこっそりと聞いていたらしい。


「ファビオ様は今のところ、王宮にはまだ戻っておられないようです」


「まだ長のところにいるんじゃないか? ……ファビオ様も色々と苦労の多いお方みたいだし、案外長と馬が合ってしまって長居しているとか。ありそうで怖いな」


 ほんの二日ほどではあるけれど、ファビオと共に行動したシーシェがにやりと笑ってそう指摘する。


 一度だけ会った長の姿を思い出す。確かに、あの長もファビオに負けず劣らず変な苦労を抱えていそうではある。そういう意味では似た者同士かも。


「……でもさすがに、それはないんじゃないかしら? あの仕事中毒のファビオが、何もかも放ったらかしたまま帰ってこないだなんて……ちょっと、想像がつかないわ」


「僕も同感。ただファビオについては、後で改めて探せばいいんじゃないかな。彼も一人前の大人なんだし。今はとにかく、ヴィットーリオを安全なところに帰してあげることを最優先にしよう」


 ミモザの言葉に、大きくうなずく。前よりも高いところにあるヴィットーリオの頭をなでて、ゆっくりと言った。


「そうね。まずは、王宮に帰りましょう。みんな一緒に」


 見上げた青空の片隅に、暗い灰色の雲がちらりと顔をのぞかせていた。

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