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36.子供のいる風景

 しばらくして、三人が遠泳から戻ってきた。


 と思ったら、今度は浅瀬で魚捕りを始めた。拾ってきた木の枝を削ったもりで、子供のようにはしゃぎながら魚を突いている。


 優雅に木陰で涼みながら、そんな三人をのんびりと眺める。彼らの会話が、風に乗って聞こえてきた。


「うまいよ、ヴィットーリオ。もっと魔法がうまくなったら、水の魔法で魚を周囲の水ごとすくい上げてみてもいいね。ジュリエッタはそうやって魚を捕ってるんだ」


「わあ……それは面白そうですね。頑張って、魔法をもっと勉強します」


「その意気です、ヴィットーリオ様」


「ロベルトも頑張ってみたら? って言いたいところだけど、あんまり向いてないみたいだしね……」


「ええ。人間、得手不得手というものがございます。世の中には様々な漁があるとは聞いていましたが、もりも中々面白いものですね」


「漁か……僕がまだ小さかった頃は、竜の姿に戻って素潜りをしてたっけ。……この湖でなら、まだできるかな。結構深そうだし」


 懐かしそうに笑うミモザに、ロベルトがすぐに食いついてきた。


「ミモザ様にも小さい頃があったのでしょうか? 想像もつきません」


 その言葉に、笑いながら会話に加わる。木陰を出たら、やっぱりちょっと暑かった。


「もちろんあったわよ。私と初めて会った時は、これくらいの小さな竜だったの。可愛かったわ」


 両手で大きさを示してみせると、今度はヴィットーリオが目を丸くした。驚きと感動が入り混じったような顔で、じっとミモザを見つめている。


「ちょうど、犬くらいの大きさですね。それがあそこまで大きくなるなんて……世の中には、不思議なこともあるものですね」


「そうね。あの頃のミモザったら、とにかくものすごい勢いで育っていったし、ある日突然人の姿になっちゃうし。とにかく常識が通用しないのよ」


「そのような存在と共に暮らすことを決められたジュリエッタの懐の広さ、感服いたします」


 ロベルトもまた、きらきらした目で私とミモザを交互に見ている。こういうところは子供のころから変わらない。


「似たようなことはミモザにも言われたわね。普通、そんな生き物を家に上げたりしないよって。そもそも、家に入れてってごねてたのはミモザのほうなのに」


「ミモザ様が、ごねていたんですか?」


「おや、それは初耳ですね。今はとても思慮深い若者のようですが」


「そうなのよ。とっても哀れな声で、きゅうきゅう泣いていて」


 彼と初めて会った日のことを思い出しながら語っていたら、当の本人の声が割り込んできた。


「ちょっと、いつまで僕の話で盛り上がってるのさ。ほら、早く魚捕りに戻ろうよ」


 そう言いながら背を向けたミモザの頬が赤いように見えたのは、暑さのせいだけではなかったのだと思う。




 ひとしきり大騒ぎして、それからみんなでお弁当。食後は、ゆっくりと木陰で涼む。


 二人の面倒を見始めてからというもの、毎日がとてもあわただしかったので、こんな風にのんびりするのは久しぶりだ。


 ヴィットーリオは騒ぎ疲れたのか、丸めたカバンを枕代わりにして大の字で眠っている。起きている間はなかなか見ることのできない、あどけない表情だった。


 そのすぐ近くでロベルトが彼を守るようにしながら、優しく見守っている。


 私とミモザは、ヴィットーリオを起こさないよう少し離れたところに座っていた。湖を渡る涼しい風に吹かれながら、ゆっくりと語り合う。


「やっぱり、あの子たちを息抜きに連れ出して良かったわ。見て、あのヴィットーリオの寝顔」


「可愛いね。……昔の僕も、あんな感じだったのかな」


「そうね、あなたもとっても可愛かったけど……あなたはもっと無邪気で、そのくせ妙に大人びてたわ。ヴィットーリオのほうが、むしろ年相応ね」


「そうだった? 僕は普通の子供だったと思うんだけどな」


「一年で数年ぶん大きくなる子供を、普通とは言わないわ」


 とぼけるミモザに言葉を返し、そのまま二人でくすくすと笑い合う。そうしているうちに、自然と穏やかな沈黙が流れていた。かすかな波の音が、耳に心地よい。


 心地よい水辺。隣にはミモザ。ゆったりと眠るヴィットーリオ。彼を見守るロベルト。


 そんなものに思いをはせていたら、ふと言葉がこぼれ出た。


「……子供がいるっていうのも、いいものね」


「そうだね。僕たちに子供がいたら、こんな感じなのかな」


 ミモザたち竜は、一人前になる時に他の生き物に姿を変える能力を得る。そう、以前彼から聞いている。


 といっても、何にでもなれる訳ではない。例えばミモザであれば、変われるのはこの人間の姿だけだ。


 ミモザの先代の竜は、白い狼の姿になることができたのだそうだ。何の姿に変われるのかは、竜ごとに違う。共に生きたい相手と同じ姿に変わるのだと、そうミモザは言っていた。


 そうして彼は人間の姿をとるようになっていたけれど、人間と交わって子をなせるのかどうかは分からないらしい。


 実際、百年近く一緒に暮らしているにもかかわらず、私たちの間にも子はいなかった。


「……もしかしたら、これから授かってしまうかもしれないわね。私たちの時間は、まだまだこれからなのだし」


 竜の寿命は数百年以上ある。そして私も、彼からもらっている竜の秘薬で彼と同じ時を生きている。私たちにとって百年とは、まだ人生の序盤に過ぎない。


「だったら、これは予行演習みたいなものかな。子供を授かる前に練習しておきなさいって、きっと神様が気を利かせてくれたんだよ」


「そう考えると、何だかくすぐったいわね。……あなたのこともヴィットーリオたちのことも、最初は迷い犬を拾ったくらいの感覚だったのよ。それなのに、いつの間にかずいぶん情がわいてしまったわ」


「ふふっ、やっぱりあなたはお人好しだよね。僕、最初に出会ったのがあなたで本当に良かった。愛してるよ、ジュリエッタ」


「もう、こんなところでいきなり何を言い出すのよ」


 恥ずかしさにそっぽを向くと、ミモザは座ったまま私の肩を抱き寄せてきた。気のせいかロベルトの視線を感じたけれど、それは無視してミモザにそっと寄りかかった。


 目を閉じて彼のぬくもりを感じているうちに、いつしか私もまどろみの中に落ちていった。




 日が傾き始めた頃、ミモザがそっと私を揺すって起こしてくれた。見ると、ヴィットーリオももう起きていて、ロベルトと波打ち際で何か話している。


「そろそろ帰りましょうか。みんなが捕ってくれた魚で、晩御飯にしましょう」


 そう声をかけると、二人は同時に振り向いた。穏やかに微笑むロベルトと、嬉しそうに笑うヴィットーリオ。


 ひょんなことから、彼らと一緒に暮らすことになった。けれど今では、彼らはすっかり私たちの暮らしに溶けこんで、家族のような存在になってしまっている。二人の笑顔を見ていると、そのことを実感できた。


 二人きりの静かな生活とは違うけれど、こういう暮らしも悪くない。


 できることなら、こんな平和な日々がずっと続きますように。みんなの他愛ない話に花を咲かせながら、そっとそう祈っていた。

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