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155.過去と未来に思いをはせて

「もう、ジュリエッタたら。勝手に付け足さないでよ」


 村からの帰り道、ミモザがこそっとささやいてきた。


「あら、何のこと?」


 澄ました顔で答えると、彼はぐっと身を乗り出してくる。まだ彼の肩に乗ったままだったマリンが、こちらにぴょんと飛び移ってきた。


「お白様の言葉だよ。僕は『オオカミよけをどうぞ』って伝えて欲しかったんだけど」


「そうね。でも、村人たちがずっとずっと昔のことをちょっと気にしているようだったし、この辺りで和解しておくのも悪くないかと思ったの」


 ミモザは村人たちの思いを知った。彼の中のわだかまりも、いずれは全部消えていくだろう。あの冬の嵐の夜のことは、あんなこともあったねと、穏やかにそう語れる思い出になるはずだ。


 だったら村人たちのほうも、ちょっと楽にしてやってもいいかなと思ったのだった。


「……あなたには、かなわないなあ。そうだね、あなたの言う通りだよ」


 ミモザはくすりと笑って、目を細める。春のそよ風に、白い髪をなびかせて。


「村の人たちに僕の思いを伝えないままだったら、いずれ僕はまた悩んでたかも。あの人たち、まだ僕のことを気にしてるのかなって」


 その姿はとても美しくて。成人した男性なのに、おとぎ話の妖精のように純粋で、現実味がなくて。


「でもその頃には、どうやって伝えればいいのか分からなくなってただろうな。うん、そう考えると、確かに今が一番ちょうどよかったんだろうね」


 そうして彼は、私の手を取る。ほっそりとしているのに力強い、大きな手が私の手を包み込んだ。


「ジュリエッタ、ありがとう」


「私もあなたにはたくさん助けられているから、お互い様よ」


「それでも、お礼を言わせて。ありがとう」


「ふふ、どういたしまして。それじゃあ、今日は何をして過ごしましょうか」


 明るく答えたら、肩の上でマリンがぴゅいー! と大声で叫んだ。


「花畑に行きたい、だって」


「じゃあ、お弁当を持って遊びにいきましょうか」


 そんなことを話しながら、私たちは家へと帰っていった。




 小屋に戻ってお弁当を作り、三人で森の奥に向かう。小川を渡って西に進んだ辺りに、花がたくさん咲いている草原があるのだ。


 マリンは花の匂いを一つずつ順にかいで回って、時々花をぱくりと食べている。蜜がおいしいらしく、うっとりと目を細めていた。


 そんなマリンを見守りながら、私とミモザは木陰に腰かけてのんびりする。


「ここ、僕が生まれた場所に近いんだよね」


 ふと、ミモザがぽつりと言った。


「そうなの? 確かあなたに会ったあの日は……森を探検するんだって、小川をさかのぼって西に進んだら、うっかり崖から落ちてしまったのよね。竜の翼の上に着地したから、無傷だったけれど」


「たまたま下に、先代の竜がいてくれて本当によかったよ。あなたにもしものことがあったらなんて、想像しただけで怖いもの」


「……ねえミモザ、その場所ってどこか分かる?」


「うん。まだかすかに、先代の竜の匂いが残ってるから」


「だったら今度、お墓を作りにいかない?」


 ミモザにとって先代の竜は、親と呼ぶには少し違う存在だ。でも彼にとって、重要な存在であることに違いはない。今回のオオカミたちとの一件を経て、つくづくそう思った。


「先代の竜をしのぶ言葉を岩に彫り込んで、そこに置くの。時々花を供えたりなんかして。……といっても人間の流儀だし、先代の竜が喜ぶかどうかは分からないけれど……」


「大丈夫、喜んでくれるよ。先代の竜も、遠くから人の暮らしを見ているのは好きだったから」


 それから二人で、あれこれと案を出し合う。どんなお墓にするのか、どういったものを供えようか、などなど。


 しばらく話して、ミモザがふうと息を吐いた。感慨深げに。


「それにしても、長生きはするものだよね」


「どうしたの、突然」


「だって、こんなことになるなんて思いもしなかったから」


 黙って小首をかしげると、彼はしみじみと語り始めた。


「昔の苦い思い出から解放されたりとか、竜の子供を育てることになったりとか、他にも色々。ヴィットーリオたちを拾ったりとか王都に行ったりなんてのもそうだね」


「言われてみれば、このところずっとばたばたしていたというか……過去数十年分よりも、ここ一年くらいのほうが遥かに忙しいわね」


「うん。それでね……僕たちは今まで、自分の意志で道を選んでいるつもりだった。でも実は、僕たちの知らないところでたくさんの人たちの思いがそれぞれ動いていて……」


 ミモザは座ったまま、後ろに手をつく。そうして、よく晴れた青空をまっすぐに見上げた。


「色んなことが複雑にからみ合っていって、思いもかけない流れができる。そうして僕たちは、気づけばその流れに巻き込まれているんだ」


「無意識のうちに、大きな流れに押されるようにして、自然と道を選んでしまうことがある……そんな感じかしら」


 そう答えると、ミモザは小さくうなずいて、それから花畑ではしゃいでいるマリンを見た。


「だから、マリンの未来も……そういうことなんじゃないかな、って思い始めた」


「ええっと……つまり、マリンがどの種族を伴侶に選ぶか、それについて私たちがやきもきしても仕方がないんじゃないか、って解釈で合ってるかしら?」


「うん。……実は僕、マリンは人間を選ぶような気がしてならないんだ」


「奇遇ね。私もよ」


「もしそうなったら、先輩としてたくさん助言しておいたほうがいいね」


「人の中で生きるのに便利な魔法なんかも、教えてあげたいわ」


「まあ、きっとまだ先の話だけどね」


 ぴぃ?


 自分のことが話されていることに気づいたらしいマリンが、不思議そうな顔でこちらを見ていた。花畑の真ん中に立って、手折った花をそっとにぎりしめて。


「ああ、気にしないでマリン。そうだ、一緒に花冠でも作りましょうか」


 そう言って立ち上がり、マリンに歩み寄る。


「この白いお花は茎が長いから、編み込むことができるのよ。ほら、こんな感じで」


 ポンポンみたいな丸い花をつけたシロツメクサを長く茎をつけたまま摘んで、葉をちぎる。それを軸にして、同じように葉をむしったものを次々とからめるようにして編み込んでいく。


 きゃうきゃう!


「そうだね、綺麗だよね」


 はしゃいでいるマリンの隣に、ミモザも腰を下ろす。二人に見守られながら、さらに編み進めて。


「ある程度の長さになったら、端をつなげて、こうやって……」


 あっという間に、ちっちゃな花輪ができあがった。私の片手のひらに収まるくらいの、小さなわっか。


「はい、マリンにあげるわ」


 そう言って花輪をマリンの頭にのせてやったら、ぴゃあああーー!! と大喜びでぴょんぴょん跳ね回り始めた。


「ぴったりね。我ながらいい仕事をしたわ」


「頭のちっちゃな角に、うまいことひっかかってるね。それに、よく似合ってる」


 ミモザとそんなことをのんびりと話していたら、マリンがぴたっと足を止めた。それからいきなりこちらに振り返り、どどどと走ってくる。


 うぴゃぴゃうきゅうきゅっ!


「な、なにマリン、どうしたの?」


「『マリンもはなわ、つくる! おしえて!』って言ってる」


 既にマリンはシロツメクサを一本摘んで、慎重に慎重に葉っぱを落としている。そうして茎と花だけになったそれを、得意げに見せびらかしてきた。やる気まんまんだ。


「ふふ、じゃあ一緒に作りましょうか」


 そうして一緒に、花輪を作っていく。マリンがぎこちない手つきで編んでいくのを、そっと手を添えて支えながら。


 と、そんな私たちを眺めていたミモザがふと手を伸ばした。彼もまた近くに生えているシロツメクサを摘んで、慣れた手つきで編み始めている。


 やがてできあがったのは、人間の大人にちょうどいいくらいの花輪が二つ。マリンが作ったものと、ミモザが作ったもの。


「はい、これどうぞ」


 きゅきゅー。


 ミモザが編んだ花輪が私の頭に、マリンが頑張って作った花輪がミモザの頭の上に収まる。


「三人、おそろいね」


「楽しいね、こういうの」


 きゅー!


 ぽかぽか気持ちいい日差しの中、素敵な花々に囲まれて、親子三人で遊ぶ。


「平和、だわ……」


 そうつぶやく自分の声は、とても穏やかで、ちょっぴり眠そうだった。

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