表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/167

81.王宮は大騒ぎ

「ヴィットーリオがさらわれたですってえ!?」


 予想もしていなかった言葉に、つい大声を張り上げてしまった。ロベルトは青ざめたまま、こくこくと小刻みにうなずいている。彼はそのまま顔を伏せ、また口を開いた。


「はい。ちょうど、ミモザ様が王宮を飛び出していかれた次の日の晩のことでした」


 その言葉に、ミモザがうわあ、と言いながら頭を抱える。


 メリナの使い魔からの連絡を受けてすぐに飛び出さなければ、自分さえ王宮に留まっていれば、そんなことにはならなかったかもしれない。たぶんミモザはそういったことを考えている。


 ロベルトはそんなミモザをちらりと見て、暗い声でぼそぼそと説明を続けた。その目はうつろで血走っている。きっとその日から、ろくに眠れていないのだろう。


「ヴィットーリオ様はレオナルド様の部屋におられたのですが、そこに一人の魔術師が乱入してきたのです。何もない空中に突然現れたせいで、衛兵たちもなすすべがなく」


 私の背後から、魔術師たちのざわめきが聞こえてきた。


 そっとそちらを振り向くと、戸惑い顔を見合わせながら、小声でささやき合っている彼らの姿が目に入った。みな、顔色が悪い。


「魔術師の狙いはレオナルド様の身柄だったようなのですが、すんでのところでヴィットーリオ様が割って入られたのだそうです。そうして魔術師がヴィットーリオ様に触れたとたん、二人の姿は同時にかき消えました」


 ロベルトのひょろひょろとした体は、小さく震えていた。そして彼がゆっくりと顔を上げると、その目には見たこともないほど鋭く、剣呑な光が宿っていた。


「私が話せるのはここまでです。……それでは、そちらの魔術師のみなさま。これより貴方がたを捕縛させていただきます」


 その言葉に、ざわついていた魔術師たちが一度に息を呑んだ。ロベルトは彼らの方を見据え、言葉を続ける。


「貴方がたはヴィットーリオ様を誘拐した犯人、あるいはその共犯である可能性があります。お話はのちほど、じっくりと聞きましょう」


 驚くほど静かに、淡々と宣告するロベルト。魔術師たちをかばうように、一歩前に進み出る。


「待って、ロベルト! 彼らはその事件の前から、私たちとずっと一緒にいたのよ! 彼らにヴィットーリオをさらうなんて、できっこないわ!」


「そうだよ。それに、魔術師たちは一枚岩じゃないんだ。他の一派の仕業じゃないの?」


 私に加勢するように、ミモザも隣にやってくる。二人並んで、ロベルトをしっかりと見返した。彼らを捕縛するというのなら、私たちが黙っていないんだからね。そんな思いを込めて。


 けれどその時、私とミモザを押しのけるようにしてシーシェが進み出てきた。いつも快活なその顔が、どことなく物憂げな色をたたえている。


「かばってくれてありがとう、ジュリエッタ、ミモザ様。だがいいんだ」


 シーシェはロベルトに向き直ると、声を張り上げた。


「状況から見て、ヴィットーリオ様をさらったのは転移の魔法を使う者だろう? この中で、転移の魔法を使えるのは俺だけだ。だから捕縛するのは俺だけにして、他の者は見逃してくれ」


「駄目、シーシェ!」


 予想できたことだったが、今度はメリナが飛び出してきた。シーシェの腰にしがみついて、行かせまいと一生懸命に踏ん張っている。


 ロベルトはそんな二人を感情のない目で見つめていたが、その口がまたゆっくりと動き出した。おそらく、背後に控えている兵士に命令を出そうとしているのだろう。


 これはまずい。間違いなくロベルトは我を失っている。


 ヴィットーリオをさらわれた衝撃に、寝不足による判断力の低下が輪をかけている。まずは彼を止めないと、さらに収拾がつかなくなってしまう気がする。


 ……こういう時は、やっぱりあれに限る。カバンの中に手を突っ込み、荒っぽく引っかき回す。


 じきに、目当てのものに手が触れた。それをたっぷりと手に握りこんで、思いっきりロベルトの顔面に叩きつける。なじみのある匂いの白い粉が、ふわりと舞った。


 まだ大騒ぎをしているシーシェとメリナが、目を丸くしてロベルトを見た。ロベルトはゆっくりと目を閉じ、崩れ落ちていく。ミモザが慣れた動きで、ロベルトを抱き留める。


 寝不足の人間に、マジマの粉は抜群に良く効く。今までに何度もファビオで試してはいたけれど、ロベルトにも無事に効いてくれて良かった。ほっと胸をなでおろす。


「……いっそ、『眠りの魔女』とかに改名する?」


 ミモザが苦笑しながら、そんなことをつぶやいている。彼に笑い返した拍子に、戸惑い顔を見合わせている兵士たちが目についた。


 さて次は、彼らを言いくるめる番だ。帰ってきたばかりだというのに、せわしないにもほどがある。


 堂々と胸を張り、兵士たちに命令する。彼らは私の配下ではないが、強気で押せばなんとかなるだろう。


「はい、ひとまず捕縛の話は保留ね。それよりも、ロベルトを部屋に運んで寝かせてやって。解毒剤は使わないでね。彼、とっても疲れてるから休ませたいの」


 兵士たちが口を挟む隙も与えずに、次々とまくしたてる。


「で、レオナルドは今どこにいるの? 彼から話が聞きたいのよ」


「しかし、魔術師たちを取り調べなくては……ヴィットーリオ様が……」


 まだごねている兵士たちに、さらに強気に迫る。ミモザもロベルトを床に寝かせてから、すっと立ち上がり私の隣に並んだ。兵士たちがたじろいでいる。


「それは私たちが調べるわ。あの子を一刻も早く取り返したいのは、私たちも同じだもの」


「そうだよ。こっちには有能な魔術師たちもいるし、僕たちが力を合わせればきっとなんとかなる」


「そういうことだから、さっさと教えてちょうだい。今はとにかく、時間が惜しいのよ」


 いい加減じれったくなって、つい語気が強くなる。


「は、はい! 今すぐ!」


 私たちの気迫に負けたらしく、兵士たちがびしっと背筋を伸ばした。そうしてはきはきと説明を始める。


 レオナルドは今、大幅に警備を増強した私室にこもっているのだそうだ。ヴィットーリオを探しに兵たちが王宮や王都、そしてその周囲を捜索しているものの、今のところ足取りはつかめていないらしい。


 黙って話を聞いていたシーシェが、大きくため息をついた。


「普通の警備なんか、転移の魔法の前では意味ないんだが……透明化の魔法や飛行の魔法でも突破できるし、催眠の魔法という手もあるぞ」


「余計な事言わないの、シーシェ。そもそも私たち魔術師が全員不在なんだから、兵士で守りを固めるほかないでしょう」


 そう言葉を返すメリナの声も暗い。有事に何もできなかったことと、犯人として嫌疑をかけられたこと、その両方が悔しいのだろう。


「そうね。……悩んでいても始まらないわ。ひとまず、レオナルドに会いに行きましょう」


「俺たちはここで待っている。その方が兵士たちも安心できるだろう。お前たち、遠慮なく俺たちを見張っていてくれ」


 堂々と仁王立ちになったシーシェが、兵士たちにきっぱりと言い放つ。遠慮なく見張れって、言われたほうは困ると思うのだけれど。


 案の定兵士たちは大いに困惑しながら、やや遠巻きに魔術師たちを取り囲んでいる。まあいいか、ロベルトは部屋に運ばれていったし、命令する者がいなければ兵士たちは動かないだろうし。


「分かったわ、すぐに戻るから。……メリナ、一応シーシェを見張っておいて。何かやらかしそうな気もするから」


「任せてください!」


 張り切った様子のメリナにうなずきかけて、ミモザと二人でレオナルドの私室に向かって走る。今まで何度も遊びにいったから、場所は分かっている。


 そうしてたどり着いた部屋の前には、兵士がずらりと並んでいた。険しい顔をしていた彼らだったが、私たちの顔を見てほっとしたように息を吐く。


 声をかけるより先に、彼らは左右に分かれて道を開けてくれた。扉を開けて中に入ったとたん、涙をいっぱいに浮かべたレオナルドが飛びついてくる。


「ジュリエッタさま、ミモザさま! にいさまが、にいさまが!」


 しゃくりあげているレオナルドをしっかりと抱き留めて、頭を優しくなでる。部屋の四隅には兵士が一人ずつ立っていて、やはり私たちを見て安堵していた。


「ごめんなさいね、留守にしていて。ヴィットーリオは私たちが探してあげるから、どうかあなたの力を貸して」


「はい、ぼくにできることなら、何でもします」


「それじゃあ、何があったのか話してもらえるかな? 辛いと思うけど、状況を一番詳しく知っているのは君だから」


 優しい笑みを浮かべたミモザの問いに、私の服をぎゅっとつかんだままレオナルドがたどたどしく答える。


 しかし彼が語った誘拐の時の状況は、ロベルトが話していたものとほぼ同じだった。


 もうちょっと何か、新しい情報が得られるかと思ったのだけれど。でも、レオナルドを問い詰める訳にもいかないし。


 レオナルドを胸元にぎゅっと抱きしめたまま、ミモザと困り顔を見合わせる。


 その時、いきなりすぐ近くから思いもかけない声がした。


『聞いた感じだと、やはり侵入者は転移の魔法の使い手だな。それも、かなりの手練れだ。背丈と年頃からして……下手人はあいつかあいつだな』


「えっ、シーシェ!?」


 部屋の中にいない筈のシーシェの声が、すぐ近くで聞こえる。


『でもあいつは気が弱いからこんなことはしそうにないし……となるとあいつか。おかしいな、あいつは長の言うことはあまり聞かないんだがなあ』


 きょろきょろしながら、声の出所を探す。じきに、小さな蜜蜂が肩のところに止まっていることに気がついた。


 そういえばメリナと出会った時にシーシェが、蜜蜂がどうとか言っていたような。


「……もしかして、この蜜蜂は使い魔なの? それもたぶん、メリナの」


『ちょっとシーシェ、あなたが喋るから見つかっちゃったじゃないの!』


 今度はメリナの声が、蜜蜂から聞こえてくる。どうやら彼女たちはこっそりと使い魔を私にくっつけて、ここでの話を盗み聞きしようとしたらしい。


 思いついたのはどうせシーシェなんだろうな。で、メリナがしぶしぶといった顔で、しかしいそいそと手を貸す……その光景が目に浮かぶようだ。


 別にそんなことしなくても、後できちんと話してあげるのに。苦笑しながら、肩に止まった蜜蜂に話しかける。


「シーシェ、どうやらあなたには犯人の心当たりがあるみたいね? あいつと言われても分からないわよ。もうちょっと情報をちょうだい」


『済まん済まん。まだ証拠も何もないし、名前を出すのは避けたくてな』


『あなたにしては珍しく、気が利くじゃないの。ただ、私もきっとあいつだと思う。こんな大それたことをしでかすくらいに性格が悪いのも、あいつだけだし』


 シーシェとメリナが、こちらを置き去りにして盛り上がっている。だからあいつって誰なの。


『だよなあ。一番怪しいのはあいつだよな。魔術師以外に、転移の魔法を使いこなすやつがいるとは思えないし』


『普段から不満の多い方でしたけど、まさかこんな凶行に走るとは……』


『はあ、それでなくても長のせいで面倒になってたのに……あいつまでやらかすなんて、どうしたらいいんだよ』


 二人の周囲にいるはずの魔術師たちも、そんな風にてんでに言い合っている。レオナルドが涙に濡れた目を見開いて、ぽかんとした顔で蜜蜂を見つめていた。


 魔術師たちは放っておいたらいつまでもお喋りを続けそうだ。一つ息を吐いて、彼らに呼び掛ける。


「ねえ、犯人がその『あいつ』だとして、どこにいったか心当たりはあるの?」


『あいにく、まったくない』


『たぶん、長のところにはいないでしょう。長は自尊心が高くて頑固ですけど、気は小さいので。王族の誘拐だなんてとんでもないことに関わるとは思えません』


『だな。ジュリエッタを捕らえた時だって、俺たちはかなり驚かされたんだ』


 シーシェとメリナの掛け合いを聞きながら、ぐっと眉間にしわを寄せる。


「となると、手掛かりが何もないのね……転移の魔法を使う魔術師なんて、どうやって追いかければいいのかしら」


 しまった、口を滑らせた。そう思って下を見ると、レオナルドは大きな目いっぱいに涙をためていた。


「大丈夫よ、レオナルド。私たちが頑張るから。だから泣かないで」


「は、はい。……そう、ですね。ぼくはしっかりした王になるのだと、お守りに誓ったんです。きっとこのお守りが、ぼくとにいさまを守ってくれます」


 彼はぐすぐすと鼻を鳴らしながら、小さな手に持っているものを見せてくれた。


 それは、かつてミモザがレオナルドとヴィットーリオに贈った小さな竜の置物だった。ミモザそっくりの金色の目が、つややかに輝いている。


「それ、ミモザが作ったものよね? お守りになったの?」


「はい。ぼくとにいさまは、あれからずっとこのお守りを肌身離さず身に着けているんです」


 その言葉を聞いたとたん、ミモザがぱっと顔を輝かせた。それから私とレオナルドに向かって、にっこりと笑う。


 それはレオナルドが泣くことを完璧に忘れてしまうほど、見事な笑顔だった。彼の笑顔を見慣れている私ですら、思わず見とれてしまうほどに。


「肌身離さず、か。だったらヴィットーリオも、その置物を持っていったんだよね? それなら僕が、役に立てるかもしれない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ