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76.若き魔術師たち

 シーシェの前で仁王立ちしている少女は、首だけを器用に動かしてこちらをにらみつけてきた。眉間にくっきりとしわを刻んで。そんな表情をしていては美人が台無しだ。


「ねえあなた、どうかしたの?」


 こちらに向けられっぱなしの敵意をあえて無視して、ことさらに能天気に尋ねてみる。案の定、とげとげしい言葉が返ってきた。


「どうかしたの、じゃないわよ! あなた、魔女でしょう? だったらだいたい全部、あなたのせいですよね!」


「メリナ、それは言い過ぎだ。どちらかというと、というよりほとんど長が悪い。それはお前も分かっているだろう」


 なおもきゃんきゃんと吠え続ける少女を、シーシェが平然となだめている。やはり彼は、長に対しては風当たりが強い。


 メリナと呼ばれた少女は黒い目を細めてぷっと頬を膨らませたが、それ以上反論することはなかった。ちょうどその時、さらに数名の魔術師たちがこちらにやってきた。


「ああ、お前たちも来てたのか」


 シーシェは嬉しそうに、魔術師たちに話しかけている。


 良く見ると、ここにいる魔術師たちはみんな若い。十代後半から、二十代半ばくらいまでといったところか。長の配下が壮年や老年の男性ばかりだったことを考えると、かなりの違いだ。


「シーシェ、俺たちはついに決意したんだ。もうこれ以上ついていけないって」


「だから僕たちは、あそこを飛び出してきた。大回りして王宮に戻り、陛下に謝罪しようって」


 魔術師たちの言葉に、シーシェは目を丸くする。


「なんだ、そうなのか。俺もこれから王都に戻るところだし、ちょうどいいかもしれないな。……でも、人数が少なくないか? もう少し離反者は多いかと思ったんだが」


「みんながみんな、あなたみたいに思い切りが良いと思わないでよ。みんな、結構迷ってたんだから」


 私をのけ者にして、彼らはやけに盛り上がっている。なんでもいいけれど、早く宿場町で休みたい。


 こっそりとあくびを噛み殺していたら、魔術師たちが一斉に向き直った。メリナもふくれっつらをしたまま、同じようにじっと見つめてくる。


「……あら? あなたたち、どうしたの?」


 どういう訳か、私は全員の注目を浴びてしまっていたのだ。動揺を隠しつつ呼びかけると、、中の一人が進み出てきた。


 彼はちょっと緊張した面持ちで、ゆっくりと話しかけてくる。


「今ここに、私たちは長との決別を宣言します」


 突然始まった謎の意思表明に、ぽかんとしてしまう。


「私たちは長の命で、ずっと魔女様を観察し続けていました」


 観察って、いつからそんなことを。そう聞いてみたくはあったけれど、ひとまず話の腰を折らないように黙っておく。後でちゃんと聞き出そう。


 ただ、魔術師の後ろでメリナが得意そうな顔をしているから、たぶん彼女が噛んでいるのだろうなとは思う。


「魔女様は優れた力を持っています。なので長たちは、あなたのことを危険視しています。しかしあなたは国に害を及ぼすものではないと、ここにいる私たちはそう考えているのです」


 そういえばシーシェが前に、魔術師たちは大きく二つの派閥に分かれているとかそういったことを言っていたような気がする。


 確か……長と共に帰宅を拒んでいる駄々っ子年長組と、とにかく王宮に帰りたい合理的な年少組とに。


 話の流れからして、ここにいるのはその年少組の一部なのだろう。さっきシーシェが、やけに人数が少ないとか言っていたし。


「魔女様がとらわれたと聞いた時、私たちは行動を起こすことにしました。もう長と共にあることはできないと、そう思ったのです」


 彼女の言葉に、魔術師たちはうんうん大きくうなずいている。どことなく晴れやかな顔だ。


 どうやらため込んだ長への不満が、私の来訪と捕縛をきっかけとして爆発してしまったらしい。まあ、我慢しつづけているよりは健全かな。


「私たちは急ぎ、密かにあなたを逃がそうとしたのですが……私たちが駆けつけた時、あなたは既に脱走しておられました」


「ジュリエッタは加工の魔法の天才だからな。あんな牢を破るくらい、お手の物だ」


 口惜しそうにしている魔術師に、なぜかシーシェが得意げに説明した。黙って話を聞いていたメリナが、また鋭い目つきで彼をにらんでいる。


「……こほん。そして、私たちの中には偵察が得意な者もいます。あなたがシーシェと合流し、こちらの街道へ向かっていることはすぐに分かりました。だから先回りして、ここで待っていたのです」


「それは分かったんだけど……あなたたち、これからどうするの?」


 彼らがそこまでして私と合流しようとした、その理由がいまいち分からない。


 私は無事に脱走して、問題なく王都に向かっている。今さら手助けなど必要ないのだけれど。


 首をかしげる私に向かって、魔術師たちはてんでに頭を下げた。


「私たちは、これから王宮に戻ろうと思います。魔女様、どうかとりなしをお願いできませんか」


「とりなし、って……」


 わざわざとりなしてやらないといけないようなことが、何かあっただろうか。さらに訳が分からなくなって戸惑っていると、魔術師たちは恥じるように目を伏せた。


「帰還命令に従わなかったことで、きっと陛下や重臣の方々はお怒りのことと思います。長がいまだにファビオ様を帰していないのですから、なおさらです」


「あっ、ファビオね、すっかり忘れてたわ。……そう、まだあの岩山にいるのね」


 長の態度からして、たぶんファビオのほうはそうひどい目には合わされないだろうと思っていた。そしてそれ以上に、ミモザのことが気にかかってならなかった。そんなこんなで、ファビオのことをすっかり忘れていた。


 私のその言葉にシーシェが腹を抱えて笑い、メリナが呆れたような目でこちらをにらんでくる。ひとまずそちらの二人は置いておくことにして、他の魔術師たちに答えてやった。


「ええと、あなたたちが王宮に戻ることだけど……普通に受け入れられると思うわ。レオナルドもヴィットーリオも、純粋にあなたたちのことを心配しているだけだったし」


 この件について一番怒りそうなファビオは長のところだし、ロベルトはもともとかなりゆるくて大らかだ。魔術師たちが帰ってくるというのなら、細かいことは気にしないだろう。


 そして他の重臣たちも、なんだかんだで気のいい人物ばかりだ。まあ、だからこそ前の騒動において、彼らはあくどい連中にいいように振り回されてしまっていたのだけれど。


「そんなこと言って、私たちにもしものことがあったらどう責任取るんですか。シーシェが危ない目にあったら、絶対に許しませんから」


 メリナの鋭い言葉が、まっすぐに飛んでくる。彼女が私にきつく当たっている理由は、容易に推測がつく。


 そしてそれは、私が魔女だから、ということではない。彼女はとにもかくにも、シーシェの身を案じているのだ。あと、私とシーシェがちょっぴり親密に過ぎることも。


 年頃の乙女らしい思いを微笑ましく思いながら、にっこりと笑ってみせる。それでは、彼女の心配事を片付けてあげよう。


「苦情や反論は、いざとなったら力ずくで黙らせるわよ。私の力だけじゃ足りないけど、私には頼れる伴侶がいるもの」


 伴侶、という言葉を思いっきり強調して口にする。メリナはあっ、と言って目を見開いた。それから少し照れ臭そうに、おずおずと尋ねてくる。


「あの、その伴侶の方、なんですが……彼が白い竜だって、本当なんですか? ずっとそのことが、気になっていて」


「本当よ。王宮を偵察していたのなら、姿くらい見たことがあるんじゃない? 普段は白い髪に金の瞳の美青年、でもその真の姿は、王宮を解放したあの夜、城下町の上を飛んだ白い竜」


 話しているうちに、彼の面影が頭をよぎる。ほんの数日しか離れていないのに、早く会いたくてたまらない。


「もう百年は一緒にいるけれど、お互い浮気どころかよそ見もしてないわ。出会うべくして出会った、運命の相手かもね」


「そうなんですか……素敵、ですね」


 メリナがほんのちょっぴり頬を染めて、可愛らしくつぶやいた。どうやら彼女は、やっと私が恋敵ではないのだと理解してくれたらしい。


「……それにね、竜の姿がまた可愛らしいのよ。とっても綺麗なうろこに、大きくてすべすべの爪。目なんか私の身長よりも大きくて、吸い込まれそうに深い金色なのよ」


 つい勢いでそんなことを語ったら、魔術師たちは一斉に後ずさりした。何とも言えない微妙な顔をしている。私はそんなにおかしなことを言っただろうか。ミモザ、可愛いのに。


「あなたは本当に彼にぞっこんなんだな。俺も一度会ってみたいな」


 ただ一人、シーシェだけがけろりとしながら笑っている。


「王宮に戻れば、嫌でも会えるわよ。ところでメリナ、あなたはここから王都まで使い魔を飛ばせたりするのかしら」


 魔術師たちはあの岩山に暮らしながら、王宮の様子をずっと探っていると言っていた。だったらここから王宮まで、使い魔を飛ばすことだって可能かもしれない。


「あ、はい。造作もないことですが」


 半目になって呆然としていたメリナが、ぶるりと身震いしてから一つ大きくうなずいた。


「だったら、伝言なんかも運べたりしない? たぶん、早馬を飛ばすよりもっと速いでしょう?」


「え、ええ」


 畳みかけるように尋ねると、彼女は訳が分からない様子でもう一度うなずいた。そんな彼女のほうに身を乗り出しながら、勢い良く頼み込む。


「だったらお願い、大急ぎで知らせて欲しいことがあるの」


 私が王宮を発ってから、それなりに日にちが経ってしまっている。いい加減、ミモザも異常に気づいている筈だ。私の無事を、一刻も早く彼に知らせてやりたい。


 そう説明すると、メリナはふんふんとうなずき、大きく笑った。ずっとつんけんしていた彼女が見せた、初めての笑いだった。思った通り、とても可愛らしい。


「分かりました。そういうことなら、私が力になれます」


 メリナはちょっと得意げに笑うと、すっと手を差し出した。彼女の肩に止まっていた青い小鳥がふわりと飛び立ち、その手に舞い降りる。彼女は反対の手で、小さな紙片とペンを渡してきた。


「これに用件を書いてください。この子が目的地まで運びます」


 礼を言いながら、渡された紙片にペンを走らせる。少しだけ悩んで、こう書いた。


『私は無事よ。王都の東の街道にいるの』


 最後に、すぐ近くに見えている宿場町の名前を添えて、ここで一泊してからそちらに向かうつもりだと書き留める。魔術師たちのことや、シーシェについては帰ってからゆっくりと説明しよう。


 メリナは紙片を鳥にくわえさせながら、ちらりとこちらを見た。


「目的地は王宮、そこにあなたの伴侶がいるんですね?」


「ええ、たぶん。もし見つからなかったら、ヴィットーリオかロベルトにでも渡してもらればいいわ」


 私たちの行方不明という一大事に、ミモザが王都の外のあの小屋でおとなしくしているとは考えにくかった。最新の情報をすぐに得られるように、王宮のどこかに居座っているに違いない。


「分かりました。……それじゃあ、行っておいで」


 メリナの言葉にこたえるように、小鳥が南へと飛んでいく。私たちが見送る中、その青はあっという間に見えなくなってしまった。




 その半日ほど後、月のない真夜中頃。


 南西の空から飛んできた大きな白い竜が、宿場町の近くの森に突っ込み、すぐに姿を消した。

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