146.星空の下、静かに語り合い
それから私たちは小屋の前の空き地で、たき火を囲んで夕食をとった。
今日のご飯は、岩塩と香草をまぶして焼いたサケと、途中で見つけたアケビ。伸び放題になっていた木々の枝にまぎれるようにして、アケビのつるが道の近くまで伸びていたのだ。
「……マリン、そんなにお腹が空いてたのかな……話しかけても返事がないし……」
「一心不乱に食べてるわ……邪魔したら怒られそうなくらいに……」
小ぶりのサケを一匹ずつのんびり食べている私たちの視線の先には、一番大きなサケにかぶりついているマリン。
彼女は『んきゅきゃきゅぎゅぎゅぎゅ』とかそんな感じの声をもらしながら、わき目も振らずにわしわしと食べている。ちょっと怖い。
「小さい頃のあなたも体格の割によく食べたけれど、あそこまでじゃなかったわ……」
「そうだね。僕たち竜は、とにかく大きくなるからなあ……でも僕は、もっと上品に食べてたでしょう?」
「ええ。まるで人間の子供みたいだわって思ってた」
「僕は、いつかあなたに伴侶になってもらうんだって決めてたからね。できるだけあなたに合わせてふるまえるよう、頑張ってた」
ずっとずっと昔の、小さかったミモザが考えていたこと。その可愛い考えに、自然と笑みが浮かぶ。
「あなたはずっと前から、頑張り屋だったものね。すぐに魚捕りを覚えて、小枝を拾い集めるのもうまくなって」
「必死だったなあ。でも、楽しかった」
「私もよ」
二人で笑い合い、また食事を再開する。マリンはサケを丸々一匹平らげて、さらに別のサケに食いついていた。
そうして食事を終えた私たちは、火の始末をして空き地で寝ることにした。もちろん、地面で寝るなんてことはしない。冷えるし、寝心地が悪いし。
その辺の木を風の魔法で切り倒して、加工の魔法でちょちょいと寝台を作った。それも、二人一緒に寝られる特大のものを。
それから小屋の中に残していた毛皮と毛布を引っ張り出して、ほこりをはたいてから寝台に敷いた。
生まれて初めて寝台を使うことになったマリンは興奮して、毛皮と毛布の間にもぐり込んでうぞうぞと走り回っていた。毛布のふくらみが右へ左へ動き回るのは、見ていて楽しい光景だった。
「それじゃ、今日はもう休みましょうか」
「ふふ、こんな風にあなたと野宿するのも久しぶりだね」
ミモザと一緒に寝台に上がり、横になる。空は見事に晴れていて、星々が降り注いでくるような錯覚を感じるほどに美しい。
そうして二人並んで、ゆったりと星を眺める。
ちなみにマリンは私たちの上に横たわって眠っている。ちょうど、毛布と私たちのお腹との間に。彼女の呼吸に合わせて、毛布がひこひこと上下していた。
「……また、思い出したわ」
寝転がって星空を眺めながら、ぽつりとつぶやく。大きな毛布を二人一緒に使っているから、隣のミモザの温もりがじかに伝わってくる。
「私が追放された最初の日も、こんな風にばたばたしていたのよ。小屋を掃除して、獣道を魔法で切り開いて、水と食べ物を探して……」
この森で暮らしながら、私は暮らしやすいように小屋に手を入れ、水路を整備し、消えかけていた獣道を切り開いた。
そうやって少しずつ環境を整えたこともあって、とても平和に、穏やかに生活できるようになっていた。道は歩きやすくなったし、食料は小屋にたくさん蓄えてあった。
だから道を覆いつくす雑草と格闘したり、一生懸命魚を追いかけたりなんて、本当に久しぶりだった。そのせいか私は、自然と昔のことを思い出しているようだった。
「あの時は、絶対に生き抜いてやるんだって、そのことだけ考えてた。だから、悲しんでいる暇すらなかった」
ああ、懐かしいなあ。
「そうしたら、森の中であなたに出会って……」
ミモザの先代の竜のことも、覚えている。今のミモザと同じくらい大きくて、でもそのうろこは苔むして緑がかっていた。今にして思えば、とっても優しい目をしていた。
「あれから、色々あったわね……信じられないくらいたくさんの思い出を作ってきたわ」
「そうだね。僕の思い出には、いつもあなたがいた。隣国を一人で旅して、そのことに気づいたよ」
ミモザがそう答えて、ぴったりと寄り添ってきた。私の手をきゅっとにぎって、私の頭にこつんと自分の頭を当ててくる。
「……自分で飛び出しておいてなんだけど、……寂しかったあ……」
ちょっぴり泣きそうな声で、ミモザがささやく。彼のほうに体を寄せて、ささやき返した。
「私も寂しかった。あなたがいなくなったって気づいて、気が気じゃなかった」
「そういえば、あなたはどういう流れで隣国まで来てたの? バルガスまでいたからびっくりしたけど」
「……アダンから事情を教えてもらってすぐに、王都を飛び出したの。当てもないから、一度この小屋に戻ってみようと思って……」
「それで王都から、馬車を飛ばしてきたんだね」
「じっとしているなんて、できなかったの。で、そうやって街道を突っ走っていたら、あなたが東の街の辺りにいたってメリナが教えてくれたのよ」
「その頃、僕は事情があって東の街の近くを飛んでたんだけど……どうしてメリナがそのことを知ってるんだろう?」
きょとんとしているミモザに、メリナたちが作ろうとしている探査網について説明してやる。
「……へえ、面白いことを考えたんだね、魔術師のみんな。ちょっと前まで追放先でふてくされてたとは思えないなあ」
「そうよね。あの子たち、本当に変わったわ」
「それもこれも、あなたが引っかき回したからだね」
ミモザがおかしそうにくすくすと笑う。揺さぶられたマリンが、もぞりと身じろぎした。ぷすうぷすうと心地よさそうな寝息を立てながら。
「……あの時は、我ながら無謀だったと反省してるのよ……一応」
いつまで経っても王宮に戻ってこない、へそを曲げた子供のようなふるまいをしている魔術師たちに腹を立て、そもそもの原因の一部を作ったファビオのえり首をひっつかむようにして、魔術師たちのところに押しかけていった。
ところがそれは罠で、私は捕まって幽閉されて、でもすぐ逃げ出して、シーシェやメリナたちと旅をして。ミモザが竜の姿で合流してきたとか、ヴィットーリオが誘拐されたりとか色々あった。
「……こうして改めて振り返ってみると、とんでもない旅だったわね……あの時も、今回も」
「ふふ、でも結局こうして無事に帰ってこられたからいいんじゃない?」
笑いながらそう言ったミモザが、ふと考え込むように言葉を途切れさせた。
「……帰って、きたね。僕たちの家に」
ほんの少し泣きそうな声で、ミモザがぽつりとつぶやいた。
「やっぱりこの森は、僕にとって特別な場所なんだ。僕が生まれた場所で、あなたと出会った場所で」
彼の言葉に、遥か昔の記憶がよみがえってくる。自然と私も、しんみりとしていた。
「どれだけ遠くに行っても、どこで過ごしていても、僕の根っこはここにあるんだ」
そうして、思い知る。ミモザとの約束を破った自分が、どれだけひどいことをしたのかを。
「……ミモザ」
そっと手を動かして、ミモザの手をにぎる。
「遅くなっちゃったけど……お誕生日、おめでとう」
「うん、ありがとう」
ぴったり寄り添って、夜空を見る。お腹の上にのっかったままのマリンが、満足げに大きく伸びをした。