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151.春が来たのはいいけれど

 それからも、ちょくちょく森の奥に遊びにいった。山まで行って、斜面をそりで滑ったり。


 いつになく、元気に動き回る冬になってしまった。去年ばたばたした分、今年の冬はゆっくりしたいなと思っていたのだけれど、こればっかりは仕方ない。子供はたっぷりと遊ばせないとね。


 そして時折、使い魔を通してメリナと話す。王宮のほうも、特に問題なく平和に過ごせているらしい。よかった。


 一度、ヴィットーリオが使い魔越しに話しかけてきたこともあった。私たちの声を聞いて、彼はとてもほっとしているようだった。


 また何かの折に、こちらに顔を出していただけたら嬉しいです。彼の声には期待がこもっていたけれど、ちょっぴり寂しそうでもあった。


「……ねえミモザ、ちょっとお願いがあるんだけど」


「うん。任せて」


 ヴィットーリオとの会話が終わってすぐ、前置きもなくそう切り出す。しかしミモザはあわてず騒がず、お願いの内容すら聞かずにすぐにうなずいていた。


「落ち着いたら、三人で王宮に遊びにいこう。きっとみんな、マリンを見て驚くだろうし」


 くすりと笑ったミモザが、視線を宙にさまよわせて考える。


「といっても、マリンがそこまでの長旅に耐えられるかなあ……王都までは野宿を挟むし、飛んでいる時間も長いしね」


「あの子がもうちょっと育ってから、かしら」


「あるいは、あなたが背負っておく? 抱っこ紐かなにかで」


「背中で大暴れしそう……」


 私たちがこそこそと話している間、マリンは積み木で遊んでいた。何の気なしに作って遊び方を教えてみたら、すっかり気に入ったようでずっと遊んでいる。


 私とミモザの真似を続けているうちに、マリンはちょっとずつ手先が器用になってきた気がする。出会った頃から大きさはほとんど変わらないけれど、中身のほうはどんどん成長しているようだった。




 そうこうしているうちに、春が来た。雪が解け、あちこちで緑の芽がほころび、虫や獣たちも活発に動き始める。浮かれずにはいられない、素敵な季節だ。遊ぶにはもってこい。


 とはいえ、春になったらなったで、やるべきことが次々と出てくる訳で。


 まずは、冬ごもりの間に残り少なくなってしまった食料やら雑貨やらを買いにいかないといけないし、畑を耕して種をまいて葉物野菜を育てたい。冬の間は、どうしても根菜や保存食中心になるから、春の葉物野菜はとびきりおいしく感じられる。


 私とミモザはいつも通りに、春の支度を始めようとした。ところが、そこで一つ困りごとが出てきてしまったのだ。




 ぎゅー!! ぎゅぎゅぎゅー!!


「マリン、これからミモザは買い物をしに森の外に出るの。ついていったら駄目よ。私と一緒にお留守番しましょう」


 どすどすと小屋の床を踏み鳴らしながら鳴き叫ぶマリンを、床に膝をついて必死になだめる。さっきからずっと、この調子だ。


 その隙をついて、そろそろとミモザが小屋から出ようとする。しかしマリンはすかさず入り口にすっとんでいって、がっちりとミモザの足にからみついてしまった。何がなんでも、森の外に出たいらしい。


 最近のマリンは、妙に聞き分けが悪くなっていた。ちょっとしたことですぐにわがままを言うようになったし、こうやって私たちの手をわずらわせることも多くなっていた。


 ここで安心して暮らせるようになったから、甘えているのだろう。大きくなったら落ち着くだろうし、今はどっしりと構えていよう。


 それが、私とミモザの出した答えだった。


 ……とはいえ、今日は特に頑固だ。いつもなら、留守番するほうが気を引いてやればすぐにおとなしくなるのだけれど。遊ぶのに夢中になって、外のことを忘れるというか、そんな感じで。


「これ、駄目そうだね。僕がマリンを捕まえておくから、あなたが買い出しにいってくれないかな」


「ええ。子守り、お願いね」


 ミモザからカバンを受け取り、するりと小屋から抜け出す。背後から、びゃー!! という泣き声が聞こえてきたけれど、マリンは追いかけてこない。


 単純に腕力があるからなのか、それとも竜にしか分からないこつでもあるのか、ミモザはマリンを捕まえておくのが妙にうまい。それと、子守りも。


 前から思っていたけれど、やはりミモザはいいお父さんだ。そんなことを思いながら、黒い土がむき出しになった森の小道を進んでいった。




「やっと静かになってくれたわ……今日は飛び切りごねまくっていたわね」


 無事に買い出しも済ませた私は、今日の夕食をマリンの好物尽くしにした。力ずくでお留守番させた、せめてものおわびに。


 干し果実とナッツがたっぷり入ったパウンドケーキに、塊肉に香草をまぶしてじっくりと焼いたローストビーフ、じゃがいものペースト添え。


 それをきれいに……というか、私たちと同じだけ食べてるんだけど……平らげたマリンは、昼間あんなに騒いでいたことなんてすっかり忘れたかのように、椅子の上であおむけになって爆睡している。


 そんなマリンを見ながら、ミモザと静かに話し合う。


「ねえ、ジュリエッタ。あなたが買い物にいっている間にマリンと色々話してたんだけど、この子、外に出てあちこち見て回りたいんだって」


「見世物にされた心の傷が癒えてきて、外に興味が出てきた……ってことかしら」


「そうだと思う。マリンは元々、かなり好奇心旺盛だし。しかも見世物にされてたせいで、人間を見慣れちゃってるから」


「……人間慣れ……もしかしてマリンは、村とか町とか、そういうところで遊んでみたい……なんてことを考えてたりするの?」


「実はそうなんだ。『パパとママがいるから、もう怖い人には捕まらないもん。だからお出かけしても大丈夫だもん』って、胸を張って主張してた」


 その姿が目に浮かぶ気がする。ちょっとわがままになったマリンは、それでもやっぱり私たちのことが大好きで、寝る時はみんな一緒がいい! と騒ぐのだ。


 だから彼女と一緒にここに戻ってきてから、私とミモザは自分たちの寝台を動かしてくっつけて、三人並んで眠ることにしていたのだ。


「そうねえ……それはまあ、どんな手を使ってでも、あの子を守るつもりではあるけれど」


 ぼそぼそとつぶやきながら、想像してみる。


 近くの村や宿場町を、マリンを連れて散歩する私たち。道行く人々はマリンを見るとぎょっとした顔になり、そろそろと距離を空ける。


 ちょっとおやつにしましょうか、と近くの屋台に顔を出すと、店主が引きつった笑顔で料理を渡してきて。


 あ、でも子供たちとは仲良くなりそうな気もする。この生き物、何? とか聞かれそうではあるけれど。遊び友達くらい、すぐにできるんじゃないかしら。


 ……周囲の目さえ気にしなければ、案外大丈夫なような?


 ああでも、隣国での竜騒動の噂がこっちまで流れてくるかもしれない。そうなったらかなりまずいかも。


 だって青い竜の子は、白き竜の神様が連れていったことになっているのだし。神様からさらに譲り受けたってことにしてもいいのだけれど……それはそれでややこしいわ……。


 もうしばらく考えて、慎重に口を開く。


「……マリン、いっぺん人間の世界から切り離してみてもいいかもしれないわ……春になったから、森の中でもたくさんの出会いがあると思うのよ。こないだも、小屋のすぐ近くでキツネを見かけたし」


 突然話を変えた私に、ミモザもすぐにあいづちを打ってくる。ちょっと不自然なくらいに明るく。


「シカたちも森の奥から出てきたしね。できればマリンには、人間以外の生き物とつがいになって欲しいなって、僕もそう思う。……僕が言えたことじゃないけど」


 それから、二人して黙り込む。


 ミモザは生まれてすぐに、私を伴侶にしたいと望んだ。そしてそれからずっと、私のそばにいる。けれどそんな彼ですら、私を人間の世界から切り離してしまうことに罪悪感を覚え、一度は身を引こうとした。


 そして私は、そんな彼を追いかけて……ミモザが笑っていられる、一人ぼっちになったりしない未来を選び取った。


 でもそれは、私が追放された身だったから、ということも大きく影響していたのだと思う。


 あの頃の私は、いつか王都に舞い戻ってヴィートのやつをぎゃふんといわせてやるんだ、そして両親に再会するんだって、そう息巻いていた。


 けれど同時に、心の片隅で感じていた。この願いがかなうことはないのだろうな、と。


 この辺境でどうにかこうにか暮らしていけるようになったことだけでも、十分すぎるくらいに奇跡のようなものだったのだと、私は理解していたから。


 私はきっと、ずっとこの辺境で一人静かに暮らしていくのだろう。言葉にできない虚しさを抱えて、それでも元気に過ごしていた時、ミモザに出会った。


 彼は私の胸に空いた穴を埋めてくれた。彼と一緒なら、何でもできる気がした。ずっと一緒に笑っていたいと、素直にそう思えた。


 だから私は、人間であることを止めた。


「……私みたいなとんでもない人間、そうそういないでしょうし……」


 ふとつぶやくと、ミモザもふうとため息をついた。


「うん。普通の人間なら、竜のために全てを捨てるなんて絶対にしないだろうし」


「かといって、不老長寿に興味があるような人間もね……」


「そもそもそんな人間を、あの子に近づけたくないよ。どう利用されるか分かったものじゃないし」


「全面的に同意するわ。うちの娘を、そんな相手に嫁にやってたまるものですか」


 そうしてまた、二人して口を閉ざす。


 ……マリンが人間に興味を持ってしまったら……あの子は伴侶を得る前に、たくさんたくさん苦労することになるだろう。もしかしたら失恋するかも。そんなのはかわいそうだ。


「……これから、森の散歩を増やそう。マリンが素敵な出会いを見つけられるように」


「そうね。それしかないわね」


 うなずき合う私たちの視線の先には、相変わらず気持ちよく寝ているマリン。安らかなその寝顔が、急にぎゅっとしかめられる。


 うぎゅぎゅぎゅぎゅ……。


 そんな小さな声が、その口からもれていた。寝言だ。不機嫌な時の声に似ているけれど、もうちょっとどすの効いた低い音だ。


「……うわあ、すごいこと言ってる」


「なになに?」


「『よくもマリンをいじめたな! 今度はおっきくなったマリンが、お前たちをこらしめてやる! ちっちゃなおりに閉じ込めてやるから、かくごしろ!』って」


 ミモザが訳した内容に、思わず吹き出す。


「マリンったら、やっぱりあの一座への恨みは忘れてないのね……」


「まあ、それだけの仕打ちは受けてきたからね」


「でも私、マリンがあの人たちをとっちめるところ、ちょっと見てみたいかも」


「気持ちは分かる。ほらマリン、そんなところで寝たら風邪をひくよ」


 ミモザが優しく呼びかけて、眠るマリンを抱き上げる。さっきまで低くうなっていたマリンが、ぴゃうぴゃうと可愛らしい声を出し始めた。


 それを聞いて、また二人で笑う。毎日とっても忙しいけれど、この寝顔を見ていると力がわいてくる。


 明日もまた、頑張ろう。……そう思っていたのだけれど。

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