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158.うららかな昼下がりのこと

 平和だった。毎日家事をして、のんびりして。気が向いたらその辺で遊んで。そんな日々を、まったり過ごして。


「のどかよねえ……」


「だよねえ……こういう暮らしをしてると、ふと気づいたら十年くらい経ってるんだよね」


「そうね。メリナたちと定期的に話すことにしておいて、よかったわ」


 私とミモザは、小屋のすぐ前の空き地でくつろいでいた。分厚い毛織物のじゅうたんを、草地の上に敷いて。


 こんな風に地面に寝っ転がる習慣は、この辺にはない。けれど昔、遠くに遊びに出かけた先で、こんな風にくつろいでいる人たちをたくさん見た。


 ぜひ一緒にどうぞと誘われたので、遠慮なくお邪魔した。地面のどっしりとした感触を背中で味わいつつ、お日様を全身で受け止める。そよ風が頬をなでて……ちょっと、癖になりそうな心地よさだった。


 なので、辺境に帰ってきてからも時々こうして日向ぼっこをしている。ちなみに今敷いているじゅうたんは、その旅先の店で買ったものだ。


 さらにその上に大きなクッションを適当に転がして、それに寄りかかる。そばに置いたお盆には、冷たいお茶が入ったポット。


「……夏が近づいてるわね……日なたはちょっぴり暑いわ」


 そう言いながら、ごろごろと寝返りを打って木陰に転がり込む。手を伸ばしてクッションを引っつかみ、枕代わりにする。


「僕はこれくらい日差しが強くてもいいかな……この、じりじりと肌を焼く感じ……好きかも」


「あなたは日に当たっても赤くも黒くもならないものね。私は赤くなっちゃうから……」


 などと言いつつ、時々うっかり焼いてしまうこともある。でもそういう時は、治癒魔法でぱっぱと治していた。


 とにかく魔力と体力を消耗しまくる治癒魔法だけれど、それくらいのささいな傷ならすぐに治せる。私もミモザも、ちゃんと魔法の練習をしているし。


「ああ……竜の姿で日光浴したいな……うろこに日が当たってあったまった時の気持ちよさは、また格別で……」


 ミモザはうっとりとつぶやきながら、日なたで目を閉じている。


 今日はもう、とことんごろごろする予定だった。マリンは村に遊びにいったし、家事も大体終わった。


 今日の晩ご飯はミモザ特製の生ハムに、私が育てたハーブをふんだんに使った野菜のマリネ、それに村のおかみさんから分けてもらった素朴なパン。今日は初夏にしてはやけに暑いし、こういう食事も悪くない。


 ああ、木もれ日と穏やかな風が本当に気持ちいい。……このまま寝てしまおうかしら……。


 ゆっくりと息を吐きだして眠りに落ちかけたその時、ミモザがばっと起き上がる気配がした。目を開けると、ミモザが森の出口のほうをじっと見つめている。


「どうしたの、何か聞こえるの?」


「うん。誰か、こっちに向かって走ってきてる。あ、転んだ……でも、また走り出したよ。この感じ、子供かな?」


 この森は、一応まだ周囲の人々に恐れられている。マリンの件もあって私がちょくちょく村に顔を出すようになったから、それもいつまでもつか分からないけれど。


 恐ろしい辺境の魔女様は、案外気さくないい人だった。そんな風に思われ始めているのをひしひしと感じる。


 それでも、子供がここに来ることはまずないはず。私たちを恐れていないにせよ、この森が危険であることに変わりはない。オオカミこそ出ないものの、異様に広いし道も複雑だし。


 二人で首をかしげていたら、本当に子供が駆け込んできた。真っ青な顔で、息を切らせて。質素な身なりとぼさぼさの頭からすると、村のやんちゃ坊主の一人だろう。


「ど、どうしたの。こんなところまで」


 ひとまず落ち着かせようと、お茶を入れたグラスを差し出す。子供はためらうことなくそれに口をつけて飲み干し、はああと大きく息を吐いた。


「あの、魔女様、マリンが!」




 血相を変えて駆け込んできた子供の話を要約すると、こんな感じだった。


 子供たちとマリンは、連れ立って村の外に出ていた。ちゃんと約束を守って、街道には近づかずに。


 しかしそこで、彼らは気づいたのだそうだ。マリンがいるなら、森の近くには行ってもいいんだよね、マリンは森で暮らしてるんだから、と。


 そうして彼らは、村の近くの森、私たちが暮らしている辺境の森の端っこに近づいていったのだった。


「村に近い辺りの森……って、その辺りがどうなっているかは、私たちもよく知らないのだけれど。村の人たちに出くわさないように、そっちには近づかないから」


「そして村の人たちも、その辺には行かないようにしてるはずだよね? 森の魔物とか辺境の魔女とかを恐れて」


 つまり、マリンたちが向かった辺りの森は、誰も近づかない謎の領域になっているという訳で。


 けれどそんなことを気にせずにそこに足を踏み入れた子供たちは、思いもかけないものに出くわしてしまったのだった。


「で、その森に入ってすぐに、知らないおじさんたちに見つかったんだね」


 ミモザが優しく言って、子供の頭をなでている。子供はちょっぴり泣きそうな顔のまま、ほっとしたようにうなずいた。


 いけない、話を聞き出すのに必死で、子供の気持ちまで考えてやれなかったわ。こういう細やかな気遣いは、私よりミモザのほうがずっと得意だ。


 それにしても、知らないおじさん、か。子供たちがすぐに危険を悟るくらいには、がらの悪い面々のようだけれど。


「うん。そのおじさんたち、すっごくこわい顔で……おれたちを捕まえようとしたんだ。それで、逃げたんだけど……ちびのニーナが転んじゃって」


 思いもかけない展開に、黙ってミモザをそっと横目で見る。


「でもおれたち……ニーナを置いて逃げちゃった……」


 子供がぐすんと鼻を鳴らす。振り絞るような声で、さらに説明してくれた。


「そしたら、マリンが立ち止まって……もどっていっちゃった……たぶん、ニーナのところにいったんだと思う……」


「マリンもニーナも、まだ帰ってきていないのね?」


 そう尋ねると、子供は無言でこくんとうなずいた。


「よし、じゃあ探しにいこうか」


「そうね。子供たちに何かあった時は、大人の出番ですものね」


 すっくと立ち上がり、靴を履いて歩き出す。途方に暮れた様子の子供の目に、少しずつ希望の光が揺らめき始めるのを感じながら。




「で、ここがその『知らないおじさん』がいた場所か。案内、ありがとうね」


 子供に案内されて、騒動があった現場に足を運ぶ。そこには既に村の人たちが数人集まっていて、心配そうな目で森の奥を見ていた。


 彼らは私たちの姿を見てちょっと驚き、それから大いにほっとしたような表情になった。


「ああ、魔女様……」


「その様子だと、マリンとニーナはまだ帰ってきていないのね?」


「はい……おそらくはこの森の奥にいる、はずなのですが……」


「私どもはこの森には入ったことがないので、どう進んでいいか……」


 彼らの視線の先には、うっそうと茂る森。よく見ると、ところどころ小枝が折れていて、誰かが通ったような跡がある。でも、その向こうは全然何も見えない。


 ミモザは目を細めて、耳を澄まし風の匂いをかいでいる。それから私の耳元で、こそっとささやいた。


「確かに、この奥に誰かいる。鎧は着てない。割と強引に、森の奥に突き進んでる。あっちもこっちもがさがさいってるから、場所を特定するのが難しくて……」


「マリンとニーナは?」


「たぶん、捕まってはいないと思う。子供の声も、マリンの声もしないから」


 そうして、二人で首をかしげる。マリンは自分から、ニーナを助けにいった。でもそれなら、私たちを呼べばいいのに。危なくなったら叫ぶことって、言い聞かせているのに。


「マリンはどうして叫ばないのかしら? 実はそのおじさんたち、危険じゃないとか?」


「分からない。やぶががさがさ言っている音がすごくって、その人たちの話し声がよく聞き取れないんだよね」


 何がどうなっているのやら。でも、ここで悩んでいても何も変わらない。


「まあ、こうなったらやるべきことは一つ。そうよね、ミモザ」


「もちろんだよ、ジュリエッタ。あれ、試してみてもいい? この状況だと、それが一番早いだろうし」


「そうね。だったら道はあなたに任せて、私は飛ぶわ」


 手早くそう打ち合わせて、それからくるりと村人たちのほうに振り返る。


「ここからは、私たちに任せてちょうだい」


「ちょっと危険かもしれないから、みんなは村に戻っていて」


 そうして彼らの返事も聞かずに、また森に向き直る。ミモザがすっと手を前に突き出し、私はスカートをしっかりとつかんだ。


 次の瞬間、辺りにとどろく爆音。もくもくとわき起こる煙の中を、私は全力ですっ飛んでいた。

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