43.ちっぽけな反乱
二日後の朝。私はミモザと共に、国境にかかる橋に向かっていた。背後に、多くの男たちを従えて。
昨日おとといの二日間、私たちはみっちりと話し合って作戦を練っていた。最終的には力任せの突撃になるだろうなと思っていたけれど、それでもちゃんと打ち合わせはしておいたほうがいい。
「ちょっと待ってくれ、あんたも橋に突撃するのか? みんなを励ましてくれるだけでいいんだよ。俺たちが生きていくための戦いに、あんたを巻き込むのも……」
バルガスたちは最初、そう言って私を止めようとしていた。図々しく私を巻き込んでおきながら、妙なところで律儀だ。
「でも、あなたたちは戦ったことなんてないでしょう? 怪我人なら手当てしてあげられるけど、死人はどうしようもないわよ」
「だからって、あんたが出なくても……どう見ても、戦えるようには見えないぞ?」
その言葉に、周囲の男たちがうんうんとうなずく。どうやら彼らは、私のことを見た目通りのか弱い女性だと思っているらしい。
人差し指を立てて、軽く振りながらにやりと笑ってみせる。
「私は戦えるわ。魔法が使えるもの。ミモザと二人いれば、三十人の兵士くらい楽勝よ」
実のところその人数なら、私一人でも楽勝だ。それにミモザが竜の姿に戻れば、それこそ軍の一つや二つくらいはすぐに壊滅させられると思う。もちろん、このことは内緒だけれど。
「それに、私たちは昔から、よくこっそり遊びにきてたの。お気に入りなのよ、ここ。だからこの街の人たちが上に逆らってでも国境を開放することを望むなら、手伝ってあげたい」
そう言い切ると、みんなが驚いたような顔になり、それから嬉しそうに顔をゆがめた。
「という訳で、当日は私も橋に向かうわ。なんなら、先頭に立ちましょうか? 私はこの街の者でもないから、兵士たちに顔を覚えられたところで痛くもかゆくもないし」
圧倒されたのか、バルガスたちが感動したような顔で黙り込む。そんな中、ミモザがのんびりと口を開いた。
「あなたって、やっぱりお人好しだね。でもそんなところが、素敵なんだけど。もちろん、僕も付き合うよ。二人でみんなを率いてみるのも面白そうだし」
「よろしくね、ミモザ。きっと兵士たち、驚くでしょうね。楽しみ」
「ふふ、絶対に驚くよ。……久しぶりに、とってもわくわくするね」
くすくすと親しげに笑い合う私たちを、バルガスたちは何とも言えない表情で見ていた。
そうしてついに今日、私たちは橋の前までやってきたのだった。
谷にかかるこの橋には、両側に門が作られ、その隣には見張り小屋が建てられている。橋のこちら側の門はこの国が、あちら側の門は隣国が管理しているのだ。
門の前は、何もない広場になっている。そこに集まった、ざっと百名以上はいる屈強な男の群れと、その前に立つほっそりとした若い美男美女。
その奇妙な状況に驚いたのか、門を守る兵士が目を丸くしている。さらに見張り小屋から、次々と兵士が姿を現した。
だいたいみんな出てきたかな。兵士の数を目でさっと数え、大きく息を吸う。
「そこ、どいてちょうだい。この橋の封鎖は解かせてもらうわ」
「な、何を言うか!」
さらりと言った私に、兵士たちは一斉に剣やら槍やらを向けてきた。ちょっと脅して追い払おうというつもりだろう。
あいにくと、私たちに脅しは通じない。ミモザと並んで、涼しい顔で歩き出す。後ろの男たちも、きれいに列を組んでついてきているはずだ。
そんな私たちの態度に恐れをなしたのか、兵士たちが身じろぎした。中の一人が、声を張り上げる。
「止まれ! この橋は、陛下の命により封鎖されている!」
陛下。その言葉に胸が痛くなった。それは幼くしてお飾りの王にされてしまった、ヴィットーリオの弟なのだから。今ここに、ヴィットーリオがいなくてよかった。
子供のヴィットーリオと、荒事にはまるで向いていないロベルトの二人は、東の区画で私たちの帰りを待っている。
ヴィットーリオは、ずっとついてきたがっていた。民たちが危地に身を投じるのなら、自分も向かうべきだと言って。
王の配下である兵士たちと、王の民でありながらその統治に逆らう民たち。そんな二者が激突するところなんて、あの子には見せたくない。
言葉にはしなかったけれど、ロベルトやミモザも同じように考えているようだった。
なので彼には、「万が一の場合にすぐ逃げられるように、馬車の番をお願い」と頼んでおいたのだ。それは半分本当で、半分嘘だった。
「止まるもんかよ!!」
うっかり物思いにふけってしまっていた私を、バルガスの野太い声が現実に引き戻す。
「俺たちは、生きるためにここに来た! お前たちにはどいてもらうぞ!」
彼の怒号に、周囲の男たちも一斉に声を張り上げる。その勢いに、兵士たちが明らかにうろたえた。
あくまでも兵士たちは、任務を遂行しているだけだ。それが仕事だからなのか、それとも王への忠誠心からくるものか。
それは分からない。けど、私たちの行く手に立ちふさがるというのなら、力ずくでもどいてもらうまで。
そう割り切って、手を前に突き出し魔法を放つ。前に近衛兵にぶつけたのと同じもの、ふわふわと空から舞い降りる光る雪だ。
もっともかなり威力を下げてあるので、触れてもちょっと火傷する程度で済む。あの近衛兵たちよりもこの兵士たちのほうが、ずっとやる気とか戦意とかが低そうだったし。
しかし、効果は抜群だった。というか、抜群すぎた。
予想外の事態に腰が引けていた兵士たちは、突然自分たちを襲った未知の魔法にすっかりおびえてしまったのだ。
彼らは武器を取り落とし、悲鳴を上げながら見張り小屋へと戻っていこうとする。バルガスたちは手際よく、兵士を一人ずつ取り囲んでは縛り上げていく。
外の騒ぎを聞きつけたのか、見張り小屋からさらに兵士が現れた……次の瞬間、彼らもまた縄でぐるぐる巻きにされていた。いっそ清々しいほど見事な流れ作業だった。
やがて辺りが、しんと静まり返る。どうやら兵士は、全部捕まえられたらしい。
「思ったより簡単だったね、ジュリエッタ。怪我人が出なくて良かった」
私の隣でのんびりと成り行きを見守っていたミモザが、にっこり笑ってそう言った。何とものどかな秋の太陽が、私たちと兵士たちを優しく照らしていた。
それから男たちは手分けして、兵士を東の区画に運び込み始めた。
同時に、バルガス率いる数名は橋を渡って隣国側に向かっていた。私とミモザもバルガスについていく。何かあった場合に備えて、というよりも、ちょっと面白そうだから見物するために。
私たちの大騒ぎは隣国側にも聞こえていたらしく、隣国の兵士たちと、あとなぜか行商人らしき男性たちが、首を揃えてこちらの様子をうかがっている。
バルガスはのしのしと橋を歩きながら、彼らに向かって朗らかに手を振る。
「おう、騒がせて済まなかったな。この橋の封鎖は解けたぜ」
その言葉に、行商人たちの顔が輝く。満面に笑みを浮かべて喜ぶ彼らを、隣国の兵士たちが見守っている。
「ああ、よかった……」
「これで、命がけで崖を上り下りしなくても済むな……」
封鎖された橋のところに、どうして行商人がいるのだろう。そう思っていたのだけれど、どうやら彼らもバルガスと同じように、こっそりと国境を越えていたようだった。
しかもおそらく、隣国の兵士たちは彼らに協力していたらしい。ぎすぎすしたこっちとは大違いだ。
行商人たちは隣国の兵士に会釈して、うきうきとした足取りで橋を渡っていく。それを見ながら、ミモザがきょとんとした顔でつぶやく。
「バルガス、あの人たちはみんな闇商人なの?」
その言葉に、バルガスはぷっと吹き出した。心底おかしそうに、声をひそめる。
「まあ、うちの国に正規の税を払ってないって意味では、そうなんだろうな。あと、国境をこっそり越えてたって意味でもそうだな」
「面倒だね。僕たちからすれば、税も国境も関係ないのに」
そんなことを話していたら、隣国の兵士が一人、のんびりこっちへやってきた。
「見張り小屋の三階から遠眼鏡で見てました。そちらの国は、大変そうですね」
彼は国境を守る兵士とは思えないほど、緊張感というものがなかった。彼だけではなく、ここにいる隣国の兵士はみんな、兵士というよりもむしろ兵士のように見える。
バルガスが肩をすくめて、隣国の兵士に答えている。
「まあな。あんたらの国がうらやましいぜ。大きくて、安定していて」
「移民でしたら、いつでも大歓迎ですよ。我が国はいつも人手が足りないんです。最近、周囲の小国を属国として取り込みましたし、開拓も進んでいますから」
そう言うと隣国の兵士は、にっこりと笑った。
「……兵士をぶちのめしてしまうような度胸の持ち主であれば、なおさら歓迎です」
「誘ってくれてありがとよ。でもまあ、もう少しこちらで頑張ってみるさ。俺たちも、まだ自分の街に愛着があるんでな」
「そうですか。ではのんびりとお待ちしていますね」
隣国の兵士に見送られて街の方に戻りながら、胸の中で考えていた。今の話を聞いたら、ヴィットーリオはどう思うのかしら、と。
はっきりとは言えない。けれど、きっと彼は苦しむのだと思う。自由に豊かに生きる隣国の民と、虐げられた自国の民とを比べて。
だから、足を止めることなく口を開いた。
「今の話、ヴィットーリオには内緒にして欲しいの。あの子は優しいから、隣国のことなんて知らないほうがいいわ」
ミモザとバルガス、それについてきていた男たちは、みんな素直にうなずいてくれた。
そうして私たちが東の区画に戻ると、ひどく心配そうな顔をしたヴィットーリオが駆け寄ってきた。その後ろのロベルトも、ほっとした顔をしている。
「ジュリエッタ様、ミモザ様、ご無事で本当に良かった」
「心配しすぎよ、ヴィットーリオ。私が強いのは知っているでしょう? それに、いざとなったらミモザがいるし」
「僕が奥の手を使えば、そこらの人間なんか目じゃないしね」
「それでも、もしかしたら、と思わずにはいられなかったのです。貴女がたの身に何かあったら、と」
悲しそうにしているヴィットーリオの頭に手を置いて、思いっきりなで回す。
「ふふ、本当にあなたは心配性なんだから。……本当に、優しい子」
さっきまでしょんぼりとしていた彼が、ぱっと顔を赤らめて目を見開いた。
「あの、ありがとうございます、ジュリエッタ様。ですがその……恥ずかしいです」
そうやってヴィットーリオとじゃれあっていたら、ロベルトがそっとつぶやいた。
「これで、この街も大丈夫でしょう。……しばらくは」
彼の言いたいことは分かる。ひとまず、力ずくで国境を解放することには成功した。
けれどそれを知った王都の連中が、この街に軍を差し向けてこないとも限らない。最悪、王都と東の街との間で全面戦争になってしまう可能性もある。
「結局、根本的な解決にはなっていないのよね……」
ヴィットーリオに聞こえないように、ため息交じりにそうつぶやいた。悩ましい胸の内とは裏腹に、やはり太陽は穏やかに輝いていた。




