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78.静かに怒る竜

 すぐ隣に立ったミモザは、少し離れたところいるシーシェたちをじっと見つめている。明らかに警戒した表情だ。そうして、私に説明を求めている。


 これは気が抜けない。あの長のことをうまいこと伏せつつ、シーシェたちが私の味方なのだということをミモザに納得させなければならないから。


 さもないと、白い竜の神様がまたどこぞの森……というか岩山に突っ込んでいくことになりかねない。そんなことになってしまえば、さらに民は大騒ぎするだろう。


 それにミモザも、後で冷静になってから思いっきり悔やむに違いない。また目立っちゃった、しくじったなあと言って頭を抱える彼の顔が目に浮かぶようだ。


 深呼吸して心を落ち着け、ゆっくりと話し始める。


「あのねミモザ、彼らはその」


「俺はシーシェ、魔術師だ。投獄されたジュリエッタを王宮に送り届けるために、ずっと一緒に旅をしていたんだ」


 私の言葉にかぶせるようにして、シーシェがあっけらかんと自己紹介を始めてしまった。


 そこに混ざっていた不穏な言葉に、ミモザの美しい顔がこわばる。


 予想外の展開に、どう軌道修正したものか思いつかない。焦っている私の耳に、シーシェの軽やかな声が飛び込んでくる。


「あなたが、彼女の伴侶殿だろうか? 素晴らしく美しい方だとは聞いていたが、話に聞く以上だな」


「そうだよ、僕が彼女の伴侶。あなたたちが、ジュリエッタが会いにいったっていう魔術師なんだね。……それで、彼女が投獄って……いったいどういうことなのかな?」


 ミモザはいつも通りの柔らかい笑みを浮かべていた。……けれど、その金色の目は少しも笑っていない。


 それどころか、彼の目は今までに見たこともないくらい冷たい怒りをたたえていた。私とシーシェ以外の全員が、たじろぎながら後ろに下がってしまうくらいに。


 私が捕らえられたなんて聞いたら、間違いなくミモザは激怒する。だから最低限、そこだけでもぼかして説明しようと思ったのに。


 しかしシーシェときたら、よりによってど真ん中を踏み抜いてくれた。わざとやってるんじゃないかと思いたくなるくらい、的確に。


 内心じたんだを踏みながら、精いっぱい平静を装って話に割り込む。


「それはね、まあ色々とあって。ああ、ここにいる彼らは悪くないのよ。だからそうにらまないであげて」


「ジュリエッタ、彼らのことをかばってるの? それとも他に、悪い人がいるのかな」


 金の目を糸のように細めながら、ミモザがシーシェに向き直る。それでもシーシェはたじろぎもしない。


「……どうやらジュリエッタは教えてくれなさそうだね。そっちのあなた、シーシェって言ったよね。あなたが説明してくれないかな」


「おや、ミモザ様は俺をご指名か。光栄だ」


 シーシェはさわやかに笑うと、さらにあれこれと話し始めた。鈍いのか図太いのか、周囲に漂う不穏な空気をものともしていない。


 もうこうなったら、おとなしく成り行きを見守るしかない。ミモザがとんでもない行動に出そうになったら、その時は全力で止めよう。


 そう腹をくくって二人を見守っていたところ、真っ青な顔のメリナと目が合った。そろそろと彼女の横に移動し、小声で尋ねる。


「どうしたの、顔色が悪いわよ? ここはあきらめて、シーシェに任せましょう」


「いえ、その……それが一番恐ろしくて。彼は昔っから大雑把ですし、人の心の機微にはうといし、おまけにとってもがさつですし」


 メリナは恨めしげな目でシーシェを見すえながら、やはり小声でつぶやいている。


「彼が騒動を起こすたび、いっつも私が尻拭いするはめになって……大変でした」


 そんな彼女の言葉に、ぴんとくるものがあった。


「もしかしてあなたは、シーシェと長い付き合いだったりするの?」


「はい。魔術師になるよりも前、小さな子供の頃からずっと一緒に育ってきました。私たち、同じ村の出身なんです」


 つまり二人は、幼馴染ということなのだろう。二人の名前や面差しからは、どことなく異国の香りがしていた。同じ地方の出なのだろうなとは思っていたけれど、そうか、同じ村なのか。


 と、いけない。二人の会話から意識がそれてしまっていた。メリナがこれ以上青ざめなくて済むように、私がしっかりしないと。


「……とまあ、長の罠にはめられて、彼女は捕らえられてしまったんだ。あの時は俺も驚いた」


「へえ。結局、その長っていう人が全部悪いんだね。よく分かったよ。ところで、どうしてあなたはジュリエッタのことを呼び捨てにしているのかな?」


「ああ、それはそう呼びたいと思ったからだ」


「……図々しいね。まあ、彼女のことを変な目で見てるんじゃないってことは分かるから、大目に見てあげる。ジュリエッタもお世話になったみたいだし」


 遅かった。ちょっと現実逃避をしていた間に、話の一番重要なところは済んでしまっていたようだった。


 ミモザは穏やかに笑っているけれど、目が座っている。肌がぴりぴりするのは、彼が放っている殺気のようなもののせいだろうか。


「ねえシーシェ、その長がいる場所を教えてもらえるかな? ちょっと今から、お説教しに行きたいんだ。ジュリエッタの分も合わせて、たっぷりと」


「あの、ミモザ様!」


 冷ややかな笑顔でシーシェに迫るミモザを、メリナが必死に呼び止める。どうやら彼女なりに、シーシェに加勢するつもりなのだろう。健気だ。


「今ここから飛び立っていったら、さらに噂になってしまいます!」


 ただならぬ雰囲気をまとっているミモザが恐ろしいのか、メリナの膝はかすかに震えていた。それでも裏返った声ではきはきと指摘するメリナに、ミモザが目を丸くする。


「長に説教すること自体は止めません、むしろどんどんやって欲しいです!」


「そうなの?」


「はい! ですからミモザ様、長たちを王宮に連れ戻すのをどうか手伝ってください! その後でなら、存分にお説教ができます! 煮るなり焼くなり、お好きなだけどうぞ!」


 喋っているうちに落ち着きが戻ってきたのか、メリナはにっこりと微笑みながらそんなことを言っている。つられるようにして、ミモザの表情が少しだけ和らいだ。


「なるほど、そうきたか。それはいいな」


「あなたは黙ってて、シーシェ!」


 感心したようにつぶやくシーシェにぴしりと言い放って、メリナはさらに続ける。


「……それと、一つ謝らせてください。私たちがもっと早く、長の元を離れて王宮に戻っていたら、こんなことにはならなかったんです。本当にごめんなさい」


 そうして彼女は深々と頭を下げた。それにならうようにして、他の魔術師たちも頭を下げる。なんと、シーシェまで。


 しばらくして、ミモザはふうと息を吐く。さっきまでの殺気が、一気に薄れていった。


「……そうだね。色々と思うところはあるけれど……ひとまずみんなで王宮に戻ろうか。長をどうするかは、それから考える。ジュリエッタもそれでいい?」


「もちろんよ。あなたが思いとどまってくれて助かったわ」


「この度胸のある魔術師さんに免じて、ね。もちろん長のことは許してないけど」


 魔術師たちが顔を上げ、大きく安堵のため息をつく。そしてシーシェが、あっけらかんと言い放った。


「やはりメリナは頼もしいな。あれだけ怒っていたミモザ様を、一人でとりなしてしまった」


「そもそも誰が怒らせたと思ってるのよ! 馬鹿正直にそのまんま話すって、やっぱりあなたってほんと単純! 危機感ってものはないの!?」


 さっきまでの必死な様子から一転して、顔を赤くして騒ぐメリナ。シーシェはのんびりと、黒髪をかきながら答えている。


「本当に危なくなったらお前が何とかしてくれるって思うと、つい気が抜けてしまうんだ。やっぱり頼れる相棒がいるってのは、いいものだな」


「そっ、そんな言葉で丸め込もうったって、そうはいかないんだからね!」


「丸め込もうとしているんじゃなくて、俺の本音なんだが」


「うるさい! 女たらし! 女の敵!」


 メリナは地面をばたばたと踏み鳴らしながら、両手で頬を押さえてそんなことを叫んでいる。なんとも可愛らしい、微笑ましい光景だった。


 そんな彼女たちを優しい目で見つめていたミモザが、ふとこちらに向き直る。そうして、ひときわ大きく、あでやかに微笑みかけてきた。


「ともかく、あなたが無事で本当に良かった」


 そう言うなり、ミモザはしっかりと私を抱きしめてしまう。温かくて懐かしい匂いがして、とても心地良い。


「おかえり、ジュリエッタ」


「まだ帰路の途中よ? これから彼らを連れて、王宮に戻らなくちゃいけないんだから」


「あなたの戻る場所は、僕がいるところ。そうでしょう?」


 自信たっぷりに言い切るミモザに、つい笑みがもれる。しっかりと彼の首にすがりついて、その金色の目を間近で見つめた。


「そうね、その通りだわ。ただいま、ミモザ」


 街道のど真ん中で抱き合う私たちと、まだ元気よくやり合っているシーシェとメリナ。通り過ぎる旅人たちがいぶかしげな目を向ける中、私たちはしばらくそのままでいた。

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