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161.とんでもない避暑地

「今年は暑いわね……」


「去年の夏は南のほうを旅してたし、ちょっとは暑さにも慣れたと思ってたんだけど……絶対、今年の夏、おかしいよ……」


 ぴゅううううう……。


 辺境の森の奥、風が通り抜ける小道で、私たち三人は横になっていた。草を編んだ、ひんやりとした敷物の上で。初夏ののどかな日向ぼっことは違い、少しでも日差しと暑さから逃げようとして。


「マリン、君のなわばりって砂漠も含まれるよね? なのに暑さに弱いの?」


 んびゃーう。


「『マリンがうまれたの、ひんやりした海のそば。暑いのきらい。マリンの前の竜も、砂漠はきらいだった』か……気が合うね」


 私たちが暮らすこの辺境の森の周辺は、比較的冷涼な地域だ。夏はもちろん暑いけれど、それでも王都の辺りよりずっと過ごしやすい。


 なのになぜか、今年に限ってものすごく暑い。私もミモザも、いつもよりもっとずっと薄着で、だらだらと伸びていた。


「ああもう、暑すぎて溶けそう……もう一枚脱ごうかしら……」


「そうしたら下着になっちゃうよ。駄目。……はあ、頭がぼんやりする……」


 ……ぴぃ……。


 そうしてぐだぐだと、またそんなぼやきが始まってしまう。


 昨日は一日、小川に浸かっていた。加工の魔法で日よけを作って。


 涼しかった。けれど、川から出られなくなった。夕方には足がすっかりふやけてしまっていた。連日これをやるのはまずい。そんな訳で、今日はこうして道にぶっ倒れていたのだった。


「……ああ駄目だ。ここ、無理。逃げよう」


 ミモザがうんざりした顔で立ち上がり、小屋に向かってふらふらと歩きだす。


「ちょっ、逃げるってどこに?」


「ほら行こうよ、ジュリエッタ、マリン」


 そう呼び掛けてくる彼の目は、焦点が合っていない。あわてて立ち上がり、ぐったりと伸びたままのマリンを小脇に抱える。敷物を丸めて、ミモザの後を追いかけた。




「寒い……寒すぎるんだけど」


「僕はこれくらいでも平気かな。すっきりしたよ」


 ぴゃっ!


 それから数時間後。私たちは辺境の森の奥深く、北の果てにそびえる山脈に降り立っていた。


 岩山に囲まれたそこは、一面の草原だった。背の低い草がみっしりと生えていて、可愛い花が咲き乱れている。


 ……というか、夏なのに雪がところどころ残っているのだけれど……涼しいを通り越して、肌寒いわ……長袖の上着を着てるのに。


「はい、どうぞ。冬服持ってきて正解だったね」


 朗らかに笑いながら、ミモザが自分の分の上着を貸してくれた。ありがたくそれを羽織って、草原をゆっくりと歩く。


「ありがとう。……あなたは寒くないの?」


「全然。下のうだるような暑さよりずっといい感じ。最高だよ」


 私たちはあれからすぐに、ぱぱっと荷造りをして小屋を出た。そうしてミモザの背に乗って、北へ北へと向かったのだ。


 昔、春先にここを通りがかったことがある。ミモザと二人、遊びにいく先を探していた時に。


 ただその時ここは、一面の雪原だった。だから、この辺には面白そうなものはないみたいねと、方向転換して別の場所に向かったのだ。


 まさかまた、ここに来ることになるとは思いもしなかった。しかも夏になると、こんな姿を見せているなんて。


「春先に雪がまだ残っていたから、もしかしたらまだ涼しいかなって思ったんだけど、当たりだったね」


 ミモザはとっても嬉しそうだ。マリンもすっかり元気になって、ぴゃあぴゃあと歓声を上げながら走り回っている。


 仕方ない、ちょっと寒いのは我慢しよう。二人がこんなに生き生きとしているし、下のうだるような暑さよりはずっとましだ。


「それじゃあ、ひとまず準備をしようか」


 ここまで運んできた荷物を下ろして、ミモザが笑う。彼の強い勧めにより、私たちは一晩ここに泊まることにしたのだ。


 このところ寝苦しい夜が続いていたし、涼しいところでゆっくりしたいんだ、と全力で主張しながら、彼はせっせと荷造りをしていた。小屋の物置から、あれこれ必要なものを持ち出して。


 マリンもそれを聞いて、大暴れしながら同意していた。そのせいで余計に暑くなったみたいで、小屋の床にぺそりと伏せてしまったけれど。


 そんな騒ぎを思い出しながら、辺りをぐるりと眺める。


 草花や雪の状態からすると、ちょっと寒い地方を春先に旅しているのと同じだと思えばよさそうだ。念のために持ってきた毛皮や毛布が、かなり役に立ちそう。真夏なのに。


「面白半分に作ってみたこれが、さっそく使えるなんてね。ふふ、わくわくするなあ」


 うきうきとそう言いながら、ミモザが手早く何かを組み立てていく。木と革でできた骨組みのようなものを、てきぱきと。


「一人旅の最中に見かけた天幕、よね。組み立てるの、私も手伝いましょうか? どこをどうするのか、よく分からないけれど」


「大丈夫。僕一人でやれるよ。倒れたら危ないから、そこで見てて。マリンと一緒に」


 マリンと出会ったあの砂漠を越えると、冷涼な草原が広がっている。そこでミモザは、旅をしながら牛や羊を飼っている人々と知り合い、一晩泊めてもらったのだそうだ。王都の小屋を飛び出して、一人旅をしている最中に。


 その人たちが使っていた変わった天幕が印象深かったのだと、ミモザはそう語っていた。そうして辺境に戻ってきた彼は、記憶を頼りにその天幕を作り始めたのだ。暇な時に、こつこつと。


 とはいえ、できあがったそれはそこそこかさばるものではあった。折りたたみできるとはいえ、馬車もなしに気軽に持ち運べるものではない。


 春の初めのお決まりになっている気ままな二人旅の時は、できるだけ身軽にしておきたいし、使う機会はしばらくないかな……とミモザは言っていたけれど。


「ここをこうやって……よし、できた。ふふ、思っていたよりいい感じにできあがってるね」


 骨組みの上から毛織物を張り巡らして、ミモザが満足げにこちらを振り向く。


「よし、それじゃあ次は中を整えよう。二人とも、手伝ってよ」


 入り口の毛織物をめくり上げて、中に入る。平べったい筒のような形のそこは、天窓があって意外と明るかった。


「ここの真下で煮炊きすれば、煙はあそこから出ていくんだって、そう教えてもらったんだ」


 手分けして床に毛皮を敷き、毛布を端のほうに積んでおく。それから天幕の真ん中に、鉄のたき火台を置く。


「この山の上、かなり涼しい……というか肌寒いくらいだし、あったかい料理が合いそうだよね」


 そんなことを言いながら、ミモザは荷物の中から肉の塊を取り出した。昨日宿場町で手に入れた、まだ新鮮な羊の肉だ。


 この辺りでは羊の肉はあまり流通していないから、珍しさについ買ってしまったのだ。香辛料をまぶして焼いて冷まして、パンに挟もうかななどと考えながら。


「今日の晩ご飯は僕に任せて。天幕でお世話になった人たちに、おいしい調理法を教わってきたから。……あれ、ジュリエッタ。僕の顔に何かついてる? さっきから、妙にじろじろと見てくるような……」


 やっぱりうきうきと話していたミモザが、ふと私を見て目を丸くする。つられて、マリンもこちらを見た。


「……あなたが楽しそうでよかったな、って思ってるだけ」


 ミモザに歩み寄り、その白い髪をそっとなでる。


「私のせいで、あなたを悲しませてしまって……ずっと、後悔していたの。ヴィットーリオたちの力になりたい、私がそんな思いを優先させてしまったから」


「いいんだよ、さすがにあの時は傷ついたけど、僕だってヴィットーリオたちのことは大切だしね」


 串に刺した肉をたき火台に固定しながら、ミモザはこちらを見て微笑んだ。


「それに、一人でぶらぶらしていてよく分かった。僕、あなたがいないと何にも面白くない。珍しいもの、愉快なものをどれだけ見聞きしても、心はいつもどこか別の場所にいってしまったままで」


「……私もよ」


「また今度、隣国に遊びにいこうね。みんなで一緒に」


「そうね。あなたの翼で向かえば、人に見つからずに動き回れるものね」


 びゃびゃーうう。


「マリン、『となりのくに、きらい。でもパパとママがいれば大丈夫。かわった天幕とかさばくの町とか、見てみたい』って言われても……君がその姿で向かったら、大騒ぎになっちゃうよ」


「そうね。姿を変える魔法とか、あればいいのだけれど。今度、メリナに聞いてみましょうか」


 そんなことを話しながら、他の料理を準備していく。天窓からのぞく空が、少しずつ暮れていった。


 うだるような暑さが続く夏の日に、たき火を囲んでのどかに食事。なんとも不思議な、とんでもない夜になりそうだった。

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