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135.方向転換、懐かしの地へ

「ど、どうしたのメリナ。いきなり叫ぶからびっくりしたわ」


『さっき、一瞬だけミモザ様が探査網に引っかかったんです!』


「えっ、ほんと!!」


 思いもかけない情報に声を張り上げると、肩の上の小鳥がぐらりとよろめいた。


「お願い、どこにいたのか教えて!!」


『お、教えますから、ちょっと声を抑えてください……うう、耳がきんきんする……』


「あっ、ごめんなさい。それで、どこ、どこなの!」


『それがですね……東の街です』


 東の街。私は今ちょうど、そこに向かって北に突っ走っている途中だった。この分なら、あと数日でたどり着ける。


 空を飛ぶミモザとは違い、陸路を進んでいた私は、まず王都から東に延びる街道に向かい、それから街道沿いに北上していた。


 そうすればじきに、東の街が見えてくる。街のすぐ近くで街道を西に折れ、突き進むといずれ辺境の森にたどり着けるのだ。


『あそこは王宮に対してあまりいい感情を持っていない住民が多いので、私たちも堂々と動き回れなくて……だから東の街では、探査網の精度も低いんです』


 ちょっぴり申し訳なさそうに、メリナがそう説明してくれた。


『なので、街のどこにいたのかまでは特定できなくて……すみません』


「いいえ、ありがとう! ……思ったより近くにいた、そのことが分かっただけでも嬉しいから」


 そう答えて、さらに馬車を走らせる。東の街で、ミモザを探そう。もし見つからなかったとしても、その後どこに向かったのかという手掛かりくらいは得られるかもしれないし。


 ようやっと、ミモザへつながる細い細い糸をつかめた。。


 かすかに笑みを浮かべて、私はまっすぐに前を見据えていた。




 そうして、二日後。


「……すごい、もうこんなになってるのね……」


 東の街に到着した私は、ただひたすらにぽかんとすることしかできなかった。


 前にここに来たのは、去年の冬のこと。今は秋だから、まだ一年経っていない。


 それなのに、街並みはすっかり綺麗になって、活気も戻っていた。大門をくぐってすぐの大通りに至っては、見事なまでに元通りだ。


「政治の大切さ、身をもって学べたわ……上がしっかりしていれば、こんなにも早く立ち直れるのね、人も、街も」


 そんなことをぼんやりとつぶやきながら、ひとまず近くの宿に歩いていく。いつぞや、ヴィットーリオとロベルトを休ませたのと同じ、あの宿だ。


「こんにちは、馬と馬車の預かりをお願いできる?」


 宿の主にそう声をかけると、彼はにっこりと笑ってうなずいた。


「はい、もちろんですよ。……お久しぶりですね、お客様。今日はお連れの方はおられないのでしょうか?」


 どうやらこの主、私の顔を覚えていたらしい。客商売とはいえ、驚いた。


「ええ、今回は一人旅なの。ちょっと人を探していて。……それより、よく私を覚えていたわね?」


「あの頃は、この街全体が生きるか死ぬかといった状態でしたから。あの時に来てくださったわずかなお客様のおかげで、私どもは生き長らえることができたのです。忘れることなどできません」


 ……前に私たちがここに寄った時、宿の中はがらんとしていたけれど、そこまで困窮してたのか。あのあとヴィットーリオを王都に連れていくって決めて良かった。あのまま放っておいたら、それこそ東の街が滅んでいたかも。


 ともかく馬と馬車を預かってもらい、休ませる。その間に、徒歩で街に繰り出した。


 このだだっ広い東の街のどこかを、ミモザが通った。


 竜の姿で上空を飛び抜けた可能性も否定はできないけれど、もしそうなら、こんな大きな街の上空は可能な限り避けて飛ぶはずだ。


 万が一体勢を崩したり、物を落としたり、あるいはうっかり透明化の魔法が切れた時に備えて。


 ということは、彼は人の姿でここを訪れた可能性が高い。だったら、透明化の魔法も使わずに普通の旅人のふりをしていた……んじゃないかなあ、と思う。そう思いたい。


 そんなことを考えながら、ためらいなく東の区画に歩いていった。




「前に来た時は、何か商売をしているって言っていたような気がするけれど……どこで何をしているかまでは聞いていないのよね」


 東の区画にたどり着いた私は、すぐにバルガスを探し始めた。


 私とミモザはちょくちょくこの街に遊びにきてはいたけれど、住人とはあまり深く関わらずにいた。店の者と客、それくらいの関係で。


 だからこの街で知り合いと言えそうなのは、バルガスとその愉快な仲間たち――要するに、一緒に国境破りをしたあの面々くらいなものだ。


 バルガスは彼らのまとめ役のようなことをしていたし、たぶん結構顔が広い気がする。


 なのでひとまず、彼にミモザを見ていないか、何か手掛かりがないか聞こうと思ったのだ。


「それにしても、ここもすっかり見違えたわね」


 大通りと比べるとかなり質素な街並みは、それでもごく普通の街のようなたたずまいを見せていた。ごみも落ちていないし、臭くもない。そこそこ人もいるし、店もたくさん開いている。


 通りすがりの人を捕まえて、バルガスを知らないか聞いてみる。前の騒動の時にぼちぼち顔が売れてしまっていたこともあって、割と簡単に答えが手に入った。どうやら今彼は、広場の辺りにいるらしい。


 広場。前に、たくさんの病人を見て回った場所だ。重病の人はいなかったし、たぶんみんな元気になっていると思う。


 そんなことを思い出しながら歩いているうちに、広場にたどり着いた。


 ここも掃除が行き届いていて、あちこちに置かれた木の長椅子にはお年寄りが何人も腰かけている。世間話をしながら日なたぼっこをしているらしい。


 とっても平和な風景に、今の状況も一瞬忘れて和んでしまう。


 ああいけない、ミモザを早く見つけないと。そのために、バルガスを探して……って、あれ、何かしら。


 広場の一角に、木の板が一枚。広場を取り巻く芝生、そこにある岩に立てかけられている。


 それだけなら、そこまで気にすることもなかっただろう。ただなぜか、その板の周りには素朴な花が供えられていた。お墓でも、何かの記念碑でもなさそうなのに。


 ついつい気になって、木の板に近づいてみる。そうして、思わず声を張り上げた。


「な、な、ななな何よこれっ……!」


 その木の板には、何かの文言が書かれていた。板の表面を薄く彫り込んで染料をすり込んである。中々本格的な作りだ。


 それはいいとして、その内容ときたら。


『辺境の魔女とその伴侶への感謝を ここに記す』


『自由に生きる麗しい二人の未来に 幸あれ』


 ああああ駄目だ、背中がむずむずする。これって、私とミモザのことよねえ!? 言いたいことは分かったけれど、なんだってこんなものがこんなところに!?


 ちょっと恥ずかしい、いやかなり恥ずかしい。というか、なんでこの板に花を供えてるの!? もしかしてだけど、まさか私たち、ちょっとした有名人扱いになってる!?


 今すぐ東の区画から出ていきたい。私の顔を誰も覚えていないところに行きたい。でもそれだとミモザを探すのが難しくなりそう。


 二つの思いの間で揺れ動きながら立ち尽くす私に、背後からのんびりとした声がかけられる。


「おう、ジュリエッタじゃねえか」

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