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149.今年は冬も元気に

 毎日にぎやかに過ごしているうちに、季節は秋から冬に移り変わっていた。木々が葉を落とし、寒々とした姿になった森の中を、マリンはやはり元気に走り回っていた。


「マリン、ほとんど大きくなってないわね? 抱っこしやすいから助かるけれど」


 今日も今日とて水路を泳ぐマリンを見守りながら、そっと首をかしげる。


「たぶん、まだちっちゃいままでいたいんだよ。どんな相手とつがいになるか、まだ分からないから」


「大きくなってしまうと、リスとかウサギなんかとは親しくなりにくいから……って感じかしら」


「そうだよ。反対に僕は、早く大きくなりたかったんだよね。あなたが振り向いてくれるような、一人前の竜になれるように」


「ふふっ、あなたは本当にあっという間に育ったものね。それまでずっと一人だったから、頼もしくはあったけれど……もっと、ちっちゃくて可愛かった頃のあなたを甘やかしていたかったかも」


 昔を思い出しながらそう言うと、ミモザは軽くかがんで頭を差し出してきた。冬の灰色の風景の中でもきらきらと輝く、白銀の髪が目の前で揺れている。


「甘やかすのなら、今でもできるよ? ほら、なでてよ」


「もう、私より大きくなったのに……」


 苦笑しつつ、手を伸ばして頭をなでる。彼が子供の頃から変わらない、さらっさらの手触り。


 ミモザは目を細めてうっとりとしていたけれど、ふと何かを思いついたようにくすりと笑った。


「そうだ、今度は僕からお返し」


 言うが早いか、ミモザは私の手からするりと抜け出て、今度は私の頭をなでてくる。


「ふふ、こういうのも新鮮ね」


 なんだか楽しくなってしまって、もう一度ミモザの頭をなで返す。気づけば私たちは、きゃあきゃあとはしゃいでしまっていた。


 ぴゃう!


 そんな叫び声と共に、マリンがぴょんと割って入る。どうやら、私たちが楽しそうにしているのが気になったらしい。


「仲間はずれにしたんじゃないよ。君が泳ぐのに夢中だったから、そっとしておいただけだって」


 ミモザの頭にこつんと頭突きをしながら小声でうなっているマリンに、ミモザがくすぐったそうに笑う。


「そうよ。ほら、ミモザをつっつくのはやめなさい」


 そう言って、マリンを抱きかかえる。水をはじく青いうろこのおかげで、服も手も濡れはしない。


「あらもう、こんなに冷えちゃって。ほら、そろそろ家に戻りましょう」


 マリンを抱えて、小屋に向かって歩き出す。マリンは私の腕の中で丸まって、きゅうきゅうとご機嫌な声を上げていた。


「……竜の姿なら、冷えていても寒くはないはずだけどね」


「いいの。甘やかしたい気分なんだから。ほらミモザ、あなたも一緒に戻りましょう。蜂蜜とミルクを入れた薬草茶、いれてあげるから」


「わあい、あれ好きなんだ。あなたにいれてもらったのは、特に」


 そうして、三人一緒に小屋に足を踏み入れる。暖かな、我が家に。




 今年の冬は、とても穏やかだった。静かに雪が降り、ゆっくりと温度が下がっていって。


 森はしんと静まり返り、全てが眠りについている。私たちも、小屋にこもってゆっくりと過ごしていた。


 ぴゃうー!!


 しかしそのせいで、マリンがすっかり退屈してしまっていた。マリンは今、細く開けた小屋の窓から頭だけを突き出し、積もった雪を眺めて騒いでいるのだった。


 なんでも、彼女の先代の竜が暮らしていた地域には雪なんてめったに降らないとかで、マリンも生まれて初めて見る雪に興奮を隠せなくなっていた。


「少し、外で遊ばせてあげたほうがいいんじゃないかな。おもちゃをかじるのも、ボールを取ってくるのももう飽きたみたいだし」


「そうね……冬はだんろの前でゆっくりしているほうが好きだけれど、仕方ないわね」


 二人でうなずき合って、マリンに声をかける。


「外に行こうか、マリン」


「雪遊びしましょう」


 返ってきたのは、びゃあうううううー!! という悲鳴のような歓声だった。




 それからみんなで外出の準備をする。冬用の上着を着込んで、手袋と帽子と、それに脂をしっかり塗り込んだ革のブーツと……。


「だんろの火、消しておいたよ。窓もマリンが閉めてくれた」


 私がもたもたしている間に、ミモザとマリンは支度を終えていた。そもそもマリンは防寒具どころか服すら着ないし、ミモザも上着を一枚羽織るだけだ。


「待って、もうちょっと……よし、できたわ。それじゃあ行きましょうか」


 そうして小屋を出る。小屋の周囲だけは雪かきがしてあるけれど、獣道なんかはすっかり雪に埋まっている。


 ちょうど昨夜雪が降ったということもあって、膝くらいまで積もっている。この雪を押しのけながら進むのは大変だ。


「だったら、あれを試してみましょうか。マリン、ミモザ、私から離れないでね」


 ミモザと腕を組み、マリンを抱っこする。そうして、飛行の魔法を使った。ふわふわの新雪のちょっとだけ上を、滑るように飛んでいく。


「もっと熟達すれば、木々を飛び越えて目的地まで一気に飛んでいけるのだけれどね」


 正直、飛行の魔法はあんまり得意ではない。元々、空の旅の途中にうっかりミモザから落っこちた時のために覚えたので、ふわりふわりとゆっくり降りられればいいやとしか考えていなかったのだ。


 それがこないだの砂漠の旅で、砂のすぐ上を浮きながら進むという使い方を編み出した。高く舞い上がるのに比べてずっと魔力の消耗も少ないから、ミモザとマリンも余裕で運べる。


「思ってたよりずっと便利だね。僕も練習してみようかな?」


 ぴったりと寄り添って、ミモザが笑う。それはそうとして、腕の中のマリンがうずうずしているような気が……。


 びゃう!


 突然マリンが、声を上げた。と思ったら、いきなりぴょんと跳ねて、すぐ下の雪にずぼっともぐっていってしまった。


 あっという間に彼女の姿は見えなくなり、後に残るのは雪の上にぽっかりと空いた穴。


「えっ、マリン!?」


「うわあ……そうきたか。子供ってほんと、予測できないことをするよねえ」


 二人呆然としていたら、道の先のほうでぼこっと雪が割れ、笑顔のマリンがひょっこりと出てきた。どうやら雪の中をもぐって、先に進んでいたらしい。


 きゅーう。


 そうして、私たちを呼んでいる。早くここまで来てよ、と言いたげな声だ。


「はいはい、今行くから」


「子供は元気だねえ」


 二人で苦笑しながら、またマリンを追いかける。しかし追いついたとたん、マリンはもう一度雪にもぐって、先へと進んでしまった。


 でも、またちゃんと私たちの目の届く範囲に顔を出してくる。そうして、私たちがきちんとついてきていることを確認しては、嬉しそうに笑うのだ。


 そんなことを繰り返して、私たちはどんどん森の奥に向かっていった。

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