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142.再会、逃走、奥の手

「ミモザ!」


 今の状況をきれいに忘れて、目の前のミモザに飛びつく。


「よかった、また会えた……」


「……こんなところまで追いかけてくるなんて、思いもしなかった」


 意外そうな顔をしているミモザに、ちょっぴり涙交じりの声で言い返す。


「追いかけてくるに決まってるでしょう!」


「しっ、ジュリエッタ。今、あなたは追われてるんだよね?」


 ミモザがぎゅっと私を抱きしめる。なだめるように、あやすように。そうしたら、竜の子もくっついてきた。


「ああ、ちょうどいいや。君、ジュリエッタにしっかりしがみついていて」


 彼が竜の子にそう呼びかけたと思ったら、全身をふわっと魔力が駆け抜けた。あら、この感覚って。


「……透明化の魔法?」


「そう。これを使いながら、僕はあなたたちを追いかけてきたんだ。本当に、無茶するね」


「追いかけて?」


 そういえば、ミモザは私が竜の子を連れていることに驚いていない。透明のまま追いかけてきたって……いったいいつから、私たちの近くにいたのだろう?


 首をかしげている私に、ミモザはくすりと笑いかけた。


「話は後。ひとまず、バルガスと合流しようよ。一緒に逃げる予定なんでしょう?」


 バルガスと一緒にいたことも知っている。どんどん訳が分からなくなる。


「さ、行こうかジュリエッタ。それと、おちびさん」


 私が困惑しているのが面白いのか、ミモザは私の手を取ったまま屋根の上を歩き出す。散歩でもしているような、軽やかな足取りで。


 どうやらミモザは、バルガスが待機している場所も知っているようだった。本当に、どうして?


 ぽかんとしながら屋根を歩き、道を渡る時だけ私が飛行の魔法を使って。やがて、街外れにたどり着いた。ラクダの手綱を持ったバルガスが、不安そうにそわそわしている。


「……ただいま、バルガス」


「おわっ! いきなり何もないところから現れないでくれ、心臓に悪い……って、本当に盗み出してきたんだな……しかもなんで、ミモザまでいるんだ?」


 ミモザが透明化の魔法を解いたとたん、バルガスが小さく叫んだ。それからひそひそ声で、あれこれ尋ねてくる。


「私にも、まだ事情がのみ込めていないのよ……とにかく今は、逃げましょう。一座の人たちに見つかってしまったのよ」


「バルガス、あなたは一人でそのラクダに乗って、東の街に戻ってくれないかな。そのほうが安全だから。大丈夫、僕たちは隠れて、あなたの後を追うよ」


 ついさっき現れたばかりなのになぜか一番状況をきっちりと把握しているらしいミモザが、さっさとそんな指示を出している。


 ラクダは一頭、私たちは三人と一匹。二人乗りまでは想定していたけれど、この人数でラクダに乗るのは無理だ。かといって、徒歩で砂漠を越えるのは大変だし。


「おい、俺がラクダに乗ったら……あんたらはどうやって逃げるつもりだ? 竜まで連れて」


「それについては、ちょっとした当てがあるから大丈夫。とにかく、あなたには早く安全なところまで逃げて欲しいんだ」


「そうなのよ。それじゃあまた、東の街で!」


 バルガスの返事を待たずに、ミモザと二人走り出す。手に手を取ったまま、街のすぐ外に広がる砂漠に向かって。竜の子を連れて。




「……僕たちの魔法をこんな風に組み合わせることになるなんて、思いもしなかったな」


 砂漠を進みながら、ミモザが感心したようにつぶやく。


 私たちの姿は、周囲の者からは見えない。ミモザが透明化の魔法を使っているからだ。


 そして砂の上には、私たちの足跡は残っていない。私が飛行の魔法で、みんなまとめて運んでいるからだ。魔力の消費を抑えるため、砂地のすれすれを走っている。それでも、普通に歩くよりずっと速い。


 私の首に巻き付いたままの竜の子は、追っ手の気配がしなくなったからか、ずっと小声できゅいいきゅいいと鳴いている。というか、歌っている。


「君、ご機嫌だね。あそこにいるのがそんなに嫌だった?」


 きゅう。


「……まあ、そうだよね。僕はたまたま、生まれて初めて出会ったのがジュリエッタだったから、こうして平和に暮らせている訳だけど」


 きゅーん。


「彼女は僕の伴侶だからね? 君は君の伴侶を探すこと。いいね」


 きゅるうう。


「ごねても駄目だよ」


「……ねえミモザ、あなたさっきからこの子と話してるの?」


 おそるおそる問いかけたら、ミモザは即座にうなずいた。


「そうだよ。僕たちは竜同士だからね、意思疎通もお手の物」


 きゅきゅっ!


 ミモザと竜の子が、同時に胸を張った。誇らしげに。


「……便利、といえなくもないのかしら。ところでミモザ」


 すっと身を乗り出し、ミモザの顔を間近で見つめる。


「……私が無神経で、ごめんなさい。あなたのことをないがしろにして」


 あの置き手紙を見つけてから、ずっと考えていた。ミモザへの謝罪の言葉を。どうやったら私の思いがきちんと伝わるのか、ひたすらに言葉を探していた。


 でもこうして再会してみたら、こんなありきたりの言葉しか出てこなかった。もどかしい。


「ううん。僕こそ、いきなりいなくなってごめんね。心細かったよね」


「……とっても」


 つないだ手に、ぎゅっと力をこめる。竜の子も口を閉ざして、そんな私たちをじっと見ていた。




「……僕は王都を離れてから、そのまままっすぐに東の街に向かったんだ。一人で辺境の小屋に戻るのは寂しかったから」


 大きな砂丘を回り込みながら、ミモザはゆっくりとこれまでのことを語っていた。


「そこでバルガスに会って、こっちの国のことを聞いた。それから竜の姿で、あちこち飛んでみた。砂漠の向こうの草原とか、そのそばの岩場とかも見たよ」


 私が血相変えてばたばたしていた間に、ミモザはのんびり観光旅行をしていたらしい。私が招いた事態とは言え、ちょっとうらやましいかも。


「でもね、やっぱりあなたと一緒じゃないと楽しくなかった。だから、もう戻ろうって思った。最初の予定では、二か月くらいは戻るつもりがなかったんだけど……予定よりずっと早く、寂しくなっちゃったんだ」


 しんみりとつぶやくミモザの声に、胸がぎゅっと苦しくなる。


「本当……ごめんなさい。私が考えなしだったせいで」


「もういいんだ。こうしてこんなところまで僕を探しに来てくれた、それで十分」


「ミモザ……」


「でもその時、竜が死んで、新しい竜が生まれた場所に行き当たったんだ。新しい竜はどうしているのかなって気になって、匂いをたどって歩いていって……そうしたら、神殿の街に着いた」


 ぴゃあう、と竜の子が相づちを打つ。


「……うん、僕が探してたのは君だった。でもまさか、見世物になっていたなんて……」


 悔しげに、ミモザが目を伏せる。


「どうにかして、助けてあげないと。そう思って、神殿の街に滞在してた。……そんなある日」


 ミモザはすっと私に顔を近づけて、とても柔らかく微笑む。


「……人ごみの向こうから、あなたとバルガスの声がした。すっごく驚いて、とっても嬉しかった」


 ミモザは竜だからか、人の姿をしている時も抜群に耳がいい。人ごみの中にいる私たちを声だけで見つけることも、十分可能だ。


「見つからないように、あなたたちの会話を聞いてたんだ。そうしたら、竜の子を誘拐する相談なんて始めちゃって……」


「だって、何年もあのままだなんてかわいそうだもの」


「だよね。でも、正面突破なんて強硬手段に出るとは思わなかった。僕も、どうにかしてその子を連れ帰れないかって、ここから国境を越える最短経路を探したりはしたけど」


 たぶんその時に、ミモザはメリナの探査網に引っかかったのだろう。


「……ごめんなさい。他に手が浮かばなくて」


「責めてないよ。どっちかというと、あなたらしいなあって感心してるんだから」


 くすりと笑って、ミモザが私の首にしがみついたままの竜の子を見る。


「そんな訳で、あなたがあの天幕に忍び込むのを離れて見てたんだ。頃合いを見て声をかけるつもりで」


「……気づかなかったわ」


「当然だよ。僕は透明化の魔法を使いつつ、気配も消してたからね。……竜の子を連れ出すまではうまくいくだろうなって思ってた。でもそこからは、割と行き当たりばったりだろうし、どこかで手を貸すことになるだろうなとも思ってた」


「……うう、反論できない……その通りよ」


 実際、追っ手に追いつかれたら手持ちの魔法を使いまくってでも逃げてやるつもりだった。大乱闘も覚悟していた。


 それこそ、『辺境の魔女』の名を出して一芝居打ってもいいなどと、そんなことまで考えていた。


 どうせ騒ぎになってしまうのなら、大騒ぎにしてしまえ、それこそ後世まで語り継がれるような騒ぎに。


 今の形で、竜の子が虐げられ続けるくらいなら、私が悪者になってやる。そう覚悟していたのだ。


「でも、あなたのおかげでこの子を安全に逃がしてあげられそう」


「そうだね。……さて、ここまで来ればもう大丈夫かな」


 大きな砂丘にさえぎられて、神殿の街は全く見えない。それを確認してから、透明化と飛行の魔法を解除した。


 そうしてミモザは、白い竜の姿に戻る。青い竜の子がその大きな姿を見て、ぴゃああううう! と叫んでいる。大興奮だ。


 荷物をまとめ、竜の子を抱えたままミモザの背に乗る。すると再び、私たちは透明化の魔法に包まれた。


『それじゃあ、行こうか。バルガスがうまく逃げられてるか、確認しないとね』


 そうしてミモザは飛び立った。彼の大きな翼が起こした風に、辺りの砂がぶわりと舞い上がる。


『ええっと、バルガスは……あ』


 きょろきょろしていたミモザが、気まずそうな声を出した。そのまま黙り込んでいる。


 彼の首のひれをしっかりとつかんで、下をのぞき込んでみる。


 砂漠に、ぽつんと点が一つ。その点に向かって、たくさんの点がわらわらと近づいて取り囲んで……。


「もしかして、あの囲まれてるのがバルガス?」


『残念ながら、そう』

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