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83.全速力の強行軍

 王都を離れ、ミモザを先頭にひたすら歩く。彼は少しも迷うことなく、街道を西へ向かって進み続けていた。


 彼の集中を乱さないようにと考えているのか、誰もかれもが無言だった。いつもにぎやかなシーシェでさえ、神妙な顔をして足を動かし続けている。


 ただ黙々と歩いて歩いて、日が落ちてもまだ歩く。食事は王宮から持ってきた携帯食を、歩きながら口に放り込む。


 ようやく私たちが足を止めた時には、もう真夜中近くなっていた。兵士たちが疲れも見せずにてきぱきと動き、街道のすぐ近くに寝床をこしらえてくれている。


 旅慣れている私とミモザ、体を鍛えまくっているシーシェや兵士たちはともかく、小柄な少女であるメリナにはこの強行軍がかなりこたえているようだった。


 彼女は足を止めたとたん崩れるように地面にへたりこんで、そのまま動かなくなってしまった。


「大丈夫、メリナ? 辛いようなら、捜索隊を離れてもいいけれど……」


 地面に手と膝をついたまま動かないメリナの傍らにかがみこんで、そう尋ねる。彼女はやはり下を向いたまま、か細い声で答えた。


「いえ、大丈夫、です。歩き疲れて足が痛いだけですから。それに私が抜けたら、偵察と連絡係がいなくなってしまいます」


「兵士たちに頼めばいいわ。あなたたちが王宮を離れていた間は、ずっとそうしていたのだし」


「いいえ、私がやります。やらせてください」


 ぐったりとしたまま、それでもメリナは必死に食い下がってくる。


 ヴィットーリオを助けたいからなのか、同僚である魔術師のしでかしたことを償いたいのか、あるいは単にシーシェのそばにいたいだけなのか。


 真相は分からないけれど、彼女が頑張るというのなら、その意思を尊重したい。一日でここまで疲れ果ててしまっているのなら、何とかしてあげないと。


 メリナの隣に腰を下ろし、自分のカバンを開けて中を探る。


 じきに、必要なものを見つけ出した。小さな実の入った小瓶、干した木の根、それに数枚の葉。さらに携帯用の小さな薬研、清潔な布と包帯、あとは水筒。


 いつの間にかメリナが起き上がり、私の隣にちょこんと座りこんでいた。彼女はやはり疲れ果ててはいるものの、興味津々にこちらの手元をのぞきこんでいる。


「それ、何の薬草ですか?」


「あなたの足の疲れに、良く効くやつよ。……ちょっと臭いがきついけれど、効果は保証するから」


 そう答えながら、薬研で薬草を粉にする。その粉末に少しずつ水を加えて、固めに練り上げた。


「はい、できたわ。足を出してちょうだい」


 できあがった薬から漂うつんとした臭いに顔をしかめながらも、メリナは素直に靴を脱いだ。その足を濡らした布で軽く拭って、薬をぺたぺたと塗りつける。仕上げに、幅広の包帯を緩めに巻いたら終わりだ。


 その間、メリナはじっとされるがままになっていた。けれど手当てが終わると同時に、目を真ん丸に見開いている。


「……すごい、もう足が軽くなってきた……これが、魔女の薬……」


「といっても、特に魔法とかそういうのではないのよ。何となく、その人に一番効きそうな薬草の組み合わせが分かるっているだけで」


「それが分かるっていうだけで、十分にすごいですよ。確かにこれなら、民があなたのことを特別視するのも分かります」


「そうね、いつの間にか魔女なんて呼び名もついてしまったし。私、だいたい普通の人間だと思うのだけれど」


「百歳超えても十代の女性にしか見えない人間を、普通とは言いません。しかも竜を伴侶にしているだなんて」


「ふふ、手厳しいわね」


 そうやって話していると、シーシェとミモザがこちらにやってきた。


「ずいぶん仲良くなったみたいだな。いいことだ。メリナは初対面の人間、特に女性には妙につっかかるからな」


 明るく笑うシーシェに聞こえないように、メリナが小声で何事かつぶやいている。どうも「あなたが誰彼構わず口説いて回るせいでしょ」と言っているようだった。


 彼女の心境と苦労を思うと、同情を禁じ得ない。シーシェは中々に魅力的で、おまけにやたらと社交的だ。しかも、メリナの気持ちにはどうも気づいていないように見える。


 こっそりと苦笑を噛み殺していると、暗闇の向こうからミモザの声がした。


「寝床の支度、できたよ。ほら、こっち」


 そう言いながら、ミモザが軽い足取りで近づいてきた。ミモザは私の、シーシェはメリナの手を引いて歩き出す。


 街道のすぐ脇の草原に、毛皮と毛布でできた寝床が四つ並んでいた。兵士たちは少し離れたところで、交代で寝ずの番をするらしい。これならゆっくり眠れそうだ。


「まだ朝晩は少し冷えるし、こっちにおいでよ」


 ミモザは寝床を少し動かして、二つの寝床をぴったりとくっつけた。彼と並んで横になり、一緒の毛布にくるまって空を見上げた。一面に星がまたたいていて、ため息が出るほど美しい。


 このところやけに雨が多かったから、これだけすっきり晴れたのは久しぶりだ。


 彼の体温を感じながら、ちらりと目を横にやる。シーシェは既に爆睡しているらしく、のびやかな寝息が聞こえてくる。野宿慣れしていないメリナが心配だったけれど、彼女もまたぐっすりと眠っているようだった。


「眠れないようなら手を貸そうかって思ってたけど、どうやら大丈夫みたいね」


「手を貸すって、もしかしてまたマジマの粉を使うつもりだったの?」


「だって、寝不足の人間を見ると心配になってしまうのよ。放っておいたら、それこそ病気になりかねないし」


「あなたって、どうにもおせっかいだよね。そういうところも好きだよ」


「……それと、マジマの粉って護身用にも使えそうだと思わない? 一度に使う分量はどれくらいが適切なのかとか、どうすればより持ち運びやすいだろうかとか、実際に色々試して調べてみたいなって考えてるんだけど」


「もう、ジュリエッタったら」


 冗談めかした私の言葉に、ミモザがくすくすと笑う。けれど彼はすぐに笑いを引っ込めて、静かな声で続けた。


「……あなたの行方が知れなくなっていた間、僕はとても不安で、怖くてたまらなかったんだ。このままあなたが戻ってこなかったらどうしようって、気がつけばそんなことを延々と考えてた」


 私が枕代わりにしていたミモザの腕が、ゆっくりと動く。彼は寝返りを打ってこちらを向くと、そのまま私をしっかりと抱きしめた。


「レオナルドも今、同じようなことを考えているんだろうね。そしてヴィットーリオは、とっても心細い思いをしている」


「そうね。絶対に、二人を無事に再会させてあげましょう。……あなたに頼りっきりなのが、心苦しいけれど」


「あなたがここにいてくれるから、僕は安心して頑張れるんだよ」


 ミモザの腕に力がこもる。ぎゅっと彼の胸に顔を押しつけて、懐かしい匂いを胸いっぱいに吸い込む。


 そうしているうちに、ゆっくりと眠気が襲ってきた。額から伝わってくる彼の呼吸も、緩やかになっていく。


 待っていて、ヴィットーリオ。必ず迎えにいくからね。頭の中でそうつぶやいて、そのまま眠りについた。




 次の日も、朝からずっと歩き詰めだ。ミモザは昨日からずっと、ひたすらに西に進み続けている。


「そろそろ、あの砦に向かう分かれ道があるはずだけど……」 


 シーシェやメリナも、しきりにそちらを気にしている。もしかするとその先の砦を通って、彼らの拠点である岩山にヴィットーリオは連れていかれたのかもしれない。


 どうか、そちらには進まないで欲しい。ヴィットーリオは早く見つけたいけれど、できれば砦や岩山の近くで見つかって欲しくはない。


 そんな私たちの祈りが届いたのか、ミモザは分かれ道を無視して、迷いのない足取りでさらに西に歩き出した。


「ええと、こっちでいいのかしら、ミモザ?」


「うん、こっちで合ってるよ。だいぶ匂いが強くなってきたし、ヴィットーリオに近づいてきたかな。そう遠くに行ってないみたいで、良かった」


 遠くを見るような目つきをしたまま、ミモザが力強く答える。兵士たちが、一斉にほっとしたような顔をした。


 犯人が誰であれ、ひとまずヴィットーリオに近づけていることは喜ばしいことだろう。私たちはさらに足を速め、ミモザに従って歩き続ける。


 そうやって街道をさらに西に進み続けていたミモザが、不意に左に曲がった。街道の南側に広がっている深い森、そこにちらりと見えている獣道に突っ込んでいく。私たちも、迷わずに後に続いた。


 かろうじて人一人が通れるくらいの細い道を、一列になって進む。ミモザを先頭に、私、シーシェ、メリナ、そして兵士たちの順だ。


「……人の気配がする。まだ遠いけど、気をつけて」


 普通の人間よりもずっと耳のいいミモザが、前を見据えたままそう言った。みなの間に、緊張が走る。


「私が使い魔を飛ばしましょうか?」


「いや、あちらもおそらくは魔術師だし、気づかれる可能性が高いな。あちらが既に俺たちに気づいているかもしれないが、これ以上うかつに刺激しない方がいい」


 メリナとシーシェが、声をひそめてそんなことを言い合っている。


 シーシェの言う通りだ。ヴィットーリオを人質に取られている以上、慎重に動くに越したことはない。私たちは口を閉ざして、また前を向いて歩き出す。


 次の瞬間、全身に鳥肌が立つような感覚に襲われる。たくさんの魔力が、一気に動いている感触だ。


「逃げろ!」


 いち早く何かに気づいたらしいシーシェが切羽詰まった声で叫び、とっさにメリナを抱えてどこかに転移した。一番後ろを歩いていた兵士たちは立ち止まり、腰の剣に手をかけている。


 しかし私は、彼の警告を活かすことができなかった。逃げるっていったいどこに、とためらったせいで、わずかに反応が遅れてしまったのだ。


 いつの間にか、周囲の地面から太いつる草のようなものが何本も生えていた。しかもそれには、鋭く大きなとげがたくさん生えている。ちょっと触れただけで怪我をしてしまいそうな、とんでもない代物だ。


 そのつる草はものすごい勢いで成長しながら、まるで意思でもあるかのようにうねうねと動いている。そうして、逃げ損ねた私とミモザに向かって勢い良く伸びてくる。


 近くに生えていた大きな木につる草がぶつかったと思ったら、あろうことか木の方があっさりとへし折れた。おそらく魔法で生み出されたらしいこのつる草ときたら、見た目より遥かに頑丈なようだった。


 盾にできそうなものは何もない。木をへし折るようなとんでもないつる草を、どうやって防げばいいのだろう。ならば燃やすか、切り刻むか。駄目だ、数が多すぎる。


 迫りくる死の予感に、背筋を冷たいものが伝う。呆然としていた私を、ミモザがぎゅっと抱きしめた。


 周囲の木や草が引き裂かれるまがまがしい音が、すぐ近くに迫っていた。

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