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144.懐かしの母国へ

 そうして私たちは、拍子抜けするほどあっさりと国境を越えた。


 行きに通った、国境の谷にかかる橋が遠くに見えている。朝日を受けて、風景の中で白く浮き上がっていた。


「な、なあ……さっきから気になってたんだが」


 まだ高さに慣れきっていないバルガスが、おっかなびっくり尋ねてくる。


「ミモザ……下から見えてねえか? その、これだけ白いと目立つ気がするんだが」


『大丈夫だよ。透明化の魔法を使ってるから。……使ってるよね? たまに、使い忘れて飛んじゃうんだけど』


「問題ないわ。ちゃんと魔法を感じるから。それに見つかっても、変な噂が増えるだけだもの」


『もう神様扱いされたくないんだけどなあ。魔物扱いも困るけど』


 平然とそんなことを話している私たちを見て、バルガスがぼそりとつぶやいた。


「ほんと、あんたらは謎だらけだぜ……」


 そうこうしているうちに、東の街の近くの森にやってきた。この森にはミモザが下りられるくらいに開けた場所があるので、東の街に遊びにいく時は、いつもここに降りることにしている。


 バルガスに手を貸して、一緒にミモザの背から降りる。そうしてミモザが人間の姿になって、服を着て。


「それじゃあ、今までありがとう。本当に助かったわ。はい、これ今までの賃金ね」


 そう言って、まだ呆然としたままのバルガスに金貨の入った小袋を差し出した。


 神殿の街で竜の子の檻にお金を置いてきたけれど、バルガスに渡す分のお金は、ちゃんと別に取っておいたのだ。


 バルガスはぼんやりしたまま、のろのろとそれを受け取る。しかし小袋の中を見た瞬間、我に返ったようだった。


「おい、こんなに受け取れねえぞ。確かにあんたに雇われることにはなったが、俺は俺で恩返しのつもりだったんだからな」


「それくらいの働きはしてくれたわ。あなたのおかげで、こうしてミモザにも会えたんだし。正直、もっと支払いたいくらい。……ミモザ、あなたまだ手持ちがあるわよね?」


「うん。僕も小屋を出る時、十分にお金を持ってきたし」


 バルガスには世話になった。本当に世話になった。というか、迷惑もかけてしまった。ミモザの背の上で、一座の者に囲まれているバルガスを見た時は血の気が引いた。


 だからどちらかというと、恩を返したいのはこちらのほうだ。彼がいなかったら、今でも私はミモザと再会できていなかった。断言できる。


 そんな私の……私とミモザの気迫が伝わったのか、バルガスがぴたりと口を閉ざす。考え込んでいるらしい。


「お願い、受け取って。でないと彼女、受け取るまであなたのことを追い回すかもしれないよ?」


 そんな彼の迷いを見て取ったミモザが、すかさず言葉を添える。


「こうと決めた時のジュリエッタの突進っぷり、あなたも知っているでしょう?」


「……確かにな。今回の旅で、さらに思い知らされたぜ……さすがは魔女様だ」


「だから、ここで受け取っちゃうのが一番楽だよ。使い道はあなたが好きに決めていいんだし。ほら、東の地区のみんなのために使うとか、そういうのもありだから」


 その穏やかな笑みに、ようやくバルガスもあきらめてくれたらしい。ふうと息を吐いて、小袋をしまい込んだ。


「受け取っちまえば、その後はどう使おうが俺の勝手……でいいんだよな。助言ありがとよ、ミモザ」


 にやりと笑って、バルガスは荷物を背負い直す。


「じゃあ、俺はそろそろ東の街に戻るが……あんたらはどうするんだ?」


「ひとまず人の来ないところでゆっくり休むわ。この子をどうするか、考えないといけないし」


 私の言葉にあいづちを打つように、竜の子がきゅい! と鳴く。


「それでね、僕の正体とこの子のことについて、内緒にしておいてもらえるとありがたいんだけど」


 ミモザがのんびりとそう言うと、バルガスは力強くうなずいた。


「ああ、言うもんか。あんたらの迷惑になるような真似はしねえよ」


 そこで彼は、ふと視線をさまよわせた。戸惑いがちに、小声で付け加える。


「……というか、話しても信じてもらえる気がしねえ……」


「だよね」


「でしょうね」


 そうやって笑い合ってから、バルガスを見送った。さわやかな秋晴れの朝日の中、ごつい背中が遠ざかっていく。




「ミモザ」


「なあに、ジュリエッタ」


「もう、突然いなくなったりしないでね」


「うん」


 そのまま、二人並んで立っていた。竜の子も、静かに抱っこされていた。


『……それで。結局、連れて帰っちゃったんですか』


 そんな静寂を、聞き覚えのある声がさえぎった。


「あ、メリナだ」


 私の服の中から、いつぞやの青い鳥がぴょこんと飛び出してきた。メリナの使い魔だ。隣国にいる間は卵に戻っていたけれど、こちらに戻ってきたのを察知して出てきたらしい。


 それはそうとして、『連れて帰った』って。


「あら、もしかしてこの子と出会った時のこと、知っているの?」


 そう問いかけると、メリナはちょっぴり気まずそうな声で答えた。


『……使い魔の卵を通して、こっそりと音を拾ってました。万が一、ええ万が一あなたが危機に陥った時に備えて』


 よどみなくそう言って、彼女は声をひそめる。


『このことがばれたら国際問題になりますから、黙っててくださいね?』


「ありがとう、メリナ……私、幸せ者ね」


 私のことを心配して、そっと見守ってくれていた。その気遣いにじんときて、優しく答える。


『だ、だってあなたがものすごく取り乱してましたし、あなたにもしものことがあったらヴィットーリオ様たちが悲しみますから!』


 照れ臭かったのかあわてているメリナの声に、別の声がかぶさる。シーシェだ。


『おお、それがあの竜の子か。鳴き声しか聞いていないから、どんな姿をしているのか、ずっと気になっていたんだ』


 きゅい?


 自分のことを話しているのだと理解しているらしい竜の子が、ぐりんと首を回しながら使い魔を見ている。青い小鳥がどうして人の声で喋るんだろうと言いたそうな顔だ。


『ミモザ様とは雰囲気が違うな。体型もだが……もっとしなやかで優しげで……そう、女性のようだ』


「正解」


 感心したようなシーシェの声でさえずる使い魔に、ミモザがすかさず答える。


「まさか、竜の性別をぱっと見で当てられる人がいるなんて思わなかったなあ」


「え、ミモザ、この子って女の子なの?」


 私の問いに答えたのは、竜の子だった。明らかにご機嫌な声で、ぴゃいぴゃい鳴いている。


『と、ともかく!』


 使い魔が、またメリナの声で叫ぶ。


『さすがにそんなものを持ち帰ったとなると、こちらとしても放置という訳にはいかなくて……さっき長が、顔色変えてレオナルド様のところにすっ飛んでいきました。これから会議になりそうです』


『自国で噂になっていた青い竜が、なぜか隣の国で見つかった。そうなると、あちらの国の王たちも気にするかもしれないな』


『なので、その竜の子をどうするのか、早めに決めていただけると助かるんですが……』


 私とミモザ、それに使い魔の視線が、竜の子に注がれる。


 竜の子はサンゴ色の大きな目を見張って、可愛らしく小首をかしげてこちらを見つめていた。気のせいか、ちょっと目がうるんでいるような。


「……この子って、たぶん隣国の生まれよね。だったらその場所に返してくるのが正しいんでしょうけど……」


「うん、隣国の海の近くで生まれてるよ。……あの一座の人たちは僕ががっつりおどしておいたし、隣国の王様にも話を通してもらえば、たぶんもう見世物になることもないだろうから、戻しても大丈夫だとは思うけど……」


 私たちが交互につぶやくと、竜の子がぷるぷると首を横に振り始めた。涙ぐんでいる。


「でも、こんなに小さいし……自分の身を守れるようになるまで、保護してもいいのかしら……」


「そういえば、青い竜の子は白い竜が連れていった、ってことになってるんだった。だったら、僕のそばに置いておくほうがいいのかな?」


 考え込むミモザに、竜の子がぴゃう! と鳴く。小首をかしげて、上目遣いにこちらを見てくる。とっても、とおっても愛らしい表情だ。


「この子がおとなしくしていてくれるのなら、一緒に暮らすこともできるかもしれないけど……」


「そうだね。僕たちもそこそこ人間と関わって生きているから、人前にほいほい竜が出てくるのはちょっと困るよね」


 竜の子はぴんと背筋を伸ばして、きりっとした表情をしている。いかにも賢そうに見える。自分はちゃんといい子にしてますよって、そう主張したがっているようだった。


「……分かりやすい子ね。でもこれなら、決まりかしら」


「決まりだね」


 二人で納得して、それから使い魔に向き直る。


「メリナ、そういうことだから……この子、私たちで預かるわ」


「『竜の子は白き竜の神の養い子になった』とかなんとか、そんな感じのお告げがあったことにすればどう? 隣の国の王様にも、そう説明すればいいんじゃないかな」


『それは素晴らしい言い訳だな! 少し大仰なくらいのほうが、それらしくていい』


『あなたが決めてどうするのよ、シーシェ。ともかく私たちは、その旨を重臣に伝えてきますから』


「ついでに、ファビオに謝っておいてもらえるかしら。胃痛の種、増やしてごめんなさいって」


『……ファビオ様に同情します。全面的に』


 そんな言葉を最後に、使い魔が私の肩に止まる。そうしてそのまま、眠り始めた。


「結局、こうなっちゃったわね」


「僕は最初から、こうなる気はしてた。この子、何が何でも僕たちについていくつもりだって顔してたし」


 ぴゃう! と竜の子が鳴く。


「え? 僕たちに、パパとママになってもらいたかった? 人間の家族を見て憧れてたって?」


 ミモザが目を丸くすると、竜の子はさらに上機嫌でぴゃうぴゃうぴゅうと鳴き続けている。


「確かに僕は竜だし、ジュリエッタは竜の僕を育てた経験があるけど……」


 どうやら竜の子の言葉が分かっているらしく、ミモザは困惑したような、恥ずかしがっているような顔になった。


「もう、子供には勝てないなあ……」


「どうやら私たち、育ての親にご指名されてしまったみたいね?」


 竜の子とわいわいやり合っているミモザの隣に立ち、ぽんと肩に手を置く。


「まあ、こういうのもいいんじゃないかしら」


「……だね」


 私たちの言葉に続けて、竜の子が高らかに鳴いた。それはもう、満足そうに。

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