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152.子供の行動力はすさまじい

 それから私とミモザは毎日、マリンを森の奥に連れ出していった。ウサギにキツネ、リスにイノシシ、シカ。そんな生き物を見せて回ったのだ。


 しかしマリンは、そういった動物を伴侶に選ぶ気はさらさらないようだった。


「竜ってね、生まれつき伴侶を見極める力を持ってるんだ。僕がそうだったように。だからマリンも、その相手に出会えれば『これだ!』って分かるはずなんだけど。相手に受け入れてもらえるかはともかく」


「あの子にとって、リスは犬猫と同じ扱いだったわ……キツネとは、威嚇し合ってたわね……」


「イノシシともにらみあってた。シカはちょっと怖がってたかも」


「というか、ウサギは明らかに食べ物として見てたわよね、あの子」


「そのうち、狩ってくるかもね。血抜きの仕方、早めに教えておこうかなあ」


 森の奥の小さな空き地で、ミモザと二人困り顔を見合わせる。マリンはのんきに、蝶々を追いかけていた。


「あの子の伴侶は、小さな動物ではなさそうだよね。それもどっちかというと、肉を食べる生き物かな。そんな気がする」


「となると、あとはクマとオオカミ? 鳥もありなのかしら」


「あるいは、あの子の故郷……生まれた場所の近くにしかいない生き物かも。海の生き物とか」


「だったらひとっ飛び、行ってみない?」


「行くのは構わないけど、マリンはまだ隣国には行きたがらないと思うんだよね。嫌な思い出が残ってるし」


「言われてみればそうね。だったらひとまず、クマやオオカミを探してみる?」


「オオカミか……こちらから出向かないと会えないんじゃないかな」


 そうつぶやいて、ミモザがふと目を伏せる。


「……僕の先代の竜は、大きな白いオオカミの姿になることができたっていうのは覚えてる?」


「ええ、忘れたりしないわ」


「その竜と伴侶のオオカミは、どこの群れにも属さずに、この森を悠々と駆けていたんだ。この森に住む全てのオオカミの、王様みたいな存在だった」


 懐かしそうな目で、ミモザは周囲の森を優しく見つめている。


「そして先代の竜はね、時折こっそり森の外に出て、あちこちに自分の匂いを残してた。ここは自分のなわばりだから、この辺で悪さをするんじゃないぞって」


「それってもしかして、近くの村の人たちを守ってたの?」


「うん。オオカミが村を荒らせば、村人は怒って森に押しかけてくるかもしれない。そんなことになったら騒がしくて嫌だ、っていうのが本心だったけどね」


 その言い分に、ついくすりとしてしまう。あの先代の竜とは、一度だけ会った。老いていたし全身に苔が生えていて薄緑色になっていたけれど、いたずらっぽい金色の目はミモザとよく似ていた。


 きっとあの竜は、それでも人間のことが結構好きだったのかもしれない。


「……で、今は僕の匂いを警戒して、オオカミたちは森の奥に引っ込んでいる。だから、探しにいかないとオオカミには会えない、そんな気がするんだ」


 びゃーう。


 すっかりお喋りに夢中になっていた私たちを、そんな声が現実に引き戻す。蝶々に逃げられてしまったらしいマリンが、ぷうと頬を膨らませてこちらを見ていた。


「ああ、ごめんなさいね、放ったらかしにして」


「それじゃあ今度は、小鳥が集まる泉に行ってみようか」


 そうして私たちは、ぴょこぴょこ跳ね回るマリンを連れて、さらに森の奥に向かっていったのだった。


 オオカミの話は、ひとまずそこで終わった。終わるはずだった。




 マリンが森の外に行きたがらないように、私たちも自然と森から出なくなっていた。大体のものは加工の魔法で作れるし。魔法で作れない野菜の種はたっぷりと買いこんだし。


 そうこうしているうちにマリンも森の外への興味をなくしてくれたらしく、毎日ご機嫌で森の中を走り回るようになっていた。


 短時間なら、一人きりで遊びにいくこともできるようになっていた。成長したわねえと、私たちはそんなマリンを見て笑っていた。


 平和だなあと、そんなことを思っていた。


 のだけれど。


 甘かった。




「ジュリエッタ、マリン、ご飯できたよ」


「ありがとう、ミモザ。じっくり煮たシチューと、野菜の素揚げね。ふふ、おいしそう……」


 今日の料理当番はミモザだ。それぞれ得意料理も味付けの傾向も違うから、こうやって交代で料理をすると、よりたくさんおいしいものが食べられる。


「あら? マリン、どこかしら。ついさっきまで、その辺でボール遊びをしてたのに」


「マリン、ご飯だよ? マリンの好きな野イチゴもあるよ?」


 たまに、マリンは勝手にかくれんぼをしていることがある。あちこちの物陰で、私たちが探しにくるのをわくわくしながら待っているのだ。多分今回もそれなんだろうなと、二人で家じゅう探して回る。


 でも、マリンは見つからない。


「もうすぐご飯だって分かってるはずだから、森の奥に行ったりはしないでしょうし……」


「だったら、その辺の木の上とかかな」


 小屋を出て、きょろきょろと周囲を見渡す。


 マリンの鮮やかな青いうろこは、この森の中では結構目立つ。彼女もそれには気づいているから、うまいこと木の枝の上に身をひそめたり、落ち葉をかぶって平らになっていたりしている。日に日に、隠れ方がうまくなっていた。


「見当たらないわね……どうしたのかしら」


 その時、ぴいいーという声がかすかに聞こえてきた。それも、とても遠くから。


「えっ、今のってどこから!?」


 戸惑うことしかできない私とは違い、耳のいいミモザは音の出所をきちんと把握しているようだった。険しい顔で、まっすぐに遠くを見つめている。


「森の外。……近くの村の、そば。何かにびっくりしてる」


 次の瞬間、私たちは全力で走り出していた。早く、マリンを迎えにいかなくちゃ。頭にあるのは、そのことだけだった。




 ミモザが先に立って、私を案内する。森を出て、近くの村のあるほうに走り……そうして、気がついた。


 ここはずっとずっと昔に、ミモザがオオカミと戦った場所だ。私と過ごした二回目の冬。村を襲おうとしたオオカミの群れを、彼は竜の姿で追い払ったのだ。


 ……そうしてミモザは、心に傷を負った。


 百年近く前のことだから、彼はもう気にしていないのかもしれない。でも私は、まだ忘れられないままでいた。あの時のミモザの、沈んだ顔も。


 そういえば、どうしてあの冬だけオオカミが村を襲ったのだろう。あの頃、もうこの森やあの村にはミモザの匂いがしていただろうに。


 複雑な思いとちょっとした疑問を抱えて走っていたら、村人が数名集まっているのが見えてきた。その前の地面にちょこんと座っている、マリンの小さな青い姿も。


「いた!」


 飛行の魔法を使って少しだけ浮き、風の魔法も駆使して思いっきり加速する。


 文字通り飛ぶようにして、村人たちとマリンの間に割って入った。そのままマリンを抱きかかえ、つんのめるようにして急停止する。


 勢いあまって転びそうになるのをどうにか踏みとどまり、村人たちに向き直った。


 この子のことも化け物呼ばわりしたらただじゃおかないんだから。そんな気迫をこめて、力いっぱい村人たちを見すえた。


 マリンは私の腕にしがみつき、ちらちらと村人を見ている。興味半分、怖いのが半分といった感じだ。


 ミモザも私に追いついてきて、隣に並んだ。その横顔には、とても静かな表情が浮かんでいる。


 村人たちはみんなぽかんとしている。マリンを見かけて驚いたところに、私たちが突然現れてさらに驚いているのだと思う。老人が二人に、子供が三人。孫と散歩していた祖父母といったところかな。


 おじいさんが一歩進み出て、おそるおそる口を開いた。


「……もしかして、森の魔女様でしょうか」


 私たちは、この村にはもう長いこと来ていない。ミモザが傷ついたあの冬の嵐の夜から、ずっと。


 でも、私たちのことはこの辺りでは広く知られている。飛行の魔法を派手に使ったからか、村人たちはあっさりと私の正体に気づいてくれたようだった。名乗る手間が省けて助かった。


「ええ、そうよ。彼は私の伴侶。そしてこの子は、私の養い子。竜という珍しい生き物よ」


 その言葉に応えるように、マリンがきゅいと小さく鳴いた。


 村人たちの目が、さらに見開かれる。と、老人二人がくしゃりと顔をゆがめて、嬉し泣きのような表情になった。


 あれ、予想外の反応だ。どうしたのと尋ねようとしたその時、彼らはゆっくりと口を開き、奇妙な言葉を発した。


「ああ、お白様にそっくりじゃなあ……」

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