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45.冬空の旅路

「じゃあ、予定を変更して王都に向かうわよ」


 次の日の朝食の席で、私はいきなりそう言ってのけた。


 しかしミモザとロベルトは何も尋ねることなく、ただゆったりとうなずいていた。もしかしたら二人とも、こうなることを予期していたのかもしれない。


 ヴィットーリオは口をつぐんだまま真剣な顔をしていたけれど、昨日までのふさぎ込んだ様子はかなり薄れていた。その青い目には、希望のかけらのようなきらめきがある。


「という訳だから、具体的にどうするかこれから決めるわよ」


 そうして朝食をとりながら、今後について話し合う。


 昨日の夜もそうだったけれど、広い食堂には私たち以外の客はいない。そのせいか、妙に静まり返ってしまっている。自然とみんな声をひそめ、わずかに前のめりになっていた。


「で、どうやって王都に向かうかなんだけど……やっぱり、飛んでいくのが一番早いとは思うの」


「それなんだけど」


 私のひそひそ声に、ミモザがやはり限界まで押し殺した声で答える。


「小屋からならまっすぐ王都へ飛べるんだけど、ここからだとちょっと回り道しないと駄目だと思う。街道沿いの人里が多すぎて」


「だったら一度小屋まで戻って、それからまっすぐに南に飛ぶことになるのかしら」


「うん。人数が多い分、いつもよりゆっくり飛ぶことになるから……急いでも半月くらいはかかるかな?」


「思ったよりは長旅になりそうね。しかも小屋に戻るまでは、また昼夜反転の旅だから……」


 そこまで言って、二人でちらりとロベルトを見る。彼は情けないうめき声を上げ、ぶるりと身震いした。


「半月も昼夜反転の旅というのは、その……厳しいですね。弱音を吐くようで誠に申し訳ないのですが。しかし黙っていて、結果として足手まといになるのも……」


「ロベルト、泣き言をいうものではない。私たちが遅れた分、民の苦しみは長引くのだ」


 そうたしなめるヴィットーリオの目も、かすかな不安に揺れている。ミモザがそんな二人に笑いかけた。苦笑するように眉を寄せている。


「二人とも長旅には不慣れなんだし、仕方ないよ。馬車がなかったらもう少し速度を出せるんだけど……」


「その場合、荷物の大半はバルガスに預けるとして……二人には、ミモザの手に乗ってもらうことになるかしら」


 そうして、ミモザと二人でヴィットーリオたちを見る。二人はちょっぴり嬉しそうな、でもとても複雑な顔をしていた。


「……うん、それはやめておいたほうがよさそうだね。僕に乗り慣れているあなたと違って、たぶん二人はあっという間に疲れ果てるだろうし。王都は安全じゃないだろうし、できるだけ体力は残しておかないと」


 ミモザがそう言うと、二人はあからさまにほっとした顔をした。やはり竜の手に乗って空を飛ぶのは、少々怖かったらしい。


「だったら決まりね。今借りてる馬を買い取って、このまま陸路で行きましょうか。ふふ、やっと私お手製の馬車の出番が来たわ」


 私の言葉に、三人は揃ってうなずいた。ここからなら、一か月ほどで王都にたどり着けるはずだ。ちょっと長旅にはなるけれど、毎晩ちゃんと宿で休めるのは大きい。


 もっとも街道の旅だと、近衛兵などにうっかり出くわすかもしれない。ただこちらについては、私はさほど気にしていなかった。もし出くわしてしまったら、片っ端から叩きのめせばいいだけの話だ。


 とにかく今は、ヴィットーリオとロベルトを元気なまま王都に連れていく。そのことだけを考えよう。


 無言のまま、ミモザと目を見かわす。彼もまた、私と同じようなことを考えているようだった。




 食事を終えると、さっそく旅立ちの準備を始めた。荷造りを済ませ、バルガスに伝言を頼んだ。


 ちょっと予定が変わって、南に向かうことになったの。もしかしたら、また今度隣国に向かうことになるかもしれないから、その時はまた隣国の話を聞かせてね、と。


 それから馬を借りていた店に向かい、馬たちを買い取った。荷物をぎゅうぎゅうに詰め込んであるこの馬車は二頭で引くにはちょっと重いようだったので、さらにもう二頭買い取った。


 ぱぱっと加工の魔法を使い、馬をつなぐ棒をちょっと変形させれば、二頭引きの馬車があっという間に四頭引きの馬車に化ける。


 準備を整え、さあ街から出ようかなと馬車を南門に向かわせる。すると門の前に、バルガスたちが集まっているのが見えた。


 どうやら彼らは、私たちを見送りに来てくれたらしい。隣国との取引が再開できたからなのか、彼らの顔はとても明るかった。


「よう、伝言聞いたぞ。南って、どこに向かうんだ?」


 朗らかに笑うバルガスに、ちょっとためらいながら答える。


「その、王都に向かうことになったのよ。色々あって」


「王都だあ?」


 私の言葉に、バルガスたちが一様に不快感をあらわにした。この街の人間たちは王都のことをよく思っていない。そのことはかなり昔に聞いた。


 でも、そんな思いがここまで露骨に顔に出るなんて。今のめちゃくちゃな政治に対する恨みもあるのだろうか。


 まずいものでものみ込んだような顔をしていたバルガスが、ふうとため息をついてまた笑った。


「……まあ、あんたらのことだ、何か訳ありなんだろう。気をつけてな。……それと、ロベルト」


「はい、なんでしょう」


「あんたが教えてくれた商売のやり方だが、他の連中にも教えてやろうと思う。ありがとうな」


「ぜひともそうしてください。この街の復興に助力できるなら幸いです」


 二人の意外な会話に、思わず割り込まずにはいられなかった。


「ロベルト、あなた商売のやり方なんて知ってたの?」


 するとロベルトは、優雅に微笑んで片目をつぶってみせた。


「商売のやり方、財産の管理、他者との交渉……そういったことこそ、私の専門ですから」


「……ただの口がうまくて調子がいいひ弱な側近じゃなかったのね。道理で、やたらと他人を丸め込むのがうまいと思ったわ」


「おかげで幾度となく、危地をくぐり抜けることができました。この弁舌は、我が誇りにございます」


「弁舌の百分の一でいいから、肉体的な強さに回せることができればよかったのにね……」


「ええ。私もここまで自分がひ弱だと、貴女のもとで暮らすまで気づきませんでした。かくなる上は、この弁舌にさらなる磨きをかけることにしようかと」


「これ以上? なんだか、ちょっと恐ろしくもあるわね」


 呆然としながらそんな会話を交わし、ふとヴィットーリオに目をやる。


 私たちのやり取りがおかしかったのか、彼は無言で笑いをこらえていた。昨晩はあんなに大人びていた彼は、また年相応の子供の顔をしていた。そのことが、とても嬉しかった。




 バルガスたちに見送られて、意気揚々と街を離れた。見送ってくれた人たちは、みな笑顔だった。その姿に、かつてのこの街の姿が重なる。笑顔と活気に満ちた、明るい街。


 もしかしたら、この旅の先に希望があるのかもしれない。あの街を元の姿に戻す、そんな未来が。


 その可能性は低いように思えた。でも、ほんの少しでも希望が生まれたということは、それだけでちょっと気分を軽くしてくれる。


 かすかに微笑みながら、ミモザと並んで前を向く。ヴィットーリオとロベルトは、馬車の中に隠れている。余計な面倒事に巻き込まれないように。


 でも、そんな浮かれた気分もそう長くは続かなかった。


「やっぱり、こっちも旅人が減ってるね」


 手綱を取りながら、ミモザがぽつりとつぶやく。


 前にこの街道を通ったのは、ヴィートの招待を受けた時のことだったか。あの男はわざわざ騎士なんかを、それも二人もよこしてきて。


 王の守りであり手足である近衛兵たちと違って、騎士たちは自分の信念や正義に基づき、王に意見することが許されている。王は彼らを好き勝手に動かすことはできない。


 だから王が精いっぱいの誠意を示したい場合には、騎士を使者とする。それがこの国の、古くからのならわしだった。


「そうね。前はあんなにたくさんの人や馬車がいたのにね」


 ほろ苦い記憶を押し込んで、まっすぐにのびている街道を見つめる。人っ子一人見えない。


「政治一つで、こんなに変わってしまうものなのね……そう考えると、ヴィートは単細胞なりに良くやってたのかもね」


 ヴィットーリオにそっくりな、因縁の相手。あの男にうけた仕打ちは、今でも許し切れてはいない。けれど客観的に見れば、彼はそれなりにいい為政者だったのだろうな。


 駄目だ、どんどん気持ちが暗くなる。助けを求めるように見上げた空は、分厚い灰色の雲に閉ざされていた。しかもちらちらと、白いものが舞い降りてきた。


「寒いと思ったら、雪が降ってるわ。……これからもっと寒くなるのね」


「考えてみたら、僕たちが冬に旅をするのは初めてだね」


「そうね。いつもは空を飛んで野宿だから、寒い季節は避けていたし」


 風よけの肩掛けをきっちりと巻き直し、隣のミモザに寄り添う。彼は手綱から片手を離して、私の肩に腕を回してきた。愛おしい重みと温かさに、顔が緩む。


「長く生きていても、まだ初めての体験はたくさんあるんだね」


「きっとこれからも、まだまだ色んなことが起こるわ。そんな気がするの」


「僕もだよ。たぶん、あの二人のおかげかな」


 絶え間なく降り続く雪の中、私たちはそんなことを話し続けていた。


 そうして二人でいると、もうすぐ本格的な冬が来ることも、危険が待ち構えているであろう王都に近づいていることも、全く気にならなかった。




 やがて、宿場町が見えてきた。そこで一泊し、また馬車で走り出す。そんなことを繰り返して、少しずつ王都に近づいていった。


 それにつれて少しずつ人が増え、宿場町もにぎわいを取り戻し始めた。無残な姿になっていた東の街と比べて、王都の周囲はそこまでさびれていないようだった。


「この辺は……昔とあんまり変わってないね」


「そうね。ちょっと複雑な気分だわ。東の街はあんなに苦しんでいたのに……」


 そんなことを話しつつ、ただひたすらに進む。ヴィットーリオとロベルトも元気にしていた。ロベルトを教師として、授業のようなことをしているのだそうだ。


 旅は順調だ。この分なら、思ったよりもずっと早く王都につけるかもしれない。


 けれど、そうやって油断していたのがよくなかった。ちょっと雲行きが怪しいかなと思いながらも、もう一つ先の宿場町で泊まろうと考えて、少し先を急いだ。


 その結果、私たちは道の途中で猛吹雪に襲われてしまったのだった。

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