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159.森の中の攻防

 スカートがやぶに引っかからないようにしっかりと押さえ、飛行の魔法を使う。立ち込める煙の中を、まっすぐに迷いなくすっ飛んでいく。地面のちょっとだけ上を。


 風の魔法で体の周りに空気の膜を張って、煙や燃えかすから身を守りながらどんどん加速する。正直何も見えないのだけれど、そこに道はあるはずだと信じて飛び続けた。


 それは、去年の春のこと。川のはんらんを防ぐために大急ぎで森の中を移動しなくてはならなかった魔術師たちは、魔法で強引に道を作った。


 今回私たちは、そのやり方を真似してみたのだ。


 ミモザは耳がいいから、森の中を突き進む人たちがどの辺りにいるか分かる。


 だからまず、彼が火の魔法を使って途中の木々を燃やし、まっすぐな道を作った。森の端から、その人たちがいる辺りまで。


 ぎりぎり人ひとりが通れるくらいの幅の道にしたから、ひと夏あれば木々が塞いでくれる。


 その道を、今度は私が一足先に通り抜けた。私一人だけなら、飛行の魔法でとても速く進めるから。


 どんどん奥へ向かっていたら、横合いから野太い声がした。


「うおっ、なんだお前!?」


 声の主は、くたびれた感じの男性。体格はいいのだけれど、顔つきや表情にちらちらと粗野な雰囲気がにじみ出ている。ろくでもない暮らしを長く続けてきた気配というか……たぶん野盗ね、これ。


「見られたか……まあいい、お前にも来てもらおうか!」


 はい野盗。確定。というか、森の魔物が出る魔女の森に堂々と踏み込んでいる時点で、まともな人間とは言いがたいわね。


 というか、うら若き乙女をさらおうだなんて。だったらこちらも、遠慮はしないんだから。


 男性はやぶをかき分けてこちらに近づき……次の瞬間、奇妙な叫び声を上げてしゃがみ込んだ。


「がっ、ご……あ、何、だ……?」


「土の魔法で、地面から土の突起を生やしてあなたの股間にぶつけたの。いい感じに当たったわね」


 土を変形させるだけなら加工の魔法でもできる。しかし加工の魔法は、形や強度なんかを細かく調節できる代わりに、変形の速度は遅めだ。


 対して、土の魔法は一瞬で形を変えられる。もっとも、その辺の土や岩をがっと動かすだけだから、強度にはあんまり期待できない。でも、こういうちょっとした攻撃に使うには十分だ。


 普通の侵入者なら、光の雪の魔法でおどして追い払う。ゆっくりと舞い降りる雪はとっても綺麗で、私のお気に入りの魔法だ。


 でも今はマリンとニーナのことがあるから、この男性に逃げられたら困る。なので、こんな荒っぽい手を使ってみた。もっとも、ちょっと手加減を間違えたかも。痛そうね。


 股間を押さえてうめいている男性を無視して、近くの木の枝、ちょっと太めで長い枝を風の魔法で切り落とす。


 それから木の枝を加工の魔法でぐっと曲げて、男性の体の周りにぐるぐるっと巻き付けて、端と端をくっつける。はい、できた。


「なっ!? おい、何しやがる!」


「見たまんまよ。木の枝で縛ったの。さすがにそれは抜けられないでしょう? しばらくそこでおとなしくしていてちょうだいね。私、まだやることがあるから」


 脂汗をかいている男性にそう言い捨てて、耳を澄ませる。やぶをかき分けるがさがさという音がかすかに聞こえてきた。どうやら、この男性の仲間だろう。ひとまず、あっちも倒しておかないと。


「考えてみたら、全部ぶちのめしてからゆっくりマリンたちを探したほうが楽なんじゃないかしら」


 そうつぶやき、また飛行の魔法を使う。今度は背の高さくらいまで浮き上がった。ちょうど低いやぶと、背の高い木々のちょうど間くらいの高さだ。そこそこ視界が広がった。


 今度は空中でしゃがみ込み、体を縮めて一気に飛び出す。駆け抜ける。縛られた男性の、驚きと苦痛が混ざった悲鳴を聞きながら。




「あ、どいてっ!!」


「ぐおっ!!」


 勢いよく木々の間をすっ飛んでいた私は、別の男性にぶつかってしまった。というか、顔面に蹴りを入れてしまった。勢いがついていて急に止まれなかったから、結構な衝撃になったかも……。


「ええっと、生きてはいる……わね」


 かたわらのやぶに倒れ込んだ男性をじっと見つめて、そうつぶやく。男性を見ていたら打ち身に効く薬草の処方せんが浮かんだから、死んではいない。私のこの不思議な特技、死人には無効だから。


 こちらの男性も、さっきと同じ要領でぱぱっと縛り上げる。そうして、また耳を澄ませた。何だかさっきより、静かになった気がする。大人の気配も、マリンたちの気配もしない。


「そろそろミモザも、誰かに出くわした頃かしら……」


 彼は人の姿のままでは、このうっそうとした森の中をそこまで早く動けはしない。でも彼は耳がいいから、森の中を動いている人たちをより的確に見つけることができる。


「マリンとニーナ、いったいどこに行ったのかしら……」


 ニーナは子供たちの中でも小さい子だというし、マリンは相変わらず大きめの猫くらいの大きさだ。この二人なら、大人には通れないような場所を進むこともできるだろう。つまり、それはもうめちゃくちゃな逃げ方をしている可能性がある訳で。


 もう一度森の中を飛びながら、周囲に目を走らせる。何も見つからないし、何も聞こえない。


 ちょっと焦り始めたその時、ぴいいという笛のような音が聞こえてきた。マリンだ!


 方向を変えて、声が聞こえたほうに全速力で飛ぶ。


 そして私が目にしたのは、とんでもない光景だった。


 六歳くらいの女の子を抱き寄せて、首元に山刀を突き付けている男性。さっき無力化してきた二人と同じような雰囲気だけれど、身に着けているものがもうちょっと豪華だ。野盗の頭領かな。


 そしてその男性と向かい合って、身構えたまま動かないミモザ。少し離れた茂みにめり込むようにして、マリンが倒れている。気を失っているのか、ぐったりとして動かない。


「マリン!」


 驚いた拍子に、ついうっかり止まってしまった。飛行の魔法を解いて、マリンに駆け寄ろうとする。そんな私に、男性が怒鳴ってきた。


「また何か来やがった!? ちっ、おいお前、それ以上動くな。少しでも動けば、このガキの命はねえからな!」


 その言葉に、女の子が身動きできないまま震えている。あの子がニーナね、かわいそうに。


 いら立ちを覚えながら、こっそり魔法を使おうと指先を動かす。と、また怒鳴り声が飛んできた。


「お前、魔法を使うつもりだろ!? 手を動かすなよ!!」


 困った。この男、魔法について多少なりとも知識がある。魔法を使うには、多少なりとも体を動かす必要があると知っている。


 ちなみに魔法を使う際、どう動くかは人それぞれだ。特定の言葉を口にしたり、手を動かしたり、首や足を動かす人もいる。ともかく、何らかの動きに合わせて魔力を操らないと魔法は使えない。


 もっとも、魔法の鍛錬を積みまくって思いっきり熟達すれば、念じるだけで魔法が使えるようになると聞いたことはある。でもその域に達している人を見たことはない。王宮にいる魔術師たちも含めて。


 そろそろと視線を動かして、隣のミモザを見る。彼もまた、困っているようだった。


 ここで竜の姿に戻ったら、うっかりニーナをつぶしてしまうかもしれない。かといって人の姿では、そこまで素早く動けはしない。


 ミモザは人間の姿でも頑強だし身のこなしも軽いけれど、この状況をどうにかできるほど格闘に長けている訳でもない。


 もしもニーナが傷つくようなことになったら、後悔してもし足りない。体の傷は魔法や薬で治してやれるけれど、心の傷はそうはいかないから。


 こうなったらどうにかしてあの男の隙をついて、魔法でぶちのめすしかないだろう。それも、発動がとびきり早くて、かつニーナに当たらないものを。


 ……さっきの股間狙い、またやろうかしら。いえ、土の槍を男の後ろから斜めに生やして、ひざを後ろからがっくんと押す感じにすればいいかも。うまくはまれば、男だけが後ろ向きにひっくり返る。


 問題は、どうやって男の気をそらすか……よね。


「あなたたち、野盗ね。この森がどんなところなのか、知っているの?」


 とりあえず、なんでもいいから話しかけてみることにする。


「ああん? んなもん、どうでもいいだろうが!」


「そんなこと言って……知らないわよ、どうなっても?」


 ちょっぴりおどすような口調でそう言ってやると、ほんの少し、かすかに男の態度が揺らいだような……気がした。


「ここはね、魔女様が暮らす森だよ。恐ろしい魔物も住み着いてる」


 私の意図をくみとってくれたのか、ミモザも静かな声で加わってきた。


「魔女様や魔物を怒らせたら、生きては帰れないって噂になってるんだよ?」


 その時、気がついた。茂みの上に倒れていたマリンが、じりじりと動いていることに。マリンは青い体が目立たないように陰にひそみながら、少しずつ、男の視界の外に出ていった。こっそりと、何かするつもりらしい。


「そうなのよ。この森には、山のように大きな白い竜がいるんだから。あなたなんて、丸のみにされるんじゃないかしら?」


 マリンが動く音をかき消そうと、一生懸命に喋る。ちょっと声を大きくして、大げさな感じで。


 しかしこの男、さっきから一瞬たりとも私とミモザから目を離さない。どうやったら隙をつけるのかしら。早く、ニーナを解放してあげたいのに。


「だからこの辺の人たちは、この森には決して踏み込まないんだ。悪いことは言わないから、早くここを離れよう?」


「そうよ。今なら、あなたたちのことも見なかったことにするから」


 これはもう交渉で切り抜けるのもありなのかもしれないと思い始めたその時、マリンが姿を現した。男の背後の木の上に。どうやら私たちが話し込んでいる間に、そっと回り込んでいたらしい。


 それはいいとして、あの子が手に持っている、あれって。


 彼女が何をしようとしているのか分かってしまい、つい笑みが浮かぶ。それを見とがめたらしい男が、いきなりがなりたてた。


「おい、なにへらへらしてやがる! このガキの前に、お前らを血祭りに上げてやろうか、ああん?」


 そうして男は、ニーナに突き付けていた山刀をこちらに向けた。


 間髪をいれずに、青い塊が上から降ってきた。

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