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31.彼らの面倒な事情

 突然やってきた二人を、仕方なく小屋に招き入れることにした。


 それはそうとして、ここには私とミモザの椅子しかない。ロベルトはどうぞお構いなくと言って礼儀正しく立っているけれど、それはそれで落ち着かない。


 結局私とヴィットーリオが椅子に座り、ミモザとロベルトは適当な木箱に腰を下ろすことになった。


「こうなったら遠慮なく聞くけれど、あなたたちが追放されることになった理由は何? それによって、あなたたちをどうするか決めるから」


 そう言い切った私を見て、かいがいしくお茶を入れていたミモザが苦笑する。


 相変わらず不安げなヴィットーリオに微笑みかけてから、ロベルトがゆっくりと答えた。


「心配は無用です、魔女様。私たちはごくありふれた、勢力争いの敗者にございます」


「それ、本当にありふれているの? 少なくとも僕は初耳だよ」


 堂々としたロベルトの言葉に、ミモザがすかさず合いの手を入れている。


「私も初耳よ。でもそれなら、あなたたちが警戒しているのも納得ね。政敵の気が変わったら、追放じゃなくて暗殺されるかもしれないし」


 遠慮のない私の言葉に、ヴィットーリオがびくりと震えた。いけない、脅かし過ぎちゃったかも。


「はい。ですので私たちは、決して目立つことなく、静かに隠れ住みたいのです。そのために、ぜひ貴女がたの力をお貸しいただければと」


 ロベルトは穏やかに微笑んだまま、図々しく頼み込んでくる。かなり押しが強い。


 にもかかわらず、彼にはどこか憎めないものがあった。その理由が分かりそうで分からない。なんだろう、この感じ。


 そんなむずむずする感覚を頭の隅に追いやって、ため息をついて首を横に振る。


「それはそうとして、政敵たちはどうしてこの辺境を追放先に選んだのかしらね。ここには魔女がいるんだって、分かっているでしょうに」


「それなのですが、実は」


 ロベルトが茶目っ気たっぷりに片目をつぶり、声をひそめた。


 つられて私とミモザが身を乗り出す。なぜか、ヴィットーリオがついと視線をそらした。


「……本来であれば、私たちはもっと西の方、街道の果てに追放されるはずだったのです」


 思いもかけない言葉に、ただぽかんとすることしかできない私とミモザ。ロベルトはよどみなく、堂々と話し続けている。


「護送の兵士を言いくるめて、ここに連れてきてもらいました。彼らもさっさと私たちを放り出すことができて、楽ができたと喜んでおりましたよ」


「何それ、頭が痛いわ……」


「うわあ……予想外の事情だった」


 ミモザと二人、まじまじとロベルトを見つめる。ロベルトは全く動じていないけれど、ヴィットーリオは居心地悪そうに身をすくめていた。


「で、どうしてそんなことになったのか、きちんと教えてもらえるかしら?」


 頭を抱えてため息まじりにそう尋ねると、ロベルトの雰囲気が変わった。さっきまでのひょうひょうとしたものから、誠実そうで真剣なものに。


「ヴィットーリオ様をお守りすることが、私の全てです。そのためなら、どんなことでもすると決めました」


 ヴィットーリオが苦しげに、目をぎゅっと細める。


「ですが今、ヴィットーリオ様は危地におられます。この状況を打開するために、貴女の力を借りようと思ったのです」


「見上げた忠誠心ね」


 皮肉っぽくつぶやきながらも、彼の言葉に共感している自分がいた。


 大切なもののためなら何でもする。私も、そうだった。ミモザを一人にしたくない、ただそれだけの理由で、私は人間としての時間を捨てた。


 たぶん、ロベルトも私と同じようなものなんだろう。


「……でもね、ロベルト。私があなたたちの話を聞かずに、そのまま森の外に放り出してしまうかもとは思わなかったの?」


 彼の思いを試すように、わざと意地悪っぽく尋ねてみた。


 しかし彼は少しも動じることなく、まっすぐにこちらを見つめてきた。真剣そのものの強い光が、その目に宿っている。


「貴女は慈悲深い方だと、私はよく知っております。必ずや私たちの話を聞いてくださると、そして力になってくださると、そう確信しておりました」


「……ずいぶんと自信たっぷりに言うのね。何か根拠でもあるの?」


「はい、かつて貴女がヴィート様に薬の処方箋を渡されたところを、私はしっかりと見ておりました」


 その言葉に、目を大きく見開いた。


 私がヴィートに薬の処方箋を渡したのは、ただ一度きり。私がヴィートに呼び出されて、王都に行ったあの時のことだ。


 そしてその場にいたのは、私とミモザ、ヴィート、そしてあと一人だけ。


 でも、まさか、そんな。困惑する私にはお構いなしに、ロベルトは言葉を続けた。


「遥かな昔、ヴィート様は貴女をいわれなき罪で追放されてしまいました。にもかかわらず、貴女はヴィート様を診てくださった。これを慈悲深いと言わずして、何と言うのでしょう」


「ちょ、ちょっと待って。もしかして、あなたは……」


 うっとりと話し続けるロベルトを手で制して、恐る恐る尋ねてみる。


 彼が私とヴィートとの因縁を知っているということにも驚いたけれど、それよりも先に確かめたいことがあった。


「……あの時私たちを案内してくれた、従者の少年、なの?」


「ご名答です、魔女様」


 目を思いっきり見開いて、穴が空くほどロベルトを凝視する。


 はっきりとは覚えていない。でも言われてみれば、あの時の少年の面影があるような気がしなくもない。


 しかし人間、たった数十年でここまで変わるのだろうか。


 生真面目で可愛らしい十代の少年が、口が達者でひょうひょうとしたお茶目な四十男に化けるなんて、誰が思うだろうか。


 長く生きてきて、たくさんの人間の成長を見てきたけれど、彼ほど変わってしまった人間を他に知らない。


「彼、確かにあの時の子に似てる気はする……んだけど、あまりにも雰囲気が違いすぎるんだよね……」


 ミモザも私と同意見らしく、思いっきり眉間にしわを寄せてうなっている。その時、あることに気がついた。


「ロベルト、あなたがあの少年だというのなら、その……ミモザの正体も、もちろん知っているはずよね。それなのに、ここに来ようとしたの? 普通なら近づくのも恐ろしいと思うんだけど」


「ええ、存じております。あれはとても神々しく、美しいお姿でした。できることなら、また目にしたいと思えるほどに」


「そう面と向かってほめられると、くすぐったいんだけど」


「……ロベルト、彼が本当に……? お祖父様の日記にあった、竜……なのか?」


 今まで黙って話に耳を傾けていたヴィットーリオが、そうつぶやくとミモザの方を見た。


 その青い目には、戸惑いと恐れと期待と憧れとがごちゃごちゃに混ざったような、何とも複雑な感情が浮かんでいる。


「そうよ、彼は竜なの。それでヴィットーリオ、その『お祖父様』っていうのは、もしかしてヴィートのこと?」


 そう尋ね返すと、彼は可愛らしい顔に精いっぱい真剣な表情を浮かべてうなずいた。


「はい。ヴィート様は、私の父の曾祖父です。ですが、普段はヴィート様のことを『お祖父様』と呼んでおります」


「道理で、びっくりするほど似ている訳だわ……まさか血縁だったなんてね」


 思わずヴィットーリオに見入ってしまう私に、ミモザが声をかけてきた。


「そんなに似てるの、彼? 言われてみれば似ている気もするけど……僕はおじいちゃんのヴィートしか知らないからなあ」


「ヴィートの幼い頃に瓜二つよ。けれど、彼があの男の子孫だっていうのなら、彼はもしかして王子様?」


「ご明察です、魔女様。ヴィットーリオ様はかつて、第一王子であらせられました」


 本格的に頭が痛くなってきた。かつての第一王子。ということは、彼が敗れたという勢力争いは、玉座争いではなかろうか。


 そういう事情があるのなら、ロベルトがなりふり構わずにヴィットーリオをここに連れてきたのもうなずける。たぶん彼らの政敵は、現王の一派だ。敵が強すぎる。


 白い竜を伴侶とする、辺境に住む魔女。政争に敗れ、追放された王子を守る者としては悪くない。


 私たちは強い力を持っていて、しかも人間の争いには無関心だから。


 だからといって、気軽に頼られてしまっても困るのだけれど。


「全く、とんでもない面倒事を持ってきてくれたものね……」


 そうつぶやいた拍子に、申し訳なさそうにしょげているヴィットーリオと目が合った。


 あわてて笑顔を作り、何でもないとばかりに笑いかけてやる。そんな私たちを、ロベルトが嬉しそうに見ていた。


 どうやら、私の負けのようだった。

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