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140.魔女様のおせっかい

「おい、ジュリエッタ、大丈夫か」


 野太いそんな声で、我に返る。


 目の前には、ただのがらんとした空間。竜の子の檻も、座長も、何もない。どうやらいつの間にか、公演が終わっていたようだ。


「……そうだわ、あの竜!」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 勢いよく立ち上がった拍子に、私の肩を遠慮がちにつかんでいたバルガスがよろめく。しかしそちらに構う余裕すらなく、足が勝手に走り出していた。天幕の、奥に向かって。




「あいにく、その願いにお応えする訳にはいきませんな」


 天幕の奥には、また別の天幕が続いていた。突然の侵入者にあぜんとしている一座の者たちが追いかけてくるのを風の魔法でばんばん振り払い、奥へ奥へと突き進み。


 一番奥の天幕で、やっと座長を見つけた。そうして私は、あいさつも何もなしに、いきなり切り出したのだ。「あの竜を自由にしてやって」と。


 そうしたら、まったくもって取り付く島もない言葉を返されたのだ。


「いや、そりゃあ無理があるだろ……」


 やっとのことで追いついてきたバルガスが、隣で肩をすくめている。座長も無言でうなずいていた。


 私が無茶を言っていることくらい、分かっている。でもそれでも、絶対に譲れない。


 さっきの竜は、大きさからしておそらく生まれてから一年以内。というかたぶん、一か月以内かも。要するに、赤ちゃんだ。


 かつてミモザは、ものすごい勢いで成長していった。生まれてから一年半ほどで、子供の姿から私と同じくらいの年頃まで大きくなったのだ。それに合わせて、竜の姿もめきめきと大きくなっていった。


 ただミモザによれば、竜は普通もっとゆっくり成長するらしい。


 というか「体が大きくなりすぎると、つがいを見つけるのが難しくなっちゃうし。僕は生まれてすぐにあなたを見つけたから、急いで大きくなったんだよね」だそうだ。


 つまりあの青い竜は、下手をすればこの後五年とか十年とか、囚われっぱなしになるのかもしれない。


 そんなの、とても見過ごせない。さっきのサンゴ色の視線を思い出し、さらなる交渉に挑む。


「お金なら払うわ。金貨だけでもかなり持ってきているし、宝石もあるわ。足りなければ、家に戻ればまだあるもの」


 金貨と宝石なら、たっぷりと持ってきている。といっても、身に着けていられる量に限りはあるけれど。それでも、ちょっとした屋敷を一軒ぽんと買い取れるくらいはある。


 ……大量の金貨を持ち歩くのって面倒なのよねとぼやいていたら、ヴィットーリオとロベルトが王家御用達の宝石商を紹介してくれたのだ。


 そう言いながら、手持ちの宝石を一つ取り出して見せつける。特大の宝石を見た一座の者たちは、明らかに動揺し始めた。


 竜を見世物にして得られる金額と、私から受け取れる金額を天秤にかけている表情だ。うん、いい感じに揺らいでいるわね。


 バルガスもちょっとあきれた声で「追いはぎが目の色変えてすっ飛んできそうな金額だな……ま、全部返り討ちにされる訳だが」とつぶやいていた。


 しかし座長だけはうんと言わない。欲の皮が突っ張っているのか、それとも慎重なのか。


 餌で釣って動かすのは難しそうだ。だったら何か、別の切り口を……あ、そうだわ。


「……あなたたち、もっと大きな竜を見たんじゃない? 青いうろこにサンゴ色の目の、老いた竜を」


 これだけ小さな竜を捕まえているということは、彼らは青い竜の子の、その先代の竜を見ているのかもしれない。その可能性に賭けてみる。


「さて、何のことでしょう?」


 ずっと涼しい顔をしていた座長の顔が、わずかに引きつった。


「大きな竜の姿が砂の山のように崩れ、消えていった。その後に、あの小さな竜が立っていた。そうよね?」


 にやりと笑って、さらにたたみかける。すると座長だけでなく、一座の全員がざわざわと動揺し始めた。


 つまりこの人たちは、先代の青い竜の最期に立ち会っていた。で、生まれたばかりでまだぼけっとしていたあの子を捕まえた。そういうことだったのね。


 そうして見世物にしてお金を稼いでいた。まったく、ひどいことをするものね。……というか、このままだとこの人たちの命も危ない気がするのだけれど。


「あなたたちが捕まえているあの小さな竜、あの子はあっという間に大きくなるわよ。私の知っている別の竜は、二年もかからずにどんな猛獣より大きくなった」


 ミモザは色々例外だけどね。そんな言葉はもちろんしまい込んで、何食わぬ顔で続ける。


「あの青い竜の子、見世物にされるのを嫌がってたわ。あなたたちには分からなくても、私には分かる。だからこそ、こうやって乗り込んできたの。不幸な結末を迎える前に、ね」


 自信たっぷりに言い放つと、周囲の動揺がさらに大きくなった。バルガスが小声で「何でそんなもんに詳しいんだよ……」と困惑しているのも聞こえてくる。


「……あの竜をこのまま閉じ込めておいたら、間違いなく大変なことになるわよ。あの子はじきに自力で檻を壊して出てくる」


 声をひそめ、深刻そうな表情で続ける。


「そうなった時、あの子の怒りが向かうのは、間違いなくあなたたちね」


 一座の人間たちはすっかりおびえてしまったらしく、助けを求めるような目で、座長を必死に見つめている。


「……いえ、それでもやはり、あの竜を手放すことはできませんな。ご忠告だけ、ありがたく受け取っておきましょう」


 しかし座長の答えはそんなつれないものだった。一座の面々はさらにざわついているのに、座長だけが涼しい顔をしている。


「そう。どうやら、これ以上交渉しても無駄みたいね。それじゃ」


 舌打ちしたいのをこらえつつ、こちらも平然とした態度でそう答え、くるりと背を向けた。餌で釣っても駄目、おどしても駄目。なら、こちらも違う手を考えないと。


 あの青い竜を、絶対に自由にしてやるんだから。今の私の頭にあるのは、ただそのことだけだった。




 そうして天幕を後にした私とバルガスは、ひとまず街のはずれのほうに向かっていた。


「あれ、たぶん今頃もめてるでしょうね。あの座長、金と自分たちの安全とどっちが大切なんだって、一座の人たちに詰め寄られてそう」


 というか、詰め寄られていて欲しい。あんないたいけな子を見世物にして稼ごうだなんて、ばちでも当たればいいのに。


 ちょっといら立ちながらぶつぶつつぶやいていたら、バルガスが首をかしげながら尋ねてきた。


「……ところであんた、ミモザを探してるんだよな?」


「ええ、もちろんそうよ」


「そのために、竜の噂を追いかけてたんだよな」


「そうね」


「やっぱり分からん。あの青いちび竜と、ミモザがどうつながるんだか」


「実を言うと、つながっていなかった。空振りだったのよ。でもあの竜の子を放っておいたら、絶対に後悔するもの」


 もしあの竜の子を放置してミモザと再会できたとして、彼があの子のことを知ったなら。


 彼は絶対に、あの子を助けようと言うに決まっている。だったら今、私がきちんと助けておいたほうがいい。


「竜の子、なあ……そういや王都のほうで『白き竜の神様』っていうのが出るって聞いた覚えがあるが……もしかしてあんたが知ってる別の竜ってのは、それだったりするのか?」


 考え込んでいたバルガスが、実に的確な指摘をしてきた。ぎくりとしかけたのをこらえつつ、さらりと答える。


「え、ええ。まあ、そんなところね」


 あ、駄目だわ。声が裏返ってしまっている。ごまかさないと。


「ともかく、今はミモザを探すのと同時に、あの子を救い出す方法も考えないと」


「ならあの座長相手に辛抱強く交渉しつつ、ミモザらしき人間を見たか聞き込みを続けるか?」


「それでもいいのだけれど、いずれあの一座がどこか別の町に移動してしまいそうで」


「だな。ああいうのは、一か所に長く留まらない。飽きられるからな」


「かといって彼らをずっと追いかけていくのも面倒だし、あなたをいつまでも拘束しておくのもちょっとね」


「まあ、さすがに何か月も留守にするのはきついな。恩返しのためとはいえ」


「でしょう? だからね、速攻で決着をつけようと思うの」


 歩きながら、隣のバルガスの顔をのぞき込む。そうしてにっこり笑うと、バルガスがぶるりと身震いした。


「嫌な予感しかしねえんだが」

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