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166.改良型使い魔・試験体三号

『ああ、遠かったです……使い魔がそっちまで無事に着けなかったらどうしようって、もうそればかり考えてて……』


『だから、俺が運んでやろうかって言ったんだがなあ。転移の魔法を駆使すれば、普通に運ぶより速いぞ』


『それでもここから辺境まで、往復で四か月くらいかかるじゃないの。そんなに長いことあなたに留守にされたら、色々困るのよ』


『色々って、例えば何だ? 俺は転移の魔法以外取り柄がないし、割と暇なんだが』


『例えば……ええっと、思いつかないけれど色々! 細かいことはいいでしょ、もう!』


 私とミモザ、そしてマリンは、目の前で繰り広げられているメリナとシーシェの会話……夫婦喧嘩? をただ眺めていた。


 小屋の中の大机、その上にちょこんと載っているのはメリナの使い魔。今朝がた、東のほうから飛んできたのだ。そうして今、メリナとシーシェの会話をさえずっている。


 でもこの使い魔は、いつもの小さな青い鳥ではなかった。鶏よりも大きく、けれど白鳥よりは小さい、真っ白な鳥。


 顔はハトに似ていて、でも頭の上にぴょこんと飾り羽が生えている。


 この使い魔の一番変わったところは、その尾羽だった。普通の鳥の尾羽の数倍は長くて、しかも数が多い。


 使い魔がばっと尾羽を広げると、ちょうど扇のような形になる。そしてそこに、ちょっと不鮮明ながらもメリナとシーシェの姿が映っていた。


 彼女によれば、この使い魔は研究を重ね、新たに作り上げたものらしい。その名も『改良型使い魔・試験体三号』。


 一号と二号は使い物にならなかったのかしら、などということをちらりと思う。


 この三号は二羽で一組の、双子のような使い魔なのだとか。そして見ての通り、音声だけでなく映像も送ることができる。それも、相互に。私たちの姿も、目の前の三号を通してあちらに送られている。


 マリンのこともあるし、ある程度密に王宮と連絡を取り合いたい私たちとしては、とても助かるものだった。やっぱり、顔を見て話せるほうが色々やりやすいし。


 ただ、三号の片割れをここまで運ぶのはかなり大変だったらしい。


 映像を送るという機能を持たせたせいで、三号は使い魔としてはかなり大型になってしまっている。しかも大きな尾羽が邪魔をして、飛ぶ速度も遅めだ。


 いつもの使い魔なら、王宮から辺境まで楽々飛んでいける。しかし三号は遅くて目立つ。こんなものを野に放ったら、それこそ野の獣に狩られてしまうかもしれない。


 しかし、人の手で運ぶとなると今度は時間がかかりすぎる。メリナは一刻も早く、三号が王宮と辺境の連絡係として機能するかどうかを確認したかったのだ。


 で、彼女は周囲の協力を仰いだ。魔術師たちのうち使い魔を作れる者たちが協力して、使い魔の群れを作り上げたのだ。タカとかワシとか、そういう怖い鳥ばっかりの。


 そしてその使い魔たちに守られて、三号は無事にこの辺境の小屋まで飛んでくることができたのだった。


 それはそうとして、さっきからずっとメリナとシーシェの言い争い、に見せかけたなれ合いを見せられている。


「仲良くじゃれ合ってるところ、邪魔して悪いんだけど」


 そう口を挟んだら、シーシェは面白そうに笑い、メリナは真っ赤になって目をつり上げた。


『ああ、何だろうか』


『じゃれてませんから!』


「せっかく顔を合わせられるようになったのだし、この子をきちんと紹介してもいいかしら。ほらマリン、あいさつしてごらんなさい」


 膝の上に座っていたマリンにそう呼びかけると、マリンはぴゃう、と鳴いて机に上がった。三号の目の前に近づいて、くるんと首をかしげる。


 それから深々と、頭を下げた。ちっちゃな翼が背中でひょこひょこしているのが見えるくらいに。


『か……可愛い……!!』


『ほう、愛らしいな。その竜は女性だったか? ミモザ様のことを考えると、かなりの美女に化けそうだな。見てみたい』


『絶対に、絶っ対に口説くんじゃないわよ、この女たらし!』


 また、メリナとシーシェが騒ぎ出した。その騒がしさに、ちょっとほっとするのを感じる。


 王宮での日々も、いつの間にか私にとっては日常の一部になっていたのだなあと、そんなことを思い知らされたような気がした。


「この子はまだ、姿を変えられないのよ。竜は伴侶にしたい相手を見つけたら、その相手に合わせて新たな姿を得るの。オオカミとか、鹿とかね」


「でも僕たちが育ててるせいで、いずれは人間を伴侶にしちゃうのかなって、そんな気はしてる」


「というかこの子はもう、人間たちと関わり過ぎたのよ。今さら野に返すのは難しいわ。……まったく、あの旅の一座め……思い出したら、また腹が立ってきたわ……」


「はいはいジュリエッタ、落ち着いて」


 きゅー。


 またしても思い出し怒りに震える私の頭を、ミモザがよしよしとなでてくれる。それを真似するように、マリンも私の手をさすってくれた。


『可愛い……ほんと可愛い……』


『さっきからそれしか言っていないな?』


『可愛いんだから仕方ないでしょ! ……っと、本題はそこではないんでした』


 マリンを見てでれでれになっていたメリナが、何かを思い出したように顔を引き締める。


『こうして顔を合わせられるようになったのですし、お二人に提案があります』


「どうしたの? かしこまって」


『使い魔の魔法を覚えてみる気はありませんか?』


 メリナの思いもかけない提案に、とっさに返事ができなかった。ミモザと顔を見合わせて、首をかしげる。


「……でもそれ、応用魔法でしょう? そんなに簡単に覚えられるかしら……」


「それに、別に必要ないと思うけど。現にこうして、メリナがあれこれ世話を焼いてくれているんだし」


「すごいわよね、メリナ。こんな新型の使い魔まで作っちゃって」


「だよね」


『い、いえ、まあ、それほどでもありますけど!』


 私たちに褒められたのが嬉しいらしく、メリナがちょっぴり照れている。


『って、そうじゃなくて! ああもう!』


『手を振り回すな。お前は昔から、照れ隠しが派手だな』


『シーシェは黙ってて! ……それでは、お二人の問いに順に答えます』


 そうして、メリナは語り出した。


 一から使い魔の魔法を学び、習得するには、それなりに時間がかかる。しかし使い魔のもととなるものを用意し、それに手を加えることで使い魔を作り上げるのは、もっと楽なのだとか。


『ジュリエッタ様が旅立つ時に渡した三つの卵、あれを一つずつ使えば何とかなります。三つめは予備として、袋の中にしまっておいてください』


 私とミモザがそれぞれ使い魔を操ることができれば、マリンの子育ての役に立つだろう。探し物やちょっとした連絡など、使い魔は工夫次第でとても便利になるのだ。


 そうメリナは力いっぱい主張した。確かに、そうかもしれない。ちょっと、頑張ってみようかなという気分になる。


『それと、ですね』


 そこまで語ったところで、メリナがかしこまって言葉を切った。


『……今回の件みたいに、お二人が離れ離れになっても……使い魔がいれば、相手を探し出せます。互いの魔力の匂いを覚えさせておけば、どれだけ離れていても使い魔は相手を見つけてくれますから』


「分かった、やるわ。使い魔の魔法、練習するわ」


「即答なんだ?」


「だって、もう嫌なんですもの。あなたがどこにいるのか分からない、いつ会えるか分からないのって」


 驚いたように目を丸くするミモザに、そっとささやきかける。


「どっちに行けばあなたに会えるのか分かっていれば、私だっておとなしく待てる……かもしれないし」


「僕、もう飛び出していったりしないよ?」


「ええ。でも長い人生、何があるか分からないもの」


「……そうだね。あなたには僕の匂いが染みついているから、僕はあなたの匂いを追いかけられるけれど……それにも限度はあるし、使い魔っていうのも悪くないかも」


「という訳だから、よろしくねメリナ」


『ええ、お二人とも、びしばししごいて差し上げます』


 そうして、私たちの魔法の練習が始まったのだった。




「……ところでさ、あれ、いいのかな」


「よくないと思うわ」


 三号の尾羽に映ったメリナに指導されながら魔法を練習している私たちの視線は、しかしちょっと横にそれていた。


 きゅるるん、きゅるうん。


 机の上にぺたんと座ったマリンが、三号の尾羽を食い入るように見つめている。喉の奥で上機嫌な声を鳴らしながら。


『……シーシェ、ジュリエッタ様たちが集中できないから、ちょっと離れててよ』


『いいじゃないか。マリンといったか? この竜の子、面白いぞ』


 マリンは、メリナの隣にいるシーシェに見入っているのだった。


「ねえ、あれってまさかと思うけど……シーシェを見初めてたりしないわよね?」


 万が一にもメリナに聞こえないように、思いっきり声をひそめてミモザにささやきかける。


「大丈夫。単に、普通に気に入っただけみたい。……でもさ」


 苦笑交じりのため息をついて、ミモザがつぶやく。


「マリン、面食いだったんだね……『かっこいい』ってずっと言ってる……」


「あなたを見て育ってるからじゃないかしら?」


「それを言うなら、あなただって綺麗だよ?」


「あら、ありがとう」


 マリンをめぐって騒ぐメリナとシーシェ、ひそひそこそこそとささやき合う私とミモザ。


 そんな騒動の中心であるマリンは、なおもうっとりとシーシェを見つめ続けていた。

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