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139.竜の噂を追いかけて

「ねえ、今『竜』って言った!?」


 少し離れた木陰で話していたのは、二人の若い女性だ。二人とも、まだ十代かな。日差しと砂埃対策なのか、たっぷりとした布をかぶって肌のほとんどを隠している。


「え、ええ……」


「言ったけど……」


 突然話に割り込んできた私に、二人はあからさまにうろたえていた。


「その、ね。私、隣の国から来たのだけれど……変わったものに目がなくて。竜がもしいるのなら、見てみたいなって」


 ミモザは人の姿で旅をしているかもしれないし、竜の姿で飛んでいるかもしれない。もしかしたら、ついうっかり竜の姿を見られてしまったのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、とっさに当たり障りのない理由をつけてみる。


「あ、そういうことなんだ……」


「急に駆け寄ってくるからびっくりしたわ」


 ひとまず二人は納得してくれたらしい。顔を見合わせて、またこちらに向き直ってきた。


「私たちも、詳しいことは知らないの」


「ただ、旅の途中で『竜』の話を聞いただけで」


「それ、どんな話!?」


 ついつい二人に迫ってしまいそうになるのをこらえつつ……いや、こらえきれなかった……続きを話して欲しいと二人に頼む。


「ええっと、神殿の街で竜を見た、って話だったわ」


「あとは、神殿の街で何か面白いことが起こってるらしい、て聞いてる」


 首をかしげつつ、二人はそんなことを教えてくれた。


「ありがとう。参考になったわ」


 礼を言って、すぐさまきびすを返す。元の天幕に戻ってくると、バルガスが目を丸くしていた。


「どうしたんだ、血相変えて。なんか竜がどうとか聞こえたが」


「ええ、ちょっとね。……神殿の街に着いたら、調べたいものが増えたわ」


「なんだかよく分からねえが、ひとまずやることが見つかった感じか? なら良かった」


 そう言って、バルガスはゆったりとお茶を飲んでいた。もう私の扱いにはすっかり慣れっこだといった態度で。




 しかし、バルガスがまったりとしていられたのはほんの束の間のことだった。


 次の日の午前中、私たちは何事もなく神殿の街についた。そうして、アンガスたちに礼を言って別れた直後。


「さあ、探すわよ! 手伝ってちょうだい!」


 高らかに宣言したものの、バルガスはよく分かっていないような顔をしている。説明していないから、当たり前か。


「……探すって、何をだ?」


「『竜』の噂よ」


「……なあ、あんたはミモザを探しにきてるんだよな? それがなんで、竜の噂を探してるんだ?」


「詳細はまだ話せないんだけれど、ミモザの足取りと関係があるかもしれないの」


 絶対に話せない。ミモザの正体が白い竜だなんて。案外バルガスはあっさり受け入れそうな気もするけれど、勝手にばらしたらミモザが気を悪くするかもしれないし。


 でも、竜が噂になっているのなら放ってはおけない。その噂の先に、ミモザがいるかもしれないのだから。


「……訳が分からんが、あんたがそう言うのなら従うさ。俺はあんたに恩を返しにきただけだしな」


「ありがとう、バルガス。不慣れな異国だし、頼りにしてるわ」


 そんな言葉を交わして、それぞれ別の方角に歩き出す。絶対に竜の噂を見つけてやるんだから。そう意気込んで。




「はずれだったわ……」


 それから少し後。私は呆然としながら天を仰いでいた。屋台の前で、名物だとかいうさわやかな味のジュースを飲みながら。


 竜の噂、それ自体はとってもあっさり見つかった。というか、探すまでもなかった。ふらふら歩いていたら、勝手に噂が耳に飛び込んできたのだ。


「旅の一座が、珍しい竜を見世物にしている、ね……」


 それは絶対にミモザではない。彼はあの竜の姿を人目にさらすことを望んでいない。騒がれるだけならまだしも、あがめられてしまうと気持ち悪さに鳥肌が立つのだそうだ。


 彼のその気持ちは分からなくもない。バルバラのせいで、私の二つ名『辺境の魔女』もすっかり王都で有名になってしまったし。


 というかそれ以前に、あの巨体は見世物には向かない。この神殿の街にも天幕はたくさんあるけれど、ミモザの体がすっぽり入れる大きさのものはない。


「はずれではあるけれど……」


 ぼんやりとつぶやいて、左手に持っていたケーキをかじる。


 しっとりとしていて甘く、それでいて軽やかな味わいの、ナッツの入ったケーキだ。知らない土地のおやつは、また一風変わった味わいで素敵だ。


「ちょっと、気になるわね」


 私は百年以上生きてはいるけれど、知っている竜はミモザと、その先代の竜だけだ。


 先代の竜の記憶をある程度受け継いでいるミモザによれば、一応他にも竜はいるらしい。ただ、なわばりが違うとかでめったなことでは顔を合わせないのだとか。


 見てみたい、知らない竜。そんな思いがふつふつと湧き出していた。


「それに、ミモザもこの街に来たかもしれないし……その竜を見ようと思ったかもしれないし……」


 せっせと飲み食いしながら、考えをまとめていく。


 どのみち、ミモザの情報は少しも得られていない。情報収集のためにもうしばらくこの街に滞在することになりそうだし、だったら一度くらい噂の竜を見ておいても。


「よし、自分への言い訳完了」


 ジュースの器を屋台に返し、手についたケーキのかすをぱんぱんとはたく。それから、バルガスとの待ち合わせ場所に向かっていった。




「あんた、つくづく行動が早いよな」


「じっとしてるのは性に合わないの」


 バルガスと合流して、さらに二時間後。私たちは、大きな天幕にいた。


 ここは旅の一座の天幕で、日に数回公演が行われている。竜を見世物にしているのは、この一座だ。


 私たちはすぐにその天幕の位置を突き止めると、さっさと客として入り込んだのだ。


「……俺たち、ミモザを探しにきたんだよな。なんでこんなところで、こんなことをしてるんだろうか……?」


 またしてもバルガスは考え込んでいる。ちょっと申し訳ないと思わなくはないけれど、ミモザの正体についても、私が竜を気にしている理由も内緒だし。


「あ、ほら、始まったわよ」


 そうして、旅の一座の公演が始まった。歌に踊りに猛獣使い、火を操ったり水を操ったり。演目自体はありきたりではあったけれど、異国情緒たっぷりで楽しかった。


 ……ミモザと一緒に見られたら、もっと楽しかったのにな。


 ふとしょんぼりしそうになる気持ちを押し込めて、目の前の光景に集中する。


「さあみなさまお待ちかね、世にも珍しき竜の子供をお目にかけましょう!」


 座長だと名乗った中年の男性が、大仰な口調でそう言い放つ。彼の後ろに、大きな箱のようなものが運び込まれてきた。布がかけられていて、中は見えない。


 座長がすっと脇に一歩動いて、箱にかけられた布の端をつかむ。観客たちはしんと静まり返って、その時を今か今かと待っているようだった。


 やがて、ゆっくりと布が取り払われた。


 布の下にあったのは箱ではなく、檻だった。大きな犬を入れておくのにちょうどいいかな、というくらいの、小ぶりなものだ。


 そして、その中に何かがいた。


 青い、竜だった。大き目の猫くらいの大きさしかないそれは、目が覚めるような青いうろこと、サンゴのような明るい桃色の目をしていた。


 ミモザの小さな頃によく似ている。でも翼が少し小さめで、体つきも少し細くてしなやかだ。竜にも色々あるらしい。


 いやしかし、それ以上に気になることがあった。


「あの大きさ……まさか、生まれたて……?」


 そんな私のつぶやきは、客たちの歓声にかき消されてしまう。


 竜は、おびえていた。自分に投げかけられる歓声が、怖くてたまらないようだった。


「かわいそうに……」


 さらにつぶやいたら、竜が顔を上げてこちらを見た。サンゴ色の目で、私をまっすぐに見つめている。


 きゅい、という悲しげな声が、かすかに聞こえてくる。


 私もまた、その竜から目が離せなくなっていた。

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