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30.風変わりな来客

 私たちの留守の間に、小屋を訪ねてきた二人連れ。それは病人ではなく、妙に調子のいい男性と気の弱そうな少年だった。


 男性は朗らかに笑うと、ぽかんとしている私たちに向かって優雅に頭を下げた。


「おおっと、まずは自己紹介をせねばなりませんね。私はロベルト、こちらはヴィットーリオ様です」


「ヴィットーリオ『様』?」


 ミモザがいぶかしげにそうつぶやく。私も首をかしげながら、目の前の二人連れをじっくりと観察した。


 二人とも身なりがよく、どこぞの貴族のように見える。


 ロベルトと名乗った男性は四十過ぎ、栗色の髪と瞳のしゃれた雰囲気の男性だ。


 優雅な身のこなしといい歯切れのいい話し方といい、彼は間違いなく貴族だろう。ただそれにしては自己主張がおとなしめというか、誰かに仕えているのが似合うというか。


 平均よりも少しばかり痩せていて、どこかひょろりとした印象を与える。でも、弱々しさはない。


 彼に半ば隠れるようにして立っている少年、ヴィットーリオは金の髪に青い瞳の、とても整った顔立ちの少年だ。せいぜい十歳かそこらだろうに、妙な気品が漂っている。


 好感の持てる可愛らしい少年ではあるのだけれど、どこかで見たような気がしてならない。なんだろう、この既視感は。


「あっ」


 まじまじと彼の顔を見つめながら考えていたその時、とんでもないことに気づいてしまった。


 どうにも見覚えがあるなと思っていたら、彼はあの男にそっくりだったのだ。かつて私に濡れ衣を着せて追放したあの男、ヴィートに。


 私がヴィートに初めて会った時、彼は十二歳だった。ヴィットーリオはその時のヴィートよりもう少し幼いけれど、面差しは笑えるほど似ていた。


 表情と雰囲気はまるで違っているものの、顔立ち自体はほぼ同一人物といってもいいくらいだ。


「どうしたの?」


 私の様子がおかしいことに気づいたのか、ミモザが小声で尋ねてくる。後で話すわ、と答えながらも、私はヴィットーリオの顔から目が離せなかった。


 子供の頃のヴィートを思わせるその顔は、意外にも不快なものではなかった。むしろ、懐かしさをかき立てるものだった。


 若かった頃の苦悩もついでに思い出されてしまったけれど、今ではそれも大切な思い出の一つだ。


 そんなことを考えていたら、ついつい笑いが浮かんでしまった。ヴィットーリオは居心地悪そうに身じろぎし、ロベルトは興味深そうな顔でこちらを見ている。


 ……そういえば、ロベルトにもどことなく見覚えがあるような気がする。


 彼は私が魔女だと知っていたようだったし、どこかで会ったことがあるかもしれない。しかし全く思い出せない。年は取りたくないものだ。


 ロベルトはもう一度こちらに笑いかけると、軽く咳払いをした。一歩前に進み出て、うやうやしくお辞儀をしている。


「話を続けてもよろしいでしょうか。まずは、私たちについて説明いたしましょう。ヴィットーリオ様は、私の主君にございます」


 主君、というからにはヴィットーリオはある程度身分の高い子供なのだろう。そう聞かされても、特に驚きはなかった。ミモザも平然とうなずいている。


 けれど、私たちが落ち着いていられたのもそこまでだった。ロベルトは涼しい顔のまま、とんでもないことを言ってのけたのだ。


「これまで私たちは王都におりましたが、故あってここに追放されてしまったのです。魔女様、どうかこれからよろしくお願いいたします」


「え?」


 思わず間の抜けた声が出てしまった。ぽかんと空いてしまった口を無理やり閉じて、今聞いたことを頭の中で整理する。


 私たちが暮らすこの辺境の森は、昔から貴族専用の流刑地として使われていた。だからこそ私も、ここに送り込まれたのだ。


 しかし私が住んでいるというのにさらに貴族を送り込んでくるとは、王都の連中はいったい何を考えているのか。喧嘩でも売っているのだろうか。


 声に出さずに王都の連中に文句を言う。それでようやっと衝撃から立ち直ることができた。


 優雅に微笑むロベルトと、その後ろでおどおどしているヴィットーリオに向かって、できるだけ落ち着いた声で話しかける。


「……そう、ご愁傷様。でもここは私の家なの」


 額を押さえながら、ため息をつく。気のせいか頭痛がしてきた。


「どうせ見張りもいないんだろうし、近くの村なり宿場町なりに住み着けばいいわ。送っていってあげてもいいし、当座の生活費を少しばかり都合してもいいわよ」


 私は追放されてから、かなり自由にやってきた。一度なんかは、ここを出て東の街に住み着こうとしたくらいだ。


 だからこの二人だって、好きなところで好きなように暮らせるはずだ。そのための手伝いなら惜しまない。私とミモザの気ままな暮らしを守るためにも。


 しかし私のそんな申し出を、ロベルトはそっと柔らかくはねのけた。


「いいえ、そうはいかないのです。実はヴィットーリオ様には、少々込み入った事情がございまして。……人の目につかぬこちらに、どうかかくまってはいただけないかと」


「そんな事情を持ち込まれても、困るのだけど。私が魔女だと分かっているのなら、私が人間に不必要に関わらないようにしていることも知っているんじゃないの?」


「はい、存じております。その上で、どうかお願いしたいのです」


 あくまでもロベルトは礼儀正しく、しかし辛抱強く迫ってくる。彼の後ろのヴィットーリオは、すがるような目で私たちを交互に見ている。


 やがてヴィットーリオが、ためらいがちに口を開いた。子供らしく澄んだ高い声は、かすかに震えていた。


「魔女様、図々しい願いだと分かってはいます。その上で、どうか私たちを助けてはもらえないでしょうか」


 全員の目がヴィットーリオに集中する。彼は一瞬たじろいで、ロベルトの後ろに隠れそうになった。


 けれど自分を奮い立たせるように歯を食いしばると、また言葉を続けている。


「私たちには、他に頼れる者もいないのです。ここを離れてしまっては、きっと私は生き延びることはできないでしょう」


 そう言い切った彼の青い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。そのあまりにも頼りなげな様子に、心が揺さぶられる。


 今まで数多くの病人たちが、こうやって私に頼みごとをしてきた。死にたくない、助けてくれと。


 そしてそのたびに、私は彼らの望みをかなえてやった。彼らに感謝されるのは、素直に嬉しかった。


 目の前の少年も同じように、助けてくれと懇願している。病人たちに手を差し伸べておきながら、彼を見捨てる道理はないと、そう思う。


 それに、時間ならたっぷりある。ちょうど、東の街で遊べなくて暇を持て余していたところだし。


 いつの間にか、自分自身に言い訳していることに気づく。


 どうやら私は、彼らの力になりたいと考えているらしい。そしてその行為を正当化するもっともらしい理由を、一生懸命に探してしまっている。


 そんな風に考えてしまうのは、懐かしさをかきたてるあの面差しのせいなのだろうか。


「……少し、待っていて」


 そう二人に言うと、ミモザの手を引いてその場を離れた。彼の意見を聞いて、一度冷静になりたかったのだ。


 小道を少し歩き、二人の姿が見えなくなったところでミモザに抱きついた。こうやって彼の体温を感じていると、とても落ち着く。


 そのままミモザの頭を抱き寄せて、耳元に小声でささやいた。


「ミモザ、どうしましょう。面倒事は断りたいのに、断る理由がどうしても見つからないの」


 自分の口からもれた声は、べそをかいているように聞こえた。それを聞いたミモザが、小さく笑う。いつも通りののんびりした様子だった。


「あなたはお人好しだものね。そういうとこ、好きだな」


「口説いてる場合じゃないでしょう。あの二人、下手に放り出したらまずい気がするの。だからといって、家に置くのも……」


「だったらとりあえず今日は小屋に泊めて、明日彼らが住む場所を作ってあげたらどうかな。森をもうちょっと切り開いてもいいね。それなら、僕たちの生活にもそう影響は出ないだろうし」


 うろたえっぱなしの私とは違って、ミモザはとても冷静だった。


 いや、私が不必要に取り乱しているだけなのだろう。やっぱりヴィットーリオのあの顔が、どうにも私を落ち着かなくさせているら気がする。


「そうね、あなたの言うとおりだわ。ありがとうミモザ、やっぱり頼りになるわね」


「あなたにそう言ってもらえると嬉しいな。いくらでも頼ってよ」


 どうにか話もまとまったので、また二人のもとに戻ることにした。


 ヴィットーリオはやはり心配そうな顔をしていたけれど、ロベルトはのんびりと微笑んでいた。あの妙な余裕はいったい何なのだろう。


「……立ち話もなんだし、一度中に入って。これからのことを話しましょう」


 そう告げると、二人とも同時にほっとした顔になった。その拍子に、ヴィットーリオがふらりとよろめいく。


 それを支えたロベルトが、一瞬ひどく切なそうな目をしていたのが印象的だった。つかみどころのない彼だけれど、主君思いなんだな。そう思った。


「言っておくけど、まだあなたたちの願いを聞くなんて言ってないわよ。あくまでも話し合うだけなんだから」


 本当はもう彼らを受け入れるつもりだったけれど、ついついそんなことを口にしてしまう。理由はどうあれ、ミモザとの暮らしを邪魔されることに違いはないから。


 しかしロベルトは、とても嬉しそうな微笑みをこちらに向けてきた。


 その笑顔にも、やはり見覚えがあるような気がしてならなかった。

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