148.ちっちゃな竜は大はしゃぎ
それから私とミモザは交代で、近くの村やら宿場町やらに買い出しに行っていた。
ぴゃぴゃーう?
「ミモザはね、今近くの宿場町に買い物に行っているのよ。マリンも、色んなご飯を食べてみたいでしょう?」
どうしてミモザがいないんだろう、と小首をかしげているマリンにそう答えると、マリンは納得したように目を丸くして、それからいきなり走り出した。
小屋の中は物が増えてきつつあるけれど、マリンはぶつかることもなくするすると器用にすり抜けている。
マリンを一人にするとものすごく寂しがるし、下手をすると追いかけてきて森の外に飛び出しかねない。とにかく、忙しく走り回るのが好きな子だし。
だから私たちはこうやって交互に子守りをして、交互に買い物に出ていたのだ。
「小さな頃のミモザは、やんちゃだったけどもっとおとなしかったわね……」
空いた窓からするりと外に出て、通りすがりの蝶々を追い回しているマリンを見ながら、しみじみとつぶやく。
「って、一人で森の奥に行っちゃ駄目!」
獣道を突っ走り始めたマリンを、あわてて追いかける。
なぜだろう。ちっちゃな頃のミモザは、安心して一人での探検に送り出せた。実際ミモザはあちこち散歩して、魚や薬草、小枝の束なんかをお土産に持って帰ってきていたものだ。
でもマリンを一人で行かせたら……何が起こるか、見当もつかない。
「マリンのほうが子供なのか、ミモザが案外おとなびてたのか、あるいはただの個体差か……」
窓枠にもたれて外を見ていたら、蝶々がマリンの手を逃れて鼻先にちょこんと止まっていた。それが嬉しいのか、マリンは動きを止めて目を細めている。
「平和ねえ……」
蝶々をおどかさないように、そっと息を吐いた。
そうやってせっせと買い出しを続けていたおかげで、じきに、がらんとしていた小屋の中にたくさんの物があふれるようになった。
冬支度を兼ねて、保存食を多めに。毛皮や毛布も買い足して。
食器やなんかの細々としたものも、好みのものを探して買った。鮮やかな色がつけられた素敵な陶器なんかは、さすがに加工の魔法だけでは作れないし。器を焼くための窯を作るのは、さすがに面倒だ。
マリンのために、可愛いお皿も買った。特別な日のごちそうを盛り付けるためのものだ。明るい砂色の地に、優しい桃色で花が描いてある。
このお皿がよっぽど気に入ったらしく、マリンはそのお皿を宝物入れにしまい込んでしまった。そうして時々取り出しては、じっくりと眺めている。
「まさか、この箱がまた使われる日が来るなんてね」
「そうね。この箱って、あなたの寝床にしようと思って用意したものだったけれど……こんなに長いこと、大切に保存されるなんて思わなかったわ」
マリンが宝物入れにしているのは、古びた木箱だ。結局ミモザがこの木箱で寝ることはなかったけれど、彼は木箱を大切にして、宝物をしまい込んでいたのだった。
彼が大きくなってからは、さすがに宝物はきちんと引き出しや棚にしまわれるようになったけれど、それでも彼は木箱を手入れし続けていたのだった。
そんな思い出話をしている私たちをよそに、マリンはちっちゃな手で皿を持ち、ぐっと顔を寄せて花の絵を見つめていた。
買い出し以外にも、やることはたくさんあった。まずは小屋のそばに引いてある水路を掃除して、形を整えた。
春先の長雨による影響はこっちでも出ていたらしく、水路の流れが変わってしまっていたのだ。そのせいでところどころ水がよどみ、濁ってしまっていたのだ。これを飲むのはさすがに嫌だ。
なのでちょちょいと、元に戻すことにした。一度水路をふさいで水を抜き、その隙に加工の魔法で水路を直して、ついでに掃除もしたら、はいおしまい。
きゃうおー!!
新しく掘り直した水路は、さっそくマリンの遊び場になっていた。海の近くで生まれたからなのか、マリンは泳ぐのが大好きだ。
マリンは延々と水路を泳ぎ続け、小川と小屋を延々と往復していた。これ、放っておいたら疲れ果てるまで泳ぐんじゃないかしら。
「マリン、どんどん泳ぐのがうまくなるわね……」
「僕は泳いだついでに色々見つけるのが好きだったけど、マリンは速く泳ぐのが好きみたいだね」
「冬になったら泳げないし、今のうちに好きなだけ泳がせておきましょうか」
水路を眺めながら二人でそんなことを話していたら、ばしゃん、とマリンが跳ねた。魚みたいに。
そうして、きゅい、と一声鳴いて、また水路にもぐっていってしまう。
「……『冬になっても泳ぐの!』だってさ」
「……まあ、この辺りの川は凍りつかないから……いいのかしら?」
「いいんじゃないかな。僕たち竜って、竜の姿だと暑さ寒さには強くなるし」
そうして二人、くすりと笑ったのだった。
まきも集めた。はしゃぐマリンを巻き込まないように気をつけながら木を切り倒し、細かく切り分けていく。まきを積み上げる作業は、マリンも手伝ってくれた。
さらに私たちは、散歩を兼ねて森の奥に繰り出していた。
最初に足を運んだのは、森の奥の奥にある鉱脈。私たちの重要な資金源である、宝石の原石がここで採れるのだ。
私たちはもう十分すぎるくらいにお金を持ってはいるけれど、その大半は王都の森の小屋に置いてきた。
メリナたちに頼んでそちらの小屋はきっちりと警備を固めてもらっているから、そちらは心配ないのだけれど、ちょっと今の手持ちが心もとない。
小屋のそばにある小川は、上流で二股に分かれている。片方は時々遊びにいく大きな湖につながっている。
そしてもう片方の流れを延々とさかのぼっていくと、この鉱脈にたどり着けるのだ。川のすぐそばの岩壁に、ころころとした宝石の原石が埋まっている。
昔は下流の小川に流れ着いた原石を拾っていたけれど、今ではここで加工の魔法を使って原石掘りをすることが多い。
とはいえ、最近は資金稼ぎのためではなく、どれだけ美しい原石を見つけられるかという遊びになっている。色艶形、素敵なものを探すとなると中々に奥深いのだ。
「こっちも、春の大水で川の流れが変わってるわね。岩壁のそばまで水が来て……ちょっとやり辛いわね」
「こういう時は魔法を覚えていてよかったなって思うよ」
前は、この岩壁の前は小石の転がった川原になっていた。でも今その川原は、浅い水の流れに沈んでいた。
私は飛行の魔法を使って、水面よりちょっと上のところで浮いている。ミモザは水の魔法を使って、水面に立っていた。
加工の魔法を使って岩盤を変形させつつ、両手を岩壁に突っ込む。岩とは違う何かをつかんだら、そのまま手を引っこ抜く。
「あら、綺麗な緑色。ちょっと珍しいものね」
「こっちは赤、小さいけれど形はいい感じ」
そんなことを話していたら。足元で水がぱしゃんと跳ねた。それから、ひときわ大きな叫び声。
きゃきゃきゃきゃーうう!!
それは最高にご機嫌な、マリンの叫び声だった。彼女は浅瀬にもぐって、岩壁から外れて落ちた原石を探していたのだ。
どうやら、彼女のお眼鏡にかなう原石が見つかったらしい。ずぶぬれのまま私の体をするすると登ってきて、手にした原石を見せてきた。
「あら、これすごいわ」
「えっ、そうなの? ぱっと見は、レンガ色の小石だけど……」
ミモザの言う通り、マリンがにぎっている原石は一見地味なものだった。
けれど光の加減によって、虹色の輝きが浮かび上がる。私たちも長いこと原石集めをしているけれど、こんなのは初めてだ。
きゅういーいきゅいーうう。
マリンはご機嫌で、そんな歌のようなものをうなっている。
「すごいね、マリン。素敵な宝物になるね」
そう言ってミモザがマリンの頭をなでる。マリンはきゅっと目をつぶって、喜びに震えていた。
「失くさないように、袋か何か作ってあげましょうか」
きゅう!
原石をしっかりと握って、マリンはぽんと跳ねる。そのまま下の浅瀬にぽちゃんと飛び込んで、ぐねぐねと泳ぎ出した。
「元気だね、子供って」
「そうね。……あなたよりもヴィットーリオよりも元気だけど」
近くのせせらぎで、マリンがまた跳ねた。その手の原石が、きらりと光っていた。